地球の中心へ向かう使命ということであると、SF冒険小説の生みの親の一人であるフランス人のジュール・ヴェルヌJules Verneの小説『地底旅行』(1864年作)が思い出される。『地底旅行』を原題にすると、『Voyage au centre de la terre』であり、意訳すると、『テラのセンターへのヴォアヤージュ』ということになろうか。本作に合わせて言うと、つまり、「地球の核への旅」である。
この原作を少々ファンタジー映画的に1959年に映画化したものが、USA映画『Journey to the Center of the Earth 地底探検』(Henry Levin監督、ジェームズ・ジェイソン主演)であり、これは、SF映画と言うよりは、冒険映画と言うべきストーリー設定であった。この映画を、よりSF的に引き戻し、更に、現代風のストーリー展開にしたものが、本作であると言えようか。『The Core』とは、「地球の核」のことである。
地球物理学の専門家から見る本作のストーリーは、「人を馬鹿だと思っているような映画物理学」を以ってするものであり、「映画史上最悪の物理学映画」の「栄誉賞」を与えられていると、ウィキペディアには書いてある。しかし、地球物理学に疎い筆者には、「なるほど、これもあり」という感じで、それ程、違和感もなく最後まで見られたのである。次から次へと「危機」が訪れるストーリー展開で、人類を救おうという意気込みの、アストロナウトならぬ、Terranaut テラナウトが一人一人と亡くなっていくのにも伴なって、本作は、展開のスピード感を以って、飽かずに最後まで観られた次第である。
監督は、Jon Amielという、ロンドン生まれのイギリス人であり、本作を単なるアクション冒険ものに終わらせてはおらず、とりわけ、極めて「人間的、余りに人間的な」Dr.ジムスキー(Stanley Tucci スタンリー・トゥッチ)の人物像は、本作のストーリーを平板な冒険映画に終わらせていない。しかも、彼は、USA国防総省ともつながりがあり、「デスティニー計画」にも関わっている人間なのである。本作終盤のストーリー展開でこの計画は暴露されるが、それは、痛快でもあり、また、現在のトランプ政権下でのUSAの政治状況を鑑みると、必要な「市民的抵抗」であるとも思われる。
さて、地中の奥深くから排出される「ヴァージル」艇を観ていて、1966年作のSF冒険映画『ミクロの決死圏』を思い出した方はいたであろうか。それは、地球ならぬ、人体であった。
Kientopp55 映画批評 硬派で少々辛口
・内容: 劇映画を中心に邦画、洋画を問わず ・頻度: 不定期、二週間に一本を目指す ・対象者: 本当の映画好き、Cineastさん向け
2026年7月7日火曜日
猿の惑星:創世記(USA、2011年作)監督:ルパート・ワイアット
本シリーズの元祖とも言える『猿の惑星』(1968年制作)の、恐らく伝説的なショックは、主人公達が不時着した惑星が実は地球であったということであろう。この作品のヒットを受けて、その二年後の1970年から73年まで、第一回目の『猿の惑星』シリーズが展開し、高度な知性を持つ類人猿に支配される、奴隷的存在としてのヒトという、倒錯した世界が描かれる。とりわけ、ヒトの生存権を守ろうとするチンパンジーの女性科学者Dr. Zira(ジーラ:キム・ハンター)の存在がこのシリーズの初期には印象的であった。73年のシリーズ四作目の作品は、駄作の批評を受けて、本シリーズは中止される。
ほぼ30年の空白を破って、USA映画界の奇才Tim Burtonが新世紀の最初の年・2001年に発表した『猿の惑星』は、1968年作品を、自称「リ・イマジネーション」した作品であると言う。宇宙での移動に絡む「時差」を上手く使い、主人公(Mark Wahlberg)が「救世主」となるストーリーは、Burtonらしいストーリー展開である。
この21世紀に入ってからの10年後、福島大災害が起こった年の2011年に発表されたのが、本シリーズの「リブート」とも言える第二回目シリーズの第一弾『猿の惑星:Rise』である。類人猿がどうして知能を高めることが出来たのかの部分を、現代医療の課題たるアルツハイマー病の克服を目指す製薬会社ジェネシスの思惑を絡めながら、SF科学的な説得性を以って描いている。また、知能が比較的高まった類人猿の指導者となるシーザーの生立ちを丁寧に描いている点でも本作は筆者には好感が持てる。
そのシーザーが使用する手話は、American Sign Languageであるそうで、シーザーが、サーカスで飼われていたオラウータン・モーリスと、その手話で以って会話をするというアイディアは、中々興味深い。この点でも、脚本家アマンダ・シルヴァ―及びリック・ジャファ夫婦の本シリーズでの仕事振りを評価したい。尚、二人はシリーズ三本ともにおいてその製作を担当しており、第二作目でも脚本作成を続投している。
本シリーズの英語の原題が、2011年の本作では「Rise」、2014年の第二作では「Dawn」、2017年の第三作では「War」となっており、邦題の方が、それぞれ、「創世記」、「新世紀」、「聖戦記」と改題されている。それなりにセンスがある邦題名の付け方と言える。
さて、第二作目の「新世紀」につながる、人類の地球支配の崩壊を結果する「猿インフルエンザ」の世界へのパンデミック的蔓延は、本作ではエンドロールが一部始まってからもう一度場面となって提示され、USAを発現地として国際航空路線網に沿って暗示される。それは、もちろん、日本にも及ぶ。2011年時におけるこの「暗示」は、2020年のからパンデミックを知っている2020年代後半に生きている我々には、その現実味がひしひしと伝わるものである。
ほぼ30年の空白を破って、USA映画界の奇才Tim Burtonが新世紀の最初の年・2001年に発表した『猿の惑星』は、1968年作品を、自称「リ・イマジネーション」した作品であると言う。宇宙での移動に絡む「時差」を上手く使い、主人公(Mark Wahlberg)が「救世主」となるストーリーは、Burtonらしいストーリー展開である。
この21世紀に入ってからの10年後、福島大災害が起こった年の2011年に発表されたのが、本シリーズの「リブート」とも言える第二回目シリーズの第一弾『猿の惑星:Rise』である。類人猿がどうして知能を高めることが出来たのかの部分を、現代医療の課題たるアルツハイマー病の克服を目指す製薬会社ジェネシスの思惑を絡めながら、SF科学的な説得性を以って描いている。また、知能が比較的高まった類人猿の指導者となるシーザーの生立ちを丁寧に描いている点でも本作は筆者には好感が持てる。
