日本の戯作の歴史において、「黄表紙」とは、18世紀後半の、政治風刺に重きを置いた知的な読みものであった。USAの1890年代からの、「イエロー・ペイパー」、即ち「黄色新聞」は、大衆の受けを狙って、煽情的な記事を掲載した低俗な新聞であった。同じ黄色でも、古今東西、随分と違うものである。この後者の「黄色の伝統」を受け継いだのが、1960年代のイタリア映画の一ジャンルである。この時期に、Gialloジャッㇽロ(「黄色」の意味で、その複数形は、Gialli)と呼ばれる一群の映画作品が製作される。Gialloの言葉自体は、文学的には、既に1930年代から存在し、USAのパルプ・フィクションを模倣した作品群がイタリアでも増産されていたのである。これらをイタリア映画界が映画化し出したのが、1960年代であった。イタリア絵画を思わせる色彩性と、イタリア・オペラを思わせる演劇性も絡み合った、スタイリッシュに映像化された、とりわけ、猟奇(連続)殺人事件がそのテーマとなる。しかも、その映像の背景には、流麗な音楽が流れるのである。あのエンニオ・モリコーネも、このジャンルの幾つもの映画作品に映画音楽を提供している。
つまり、本作は、「パエーリア・ウェスタン」を撮っている監督が、エンニオ・モリコーネ張りのメロディアスな曲をテーマ音楽として流し、しかし、そのストーリーは、イギリス風のゴシック・ホラーとSFを混ぜ合わせたものにするという、正に、超ごった煮のシベリア横断鉄道物語りである。
しかも、物語りは、1906年の四川省から始まり、まずは、上海を中継地点として、何やら、いかがわしい東洋人達が登場する。映画に出てくる、漢字で書かれた「上海」が、現代書道的にアレンジされていて、中々である。蒸気機関車ファンにとっても、垂涎ものの蒸気機関車が、その型式は筆者には分からないが、登場するところも見ものであろう。こうして、一行は、シベリア横断鉄道に乗り継ぎ、モスクワを目指すことになるが、その一行の前には、目から赤い光線を発するモンスターが現れる。この凍結していた、約二百万年前の猿人がモンスターとして蘇るというナンセンスに、ピーター・カッシング演ずる医者が被害者の頭蓋骨を開けてみるというグロテスクが邂逅する。であれば、日本の1930年代の「エロ・グロ・ナンセンス」ではないが、当然、「エロ」を体現する女優が出てこなければならないであろう。
そのような女優一人が、本作でポーランドの伯爵夫人を演じるSilvia Tortosaである。バルセロナ生まれの彼女は、元々は舞台女優として出発したが、1960年代の半ば以降、映画界にも進出し、本作でも、クリストファー・リー演じる人類学者に、人妻であるにもかかわらず、「興味」を示す役を演じる。彼女は、列車の豪華コンパートメントに置かれたピアノで、映画の冒頭に流れるテーマ曲を演奏する。
もう一人の女優は、女スパイ・ナターシャを演じるHelga Linéである。彼女の本名は、Helga Lina Sternシュテルンといい、1932年にベルリンで生まれたユダヤ系ドイツ人である。彼女が生まれた翌年にナチス政権が誕生すると、彼女は、両親と共にポルトガルに亡命する。そこで育ったHelgaは、40年代の頭から映画界にデビューにするものの、その後は、ダンサー、サーカス芸人、ファッション・モデルとして働いて生計を立てる。1961年には、本作の監督でもあるEugenio Martinの下、カリブ海を舞台とする海賊映画に登場する女海賊を演じる。こうして、イタリア映画界への道が開かれたのか、これ以降、もう一つのイタリア映画が得意とするジャンル、古代ギリシャ・ローマをテーマとした「サンダル映画」や「スパゲッティ・ウェスタン」に出るようになり、1972年に本作での役を得ることになる。後年、スペイン映画界の鬼才ペドロ・アルモドバル監督に敬意を払われる存在となり、Helga Linéは、1982年に公開された映画『セクシリア』に助演している。
さて、この愛すべき、レトロ感があるホラー映画は、クリストファー・リーとピータ・カッシングの両イギリス俳優のゴシック・ホラーのアウラが香気高く漂って、筆者には、好みの作品である。それに、スペインの宗教性が絡み、イタリア風のGialloジャッㇽロ映画感もまた出ており、高校の文化祭にある、お化け屋敷を思い出させ、怖がらないと申し訳ない気分が満載で、実に、楽しい。しかも、本作には、正確にはSFではないのであるが、異星物体が絡むという点で更に面白くなる。
氷結した「物体」、赤い目、そして、何らかの力によって人間に乗り移る能力、この三点の特徴を挙げてみると、SF好きの方には、ハタと思い付くSF短編作品があるであろう。そうである。『Wo Goes There?』、邦題は、『影が行く』である。1938年発表のこの作品の作者は、SF雑誌の編集長として辣腕を揮ったJohn W. Campbell Jr.ジョン W. キャンベル Jr.である。この作品は、1951年に映画化されており、『遊星よりの物体X』が撮られているが、現代では、1982年作の『遊星からの物体X』(ジョン・カーペンター監督、カート・ラッセル主演)の方が有名であろう。という訳で、本作は、そのストーリーの一部は、SFホラー映画の翻案ものであるという、楽しいおまけ付きでもある訳である。