2026年1月31日土曜日

星(ドイツ民主共和国、1959年作)監督:コンラート・ヴォルフ

 ブルガリア人脚本家のA.ワーゲンシュテーンは、自らのパルチザン活動の体験をストーリーに盛り込みながら、本作の脚本を書き上げて、当時のDDR映画界の重鎮Kurt Maetzigクルト・メッツィヒに監督を頼もうと考えて彼に打診する。すると、その内容がまた「ユダヤもの」で、これまでも何本かユダヤ人関連の映画(例えば、1947年作の『Ehe im Schatten陰の中の婚姻生活』など)を撮っていることから、自分の監督としての傾向が固定することを恐れて、K.メッツィヒはこの打診を断る。それを受けて、A.ワーゲンシュテーンは、自分のモスクワ映画学校時代の級友Konrad Wolfに白羽の矢を立てる。

 ブルガリアとの共同製作となることから、助監督にはブルガリア人監督Rangel Waltschanowが起用されていた。女主人公のRuth役には、イスラエル人女優Haya Harareetハイヤ・ハラリートを当てることにして、契約も結んでいたのであるが、彼女に丁度ハリウッドから歴史もの大作『ベン・ハー』(1959年作)での脇役の話しが舞い込んだことから、彼女はUSAに行ってしまう。代わりの女優が中々見つからない中、撮影の日程が迫ってくる。そこで、助監督のR. Waltschanowが、未だ演技を勉強中の自分の妻Sasha KrusharskaをRuth役に提案する。彼女はこの役で一気にスターの座に駆け上がることになる。

 撮影は、1958年晩夏、ブルガリアの首都ソフィアから南に行った町Banskoでなされた。DDRでの初上映は、翌年の三月下旬であったが、共同製作国であるブルガリアでは、本作の内容が精神主義的な人道主義を説くばかりであり、とりわけ、ユダヤ人の描き方が労働者層とブルジョア階層との区別をしない曖昧なものであったことが批判されて、上映の認可が中々降りなかった。しかし、本作がカンヌ国際映画祭で審査員大賞を獲得すると、批判はそのままにして、上映はブルガリアでも許されることになる。ソ連及びイスラエルでは本作は上映禁止の措置を受ける。西ドイツBRDでは、ヴァルターがパルチザン活動に組するシーンが検閲されて、60年六月に初上映される。

2026年1月25日日曜日

グエムル -漢江の怪物-(韓国、2006年作)監督:ポン・ジュノ

 本作、事前に知識を持たないで、偶然に、観た。最初の30分では、ナマズを巨大に突然変異させ、それに手足と長い尻尾を生えさせたような怪物「グエムル」(韓国語としては「グェムル」、更には「ゲムル」と発音した方が言語に近いと言う)が少々ひょうきんであるのに対して、この怪物に反応する主人公達がドタバタ喜劇的に大げさに描かれていて、「何だこのパトスは!」という感じで、一時観るのを止めたくなったのが正直なところであった。それを乗り越えて、結局最後まで観たのであるが、途中の漢江の流れに沿うソウルの都市景観や橋梁の撮影に撮影監督キム・ヒョングの映像美意識を感じながらも、終盤、どうして、デモ隊が登場し、黄色の煙幕が噴霧されるのか分からず、本作を観終わった。


 日本語版のウィキペディアを読んで、成程と思った。まず、2000年の出来事としての、映画の冒頭が理解の始めとなる。韓国人であれば、脚本も書いている監督ポンの意図をすぐに理解したはずである。この年、在韓米軍が大量のホルムアルデヒドを本作の舞台である漢江に流出させた、所謂、「漢江劇毒物放流事件」が実際に起こっていたのである。

 この冒頭の2000年から、六年経ち、映画のストーリー上の現在は2006年となる。つまり、この映画が公開された年でもある訳である。この現代性は、韓国の観客には「刺さるもの」があったのであろう。故に、当時としては記録的な観客動員数であったと言う。本作を単なる怪獣映画と思う日本人の観客には、韓国でのこの社会的背景を知らないままでは、怪獣の「ダサさ」だけが前面に出て、本作が日本では受けなかったのは、当然と言えば、当然である。

