2026年3月23日月曜日

ベルファスト 71(英国、2014年作)監督:ヤン・ドマンジュ

 北アイルランド「問題」を理解する上では、まず、元々ケルト系民族で、ゲール語を話すゲール人が住んでいたアイルランド島が、長い間、現在のグレート・ブリテン島の中・南部に居住していたケルト系ブリトン人が中心となって建国した「イングランド」の植民地であったことを知っておく必要がある。

 既に中世において一部の植民活動が始まっていたが、イングランドによるアイルランドの植民地化は16世紀半ばになって本格化する。それは、イングランドのテューダーTudor王朝の、文化人でもありながら、権力欲も旺盛なヘンリー八世時代のことであり、彼の下で、名目だけの「アイルランド王国」が1541年に建国される。しかも、ヘンリー八世は、自分が離婚できるように、イングランド国教会をカトリック教会から分離させるような形で成立させたことから、アルプス以北のヨーロッパにいたゲルマン人のキリスト教化の発祥の地とも言えるアイルランドでは、英国教会に対する、宗教的な反発もまた生まれた訳である。

 この宗教的対立に拍車を掛けたのが、プロテスタント系の清教徒革命であり、この宗教革命の最中、イングランド内戦で清教徒派と対立していた王党派(ロイヤリスト)と、アイルランド・カトリック同盟が1649年に同盟を結んだことから、これが、オリヴァー・クロムウェル率いるニュー・モデル軍のアイルランド派遣を招き、この「クロムウェルのアイルランド侵略」と言われる事態を以って、アイルランドは、完全にイングランドの支配下に置かれることになる。こうして、アイルランド人は、イングランドによる抑圧的・差別的な支配を受けるようになり、また、プロテスタント系入植者がアイルランド、とりわけ、島の北東部にあるUlsterアルスター地方に入植してくる状況となる。

 18世紀半ばになると、しかしながら、アイルランドにもナショナリズム運動が起こり、アイルランド愛国党なるものも生まれ、更に、1783年にアイルランド議会に自治権が与えられる。一方、1789年に勃発したフランス大革命の政治思想的な影響を受けて、イギリス王権からの独立を求め、更には、政体も「共和主義」を希求する政治的な動きがアイルランドにも生まれ、1858年には「アイルランド共和主義者同盟(兄弟団):IRB」なる秘密結社も登場する。

 こうした中、1914年に第一次世界大戦が勃発するまでは、大英帝国内に留まって、アイルランドの自治権をより拡大する運動が、アイルランドの完全独立を目指す共和派より強かったのであるが、この自治権拡大運動が大戦の勃発により失速したことから、大戦中の16年四月に共和主義者達による、イースター蜂起が起こる。これが、結局、アイルランド独立戦争に繋がることになり、18年のアイルランド総選挙で、1905年に結党されたシン・フェイン(「我等自身」)党が第一党となったことから、翌年一月にこのナショナリズム政党が第一回国民議会を招集し、アイルランド共和国の独立を宣言するに至るのである。

 21年12月に、妥協の産物である休戦協定・英愛条約が締結され、アイルランド共和国は、大英帝国傘下の他の自治国同様に、「アイルランド自由国」(建国自体は22年12月)となり、アイルランド島北東部のアルスター地方を中心とする北アイルランドは、場合によっては自由国から離脱できるものとされた。そして、アイルランド人の、完全独立が達成できなかったことを不満とする反条約派がアイルランド内戦を起したことから、北アイルランドは自由国から離脱し、これが、後の北アイルランド「問題」に発展することになった訳であるが、それでは、何故に北アイルランドは離脱したのか。

 既に19世紀のアイルランドの自治権拡大の運動に対して、これに反対して、アイルランドをイギリスの同君連合の下に置くことを望む政治勢力があった。それは、君主制のためであるから、これを「ロイヤリスト」と、また、大英帝国内の「連合」のためであるから、これを「ユニオニスト」と、呼称できる。ここに「ロイヤリスト」対「レパブリカン」、「ユニオニスト」対「ナショナリスト」の構図が出来上がるが、これに、宗教的対立の「プロテスタント」対「カトリック」の構図が交差し、この対立が先鋭化していたのが、同じアイルランド島内にありながら、プロテスタント派が住民の多数を占めるアルスター地方なのであった。

 アイルランドにおけるナショナリズムの振興に危機感を抱いていたアルスター地方のプロテスタント派は、第一次世界大戦が始まる直前の1912年に武装組織・アルスター志願兵部隊を結成する。この翌年には、これに対抗するように、アイルランド共和主義者同盟(IRB)がアイルランド志願兵(IV)を、アイルランド労働組合がアイルランド市民軍を設立する。

 反英武装組織は、元々、19世紀中頃からあったと言われるが、上述の「アイルランド志願兵(IV)」を基に、アイルランド共和国の設立宣言と共に、アイルランド共和国軍(Irish Republican Army、略称:IRA)が設立される。しかし、1921年12月の英愛条約での妥協点を巡る路線闘争でIRA自体が分裂し、その多数派はアイルランド国防軍Irish National Armyに吸収されたのであるが、あくまでアイルランド全土の完全独立を希求する武闘派IRA分派は、約一年間に及ぶ凄惨なアイルランド内戦(22年六月から23年五月まで)を展開する。

 この内戦を見た北アイルランドのユニオニスト達は、英愛条約の条項に基づいて、アルスター地方の六つのCountyの、アイルランド自由国からの分離を議決する。と言うのは、既に第一次世界大戦中にイギリス政府側で内々に考えられていた北アイルランド分離案は、20年のアイルランド政府法によって「北アイルランド議会」が設立され、この新たに設立された議会がアルスター地方を管理下に置くということで、北アイルランド分離案の準備が、英愛条約締結前に十分に整えられていたからであった。