そのシーザーが使用する手話は、American Sign Languageであるそうで、シーザーが、サーカスで飼われていたオラウータン・モーリスと、その手話で以って会話をするというアイディアは、中々興味深い。この点でも、脚本家アマンダ・シルヴァ―及びリック・ジャファ夫婦の本シリーズでの仕事振りを評価したい。尚、二人はシリーズ三本ともにおいてその製作を担当しており、第二作目でも脚本作成を続投している。
本シリーズの英語の原題が、2011年の本作では「Rise」、2014年の第二作では「Dawn」、2017年の第三作では「War」となっており、邦題の方が、それぞれ、「創世記」、「新世紀」、「聖戦記」と改題されている。それなりにセンスがある邦題名の付け方と言える。
さて、第二作目の「新世紀」につながる、人類の地球支配の崩壊を結果する「猿インフルエンザ」の世界へのパンデミック的蔓延は、本作ではエンドロールが一部始まってからもう一度場面となって提示され、USAを発現地として国際航空路線網に沿って暗示される。それは、もちろん、日本にも及ぶ。2011年時におけるこの「暗示」は、2020年のからパンデミックを知っている2020年代後半に生きている我々には、その現実味がひしひしと伝わるものである。
2026年7月1日水曜日
ある神父の希望と絶望の7日間(アイルランド/UK、2014年作)監督:ジョン=マイケル・マクドナー
カトリック教会の聖職者による性的暴行の問題を主眼に据えながら、アイルランド島の北西、大西洋岸にある、ある村での村人の人間模様をブラック・ユーモアとシニシズムを以って悲喜劇的描く本作は、果たして、佳作であろうか。
本作では、アイルランドはダブリン出身の人気俳優Brendan Gleesonブレンダン・グリーソンが、神父役であるところからか、髭を蓄えて登場する。その実在感と共に、彼は、村人達のその心の悩みに癒しを与えようと努力するカトリック教会聖職者を説得力を以って好演している。とは言え、村人達の悩みは、次から次へと目まぐるしく描かれ、それもステレオタイプ的な描き方であるところから、何か底の浅さを感じさせる脚本である。
しかも、背景に映し出されるアイルランド島北西の自然風景は、確かに、印象的ではあるのではあるが、どこか、観光協会のキャンペーン映画を思わせるところもあって、どうもいただけない。海岸でのサーファーの場面、アイルランドの航空会社の航空機が止まっている地方空港の場面、民族舞踊のグループが踊っているパブの場面、主題のテーマに即してストーリーを展開をさせようとするのであれば、入れなくてもよいシーンではないか。
撮影場所は、アイルランドの北西にあるSligoスライゴ県で、先史時代の巨石文化遺跡で有名であり、また、映画にも再三登場する、大きな台形をしたBenbulbin山は、この県をシンボライズする標識になっている名勝である。そして、日本語版ポスターの背景になっている山はKnocknareaナクナレイ山といい、これまたこの県の名所の一つとなっている山であると言う。という訳で、残念ながら、いささか「胡散臭い」のである。
監督は、ロンドン生まれながら、アイルランド国籍を持つJohn Michael McDonagh ジョン=マイケル・マクドナーで、本作の脚本も書いている。アイルランドを舞台としたブラックユーモア的な人間劇を描いている点で、また、その名もMcDonaghといえば、どこかで聞いたことがあると思ってよく調べてみると、彼は、Martin McDonaghの兄であると言う。
マーティン・マクドナーは著名な劇作家であり、彼には、初期の映画作品としては、『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年作)がある。この作品では、既に自分の初期短編映画(2004年作)で起用していたB.グリーソンを使って、ある殺し屋達の悲喜劇を描いていた。この意味では、本作のストーリーが与えるタッチが何か似ている。
更に、ジョン=マイケルの前作が、これまたアイルランドを舞台とした刑事もので、その主役を演じたのが、B.グリーソンであった。『ザ・ガード〜西部の相棒〜』という、2011年の作品である。しかも、この作品の製作総指揮の一人は、弟のマーティンという具合である。その意味でも、監督のジョン=マイケルと主役のB.グリーソンとは、よく知っている仲であると言えよう。
本作では、アイルランドはダブリン出身の人気俳優Brendan Gleesonブレンダン・グリーソンが、神父役であるところからか、髭を蓄えて登場する。その実在感と共に、彼は、村人達のその心の悩みに癒しを与えようと努力するカトリック教会聖職者を説得力を以って好演している。とは言え、村人達の悩みは、次から次へと目まぐるしく描かれ、それもステレオタイプ的な描き方であるところから、何か底の浅さを感じさせる脚本である。
しかも、背景に映し出されるアイルランド島北西の自然風景は、確かに、印象的ではあるのではあるが、どこか、観光協会のキャンペーン映画を思わせるところもあって、どうもいただけない。海岸でのサーファーの場面、アイルランドの航空会社の航空機が止まっている地方空港の場面、民族舞踊のグループが踊っているパブの場面、主題のテーマに即してストーリーを展開をさせようとするのであれば、入れなくてもよいシーンではないか。
撮影場所は、アイルランドの北西にあるSligoスライゴ県で、先史時代の巨石文化遺跡で有名であり、また、映画にも再三登場する、大きな台形をしたBenbulbin山は、この県をシンボライズする標識になっている名勝である。そして、日本語版ポスターの背景になっている山はKnocknareaナクナレイ山といい、これまたこの県の名所の一つとなっている山であると言う。という訳で、残念ながら、いささか「胡散臭い」のである。
監督は、ロンドン生まれながら、アイルランド国籍を持つJohn Michael McDonagh ジョン=マイケル・マクドナーで、本作の脚本も書いている。アイルランドを舞台としたブラックユーモア的な人間劇を描いている点で、また、その名もMcDonaghといえば、どこかで聞いたことがあると思ってよく調べてみると、彼は、Martin McDonaghの兄であると言う。
マーティン・マクドナーは著名な劇作家であり、彼には、初期の映画作品としては、『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年作)がある。この作品では、既に自分の初期短編映画(2004年作)で起用していたB.グリーソンを使って、ある殺し屋達の悲喜劇を描いていた。この意味では、本作のストーリーが与えるタッチが何か似ている。