 仮に、日本の米軍基地で、このような毒物が近くの川に廃棄されたとしよう。横田基地でも、岩口基地でもいい。日米地位協定により、日本の警察権は、欧州の米軍基地と異なり、基地には立ち入りできないのである。正に、1894年に日本が撤廃したはずの治外法権は、米軍基地に関しては、戦後の1951年以来、復活したまま、現在にも及んでいるのである。

 つまり、本作は、軍事政権から民主主義を勝ち取った韓国人の立ち位置で以って、デモ隊も登場するストーリーが語られているのであり、ここら辺の背景を知らない、筆者を含めた日本人観衆には、監督ポンの意図が理解できなかったと言わなければならない。

 ホルムアルデヒド(英: formaldehyde)とは、有機化合物の一種で、化学式ではCH₂Oと表記され、その水溶液は、「ホルマリン」として人口に膾炙している。毒性が強く、人体へは、濃度によって粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、蒸気は呼吸器系、目、喉などの炎症を引き起こす。本物質は、WHOの下部機関たる「国際癌研究機関」により「グループ1」の化学物質に指定され、発癌性があると警告されているものである。とすれば、「グェムル」ようなモンスターが突然変異で出てくることも不思議ではない。

 また、本作中に登場する「エージェント・イエロー」という化学兵器は、米軍がヴェトナム戦争で使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」に掛けたものであり、この枯葉剤も、その影響でヴェトナムで環境的要因による二次的奇形を持つ乳幼児が多数生まれた原因であると言われているものである。

 更に、本作の公開と同時期、韓国・民主党系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が推し進めていた在韓米軍から韓国軍への戦時作戦統制権の移譲問題を、本作のストーリー展開と関連付ける報道もあったと、ウィキペディアに書かれてある。

 とすれば、本作は単なる怪獣映画ではない訳で、本作のストーリーは、家族的団結の大事さと共に、在韓米軍への、少なくとも皮肉を込めた政治的な気骨のある作品となるものである。改めて、映画鑑賞後に、色々調べてみることの大事さが分かった次第であった。

2026年1月15日木曜日

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(英国、USA、2007年作)監督:ティム・バートン

 荘厳なオルガン音楽が映画会社のロゴが見える所から始まる本作は、続いて陰惨なイメージのタイトルロールへと繋がっていく。何かゴシック・ホラー小説の雰囲気を思わせる。そして、映画が始まって登場した船は暗い闇に沈むロンドンに着き、ジョニー・デップ演じる主人公と彼と一緒にロンドンに戻ってきた若い船員アンソニーがそれぞれ別々に暗鬱なロンドンの街中に消えてく。既に船上で二人はその歌唱力を示しているので、本作がミュージカル映画であることが分かったのではあるが、映画を観始める前にそのことは知らなかったので、少々の驚きを以って、歌を聴き、さて、本作を観続けるか、一時、迷った次第であった。筆者は、ミュージカル映画は余り好みではないからである。が、結局は、最後まで観続けた。J.デップが体現する男の怒りがどこから来て、それがどう癒されるのかが知りたくなったからである。

 さて、本作は、同名の、1979年に初演されたブロードウェイ・ミュージカルの映画化である。その舞台作品は、この年のトニー賞で、最優秀作詞・作曲賞を含めて八部門で受賞した作品であり、作詞・作曲を担当したのが、USA出身のStephen Joshua Sondheimスティーヴン=ジョシュア・ソンドハイムであった。彼は、本作での音楽も担当している。