 これと同時に、20年以降は、イギリス政府やイギリス軍の援助を受けつつ、北アイルランドには、アルスター特殊警察隊や「ブラック・アンド・タンズ」という治安警察部隊が置かれる。映画で描かれた、カトリック教徒の家に入り込み、暴力を働きながら、家宅捜索を行なっていた警察官は、恐らく、これらの特殊警察部隊員であると思われる。尚、「Black and Tans ブラック・アンド・タンズ(黒色と褐色)」とは、王立アイルランド警察隊(Royal Irish Constabulary、略称:RIC;「Constabulary」とは、一般警察業務を行なう警官を指す)を補強するために、陸軍の復員兵から採用した警察官の通称である。RICの黒っぽい濃緑色(ライフルグリーン色)の制服と、イギリス陸軍の淡い褐色の野戦服を組み合わせて新採用者が制服を着用したことからこの通称が付いたのであった。

 1949年、アイルランド自由国は、イギリス連邦より離脱したことから、北アイルランドがその後の紛争・政争の中心となり、北アイルランドでは、多数派のプロテスタント派が、少数派のカトリック派を抑圧する体制が第二次世界大戦後は続いていた。

 1966年に、「イースター蜂起」が50周年を迎えることから、アイルランドと北アイルランド政府が歩み寄る動きを見せる。これを警戒したプロテスタント派は、66年に、アルスター志願兵部隊を再組織して、Ulster Volunteer Force(UVF)、つまり、アルスター志願兵軍を設立する。

 1964年以降のUSAでの公民権運動の高まり、1968年以降の学生運動の高揚を受けて、北アイルランドでの「プロテスタント派・ユニオニスト派」と「カトリック派・民族統一派」との間の衝突は次第に過激さを増していく。69年12月には、IRA自体が、政治的闘争を重視するオフィシャルIRA(OIRA)と武闘派のプロヴォス(暫定派)IRA(PIRA)とに分裂したことから、アイルランド「問題」は、その紛争度をより強めることになり、遂に、イギリス陸軍が両派の「緩衝役」を現地で担うことになる。しかし、事実上は、イギリス陸軍は、プロテスタント側に立ちながらも、プロテスタント派のカトリック派への暴力の度合いをコントロールするという役割にはまり込んでいた。

 こうして、映画でも描かれたような、IRA暫定派がイギリス陸軍兵士を射殺するという事件が71年二月に起こる。カトリック派住民地域は、IRA暫定派の指導の下、要塞化して抵抗するが、このようなカトリック派の組織化に対しては、様々なプロテスタント系「自衛組織グループ」もまた集まって、「アルスター防衛同盟Ulster Defence Association:UDA 」を組織化し、これが後に最大のロイヤリスト準軍事組織となる。71年12月には、カトリック派地区にあったあるバーで爆弾が爆発し、15人が死亡するという、北アイルランド紛争期に起きた最も悲惨なテロ事件が起こる。本作でも描かれた、あるバーでの爆破事件は、恐らく、このテロ事件を指しているのであろうが、映画は、二月の英国兵士殺害事件と十二月のバー爆破事件をほぼ同じ時期の出来事として描いている。

 本作はカトリック派居住地地区に置き去りにされたある英国人兵士の逃避行を描くものであり、殆んど何も北アイルランド紛争について知らないまま北アイルランドに投入された新兵のナイーヴさが、英国陸軍の「無実さ」加減を暗示しており、問題があるように思われる。既に1970年には、英国陸軍はIRA暫定派と銃撃戦を演じており、71年夏には、英国陸軍は、IRA暫定派と疑われた人物は手当たり次第に逮捕し、彼等を裁判なしで投獄し、各刑務所では、拷問・虐待を行なったと言われている。英国の諜報機関(国内諜報機関MI5か別の公安組織)が裏で非情な活動を行なっていた点は描かれている本作では、しかし、アルスター防衛同盟の活動にははっきりとは触れておらず、確かに、様々な点を描き過ぎることで、観る者の注意を逸らす恐れはありながらも、この点に関してもある程度の暗示があってもよかったのではないか。

 本作は、題名にある通り、1971年の北アイルランドの出来事を描いているのであるが、歴史は、その翌年の72年こそが、北アイルランド紛争の中で最も死者が多かった年であることを知っている。この年に約500人が亡くなったと言われている。そして、その中には14人の死者数を数える、一月の「血の日曜日事件」があった。それは、北アイルランド公民権協会が呼び掛け、OIRAとPIRAもこれに協力して組織された、約二万人も参加した非武装の平和的なデモに対して、英軍の第一パラシュート大隊の兵隊が発砲した事件であった。英国陸軍は、これを以って、国際的な非難に曝されることになる。

 1972年七月には、今度は、IRA暫定派が北アイルランドの首都ベルファストで連続爆弾テロ事件を引き起こす。いわゆる、「血の金曜日事件」である。爆弾が22発も仕掛けられて、80分以内に次々と爆発し、九名が死亡し、約130名が負傷したという悲惨な事件であった。

 1970年代は、正に、中東も含めた、国際テロリズムの時代であり、北アイルランドにおけるIRA暫定派の活動もこれに連動する動きであったが、無差別テロが結局はカトリック系市民の犠牲者を出したことは、一般大衆のIRA暫定派への支持が次第に離れていく過程でもあった。こうして、80年代・90年年代を通じて、IRA暫定派においても、武装闘争から政治闘争への重点の移動が見られ、IRA暫定派の「政治的な腕」と言われた北アイルランド・シン・フェイン党がより重要な役割を演じるようになり、このプロセスは、結局のところ、1998年のベルファスト合意の調印に至る。合意の内容の一つは、北アイルランドにあるすべての武装組織の将来的な武装解除であった。2005年七月、IRA暫定派の軍事協議会は、武装闘争の放棄を宣言し、同年九月には、国際的に構成された武装解除委員会が武器放棄・武器破壊を確認している。

 北アイルランド「問題」は、現実的な妥協の産物として、2005年以降も鎮静化はしているのであるが、IRA過激派は未だ存在しており、また、2020年のイギリスの欧州連合離脱により、北アイルランドとアイルランド共和国との間の「国境」が改めて顕在化したことから、不穏な動きが一部には見られる。本文章を書いているのが、2026年三月であり、来月の四月には、あの「イースター蜂起」が110周年を迎える。アイルランド人、とりわけ、北アイルランドで生きているカトリック教徒は今どんな思いを抱いていることであろうか。