更に、ジョン=マイケルの前作が、これまたアイルランドを舞台とした刑事もので、その主役を演じたのが、B.グリーソンであった。『ザ・ガード〜西部の相棒〜』という、2011年の作品である。しかも、この作品の製作総指揮の一人は、弟のマーティンという具合である。その意味でも、監督のジョン=マイケルと主役のB.グリーソンとは、よく知っている仲であると言えよう。
邦題の『ある神父の希望と絶望の7日間』とは野暮な題名であり、そもそも、主人公の神父に希望はあったのか。絶望しかないところから這い上がったのは、彼に希望があったからであろうか。そして、彼をして「処刑」の地に足を運ばせたのは、神への信仰心ではなかったはずである。英語原題の『Calvary』とは、「髑髏の丘」、つまり、「ゴルゴタの丘」を意味する。しかも、その「処刑」が「神を祝祭する曜日」、つまり日曜日に行なわれたことも意味深と言えば、意味深であろう。
2026年6月30日火曜日
ノスタルジア(イタリア/ソ連合作、1983年作)監督:アンドレイ・タルコフスキー
白黒写真が年月を重ねると、段々セピア色になっていくように、そのような色の映像で本作は始まる。映像の構図は、画面のこちら側は丘になっているようで、その丘から、画面の奥をゆったりと流れている川を見下ろす構図である。丘の中腹には、人や牛の姿が、17世紀の伝統的な風景画のStaffageスタファージュのように、点景として配置されている。この風景は、恐らくは、ロシア人であるアンドレイ・タルコフスキーが育ったロシアの古里とも言える原風景を映像化したものであろう。画面の奥を流れている川は、彼の生地の近くを流れていたヴォルガ川であるかもしれない。正に、題名通りのノスタルジーの映像である。
本作の発表が、1983年で、A.タルコフスキーがソ連当局の帰国要請を無視して、西側に事実上亡命したのが1984年であったから、彼が既に望郷の念で以って本作を撮り上げた想いの強さが感じられる。それだけに、本作制作時には彼が内面的には「亡命」を、遅くとも83年段階で決意していたものと想像される。本作の製作は、一応「イタリア・ソ連合作」となってはいるものの、資本はソ連側からは出ていなかったと言われている事実からも、当時の事情の在り様(よう)が推察される。
モチーフとしての「水」の存在にA.タルコフスキーがどのような意味の象徴性を与えていたかは筆者が詳らかに知るところではないが、水のないところに生命が存在し得ないことからも生命の源泉としての意味を、四大種(仏教用語で、「しだいしゅ」と読む。地、水、火、風の四要素を言う)の元素である「水」が持っていたのではないか。
であれば、同じく四大種の一要素である「火」もまた「水」の対立項の意味を持つ。こうして考えれば、本作の主人公たるロシア人作家アンドレイ・ゴルチャコフの精神的ドッペルゲンガー・ドメニコが世界の救済を願って焼身自殺をした、その自殺の方法の必然性も理解できる。そして、映画の中盤で、アンドレイ(奇しくも、A.タルコフスキーと同じ名前)が水のひたたる洞穴で望郷の念に駆られて詠みあげた後、持参していたロシア語の詩集の手帳が、彼が泥酔して眠っている間に、自然に焼けたことの神秘も理解できる。尚、詠まれたロシア語の詩は、A.タルコフスキー本人と彼の母親を捨てて別の家庭を築いたウクライナ人の父親Arseni Tarkowskiの作品であることも、これまた、象徴的であろう。
さて、映画の前半では、イタリア人の女性通訳Eugeniaに連れられてアンドレイは、イタリア・トスカーナ地方で、18世紀にこの地にやって来たロシア人作曲家Pawel Sosnowski の足跡を辿っていた。彼は、イタリアで成功を収めていたのにも関わらず、この作曲家は、望郷の念に駆られて不自由な帝政ロシアに戻り、そこで不幸な恋愛をすることになって自殺を遂げた人物である。アンドレイは、無神論のソ連社会から来ている人物である。その彼が、カトリック教国のイタリアにやってきて、嘗ての同胞の足跡を辿ることの政治・宗教的意味は大きい。同時に、Eugenia(字義的には「優生」の意)の自分への愛を拒むアンドレイの心理の複雑さも深い。この点、Eugeniaのみが、ある教会の地下納骨堂で、イタリア・ルネサンスの代表的な画家の一人ピエトロ・デラ・フランチェスカのMadonna del Parto(「妊婦のマドンナ」)を祀る、無数の蝋燭(元素・火!)に点された祝祭に立ち会う点も、象徴的な意味を持つ。因みに、アンドレイがEugeniaと泊まるホテルで時々、子犬を連れた婦人が登場するが、果たして、これは、A.タルコフスキーがロシアの文豪チェホフに捧げたオマージュであろうか。
A.タルコフスキーは、「映画作家」ではなくて、「映像作家」である。何故に筆者がそう規定するかと言うと、それは、本作の終盤での映像の構成の仕方から言えるのである。主人公のアンドレイは、恐らく死者として、ある修道院教会の廃墟を訪れているのであろう。廃墟は、何かシトー派修道院の禁欲的な建築構想を思わせる、壁は高いが、装飾は少ない清楚な建築である。(撮影場所は、トスカーナ地方のシエナから南西に35km程行った所にあるSan Galgano修道院教会である。)ゆっくりと動くカメラは、廃墟の建物を舐めるようにして写す。その、静かではあるが、何かの激情を内に秘めた映像は、次第に建物の全体を写すように廃墟からの距離を取っていく。すると、教会堂の回廊の中にあるはずの、今は屋根がないためにただの地面となっている場所に水溜まり(元素・水!)がある。その左脇にはアンドレイが寝そべり、水溜まりの右脇には、ドメニコが飼っていたシェパード犬が腹這いに座っている。そこに何と、小雪が静かに降りそそぐのである。この静謐な映像構成は、正に、冒頭の望郷の念を搔き立てる映像に対応するものであろう。ソ連が生んだ世界的映像作家が初めてソ連以外の地で撮った初めての作品には、誠に相応しいラストシーンである。
脚本には、A.タルコフスキーの名前に連ねて、イタリアを代表する脚本家Tonino Guerraトニーノ・グェッラの名前が出ている。ミケランジェロ・アントニオーニ、フランチェスコ・ロージー、フェデリコ・フェリーニなど、イタリア映画の代表格的監督の作品を手掛けている彼が、A.タルコフスキーの描いた大筋に沿って、それにイタリアのロケーションで肉付けした脚本と想像される。
撮影監督は、ローマ人のGuiseppe Lanciジュゼッペ・ランキである。彼は1970年後半以降チーフ・キャメラマンとして活動をし始め、抒情的な場面や詩的で幻想的な場面の撮影において冴えた腕を見せると評価されている撮影監督である。本作は、その評価を裏付ける彼の仕事振りを見事に示している作品であると言える。