 本作の監督は、1990年作の『シザーハンズ』(J.デップ主演)等で奇才の誉れ高いTim Burtonティム・バートンで、彼は、原作のブロードウェイ作品を既に1980年にロンドンで観ており、彼は80年代末に映画化の話しをSt.ソンドハイムに持ちかけていたと言う。しかし、紆余曲折があって、映画化はイギリス人監督Sam Mendesサム・メンデスが担当することに一旦はなるが、今度はS.メンデスが事情があって降板することとなり、それを受けて、T.バートンが結局は監督として登板することになる。実は、脚本は、S.メンデスの下で、USA出身のJohn Loganジョン・ローガンが担当することになっていたことから、本作の制作においても彼が脚本家として続投する。こうして、T.バートンとJ.ローガンが、舞台劇で三時間あった内容を映画的に濃縮させる方針を取り、本作の音楽担当である原作者のSt.ソンドハイムもその意向を受けて、作中内の歌を改編している。T.バートンは、とりわけ、歌で登場人物の感情の高揚を歌い上げる典型的なミュージカル的展開を嫌い、それを避けて、歌っている最中からどんどんストーリーを展開させる処理方法を取ったのである。これは、ミュージカル映画の冗長さを嫌う筆者に言わせれば、成功していると言える。

 本作の冒頭で抱いた「ゴシック・ホラー」感は、確かに、部分的には当たっているが、ゴシック小説とは、イギリス18世紀後半の産業革命が始動し始めた時期に流行りだしたものであった。つまり、それは中世的趣味へ浪漫主義的な懐古なのであり、そこでは貴族達が主役を演じる。そして、それは、中世騎士道物語の延長としてのゴシック・ロマンスものの形成となる。こうして、「迫害される乙女」がそのテーマの一つとなる訳で、それは、本作における、治安判事ターピンの豪邸に、籠の中の鳥のように監禁されているジョアナと船員アンソニーとの恋物語りと相似している。

 しかし、主人公ベンジャミン・バーカーは理髪師であり、貴族ではないので、ゴシック・ホラーのジャンルには当てはまらない。と言うのは、イギリスにおけるゴシック小説の流行は19世初頭までで、とりわけ、1837年以降のヴィクトリア女王時代(1901年まで)では、大衆雑誌の興隆の中で、残虐な犯罪ものが、とりわけ、労働者階層の大衆娯楽小説として好まれて読まれるようになり、次第にゴシック・ホラーものに取って代わっていったからである。

 ヴィクトリア女王時代にはイギリスの産業革命は更に進行し、それは、鉱山業や機械製造業にも及んだ。また、鉄道網が整備されたことにより、物資の輸送も効率化されたことにより、産業革命の速度は更に高められ、ヴィクトリア女王時代にイギリスはその繫栄を築いたと言える。世界に冠たる大英帝国である。こうしたイギリス社会の繁栄は、出版界にも影響することになり、19世紀の半ば、幾多の出版社、新聞社が興される。実は、本作の題名の一部になっているFleet Streetフリート街は、シティー・オブ・ロンドンの西端にある、テムズ川と平行に東西に走る通り名で、「イギリスの新聞街」の別名がある程、数多くの新聞社が置かれていた通りなのである。

 「
本」とは、中世では元々高価な物で、一般庶民が手に入れることの出来ない物であったが、17世紀から19世紀にかけてイギリスで発行されたポケット・サイズの本、即ちChapbookチャップ・ブックは、低価格で中間市民階層でも買えるものであった。この巡回文庫Chapbookという名称は、Chapmanチャップマン(行商人)が売り歩いたことによると一般に言われているが、この「文庫本」は、8から24ページ程度の厚さで、挿絵入りの内容は物語から料理、暦など多岐に亘り、価格は1ペニー前後で、そこから、これらの本は「Penny history」とも呼ばれた。

 一方、犯罪ものへの大衆の興味は、15世紀頃からの「Broadside balladsブロードサイド・バラッド」という、大判の紙一枚に俗謡(バラッド)を載せ、犯罪・強盗・災害などのセンセーショナルな事件を綴ったものを以って癒されていた。これが町や農村で半ペニーか1ペニーに売られていたのである。