2026年3月18日水曜日

トップ・ガン マーヴェリック(USA、2022年作)監督:ジョセフ・コシンスキー

 映画の冒頭、調整中のある飛行機が登場する。この時は、どの単葉機か分からないのではあるが、ラスト・シーンでは、その飛行機が、P-51であることが分かる。軽快な、スリムな機体と、それと思われる、腹に抱えた吸気口が特徴的なこの戦闘機は、ノース・アメリカン社が開発し、USA陸軍航空軍で使用された単座戦闘機である。当時としては高速で、しかも戦闘機として比較的長い航続距離があったことから、爆撃隊の護衛戦闘機として、第二次世界大戦末期にはドイツ第三帝国の上空を制圧した。この戦闘機は、また、帝国日本の上空にも現れ、対地攻撃で、地上を射撃して回ったものである。愛称は、Mustangマスタングで、これは、スペイン人によって北アメリカ大陸に持ち込まれ、野生化した小型の馬の名称であると言う。ウィキペディアによると、この機は、第二次世界大戦中・後期の「最優秀戦闘機」であったと言われる。

 すると、映画ではシーンが変わって、今度は、一挙に80年程時代が飛んで、極超音速ジェット機となるテスト機「ダークスター」が登場する。これは、マッハ5以上のハイパー・ソニック・スピード(Hypersonic Speed)で飛行するテスト機で、これで以って、マッハ10以上を越えようと言うのである。とすれば、これは、恐らく、いわゆる「第六世代」のジェット機の試作機であるということになろうか。2020年代初頭、ジェット機は、もう、「第六世代」の時代なのである。

 何を以って「第六世代」とするのか、2020年代に入っても未だはっきりした定義はないようであるが、その要件の一つとしては、第五世代を上回るステルス性能と超音速巡航能力であると言う。であれば、「ダークスター」は、この超音速巡航能力を試作するための機体であると言える。

 現在実用化されている第五世代ジェット機の要件は、ステルス性能が最も核心的なものであろう。という訳で、USA軍と対抗する敵方のジェット戦闘機は、本作では、単に「第五世代戦闘機」と呼称されて登場するが、ウィキペディアによると、それは、どうもロシア製ジェット戦闘機Su-57型機であるようである。この世代に属するUSAジェット戦闘機としては、例えば、F-35がある。

 この第五世代ジェット戦闘機に追跡されたF-14機は、何とか危機を切り抜けるが、何と、このF-14機を我等が英雄T.クルーズは、敵方から奪ったのである。どうして、F-14機が敵の手にあったのか、都合がよすぎるのではあるが......

 このF-14型は、USA軍のジェット戦闘機としては、第四世代ジェット戦闘機に属する型で、しかも、本作の主役的ジェット機であるF/A-18よりも前の型で、この二つの型の間には、F-15や、その汎用性において名ジェット戦闘機と言われたF-16が存在している。疑問なのは、この第四世代ジェット戦闘機の初期型とも言えるF-14型機が、その世代一つ後のSu-57型機からその追跡を逃れられる可能性は極めて低いのではないかということである。そのストーリー展開に「眉唾もの」が少なからずある本作には、仕方がないことであろうが、それでも、やはり、危機を救うために突如やって来なければならない「騎兵隊」の出番作りは、これで以って、完璧ということであろうか。

 それでは、何故に本作ではF-14型やF/A-18型が主役を演ずるのか。どうして、次世代型のF-35型ではないのか。それは、「Top Gun II」としての本作の前作との関わりがあるからである。故に、作戦内容をわざとF-35型では相応しくないものとして、老体に鞭打ったT.クルーズが四機編隊のリーダー役を務められるようにした訳である。

 ジェット戦闘機の世代は、第一世代が1940年代の後半から始まり、音速に達しない速度で朝鮮戦争をお互いに戦った世代(F-86対MiG-15)から始まる。音速に達して、第二世代となり、超音速の速さにミサイル弾を装備した第三世代で、ジェット戦闘機の時代は1960年代に入るが、USA軍は、この世代で格闘戦性能を軽視したことで、ヴェトナムの上空でソ連製戦闘機との戦いで苦戦する。その戦訓から、およそ1980年代から運用が始められた第四世代では、大推進力で機敏な運動飛行が可能であり、格闘戦性能、いわゆる「ドグファイト」性が重視されたのである。つまり、ここで格闘戦を戦える、パイロットの技量と闘志が求められた訳で、ここがまた、本作におけるメッセージ「考えるな!(本能に従え!)」に通じる理由でもあった。そして、これは、正に、『Top Gun I』(Tony Scott監督、1986年作)へのオマージュでもあり、この前作での主役戦闘機も、F-14であったのである。この時、この機を駆って、若きT.クルーズは、架空のMiG-28と戦ったのである。

 第六世代ジェット戦闘機では、恐らく最早、人間の「闘志」の出る幕はなくなり、AIに制御された、場合によっては無人機の飛行団が制空権を圧することになるであろう。この意味で、本作のラストシーンでのP-51マスタングがゆらりゆらりと飛行する場面は、ご愛敬でもあろうが、同時にジェット戦闘機時代で人間の要素が未だにある役割を演じられた時代へのノスタルギー・哀惜でさえあるのである。

2026年3月16日月曜日

ボーダー 二つの世界(スェーデン、デンマーク、2018年作)監督:アリ・アッバシ

 この圧巻な「説話力」は何であろうか。もちろん、ストーリー自体の「吸引力」は当然である。北欧的な静寂さも物語りのミステリー性をより強めていることは確かである。しかし、この「説話力」の強さは、主人公ティーナの存在感、少々ずんぐりした体つき、筋肉か脂肪なのか分からいが、起伏がある顔面、眼窩の上の眉に沿った隆起、そして、射るような眼光、これらの要素が醸し出す圧倒的な存在感が本作を特異たらしめている。