本作の発表が、1983年で、A.タルコフスキーがソ連当局の帰国要請を無視して、西側に事実上亡命したのが1984年であったから、彼が既に望郷の念で以って本作を撮り上げた想いの強さが感じられる。それだけに、本作制作時には彼が内面的には「亡命」を、遅くとも83年段階で決意していたものと想像される。本作の製作は、一応「イタリア・ソ連合作」となってはいるものの、資本はソ連側からは出ていなかったと言われている事実からも、当時の事情の在り様(よう)が推察される。
モチーフとしての「水」の存在にA.タルコフスキーがどのような意味の象徴性を与えていたかは筆者が詳らかに知るところではないが、水のないところに生命が存在し得ないことからも生命の源泉としての意味を、四大種(仏教用語で、「しだいしゅ」と読む。地、水、火、風の四要素を言う)の元素である「水」が持っていたのではないか。
であれば、同じく四大種の一要素である「火」もまた「水」の対立項の意味を持つ。こうして考えれば、本作の主人公たるロシア人作家アンドレイ・ゴルチャコフの精神的ドッペルゲンガー・ドメニコが世界の救済を願って焼身自殺をした、その自殺の方法の必然性も理解できる。そして、映画の中盤で、アンドレイ(奇しくも、A.タルコフスキーと同じ名前)が水のひたたる洞穴で望郷の念に駆られて詠みあげた後、持参していたロシア語の詩集の手帳が、彼が泥酔して眠っている間に、自然に焼けたことの神秘も理解できる。尚、詠まれたロシア語の詩は、A.タルコフスキー本人と彼の母親を捨てて別の家庭を築いたウクライナ人の父親Arseni Tarkowskiの作品であることも、これまた、象徴的であろう。
さて、映画の前半では、イタリア人の女性通訳Eugeniaに連れられてアンドレイは、イタリア・トスカーナ地方で、18世紀にこの地にやって来たロシア人作曲家Pawel Sosnowski の足跡を辿っていた。彼は、イタリアで成功を収めていたのにも関わらず、この作曲家は、望郷の念に駆られて不自由な帝政ロシアに戻り、そこで不幸な恋愛をすることになって自殺を遂げた人物である。アンドレイは、無神論のソ連社会から来ている人物である。その彼が、カトリック教国のイタリアにやってきて、嘗ての同胞の足跡を辿ることの政治・宗教的意味は大きい。同時に、Eugenia(字義的には「優生」の意)の自分への愛を拒むアンドレイの心理の複雑さも深い。この点、Eugeniaのみが、ある教会の地下納骨堂で、イタリア・ルネサンスの代表的な画家の一人ピエトロ・デラ・フランチェスカのMadonna del Parto(「妊婦のマドンナ」)を祀る、無数の蝋燭(元素・火!)に点された祝祭に立ち会う点も、象徴的な意味を持つ。因みに、アンドレイがEugeniaと泊まるホテルで時々、子犬を連れた婦人が登場するが、果たして、これは、A.タルコフスキーがロシアの文豪チェホフに捧げたオマージュであろうか。
A.タルコフスキーは、「映画作家」ではなくて、「映像作家」である。何故に筆者がそう規定するかと言うと、それは、本作の終盤での映像の構成の仕方から言えるのである。主人公のアンドレイは、恐らく死者として、ある修道院教会の廃墟を訪れているのであろう。廃墟は、何かシトー派修道院の禁欲的な建築構想を思わせる、壁は高いが、装飾は少ない清楚な建築である。(撮影場所は、トスカーナ地方のシエナから南西に35km程行った所にあるSan Galgano修道院教会である。)ゆっくりと動くカメラは、廃墟の建物を舐めるようにして写す。その、静かではあるが、何かの激情を内に秘めた映像は、次第に建物の全体を写すように廃墟からの距離を取っていく。すると、教会堂の回廊の中にあるはずの、今は屋根がないためにただの地面となっている場所に水溜まり(元素・水!)がある。その左脇にはアンドレイが寝そべり、水溜まりの右脇には、ドメニコが飼っていたシェパード犬が腹這いに座っている。そこに何と、小雪が静かに降りそそぐのである。この静謐な映像構成は、正に、冒頭の望郷の念を搔き立てる映像に対応するものであろう。ソ連が生んだ世界的映像作家が初めてソ連以外の地で撮った初めての作品には、誠に相応しいラストシーンである。
脚本には、A.タルコフスキーの名前に連ねて、イタリアを代表する脚本家Tonino Guerraトニーノ・グェッラの名前が出ている。ミケランジェロ・アントニオーニ、フランチェスコ・ロージー、フェデリコ・フェリーニなど、イタリア映画の代表格的監督の作品を手掛けている彼が、A.タルコフスキーの描いた大筋に沿って、それにイタリアのロケーションで肉付けした脚本と想像される。
撮影監督は、ローマ人のGuiseppe Lanciジュゼッペ・ランキである。彼は1970年後半以降チーフ・キャメラマンとして活動をし始め、抒情的な場面や詩的で幻想的な場面の撮影において冴えた腕を見せると評価されている撮影監督である。本作は、その評価を裏付ける彼の仕事振りを見事に示している作品であると言える。
2026年6月28日日曜日
グラディエーター(USA、2000年作)監督:リドリー・スコット
古代ローマの陸軍の軍隊編成の最小単位は、decurioデクリオ(「十人隊長」)に率いられた軍団歩兵八人で構成される分隊である。この分隊が十個集まって、centuriaケントゥリア(「百人隊」)が編成される。この百人隊を統率するのが、centurioケントゥリオ(「百人隊長」)であり、彼等が、言わば、「陸軍小隊長」の役割を担っていたのである。但し、現代では、「小隊」は、50名程度の要員で構成されるので、現代の軍人階級としては、ケントゥリオは、少なくとも中尉級ということになる。
このケントゥリア二個が合わせられると、manipulusマニプルス(「中隊」、現代の「中隊」も200名程度)と呼ばれた。古代ローマ王政から共和政までは、兵役義務を負う市民が自己負担で重装武装し、自前で対外戦争に従軍したのであり、この時期には、マニプルスが軍事作戦で重要な役割を演じた軍隊編成単位であった。
しかし、対外戦争の負担が大きくなると、当然に土地所有者兼自営農民でもある中間層市民は、次第に経済的に疲弊することなる。こうした状況に対応して、古代ローマでは、軍制改革が行なわれて、市民兵は次第に傭兵となり、兵役に必要なものは兵隊に支給され、兵役に対価となる給与が彼等に支払われることになる。こうして、軍隊は、支払う金のある富裕層の「私兵」の様相を帯びることになり、この軍団歩兵の在り方の変化が古代ローマ共和政を帝政に移行させる軍事的・社会的背景となった。
軍事組織的にも、マニプルスを三個合わせたkohorsコホルス(「大隊」)が編成単位としてはより重要になり、一個コホルスには、少なくとも六個ケントゥリアが存在することになる。但し、計算上は一個コホルス600名の計算となるが、帝政初期のアウグストゥスの時代には一個コホルス450名程度が実際であったと言う。