 こうして、産業革命の進展による本の価格の低廉化と文学の大衆化が19世紀の前半で組み合わさることになり、この時期、犯罪ものを週毎に連載で安価に発行した「Penny dreadful(ペニー・ドレッドフル:1ペニーの恐怖もの」)が出回る。この大量に発行された三文小説の一つが、本作映画の題名ともなっている『スウィーニー・トッド』であった。同様の盗賊もの『ディック・ターピン』にはそれをモデルとした実在の追い剥ぎが存在したのであったが、『スウィーニー・トッド』は全くのフィクションである可能性が高いと言う。因みに、本作に登場する悪役の治安判事の名前は、Turpinターピンであり、本作の原作は、『スウィーニー・トッド』と『ディック・ターピン』を内容的に上手く掛け合わせているのであろう。

 そして、この「スウィーニー・トッド」は、ジャーナリストで音楽家でもあるThomas Peckett Prest(1810年生まれ)が、同僚のJames Malcolm Rymer(1815年生まれ)と共作で、『真珠の首飾り』と呼ばれた作品で1846年に創造したと言われている、連続殺人を犯す理髪師である。

 このPrest版のスウィーニーの連続殺人の動機ははっきりはしないが、どうも金銭欲に因るものであったようである。ブロードウェイ作品版では、それは明確に治安判事ターピンに対する復讐劇となっており、その構図は、T.バートン版でも変わっていない。また、おぞましい「ミート」パイ屋を営むミセス・ラヴェットは、三つのヴァージョンで存在しており、彼女を単なる共犯者と見るか、或いは、スウィーニーの愛人と見るかでストーリーの味付けが違ってくる。本作では、名前の中に「Love」が入っている未亡人のラヴェット婦人(イギリス人女優Helena Bohnam Carterが好演)は、復讐の鬼ベンジャミンに報われない片思いをし続け、スウィーニーことベンジャミンは、奪われた、そして、奪われたと思っていた妻ルーシーに、復讐の憤怒の中、永遠の愛を誓っていたのである。復讐、連続殺人、カニバリズムのグロテスクは、血の饗宴の内に終わる。

2026年1月5日月曜日

ダイアモンド・ラッシュ(英国、2007年作)監督:マイケル・ラドフォード

 時は、本作が制作された2007年かその前年である。場所は、ロンドン。バリバリの女性ジャーナリスト(テレビ映画のシリーズもの『ゲーム・オブ・スローンズ』などで後に有名になる、イギリス人俳優Natalie Dormerナタリー・ドアマー)が、キャリアウーマンらしく携帯を掛けながら、ある喫茶店に入って来る。ある席に一人で座っている老女をすぐ見つけると、女性ジャーナリストは、少々無礼なものの言いようで、用件を切り出す。用件は、女性の社会進出の先駆けを追うもので、その老女が辛うじて未だ生きていることから、連絡を取ったと、口を濁しながら言う。すると、老女は、ハンドバックの中から小さな入れ物を取り出す。中のものは、168カラットの大粒のダイヤモンドであった。老女Laura Quinnローラ・クィンは、1950年代・60年代に部長職級の女性管理職者としてその先駆けになった人物で、彼女は、女性ジャーナリストに、自分がこのダイヤモンドを盗んだことを告白する。その経緯が知りたくなる話しの出だしではあるが、ミス・クィン役を演ずるDemi Mooreデミ・ムーアの老け役のメークアップが杜撰で、若干観る気を削がれたのが「玉に瑕」である。因みに、本作の原題は、『Flawless』といい、この言葉は、形容詞で、「Flawがない」、つまり、「瑕疵がない」を意味し、とりわけ、宝石関係では石に割れ、ひび、欠損がない状態を指すものである。