 スェーデン映画協会主催のGuldbaggen(ゴールデン・ビートル)賞では、2019年に本作を11部門中、九つの部門でノミネートし、本作は、六部門で受賞した。作品賞、音響編集賞(クリスチャン・ホルム)、視覚効果賞(ピーター・ヨルト;ヨーロッパ映画賞でも受賞)、そして、言わずもがな、主演女優賞(エーヴァ・メランデル) 、助演男優賞(ヴォーレ役のエーロ・ミロノフ)、更に、メイクアップ・ヘア賞(ゴーラン・ルンドストローム、パメラ・ゴールドアンマー、エリカ・スペツィグ)である。同時に、本映画協会は、本作を米国アカデミー賞の最優秀外国映画賞候補に推薦する。米国アカデミー賞では、やはり、最優秀メイクアップ・ヘアスタイル賞にノミネートされた。ウィキペディアによると、ティーナ役のメランデルとヴォーレ役のミロノフは、撮影期間中、毎日四時間、メイクアップのために椅子に座っていなければならなかったと言う。

 一方、本作は、カンヌ国際映画祭では、「Un Certrain Regardある視点」部門で本賞を獲得した。受賞の理由は、本作のテーマである、自然界と人間界の狭間を生きる「Trollトロル」という「少数派」の行き様を、現代社会に蔓延る悪である「児童性愛」の犯罪と結び付けた点であったからであろうと思われる。(故に、個人的には、邦題の『ボーダー 二つの世界』は、正しくない題の付け方であり、「ボーダー」は、何も二つだけの世界を区切るだけではなく、また、様々な世界の「狭間」に存在する「もの」をこれでは含意していないからである。)

 作品の同名原作は、スェーデン人作家John Ajvide Lindqvistヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる。吸血鬼・ゾンビのホラーもので有名になった彼は、本作の原作では、北欧に存在する妖怪・モンスター・妖精的存在であるTrollトロルを扱っており、本作の脚本作成にも参加している。本作の監督のAli Abbasiアリ・アッバシもまた脚本チームに加わり、更に、監督のたっての願いにより、女性監督兼脚本家であるIsabella Eklöfイサベラ・エクルーフが、彼女が犯罪ドラマ部門から来ていることもあり、ミステリー的ストーリーに心理的な現実味を加味するパートを担当したと言う。こうして、ティーナの境界的存在にマッチするように、本作も、単なるミステリー作品に終わらない、ジャンル映画的なミックスが可能となった訳である。

 監督のA.アッバシ自身も特異な存在であり、1981年にイランの首都テヘランに生まれた彼は、2002年までテヘランにある工科大学で学んだ後、この年に、ストックホルムに移住して、スェーデン王立工科大学で建築を勉学する。2007年に同大学を卒業すると、この年から、今度は、デンマークの国立映画大学で映画製作を学んで、ここを2011年に卒業して、監督、脚本家となったという、変わった経歴を持つ人物である。2008年から11年までは自らが脚本を書いた短編映画を三本程制作し、16年に長編劇映画の第一作目を発表し、18年作の本作が彼の長編劇映画第二作目となる。22年には『聖地には蜘蛛が巣を張る』で、主演を演じた女優がカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞し、その二年後に伝記映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を撮る。このような監督A.アッバシのフィルモグラフィーを見ると、彼は、ミステリー映画監督系ではなく、社会派映画監督としての傾向がより強い人物であると見ることが出来であろう。その意味でも、本作は、A.アッバシ監督の映画歴から見ると、むしろ、異色作品であると言える。

 さて、ティーナと同じような外見を持つヴォーレは、自分達は、Trollトロルであると言う。Trollとは、イギリスの北東にあるシェットランド諸島・オークニー諸島なども含む北欧・スカンディナビア地方の民俗伝承で語られる巨人乃至は小人の精霊・妖精である。キリスト教がこの地域に広まるのに従って、彼等は悪霊乃至悪魔とされてきたが、北欧ゲルマン神話の雷神たるトールにより、Trollはより北の寒冷地に追われたと言うから、Trollは、ゲルマン人よりも更に前にこの地域にいた先住民族であった可能性がある。つまりは、Trollは、ゲルマン人よりも古層の存在だった訳である。

 Troll達は、一部には、「醜く」、また、毛むくじゃらであり、ジャガイモに似た鼻は大きく、手の指は四本しかないと言う。彼等は、丘陵地、長塚、土墳などの下に共同体を作って暮らすところから、スェーデンでは「ベルグフォルク(山の人々)」と呼ばれた。デンマークでは、彼等は、北の氷海に面した森の中に住むとも言われている。

 人間界との関りでは、Troll達は、人間に幸運も不幸ももたらす存在であるが、金属工芸に秀で、薬草や魔法を使った治療も出来ると言うのである。そして、興味深いことには、映画でもこのような場面が登場するのであるが、Troll達は、洗礼を受けていない乳児を奪い、その代りに、Troll達の「取り替え子」を子供のベットに置いておくというのである。

 このTroll達がゲルマン人よりもより古い存在であるとすると、それは、ケルト人であったかもしれないが、寒冷地に生きた先住民族ということで、監督A.アッバシを含む脚本家チームは、更に大胆な仮説を提示したと思われる。つまり、Troll達は、ネアンデルタール人の末裔ではないかというのである。

 筆者は、映画に登場するティーナを見て、即、これはネアンデルタール人ではないかと感じた。それで調べてみると、ウィキペディアのネアンデルタール人の項目に出ている写真は、正に、ヴォーレの顔とよく似ているのである。