このコホルスを十個集めると、legioレギオー(軍団)と呼ばれる軍事編成単位となる。つまり、一個コホルスには、三個マニプルスがあり、六個ケントゥリアがあるから、一個レギオーは、十個コルホス、三十個マニプルス、六十個ケントゥリアがあることになる。つまり、軍団兵員は、編成上、六千名いることになる。この数字を現代の陸軍の部隊編成に当てはめると、大体、一旅団規模ということになり、准将ないしは大佐の階級の将校がこれを指揮する関係になる。
六十個ケントゥリアがあると言うことは、六十人のケントゥリオがいることになり、この六十人の内、精鋭部隊である第一コホルスの最先任ケントゥリオが、primus pilusプリムス・ピルス(一番槍百人隊長)という名称を得て、第一コホルスを統率し、また、軍団長の参謀ともなったのである。また、一個レギオーには、軍団歩兵のみではなく、約200から300騎のequitesエクィテス(「騎兵」、equesが単数形)と呼ばれる騎兵が配備された。騎兵は装備に金が掛かるので、この部署には富裕層が就くことになる。
古代ローマの「将校」は、共和政期では、元老院議員の中から民会の選挙によって選ばれて、公職を務める者であったが、下級将校であるケントゥリオ(百人隊長)は、部隊内の選挙によって選ばれた。ローマ軍の最高指揮官は、王政であれば、王であったが、共和政であれば、元老院によって選出されるconsulコンスル(「執政官」)であった。しかし、コンスルは、任期が一年でもあり、軍事面での連続性を考慮して、このコンスルを補佐する「参謀職」が設置される。それが、trinubus militumトリヌーブス・ミリートゥム(「軍事上の部族長」)であった。彼等は、実際には、戦闘には参加しなかったようであるが、元老院議員クラスから一レギオー当たり六名が選出された。尚、trinubus plebisという官職もあり、こちらは、平民会から選出されて、平民の利益代表者として、平民の立場を守ったことから、「護民官」という日本語訳が付いている。
更に時代が下がると、このtrinubus militumの上位に、legatus legionisレーガートゥス・レギオーニス(「Legio軍団の委任者」)が置かれる。古代ローマが共和政末期になると、レギオー軍団が属州に置かれるようになり、属州で行政を取り仕切るのがproconsulプロコンスル(「属州総督」)であったのに対して、軍事面では、総督から「委任」されたレーガートゥスが軍団を統率したことから、そのように呼ばれるようになった訳である。本作の主人公が、奴隷の身分に落とされる前に保持していた肩書は、本作の英語版では、「general」とされているが、歴史考証から言って、この「総督代理」、「最高軍司令官代理」、「軍団長」とも訳せるレーガートゥスが、古代ローマ時代では正しい呼称ではなかったかと思われる。
尚、レギオー軍団が属州配置となる措置を施したのは、帝政初期のアウグストゥスであり、これに伴なって、ローマ皇帝近衛隊のような、皇帝直属の、イタリア本土を管轄する唯一の軍組織が創設される。それが、praetorianiプラエトーリアーニーで、本作では、主人公の僚友として従軍中、新帝Commodusコモドゥスに従って主人公Maximusマクシムスを捕らえたことから、その功績の報償として、近衛隊長となるQuintusクィントゥスに率いられる部隊として登場する。praetorianiプラエトーリアーニーは、「親衛隊」とも訳され、元々は、戦地で軍司令官を護衛するために軍団の中から臨時で選ばれた職務であった。その後、帝政の成立に伴ない、皇帝直属の常設の近衛部隊にこれが成長し、帝政期が進むと、逆に、近衛部隊長が次期の皇帝擁立の鍵を握る存在となっていった。「親衛隊」と言えば、ナチス政権を思い出させ、SSの制服が黒色であったことから、本作に登場するpraetorianiプラエトーリアーニーも黒づくめの出で立ちである。
さて、主人公Maximusマクシムスには、そのモデルとなった古代ローマ史からの人物が何人かいると言われている。「剣闘士」ということであれば、当然誰にでも「Spartacusスパルタクス」の人物像が思い浮かべられようが、同じく「格闘家」として皇帝コモドゥスに仕えていたNarcissusナルキッススという人物が史実では重要な役割を演じる。
皇帝コモドゥスは、父帝でもあり、また、ストア派哲人君主とも言われたMarcus Aureliusマルクス・アウレリウス帝とは異なり、どういう訳か、剣闘士としてコロッセウムの舞台に上がりたがった奇行があったと言う。ナルキッススは、このコモドゥス帝の個人トレーナーとして仕えていたのである。
父帝マルクス・アウレリウスが紀元後180年に陣中で、本作のストーリーとは異なり、病死すると、その実子のコモドゥスが即同年に単独の帝位に就く。と言うのは、五賢帝時代の、血縁関係にある養子による帝位継承の慣習とは異なり、実子のコモドゥスが帝位を継ぐのは数年前から明らかになっており、彼は、父帝と共に、177年からローマ帝国を共同統治していたのである。彼の統治の下、ローマ帝国はその黄金期の最後の時期を迎える。実際、コモドゥス帝は、180年代には、ドーナウ川沿いでのゲルマン諸民族との闘争やブリタニアでの軍事的混乱を外交手腕で押え、元老院からは、「Germanicus Maximus」や「Britannicus」の称号を得ているのである。
しかし、内政面では、既に182年に姉の一人であるLucillaルキッラが絡む暗殺未遂事件がコモドゥスを疑心暗鬼とし、父帝時代からの賢臣を疎んじ、奸臣を重用したりして、元老院との対立を深め、また、190年のローマでの穀物危機に対する皇帝の対応がまずかったりしてして、次第に専制化が進むことになって、コモドゥス帝は192年にローマで暗殺される。
それは、192年の大晦日であった。疑心暗鬼からコモドゥス帝は、危険人物の抹殺を計画するリストを作成させていたが、そのリストには、愛妾のMarciaマルキアの名も挙がっており、偶然にそれを見た彼女が、リストに載っている元老議員達や近衛隊長のQuintusなどを集めて、コモドゥス帝の暗殺、廃位を策謀する。
マルキアは、この日、コモドゥス帝のワインの杯に毒を盛るのであるが、日頃から「ヘラクレスの化身」として鍛えているコモドゥスには盛られた毒が中々効かない。そこで、陰謀者達は、格闘家ナルキッススを抱き込み、彼に、コモドゥス帝を浴室乃至は寝室で絞殺させたのであった。それは、コモドゥス帝、享年31歳のことであった。こうして、ローマ帝国は、国内政争の激化と帝国分裂への危機の段階に入り込むことになるのである。