 話しは、喫茶店のシーンから一転して、俯瞰図からハイヒールを履いて颯爽とロンドンの通りを歩く、若いと言っても、もう38歳の独身者ミス・クウィンが映し出される。何故か彼女は黒髪で、タイトなスーツを着ている。背景の音楽は、今ではジャズのスタンダードになっていると言っていい『Take Five』である。調べてみると、この曲の発表は、1959年で、2007年乃至その前年から場面転換した時期、つまり、1960年の年とほぼ一致する。上手い選曲であり、USA出身で煙草も吸い、英国オックスフォード大学を出ている才媛たるクィン「老嬢」にもぴったりである。彼女は、勤め先であるLondon Diamond Corporation、略して、「Lon Di ロン・ダイ」という大手のダイヤモンド取り引き商会に向かっていた。商会の建物の前では、「Lon Di 人殺し、ダイヤモンドのためにはもう一滴の血も流させない!」というプラカードを掲げて抗議する人々が集まっていた。小さなデモ隊は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策にも反対していた。

 このLon Diには全世界で「1223」もの支店があるのにも関わらず、女性支店長は一人もいなかった。ミス・クィンの後輩の男性職員が彼女を追い越して、丁度、南アフリカにあるカップ支店の総支配人に任命された。自分の鬱憤を晴らすために、ミス・クィンには、自分の思いを小さいカードに書く癖があり、今回もまた昇進が出来なかった恨みに、「don't give up work harder You will win」と、馬車馬のように働くことを誓って、三行をピリオドなしに書き付ける。そして、それを自分宛ての封筒に入れた。

 ある晩、自分の事務室でいつものように「サーヴィス残業」をしていると、夜間に社屋の清掃作業を担当しているMr. Hobbs(Michael Kaineマイケル・ケイン)が部屋にやってくる。スモール・トークをミス・クィンと交わすミスター・ホッブスは、単なる清掃員ではないらしく、聖書の一節を引いたり、南アフリカの件を言及したりする。その翌日、ミス・クィンがいつものように朝一番に出勤して、例の自分宛ての封筒を何気なく開けると、前に書いた「don't give up work harder You will win」の下に一行書き足してある:「No you won't」と。そして、封筒にはある映画館の切符が一枚入っており、切符の裏には「12:40 pm.」と書いてある。さて、誰がこんなことをやったのか。好奇心に駆られたミス・クィンは指定された時間に映画館に赴く。丁度リチャード・アッテンボローが演じている銀行破りの白黒映画が上映されている館内には、何とミスター・ホッブスが待ち受けており、彼は、支店の数は、1224店あり、また、ミス・クィンがここ三年間で六回も昇進のチャンスを逃していることを指摘した後、ソ連とのダイヤモンド取り引きに絡んで、秘密裡にその取引契約をLon Diが延長する策をミス・クィンが進言したのにもかかわらず、商会上層部は、彼女なしで、その策を取ることを決め、そして、彼女自身はまもなく辞めてもらう方針であると警告する。

 調べてみると、確かに1960年6月を以って自分が財政上の理由で辞めさせられることになっていることをミス・クィンは掴み出したことから、同じく半年後に定年退職するミスター・ホッブスと会う。彼は言う:夜中じゅう清掃作業をする自分は、地下の大金庫の前の大理石の床を磨く仕事をする。警備員は二人しかおらず、それも別の場所に立っているのみで、大金庫の六桁の暗証番号さえあれば、楽々金庫内に入れて、持参のコーヒーポットに若干の未だ磨いていないダイヤモンドを掠め取れる。それを、それぞれ16年・15年勤続したお互いの退職金代わりにしよう。ミス・クィンは、その暗証番号を自分に教えてくれればよいのであると。

 さて、ミス・クィンは、暗証番号を手に入れることが出来るか。また、ミスター・ホッブスは、上手く大金庫に入れて、ダイヤモンドを盗み出すことが出来るか。急遽、防犯カメラが取り付けられるという難易度が高められる中、もちろん、ミスター・ホッブスはダイヤモンド窃盗に成功するのであるが、実は、ミス・クウィンには、二重・三重ものサプライズが待ち受けていた。