 ウィキペディアによると、2010年にセンセーショナルなある発表がなされた。約四万年前に絶滅したと言われる旧人ネアンデルタール人のDNAの痕跡を現生人類たるホモ・サピエンスも平均すると1から2%程度持っているのであると言う。つまり、ネアンデルタール人(とりわけ男性)とホモ・サピエンス(とりわけ女性)が交雑していたことをこの事実は示すのである。しかも、アフリカ系の祖先を持つ女性のヒトのゲノムにはほぼ見られないネアンデルタール人のゲノムの痕跡が、高い場合には約4%あると言う。仮に、残されたネアンデルタール人のDNAの割合が偶然にも高まる環境が存在するとしたら、Troll的な人種が生まれたかもしれないのである。そして、それは、どうも北欧の寒冷地が好適地であった。

 脳の大きさではホモ・サピエンスを上回ったネアンデルタール人は、筋力もあり、狩猟の能力も高く、寒冷地への適応能力がよりあったのである。故に、彼等は毛深かったのであり、皮下脂肪が厚かったのであろう。「胴長短脚」の体型も、寒冷気候に適した体型であった。一説には、高緯度地方で生き延びたことから、ネアンデルタール人は、白い肌で、赤い髪であったとも言われれている。

 また、顔が大きく、鼻は鼻根部と先端部共に高く、且つ、幅広く、眉の部分が張り出して、言わゆる、眼窩上隆起が形成されている。ここまで、ネアンデルタール人の体型的特徴を書くと、さて、本作の主人公ティーナの顔立ちと体型が浮かんでくるのは偶然の一致であろうか。

2026年3月9日月曜日

欲望のバージニア(USA、2012年作)監督:ジョン・ヒルコート

 時は、1931年、USAは未だ禁酒法時代であった。場所は、ヴァージニア州にあるCountyカウンティ―Franklinフランクリンである。ヴァージニア州は、USAの東海岸にある各州を南北に繋げると、その中ほどにあり、郡名の「フランクリン」は、USA建国の父であるベンジャミン・フランクリンに因んで採られている。ウィキペディアによると、禁酒法時代(1920 – 1933)に、ここの地元民はフランクリン郡のことを「世界の密造酒首都」と呼び、「1920年代に、郡民100人中99人は何らかの形で違法酒販売に関わった」と言われた郡であった。

 本作の原作の著者Matt Bondurantは、本作の主人公ジャックら三人兄弟と同様の苗字Bondurantであり、実は、孫のマットは、祖父のジャックを本作の語り手として、祖父やその兄弟の「行状」と運命、そして、33年には終わる禁酒法時代後の自らの家族の繁栄を描いた。原作名が『The Wettest County in the World』(2008年作)とあるのは、上述の「世界の密造酒首都」と似ているのであるが、この「Wettest」とは、禁酒法に賛成する派を「dry」と呼んだに対して、アルコール容認派を「wet」としたことによる。

 Bondurantボンデュラン兄弟の長男ハワードは、第一次世界大戦に従軍し、自分が所属する部隊全員がほぼ戦死する中、一人だけ生き残った元兵隊であり、その心の傷を癒すべく、アルコールを手から離せなくなっていた。また、次男のフォーレストは、兄弟の両親が亡くなったスペイン風邪に罹患し、重体であったのにも関わらず、それを生き延びた男であった。故に、彼には「不死身」であるという伝説が地元ではまかり通っていたのである。実際、彼は、剃刀で頸を切られても、銃弾を身体に数発受けても、不思議なことにそれを生き延びる。

 三男のジャックも不死身なのかは映画では語られないが、何れにしても、この三兄弟は、郡内にある街道沿いのガソリンスタンドとドライブインを表では経営し、裏では、密造酒を作っては、それを町で売りさばいて、金の儲けていた。正に、アルコールが禁止されているが故に、彼等は密造酒で金が儲けられていたのである。そんな中、頭の切れるジャックは、偶然にコネを付けることが出来た町のギャングFloyd Banner(名優Gary Oldman)の助けもあり、密造酒製造所を改良し、馬力のある車を手に入れて、本格的に密造酒の製造と販売に乗り出したのである。

 これと前後する時期に、新しく郡の検察官(Attorney)と共にやってきたSpecial Deputy(連邦保安官Marshalを特別に補佐する人物;イギリス人俳優Guy Pearceがその厭らしさを好演)が、密造酒から上がる利益からの分け前を懐に入れようと、郡内の密造酒製造者達に圧力を掛ける。その圧力に屈して密造酒製造の同業者が次々と分け前金を支払うことに妥協していく中、Bondurant兄弟はこれに抵抗することから、彼等と特別補佐官Rakesとの対立は銃撃戦へと発展することになる。さて、その結末は、如何なることになるか?

 さて、特別補佐官Rakesレイクスは、禁酒法時代にあのアル・カポーンがその縄張りとしていたシカゴから来ており、恐らくは修羅場をくぐってきた「強者」であった。そして、ボンデュラン兄弟が経営するドライブインの給仕に新たに雇われたマギーも、あのシカゴから逃げてきた元踊り子であった。という訳で、本作の一つのテーマとも言えるのが、「都会」対「田舎」の構図であり、本来、禁酒法がなければ、違法ではない「密造」酒を蒸溜する村の者達は、普通に生活していたはずなのである。そもそも国家(連邦)がアルコール類に税を掛けること自体が、彼等にとっては「国の越権行為」に映っていたのであり、村人と深く関わる地元のシェリフも、結局は、村人側に立つことになり、本作は、村落共同体がある意味で機能する「村の団結」へのオマージュであるとも言えるのである。

 そもそも禁酒法の成立は、共和党や民主党の党派の別を越えた、殆んど宗教的な信条に基づくものであった。禁酒法成立への動きは、既に19世紀の半ば頃から燻っており、とりわけ、禁欲的生活を唱導するプロテスタント派、とりわけ、メソジスト派、再洗礼派、長老派、クェーカー派、北欧のルター派などがその担い手となり、USAの地方政治において主要なテーマとしていたのである。これに対して、国家・政府が道徳・倫理を規定することに反対する立場として、反禁酒法派(ドライに対するウェット)がおり、この立場に立ったのが、主に、米国聖公会派、ドイツ系のルター派、そして、ローマ・カトリック教派であった。