実は、本作は、アンソニー・マン監督の『ローマ帝国の滅亡』(1964年作)を翻案し直した作品とも見られる。この作品でも、マルクス・アウレリウス帝(アレック・ギネス)は暗殺され、暗愚なコモドゥス(クリストファー・プラマー)が、父帝の遺志に反して、帝位に就く。実は、ガイウス・リヴィウス(スティーヴン・ボイド)という、コモドゥスとも親友関係にもある有能な軍団指揮官を先帝が帝位後継者と望んでいたのであった。一方、先帝の娘ルキッラ(ソフィア・ロレーン)は、リヴィウスを愛しているのにも関わらず、政略結婚で、アルメニア王(オマル・シャリーフ)と結婚させられていた。ある時、ローマ帝国軍が東方属領の叛乱を受けてペルシア軍と戦うこととなり、アルメニア王は、結局ペルシア側に付く。これに対して、コモドゥス帝は、今や軍最高指揮官となっていたリヴィウスを鎮圧に派遣し、リヴィウスは見事に戦勝する。実は、ローマ本国からの重税に喘ぐ東方属領の叛乱の背後にはルキッラがおり、愛するリヴィウスに叛乱者側に立つことを願っていたのであった。そのこともあったのか、戦勝したリヴィウスは、コモドゥス帝によりローマ帝国を共同統治してくれるように頼まれるのであるが、彼はこれを拒んで、軍から離れて単身でローマに帰還する。ゲルマン人に対する残虐な仕打ちと、その際に先帝の側近であった哲人ティモニデス(ジェームズ・メイソン)が惨殺されたことに対する怒りから、ルキッラは、暴君たる弟を暗殺しようとする。しかし、ルキッラもリヴィウスも捕らえられて、ゲルマン人と共に焚刑に処せられようとしていたところを、コモドゥス帝はリヴィウスに一騎打ちを望み、結局は、彼はリヴィウスに斃される。ストーリーは、愛し合うリヴィウスとルキッラが、政治的腐敗に汚れたローマを去る場面で終わる。
こうして、この前作を本作と比較すると、本作におけるストーリーの重点の置き方の違いがよく分かり、興味深い。前作の恋愛映画的展開は、本作においては後退し、本作では、マクシムスの人間的高潔さが前面に押し出されている。また、前作では単なる悪玉としてコモドゥス帝が描かれていたのに対して、本作では、コモドゥス帝の内面性をよく深く掘り下げており、人間劇として、本作を見応えのあるものとしている。その意味で、そのようなコモドゥス帝を体現したJoaquin Phoenixホアキン・フェニックスの、役者としての力量を筆者は高く評価したい。
2026年6月4日木曜日
他人の顔(日本、1966年作)監督:勅使河原 宏
本作と同名の原作の作者は、安部公房であり、本作の脚本を担当しているのも原作者本人自身である。と言うことは、脚本の内容に原作者も同意しているということであり、本作が発するメッセージに原作者も異論がないという理解でOKであるということになる。
筆者は、原作を読んでいないので、断定的なことはここでは言えないが、他の批評を読んだ限り、次のことが言える。まず第一点は、原作においては、仮面を製作するのは本人自身であることである。第二点は、サイドストーリーと言える「ケロイドの女」は、原作にも登場する人物であるという点である。
「ケロイドの女」については、原作を知らない筆者は、特別に映画用に創意された人物と想像していたのであるが、映画内の彼女は長崎に住んでいたようでもあり、これをケロイドと結び付ければ、女は幼少の時に長崎で核爆弾に被曝して、右顔の半面にケロイドを持つようになったと言えるであろう。つまり、『他人の顔』は、単に、自己同一性という、個人レベルの問題を扱っているのではなく、ケロイドを顔に持つことの歴史性、つまり、戦争との関わりをも問題にしている点で、つまり、テーマを、単なる個人の問題から社会の問題へと地平を広げている点で、本作を筆者は評価したい。
ケロイド、核爆弾、戦争とつなげてみると、映画内で語られる「ケロイドの女」の戦争への恐怖もまたよく理解でき、ケロイドのせいで、戦後約20年が経った日本で未だに肩身の狭い思いをしなければならない彼女の苦悩もまた想像できるのである。顔の左側だけを見れば「綺麗すぎる」ほどの「美女」であり、顔の右側を見ると、「化け物」になるという彼女には、「非健常者」に対する差別が強い日本社会では、余計に風当りが強かったのではないか。
しかも、彼女の父親か親戚は、戦闘中の後遺症で精神病を病むようになった元日本兵の一人であるようであり、故に、彼女はある精神病棟に赴く。そこでは、戦時中の心の傷を背負っている「傷痍軍人」が、戦後になっても未だに戦闘を闘っているのであった。このシークエンスの背景音では、二度、ヒトラーと思しき男がドイツ語で激しく演説している声が聞こえる。ナチス・ドイツ、日独伊三国同盟、第二次世界大戦とイメージがつながる。実際、戦闘帽を被り、白い衣服を着て、松葉杖を手にしてひっそりと立っている傷痍軍人が、1960年代の半ばまでは日本の街中でも見受けられたものである。
本作が発表された1966年という年は、60年安保の政治闘争が終わって六年が経ち、沖縄の日本への返還が未だなされない中、沖縄に基地を持つUSAが次第にヴェトナム戦争の泥沼にのめり込んでいく時期に当たる。日本が高度経済成長に酔い痴れている中、アジアの一角では同じアジア人が戦争で血を流していた。この意味で、「ケロイドの女」の、一見、理由なき戦争への不安は、それなりの根拠があったと言えるのではないか。
それでは、原作との関わりで気になるもう一点である。原作では仮面作りの製作者が本人自身である。と言うことは、映画での、仮面を巡る、主人公と精神科医との間の対話は、原作では、実は、自己との饒舌なモノローグということになる。映画化において、主人公の中にある「もう一人」を外在化させたことは、映像化という点で、それを可視化させた訳であり、確かにその点で、この「策」は当たっているのではあるが、その分、モノローグの内省性・内密性が減り、ストーリーの緊張度が低くなったのはマイナス点であろう。これは、小説と映画という媒体の違いが生み出した長所・短所の出方の違いと言うべきであろうか。
ただ、「顔」というものにこれだけ重きを置くことの問題の浅薄さは拭えない。映画の冒頭の方でも言われる点でもあるが、「顔」は、たかだか200㎠の表面に張った「饅頭の皮」である。映画の冒頭でも見せられるように、顔をX線撮影にしてしまえば、そこにはただ骨格だけしか見えない。「饅頭の皮」という皮膚を張った顔は、確かに、ヒトの個体差を見分ける最も有効な標識ではあるが、しかし、であるからと言って、それが、その個体の自己同一性に決定的な要因として働くかと言えば、そうではないであろう。(とは言え、映画の終盤で、駅から溢れ出る通行人が全員、同じようなのっぺらぼうの顔をしていることの「恐怖」もまた否定できないのではあるが...)
