ホラー版『アメリカン・グラフィティー』はいかが?
「Christineクリスティーン」が突然カー・ラジオを操つる。独りでにカー・ラジオが掛かり、車内はクリーム・ソーダを緑色に着色したようになった。ラジオのボリュームが幾らか上がって、カー・ラジオのスピーカーから曲が流れ出てくる。年代はうまく特定できないが、恐らく車のモデルからして、1950年代末のロックンロール系の曲であろう。(音楽は、一部は監督のJ.Carpenterが担当)
この、50年代、60年代への懐古趣味といい、音楽の選曲の好みといい、はたまた、ストーリーの演じられる場所がハイ・スクールということで、筆者は、1983年作の本作を楽しみながら、G.ルーカス監督、F.F.コッポラ製作の『アメリカン・グラフィティー』(1973年作)を懐かしくも思い出していた。
あの映画では、1960年代初頭のヒット・パレードの如く、これでもか、これでもかという具合にロックンロールが聴けたものであった。そして、車という偶像への畏敬もまた、この映画では青春の一つの要素として重要な役割を演じていた。
さて、Stephen Kingの同名の小説を原作とする本作品のストーリーであるが、これは、車という外形の事物に人間がフェティシズム的に偏愛し、この人間の愛に今度は呪物対象物がそれに応えて自ら動き出すという、例のギリシャ神話のピュグマリオーン王と象牙の彫刻ガラテアの恋愛ストーリーを、ホラーとして変形させたものである。(或いは、このようなObject Sexuality対物性愛を、1979年に自分はベルリンの壁と結婚していると主張した、スェーデン人女性芸術家「エイヤ=リータ・エクレフ=ベルリナー=マウアーEija-Riitta Eklöf Berliner-Mauer」現象という。 )
ホラー映画とは、その人間の原初的な恐怖感だけに訴えるということで、本来B級映画としてしか存在し得ないものである。しかし、そのB級性においてもそこに傑作と駄作とがあるのであり、ホラー映画の「巨匠」J.カーペンター監督の本作品は、カーペンター監督の作品歴の中でも秀作の一つに入るものであろう。
音楽と供にその濃厚なフィルムの色彩感覚も1950年代にマッチさせてあり、監督のセンスのよさを感じさせる。(撮影監督は、この時期のCarpenter組のDonald M. Morganである。)1958年型のPlymouth Furyプリムス・フューリー(Sportcoupé型)の特殊赤色塗装(Toreador Red)が、如何にも「クリスティーン」と呼ばれる、この車への情熱を代弁している。
ホラー映画というと血だらけのシーンを連続させたり、わざと観衆を驚かせるように大胆な編集をしたりと、下品な小手先を使う作品がままある中、本作品、映画作りを職人的にこなしている監督の「粋」が感じられて、好感が持てる。
惜しむらくは、この映画の制作でプリムス・フューリーが、恐らくは20台近くが壊されていると聞いていることで、オールド・タイマー・ファンが、映画の終盤ともなると、少々悲しくもなきにしもあらずであろうことは、容易に想像できることである。
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