 このような状況下で、1916年の大統領選挙で民主党の現職ウッドロウ・ウィルソンが再選され、17年一月に米国議会が招集されると、大統領選挙では争点となっていなかった禁酒法問題が突然脚光を浴びることとなる。ウィキペディアによると、この議会では、「ドライ」派が、民主党では140対64、共和党で138対62と、それぞれ「ウェット」派よりも多く、また、同年四月にUSAが対独宣戦布告をしたことから、「ウェット」派の主要勢力の一つであったドイツ系アメリカ人の発言力が失われたこともこれに影響した。しかも、当時のUSAにおける大手ビール製造会社の多くがドイツ系であったこともあり、「ビール=ドイツ=悪」という単純明快なイメージがまかり通ったこともあって、「ドライ」派を勢いづかせることに繋がったと言われている。こうして、1920年に禁酒法は議会で採択される。

 このような禁酒法成立の宗教的な背景を鑑みると、本作の23分代から数分に亘り、ある教会内のでミサの様子が描かれたことは、興味深い。

 この教会の外には車が止まっており、信者は、馬車にしか乗らないアーミッシュの信仰者よりはラディカルではないようである。教会内には祭壇のようなものはなく、建物の中央には空間を設けて、そこに牧師に当たる人物が立ち、集会者は、この中央の空間に向けて、四方に何列か椅子を並べて座っている。建物の東西方向は分からないが、建物の壁の二面に、女性が座る席が、他の二面には男性が座りっており、座る場所に男女の別が、ユダヤ教のシナゴーグと同様にあるようである。年齢の別は関係がないようであるが、女性に関しては、全員が被り物をしており、女の子が白い被り物をしているところから、未婚の女性は白の、既婚の女性は黒の被り物をするようである。主人公ジャックの意中の女性バーサ(Bertha)も、髪を後ろに撫でて纏め、白色の薄いレースのような被り物を被っている。集会者は、膝に上に置かれた聖書のような本を片手で広げ、もう一本の片腕を、右手か左手かは決まっておらず、肘を軸にして、歌に合わせてゆっくり上下させている。

 ミサの儀式の一つに「洗足式(せんぞくしき)」があり、この儀式は、ヨハネによる福音書13:1-17に書かれてある、イエスが弟子の足を洗ったことによる。まず、一つの壁面に座っている四人の男性が立ち上がり、別の面に座っている四人の女性の前に向かう。彼女達の前には既に洗面器のような金盥があり、四人の男性は、跪いて、椅子に座ったままの四人の女性の足を洗う。足を洗われた四人の女性は、今度は、自分達の正面に座っている男性達の足を洗うのである。ある事情で、このミサの場面は別の場面へと急展開するのであるが、この教会の教派は、調べたところによると、Brethrenブレザレン会派という。この会派は、元々はドイツから発祥した、プロテスタント系再洗礼派の会派である。

2026年2月26日木曜日

柳生連也斎 秘伝月影抄(日本、1956年作)監督:田坂 勝彦

 柳生家が、江戸だけではなく尾張にもあるとは知らなかった。調べてみると、柳生家は、元々は現・奈良県に所領を持つ一豪族に過ぎなかったと言う。それが、江戸時代初期に徳川家康・秀忠に厚遇されることとなり、それを以って、大名格の大和柳生藩にまで成長するが、それは、第一代目藩主・柳生宗矩(むねのり)がその基礎を築いたからであった。これが、「江戸柳生」である。

 これに対し、「尾張柳生」というものもあり、これは宗矩の父で、剣聖と呼ばれた上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)から新陰流を伝授された柳生宗厳(むねとし、後の石舟斎)に、宗矩の他に長男・厳勝(としかつ)という子もおり、この厳勝の子・利厳(としとし;つまり宗矩の甥)が、大坂夏の陣の年の元和元年の1615年に尾張徳川家に五百石で出仕し、藩主徳川義直に兵法を伝授し、それ以降、代々藩主の指南役を務めることとなったからである。利厳は、本作では、「柳生兵庫助」という名称で登場し、本作の、市川雷蔵が演じるところの「兵介」は、正式には、「厳包(としかね)」といい、隠居後は、本作の題名の一部になっている「連也斎」と名乗った。「兵介」は、実際に、徳川義直の子・光友(光義)
の師範となって、本作でも描かれるように新陰流を伝授しており(新陰流第六世)、後の「連也斎」となる彼は、『御秘書』、『連翁七箇條』などの著書も著わした江戸時代前期の剣術家であった。厳包は、剣術家となると、最早女性を自らに近づけず、それ故に妻子もいなかったと言われている。これが正しいとすると、本作のラストシーンもまんざら嘘ではないことになる。元禄七年の1694年、70歳の時に兄・利方の子たる厳延に印可を相伝して道統を継承させたと言う。有名な赤穂事件が起こるのは、その七年後であった。

 兵介の父・柳生兵庫助に対する剣豪・宮本武蔵、余り腕が立つとは見えない兵介(市川雷蔵)に対する、武蔵の弟子で、武蔵より「見切りの秘太刀」を伝授された鈴木綱四郎(勝新太郎)、兵介を想う、武家の娘さんに対する同じく兵介を慕う遊女・美和と、コントラストの構図ははっきりしており、殆んど考えなくともストーリー展開には付いていける。この構図は、兵介に懸想する美和に、何故か綱四郎がぞっこん惚れ込んでいるところから、錯綜し、こうして、幼馴染でもあり、また良きライバルたる剣友・兵介への綱四郎の敵愾心はいやが上にも高まり、結局、この邪恋が、美和も、そして綱四郎自身までも亡ぼすことになる。