 確かに、本作は、金庫破りが一つのプロットであるから、ハイスト映画ではあるが、イギリス映画である本作に、銃撃戦も辞さないアメリカン・ハイスト映画を期待しても無理である。否、本作のテーマの主眼は別の所にあり、本作は復讐物語りなのである。今では崩壊しつつあると言われているイギリスの病院医療制度は、嘗ては世界に冠たるものと褒めそやされたものであったが、その十全な病院医療制度が導入される前には、イギリス国民は、自分で健康保険を掛けて病気に備えなければならず、本作のストーリーは、その発端を終戦後の時期にまで遡る。こうして、本作では、女性の社会進出の問題と健康保険制度の問題とが絡むことになり、巨大ダイヤモンド商会の部長クラスの管理職ミス・クィンとその会社の清掃員ミスター・ホッブスという、非対称な組み合わせが可能になった訳である。

 しかも、この復讐劇の国際政治的な背景が興味深い。まず、国際的なダイヤモンドの取り引きにこの当時ソヴィエト連邦が関わっており、ソ連はLon Diの大事な顧客であることである。そして、1960年という年である。

 1960年とは、世界史的には「アフリカの年」と言われている。この年にアフリカ大陸では、旧宗主国であるフランスから独立した13ヵ国を含む合計17ヵ国が欧州の旧宗主国から独立を達成した年であるからである。既に、1947年にインドとパキスタンが大英帝国から独立した後、1950年代には、他のアジア諸国が植民地の地位から脱していた。1955年には初めてのアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開催されていた。それを受けての1960年以降の反植民地主義運動がこうして世界で展開していた訳で、旧宗主国たる大英帝国は、その国際的地位を、工業力の点ではUSAに、国際政治の点では反植民地主義によって脅かされていたのであった。本作の冒頭でのデモ隊もこのような国際政治状況を反映したものであり、作中で起こるLon Diの会頭の突然の死も、この大英帝国の運命を象徴しているかのようである。

 1960年二月初頭に南アフリカのケープタウンを訪れたイギリスの保守党政治家ハロルド・マクミラン首相は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策を批判しつつ、次のような演説を行なった:

 「変化の風がこの大陸を通じて吹いている。我々がそれを好むかどうかに関わらず、このナショナリズムの高まりは政治的な事実である。我々はその事を事実として全て受け入れなければならないし、国の政策においても考慮に入れていかなければならない」(ウィキペディアからの引用)

 同年12月には、国際連合総会は、「植民地独立付与宣言」なるものを採択し、この宣言文で、全ての人間が自己決定権を保持しており、外からの圧力によってこの権利が行使できないのであれば、それは人権侵害であると謳っている。この宣言は、反対票無しで可決されたが、七つの国が棄権した。その七つの国の六ヶ国とは、イギリス、フランス、そして、アフリカの植民地に未だ固執するベルギー、ポルトガル、スペイン、更に、アパルトヘイト政策を行使する南アフリカである。最後の一カ国とは、USAであるが、何故、大英帝国に対して独立戦争を戦い、人権宣言を高らかに唱えたこの国がこの付与宣言を棄権をしたのであろうか。筆者は2026年一月五日にこの文章を書いているが、この二日前にUSAがヴェネズエラを攻撃している。USAは、1960年当時既に中南米を自己の影響圏の中にあるものと見做しているのであり、このイデオロギーに従って、USAは、「植民地独立付与宣言」についてこれを棄権したのであった。1960年には流石にこの宣言に反対が出来ない情勢であったが、66年経った今年2026年、果たして、どうであろうか。筆者には、21世紀版帝国主義がその邪悪な本性を現し、再び跳梁跋扈し出したように思える。

2026年1月3日土曜日

ジュラシック・ワールド:炎の王国(USA、2018年作)監督:J・A・バヨナ

 ジュラシックものには、正直言って、余り興味がない。とは言え、正月の、持て余した時間に本作を偶然に観てしまった。St.スピルバーグ監督が撮った第一作目『ジュラシック・パーク』(1993年作)を観てからは、その後は観ていないので、第一作目から本作の制作年2018年との間には四半世紀の隔たりがある。若干様相が変わってはいたが、ジェフ・ゴールドブラム演じるテキサスの数学者イアン・マルコムが未だに見られて安心した。彼にも大分白髪が増えたものである。1993年当時は、画面中を役者といっしょに自然に動く恐竜の実在感に圧倒されたものであったが、遺伝子工学が人類にもたらすであろう恩恵と禍いという基本的セッティングは本作でも変わってはいないようである。果たして、ヒトのクローン化は赦されていいものであろうか。

