原作の『True Grit』は、1968年に新聞連載小説として発表された、ジャーナリスト兼小説家のCharles M. Portisの長編小説である。Portis自身が、ルイジアナ州の真北にあるArkansasアーカンソー州出身であり、小説のストーリーもアーカンソー州にあるFort Smithから始まる。小説では、当時14歳であった主人公であるMattie Rossが、あたかも自分の自叙伝を書いているように、1928年時点からの懐古としての視点が採られている。
1968年度のヒット作となった原作は、早速同年にはH.Hathawayハサウェイ監督により、同名の映画化がなされ、翌年に初上映を飾った。J.Wayneウェインが、連邦保安官MarshalのReuben „Rooster(雄鶏)“ Cogburn役を、70年に映画『イチゴ白書』でのLinda役で映画史上忘れられない女優となるKim Darbyが、Mattie役を担う。当然ストーリーの重点はJ.ウェインに置かれ、彼は、この役で、その年のアカデミー賞男優賞を獲得する。
一方、2010年に原作の二度目の映画化となる本作では、ストーリーは、年を取ったMattieの懐古の視点からの、オフレコのナレーションを以って、語られる。M.Damon演じるTexas Rangerテキサス・レインジャー、LaBoeufラ・ボフ(フランス系移住民の子孫か)の絡み方が若干異なる以外は、本作の脚本は、ほぼ原作に忠実になぞられて書かれてある。
本作の原題も、原作同様であるが、邦題では、69年作で、『勇気ある追跡』とされているので問題はないとして、本作では、英語の原題をそのままカタカナ化しているのは、問題であろう。Trueは分かるとして、普通の日本人には分からないGritを「グリット」では、何のための邦題か。Gritを「勇気」と訳すことも可能ではあるが、英語辞書によると、この言葉は、「珪質砂岩、堅実、堅忍、気概、闘志、意気、肝っ玉」と、様々な訳が付いている。Trueとの関係で、思うに、True Gritを「真実の気概」と訳するとすれば、本作の描き方から言って、別の解釈が成り立つのではないか。„Rooster(雄鶏)“ Cogburnの、本当の気概とは、毒蛇に咬まれたMattieを助けるために、Mattieの愛馬を乗り潰し、その後は、Mattieを両腕で抱えて、息も絶え絶えに走り続けた、その後ろ姿に示されたのではないか。
さて、本作の監督は、Coenコーエン兄弟である。コーエン兄弟と言えば、あのユダヤ人的ブラック・ユーモアが「ミソ」である。という訳で、筆者は、それなりに捻りにひねった皮肉をストーリーに期待して観ていたのであるが、それは、原作をほぼ忠実に追うばかりで、そこには、皮肉や風刺が効いた「捻り」が、殆んどない。
俳優J.Bridgesブリッジスは、本作で„Rooster(雄鶏)“ Cogburn役を、左目に眼帯を掛けたJ.Wayneに対抗して、右目に眼帯を掛けて、熱演する。その彼がコーエン兄弟と初めて組んで撮った傑作『ビッグ・リボウスキ』(1998年作)を思えば、本作での皮肉の捻りのなさが意外とさえ言える。
コーエン兄弟の、1984年以来の作品歴を鑑みるに、その後期の制昨年歴に数えられる本作を以って、コーエン兄弟の創作力も、後期に入って、いまいち若干低下したかと疑われる程であるが、調べてみて、本作の製作総指揮がS.スピルバーグであると分かると、この甘いストーリー展開は、むべなるかなとも思われる。何れにしても、コーエン兄弟作品としては、本作を以ってして、作品経歴史上、最高の興行収入を得たと言う。
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