顔がヒトに与えられた生得の「装い」であるとすれば、それは、機能としては「服」と同じなのであり、「服」であれば、それにファッション性を求めてもよい。つまり、「顔」におけるファッション性とは、「化粧」なのであり、そうであれば、それは、本質的には「仮面」と同じ性質のものである。生得の「顔」に仮面を被せることで、自分の「顔」を異なるものとして他者に見せる。しかし、服や化粧に個性を与えるのは、それを着る個人、化粧をする個人が内面に持っている個性なのではないか。個性が先にあって、その後に、「服」や「化粧」があるはずである。故に、新しい仮面を被るようになったことでその人物に変化が起こったのは、その人物に何も新しい個性ができた訳ではなく、本来の「顔」の下で固定化されていた社会的行動様式が、新しい仮面を身に付けたことで、解放されたと見るべきである。つまり、本作の最終場面での主人公の殺傷行為は、自身の解放のための、自由への「暴挙」であったと言うべきであろう。
筆者は、原作を読んでいないので、断定的なことはここでは言えないが、他の批評を読んだ限り、次のことが言える。まず第一点は、原作においては、仮面を製作するのは本人自身であることである。第二点は、サイドストーリーと言える「ケロイドの女」は、原作にも登場する人物であるという点である。
「ケロイドの女」については、原作を知らない筆者は、特別に映画用に創意された人物と想像していたのであるが、映画内の彼女は長崎に住んでいたようでもあり、これをケロイドと結び付ければ、女は幼少の時に長崎で核爆弾に被曝して、右顔の半面にケロイドを持つようになったと言えるであろう。つまり、『他人の顔』は、単に、自己同一性という、個人レベルの問題を扱っているのではなく、ケロイドを顔に持つことの歴史性、つまり、戦争との関わりをも問題にしている点で、つまり、テーマを、単なる個人の問題から社会の問題へと地平を広げている点で、本作を筆者は評価したい。
ケロイド、核爆弾、戦争とつなげてみると、映画内で語られる「ケロイドの女」の戦争への恐怖もまたよく理解でき、ケロイドのせいで、戦後約20年が経った日本で未だに肩身の狭い思いをしなければならない彼女の苦悩もまた想像できるのである。顔の左側だけを見れば「綺麗すぎる」ほどの「美女」であり、顔の右側を見ると、「化け物」になるという彼女には、「非健常者」に対する差別が強い日本社会では、余計に風当りが強かったのではないか。
しかも、彼女の父親か親戚は、戦闘中の後遺症で精神病を病むようになった元日本兵の一人であるようであり、故に、彼女はある精神病棟に赴く。そこでは、戦時中の心の傷を背負っている「傷痍軍人」が、戦後になっても未だに戦闘を闘っているのであった。このシークエンスの背景音では、二度、ヒトラーと思しき男がドイツ語で激しく演説している声が聞こえる。ナチス・ドイツ、日独伊三国同盟、第二次世界大戦とイメージがつながる。実際、戦闘帽を被り、白い衣服を着て、松葉杖を手にしてひっそりと立っている傷痍軍人が、1960年代の半ばまでは日本の街中でも見受けられたものである。
本作が発表された1966年という年は、60年安保の政治闘争が終わって六年が経ち、沖縄の日本への返還が未だなされない中、沖縄に基地を持つUSAが次第にヴェトナム戦争の泥沼にのめり込んでいく時期に当たる。日本が高度経済成長に酔い痴れている中、アジアの一角では同じアジア人が戦争で血を流していた。この意味で、「ケロイドの女」の、一見、理由なき戦争への不安は、それなりの根拠があったと言えるのではないか。
それでは、原作との関わりで気になるもう一点である。原作では仮面作りの製作者が本人自身である。と言うことは、映画での、仮面を巡る、主人公と精神科医との間の対話は、原作では、実は、自己との饒舌なモノローグということになる。映画化において、主人公の中にある「もう一人」を外在化させたことは、映像化という点で、それを可視化させた訳であり、確かにその点で、この「策」は当たっているのではあるが、その分、モノローグの内省性・内密性が減り、ストーリーの緊張度が低くなったのはマイナス点であろう。これは、小説と映画という媒体の違いが生み出した長所・短所の出方の違いと言うべきであろうか。
ただ、「顔」というものにこれだけ重きを置くことの問題の浅薄さは拭えない。映画の冒頭の方でも言われる点でもあるが、「顔」は、たかだか200㎠の表面に張った「饅頭の皮」である。映画の冒頭でも見せられるように、顔をX線撮影にしてしまえば、そこにはただ骨格だけしか見えない。「饅頭の皮」という皮膚を張った顔は、確かに、ヒトの個体差を見分ける最も有効な標識ではあるが、しかし、であるからと言って、それが、その個体の自己同一性に決定的な要因として働くかと言えば、そうではないであろう。(とは言え、映画の終盤で、駅から溢れ出る通行人が全員、同じようなのっぺらぼうの顔をしていることの「恐怖」もまた否定できないのではあるが...)