 原作は、剣豪小説のジャンルを戦後の50年代になって改新したと言われる五味康佑(やすすけ)による。様々な職業に就きながらも、小説を書くことを諦めずにいた五味は、偶々音楽関連で知り合った新潮社の役員に支援を受けながら、ある時聴いたフランス人作曲家クロード・ドビュッシーのピアノ独奏曲「西風が見たもの」(プレリュード第一集より)にイメージを受けて、原稿用紙30枚程の短編『喪神』を書き上げ、これを『新潮』の1952年12月号の「同人雑誌推薦新人特集」に掲載してもらう。これが、翌年の第28回芥川賞を受賞し、五味の小説家としての地位を確固たるものとした。この作品は、53年に早速、大映により『魔剣』(安達伸生監督;大河内傅次郎主演)の題名で映画化される。55年には短編『秘剣』が発表され、これが、『喪神』も含む後の短編集『秘剣・柳生連也斎』の表題作となる。『秘剣』自体は、同名の映画作品として1963年に稲垣浩監督、市川染五郎主演で映画化されることになるが、『柳生連也斎』という作品も55年に世に問われている。これが何故に大映映画の本作の題名の一部となっている「秘伝月影抄」に関係があるのかは、今のところ筆者には未知である。しかも、市川と勝の決闘は、日中に行なわれており、その際、兵介が父から授かる知恵「相手の影を切る」は、勝が太陽を背に受けて投げる影を兵介が踏み続けて間合いを一定にするというものであるから、それであれば、「秘伝日影抄」であろう。

 五味は、1956年の『週刊新潮』の創刊号より、『柳生武芸長』を連載し始め、これが人気を博し、剣豪小説、武芸長というジャンルのブームを、同時期の連載もの『眠狂四郎シリーズ』を書いた柴田錬三郎と共に、導いた一人であった。

 最後に、本作を観ていて、非業の女・美和の髪型が気になったので、これについて述べておこう。インターネットに「女の髪型、室町時代、遊女」と入れて検索したら、ウィキペディアに「立兵庫(たてひょうご)」という項目が出てきた。映画を観ていて観察できたのは、この髪型は、耳の後ろ辺りは何やら小姓の髪型、髷は、太く結って立ち上げて、銀杏の葉のようにした形に広げたものである。そうして、ウィキペディアの「立兵庫」の説明によると、これは、主に女歌舞伎役者や遊女に好まれた髪型であると言う。安土・桃山時代頃、中国・明の女性の髷を真似て流行り出した髷に「唐輪(からわ)」という髪型があり、これは、兵庫や堺などの港町にいた遊女がよく結ったものである。その結い方は、「前髪を真ん中で分けたのち髷は髪を頭上で纏め上げて二つから四つの輪を作ってから、根元に余った髪を巻きつけて高く結い上げる」ものであると言う。立兵庫の方は、「髪を一つにくくったものを頭上で一つの輪にし、余った毛先を根元に巻きつけて高く結い上げる」のである。頭上で作る輪の数が、複数か一つかで異なるようであるが、この立兵庫の立っている髷を横に広げると「横兵庫」となり、江戸時代の花魁の髷として知られることになる。成程、立兵庫は、「縦」兵庫となり、そのヴァリエーションは、横兵庫となる訳である。

(本作は白黒映画である。)

2026年2月17日火曜日

バトルシップ(USA、2012年作)監督:ピーター・バーグ

 某国女性首相がお好みの艦種「戦艦」が、21世紀の現代においても、対エイリアン戦の土壇場で大活躍する、痛快SFミリタリー・アクション映画。US・Navyと日本海軍が共同する「お友達作戦」も見どころである。

 さて、本作に登場する戦艦は、USS Missouri,BB-63戦艦ミズーリ号である。本艦は、太平洋戦争中の1944年六月に就役し、一時予備役に入ったものの改装され、その後の1990年に勃発した対イラク湾岸戦争でも任務に就き、ようやく1992年三月になって退役したBattleshipである。

 戦艦ミズーリ号と言えば、太平洋戦争史の最後を飾る、1945年九月二日に、日本が連合国諸国に対して無条件降伏したことを認める調印式がその艦上で行なわれた戦艦であった。ウィキペディアによると、この日、東京湾にあった本艦艦上の出来事は以下のようであったようである:

 「全ての連合国軍高官がミズーリに乗艦した。チェスター・ニミッツ海軍元帥は8:00直後に乗艦した。連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー陸軍元帥は8:43に乗艦し、日本側全権代表団は8:56に到着した。アメリカ海軍では、乗艦している最先任の海軍将官の将旗のみをメインマストに掲げると規定されているが、降伏調印式では、マッカーサーの要求で例外的に、海軍元帥の将旗だけでなく、陸軍元帥の将旗も掲げられた。9:02にマッカーサー元帥がマイクの前に進み、降伏調印式は23分間にわたって世界中に放送された。式中甲板は2枚の星条旗で飾られた。1枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物(48州の星が描かれた星条旗)、もう1枚は1853年の黒船来航で東京湾に現れたマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物(31州の星が描かれた星条旗)である。」

 このペリー艦隊との関連付けは、マッカーサーの演出であったと言われ、ミズーリ号の係留場所は、ペリー艦隊の旗艦Pawhatanポーハタン号が日米和親条約の署名の際に停泊した場所と同じ場所であった。この降伏文書調印式には、USA以外は、中華民国、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、オランダ、フランスにソ連が加わり、日本側からは、天皇及び帝国政府を代表して重光葵外務大臣が、大本営を代表して梅津美治郎参謀総長などが出席した。

 この歴史的に由緒ある戦艦ミズーリ号は、US海軍の超弩級戦艦アイオワ級の三番艦として建造された。本作における見ものの一つである、本艦主砲斉射の場面は、ウィキペディアにある、湾岸戦争時の写真でも確認できる。故に、本艦と戦艦大和と比較して、本作での本艦の「活躍」を相対化してみようと思う。各項目の左側の数字がミズーリ号のもの、右側の数字が戦艦大和のものである。

 基準排水量 45.000t                   64.000t
 満載排水量 58.000t                   72.800t
 全長            270,4m                   263,4m
 最大幅        33m                        38,9m
 主砲   50口径40,6cm三連装砲  45口径46cm三連装砲