顔がヒトに与えられた生得の「装い」であるとすれば、それは、機能としては「服」と同じなのであり、「服」であれば、それにファッション性を求めてもよい。つまり、「顔」におけるファッション性とは、「化粧」なのであり、そうであれば、それは、本質的には「仮面」と同じ性質のものである。生得の「顔」に仮面を被せることで、自分の「顔」を異なるものとして他者に見せる。しかし、服や化粧に個性を与えるのは、それを着る個人、化粧をする個人が内面に持っている個性なのではないか。個性が先にあって、その後に、「服」や「化粧」があるはずである。故に、新しい仮面を被るようになったことでその人物に変化が起こったのは、その人物に何も新しい個性ができた訳ではなく、本来の「顔」の下で固定化されていた社会的行動様式が、新しい仮面を身に付けたことで、解放されたと見るべきである。つまり、本作の最終場面での主人公の殺傷行為は、自身の解放のための、自由への「暴挙」であったと言うべきであろう。
2026年5月2日土曜日
リバティ・バランスを射った男(USA、1962年作)監督:ジョン・フォード
西部劇の「古典」をストーリー的に捉えると、北アメリカ大陸の西部を舞台として、ピストルの威力にものを言わせて、無法者や北米「インディアン」と闘って、正義と秩序を維持する構図と言えるであろうか。これを古典的西部劇と名付けるとすると、北米先住民の観点に立って、ストーリーを語ろうとした場合、それは、非古典的西部劇、更に言えば、「アンチ・ウェスタン」とまで言えるであろうか。この「アンチ・ウェスタン」の最も古い例は、ウィキペディアによると、1950年制作の『折れた矢』(デルマー・デイヴィス監督)であると言う。あるアパッチ族の子供を助けたことにより、アパッチ族と親交を結ぶようになり、その中で、アパッチ族の娘と恋仲になった白人が、白人と先住民との架け橋になろうと決心する。この白人の名をTomといい、これを演じたのが、ジェームズ・ステュアートであった。
この『折れた矢』から二年後に上映された『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン監督、ゲーリー・クーパー主演)について、この映画を、ジョン・ウェインは、「俺の人生のうちで、最も非アメリカ的なやつ」であると評価している。強いはずの保安官が手助けを頼んで町中を歩き回り、結局、最後は、自分の妻に助けてもらって、命拾いする「英雄」はあり得ないということであろうか。
そのジョン・ウェインが本作で演じるTomは、小牧場主で、拳銃の腕は立ち、男気のある、典型的な西部劇ヒーローである。恋路に晩熟(おくて)で、意中の人Hallieハリー(ヴェラ・マイルズ)には、好きのすの字も言えない。それでも、スィート・ホーム・スィートで、勝手に思い込んで、自分の家の間取りを結婚後のために広めているという、そんな男である。その男が、西部のガンマン同士の慣習的掟を破る。ここに、ジャンル「西部劇」の父たるジョン・フォード監督が、1960年代前半に本作を撮ることにした「ひねり」があるのであろう。
これに対するジェームズ・ステュアートは、東部出身の弁護士で、無法の西部に法の支配を及ぼそうと考えている理想主義の、場合によっては傲慢な熱血漢である。つまり、時代は、フロンティア時代後期であり、無法状態から法律による治安状態へと移行する、ガンファイターの挽歌の時期である。この点でも、本作は、明らかに古典的西部劇の範疇から外れることになり、同時に、本作は、準州が州として成立し、その州の上院議員Senatorをワシントン市に送るという時期を描く。この初代の上院議員が、J.ステュアート演じるRansom Stoddardである。
この『折れた矢』から二年後に上映された『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン監督、ゲーリー・クーパー主演)について、この映画を、ジョン・ウェインは、「俺の人生のうちで、最も非アメリカ的なやつ」であると評価している。強いはずの保安官が手助けを頼んで町中を歩き回り、結局、最後は、自分の妻に助けてもらって、命拾いする「英雄」はあり得ないということであろうか。
そのジョン・ウェインが本作で演じるTomは、小牧場主で、拳銃の腕は立ち、男気のある、典型的な西部劇ヒーローである。恋路に晩熟(おくて)で、意中の人Hallieハリー(ヴェラ・マイルズ)には、好きのすの字も言えない。それでも、スィート・ホーム・スィートで、勝手に思い込んで、自分の家の間取りを結婚後のために広めているという、そんな男である。その男が、西部のガンマン同士の慣習的掟を破る。ここに、ジャンル「西部劇」の父たるジョン・フォード監督が、1960年代前半に本作を撮ることにした「ひねり」があるのであろう。
これに対するジェームズ・ステュアートは、東部出身の弁護士で、無法の西部に法の支配を及ぼそうと考えている理想主義の、場合によっては傲慢な熱血漢である。つまり、時代は、フロンティア時代後期であり、無法状態から法律による治安状態へと移行する、ガンファイターの挽歌の時期である。この点でも、本作は、明らかに古典的西部劇の範疇から外れることになり、同時に、本作は、準州が州として成立し、その州の上院議員Senatorをワシントン市に送るという時期を描く。この初代の上院議員が、J.ステュアート演じるRansom Stoddardである。
それでは、本作はその時代の法治主義への転換がストーリーの要目であるかと言うと、そうではなく、西部には、伝説が必要なのであるという、映画終盤の言説であると筆者は言いたい。USA映画史の歴史的名台詞となった、作中のあるジャーナリストの次のような物言いが本作の核心的部分ではないか?:
“When the legend becomes fact, print the legend!”
“When the legend becomes fact, print the legend!”
(「伝説が事実となる時、(それでも)伝説(の方)を活字とせよ!」)
この台詞は、アメリカの商業主義的なジャーナリズムの一面を突いている名言であろう。これとの対照として、本作に登場する町の新聞屋Peabodyピーボディー(性格俳優Edmond O'Brienが好演)の存在も大きいと言える。悪漢リバティ・ヴァランス(リー・マーヴィン)に対抗する弁護士とジャーナリストの構図である。
そして、この二人が町民選挙で、大牧場主達の思惑に反して、選ばれ、これが、J.ステュアート演じるStoddardの政治生命の始まりとなる。しかも、町民代表から、州知事、上院議員、更には、その気があれば、副大統領にでもなれるという、彼が政治生命の階梯を上がれたのも、彼が、悪玉リバティ・ヴァランスを撃ち殺したという「伝説」が大いに作用したからであった。上述の名言を吐いたジャーナリストも、このよい「伝説」を壊したくないために言った訳である。
この名台詞を言い換えれば、しかし、「伝説は事実に勝る」ということにもなり、21世紀を生きる我々には、この言説が、USA政治のみならず、世界政治において如何に大手を振って歩いているか、痛いほど身に染みる言葉もないであろう。事実や真実を無視して、言い放った者がマウントを取って勝ちということであれば、現代は、ピストルを言葉に使い直した、無法者のフロンティア時代になっているとも言えなくはないのである。この意味で、この約六十年前の本白黒作品を、現代的視点で再鑑賞したいものである。
この台詞は、アメリカの商業主義的なジャーナリズムの一面を突いている名言であろう。これとの対照として、本作に登場する町の新聞屋Peabodyピーボディー(性格俳優Edmond O'Brienが好演)の存在も大きいと言える。悪漢リバティ・ヴァランス(リー・マーヴィン)に対抗する弁護士とジャーナリストの構図である。
そして、この二人が町民選挙で、大牧場主達の思惑に反して、選ばれ、これが、J.ステュアート演じるStoddardの政治生命の始まりとなる。しかも、町民代表から、州知事、上院議員、更には、その気があれば、副大統領にでもなれるという、彼が政治生命の階梯を上がれたのも、彼が、悪玉リバティ・ヴァランスを撃ち殺したという「伝説」が大いに作用したからであった。上述の名言を吐いたジャーナリストも、このよい「伝説」を壊したくないために言った訳である。
この名台詞を言い換えれば、しかし、「伝説は事実に勝る」ということにもなり、21世紀を生きる我々には、この言説が、USA政治のみならず、世界政治において如何に大手を振って歩いているか、痛いほど身に染みる言葉もないであろう。事実や真実を無視して、言い放った者がマウントを取って勝ちということであれば、現代は、ピストルを言葉に使い直した、無法者のフロンティア時代になっているとも言えなくはないのである。この意味で、この約六十年前の本白黒作品を、現代的視点で再鑑賞したいものである。
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