 両艦をこのように比較してみると、全長以外は、大和の方が全て数値が上回っており、当時の戦艦建造技術において日本が如何に優れていたかが垣間見られるのである。

 ところで、本作の、少々冗長な序盤で、US・Navyと日本海軍が親善サッカー試合をする場面がある。その際、日本海軍チームの選手の背中には、旭日旗が貼り付けられている。筆者は、一時、旧帝国海軍が生き返ったのではないかと、目を疑い、後で調べてみると、旧帝国海軍の軍艦旗である「十六条旭日旗」は、現代にも生き延びていることを知り、少々思うところがあった。改めて問うに、日本人は、「先の大戦」と歴史的にどう向き合っているのであろうか。

2026年2月7日土曜日

ハンター・キラー 潜行せよ(USA, 2018年作)監督:ドノヴァン・マーシュ

Pride runs deep Silent Service

沈黙の艦隊、潜水艦乗りの誇りを持って北極海の海底深く潜行する

 本作は、潜水艦ものとしては、『沈黙の艦隊 北極海大海戦』に匹敵する作品である。但し、誤解がないように!『沈黙の艦隊 北極海大海戦』と言っているのは、実写版ではなく、傑作のアニメ版である。

 上述の英語文は、主人公G.バトラー(制作者の一人も兼ねる)が映画の冒頭で、新しく自分が艦長となるべき、「Hunter Killer」たるべきUSS最新鋭潜水艦に乗り組む前に、自分のポケットから取り出したコインに書かれてある言葉である。狩りに出るハンターをも殺ってしまえる程、性能がいい、この最新鋭潜水艦は、USSヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦の一隻である。『沈黙の艦隊 北極海大海戦』で登場する「シーウルフ」級が建造に経費が嵩み過ぎて殆んど建造されなかったことに鑑みて、その性能は、本作の冒頭で登場し、撃沈されるロサンゼルス級原子力潜水艦より性能はあるが、シーウルフ級よりは廉価である型である。故に、60隻以上の建造が見込まれている、建造が2000年に、就役がその四年後から始まった、2025年現在でも現役のサブマリーンである。

 しかし、本作はストーリー展開が早過ぎ、また、潜水艦ものに徹していない作品なので、潜水艦ものに付き物の、あの狭い艦内での閉塞感が殆んど感じられない点で、マイナスである。この潜水艦ものに徹底できない代わり、Navy SEALsネイヴィー・シールズの地上戦のサブ・ストーリーがあり、このサブ・ストーリーは、確かに「損失」があるのではあるが、それでも展開が上手く行き過ぎで、「眉唾物」である。まず、ロシア連邦のドゥ―ロフ国防相がクー・デタを実行し、米露の戦争を勃発させようとするだけの内面的動機が全く本作では説明されていないことに内容の深みのなさがあり、不満が残る。その意味では、本作は、残念ながら、何も考えなくてもよいポップコーン・戦闘アクション映画である。

 さて、本作には、ストーリーとしては、もう一つのレベルがあり、それが、国防省(現:戦争省)でのやり取りである。このレベルでのストーリー展開で重要な役割を演じるのが、統合参謀本部議長である。この役を、イギリス人名俳優サー・ゲアリー・ゴールドマンが演じている。善玉たるUSAの側において、好戦的な軍事上の権力者として、緊張を作り出して、ストーリー展開に、言わば、「塩味を効かせる」役である。尚、G.ゴールドマンは、2018年の第90回USAアカデミー賞で、別の作品でのウィンストン・チャーチル役で主演男優賞を獲得しており、本作は、彼がアカデミー賞を受賞した直後の作品となる。

 ところで、統合参謀本部議長とは、USAにおける政治・軍事機構の中でどんな位置を占める役職なのであろうか。

 これには、まずは、the Joint Chiefs of Staff 統合参謀本部がどんなものであるか知らねばならない。1947年以来存在する、この本部は、米軍の五種類の軍種、つまり、陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、そして、海兵隊の長、更に、州兵を管轄する州兵総局のトップ・州兵総局局長がメンバーであり、これに、専任の議長及び副議長が加わって、構成される。つまり、八名で構成される組織である。

 この合議体の長がChairman of the Joint Chiefs of Staff統合参謀本部議長となり、議長は大統領が、各軍の最高司令官級の軍人の中から指名し、上院の助言と承認を以って、任期四年で任命される。階級は、大将となり、一般には、「制服組のトップ」と言われる存在である。

 統合参謀本部議長が「制服組のトップ」とは言え、シヴィリアン・コントロールのUSAでは、最高指揮権は大統領にあり、統合参謀本部議長は軍事面における助言者であるに過ぎない。故に、各軍への命令は、大統領から戦争省長官を経て、各統合軍の司令官を通じて直接発動されるという経路を辿る。故に、本作で、G.オールドマン演じるところの統合参謀本部議長が直接に命令を下して、米露軍事衝突になり兼ねない軍事行動を発令できないはずであるが、これは、ストーリー展開を盛り上げるための「芸術上の自由」というところであろうか。

 本作には2012年に発表された『Firing Point』という原作があり、作者は、Don Keithドン・キースとGeorge Wallaceジョージ・ウォレスである。G.ウォレスは、USA海軍潜水艦の元艦長であり、彼が共作しているからこそ、やはり、本作ラストシーンのテイストが出てくるのであろう。米露の潜水艦艦長同志の「潜水艦乗り魂」が称揚される本作のラストシーンは、対立の中においても人間性を失わないヒューマニズムへの賛歌を感じさせる終わりとなっている。

 そうとは思いつつも、ウクライナ侵攻後のロシア、トランプ第二次政権の権威主義的統治を知っている2026年以降の人間には、本作が米ソ協調の古き良き時代の遺物にしか見えなかったのではなかろうか。

ベルファスト 71(英国、2014年作)監督:ヤン・ドマンジュ

 北アイルランド「問題」を理解する上では、まず、元々ケルト系民族で、ゲール語を話すゲール人が住んでいたアイルランド島が、長い間、現在のグレート・ブリテン島の中・南部に居住していたケルト系ブリトン人が中心となって建国した「イングランド」の植民地であったことを知っておく必要がある。 ...