 ウィキペディアで調べてみると、「ジュラシックもの」は何と、もう七本も撮られているとのこと。『ジュラシック・パーク』の三部作(1993年、1997年、2001年)で完結したものと思いきや、2015年に『ジュラシック・ワールド』が再開されると、本作と2022年作品で、もう一度三部作が一回りし、25年には、少々お太り気味のスカーレット様が主演なさっておられる「リバース版」が飛び出している次第である。

 調べて分かったことは、ジュラシック・ワールド三部作では、オーウェン役の主演男優Chris Prattクリス・プラットとクレール役のBryce Dallas Howardブライス=ダラス・ハワードが通しでやり通していることに好感が持てる。Chr.プラットは、男臭くなく、如何にもUSボーイの正義感を持ち、いざとなれば、腕っぷしも効くオーウェン役によくイメージが合っており、また、意志が強く、行動力があり、「古生物愛護運動」の先頭に立つクレールには、ブロンドがかった赤毛と大きな口のBr.ハワードは、適役である。ウィキペディアによると、Dallasという名前は、自分が「出来た」時の場所がダラスであったから、そして、Bryceという名前は、Bryce Canyonブライス・キャニオンという、赤色の岩石で有名な、ユタ州にある国立公園の名称から採ってあると言う。名は正に人を表すとは、このことであろう。

 彼女をどこかで見た記憶があり、探してみると、『ターミネーターIV:救い』(2009年作)で、ジョン・コナー(Chr.ベール)の妻となるケイト・コナー役を彼女がやっていた。ケイト役は、女医師であるが、コナーの副官的存在であると、かいつまんで言えるとすると、この役も本作の役柄と似ている。Br.ハワードは、監督Ron Howardの娘であり、その血を引き継ぐのか、2013年以降、監督業にも手を出しており、短編を二本程試した後、2019年に『Dads』というドキュメンタリー映画を発表し、それ以降は、シリーズもののテレビ映画作品を時々撮っている。

2025年12月31日水曜日

素肌の涙(英国、1999年作)監督:ティム・ロス

 本作の原題は、『The War Zone』であり、これをそのままカタカナ書きにしても日本人にも分かりそうな題名である。「ザ・ウォー・ゾーン」、つまり、「戦争ゾーン」、「交戦地域」とでもなろうか。これをそのまま邦題にしては、戦争映画好きの観客を映画館に呼び込むことになり、観始めたら、戦闘場面は一度も登場せず、映画館側に「入場料返せ!」の抗議が殺到すること間違いなしと、恐らく踏んだ配給側は、苦肉の策を思い付く。上半身裸の女主人公をポスターの右下に配置し、邦題は、『素肌の涙』とする。えげつないポルノ映画の題名よりは、センスはいい。邦題のすぐ下には良心的に原題名が書かれてある。しかし、これでも感の悪い人のためにポスターの最も左下に一行、小さく次のように書かれてある:「わたしはパパのお人形」と。こうなると、これはもう「近親相姦」ものか、「家庭内性的加害」関連ものではないかと想像せぜるを得ない。本作は、実際、そうなのである。

 本作の原作も同名の英語題名で、1989年にロンドンで発刊されたものである。原作者は、Alexander Stuartで、本人が本作の脚本も書いているので、原作の内容が著者の意図に反して映画化されたという懸念は持たなくてよいであろう。それでは、戦闘場面が一度も描かれないのに、何故にこの題名なのか。

 ポスターに登場している女主人公は、Jessieジェシーという。彼女は、女子学生程の年齢であり、Nickというボーイフレンド(若いColin Farrellがちょい役で登場)もいる。その彼女が「父さん」と未だに関係があるのである。そのことに同意しているのか、或いは、少女の時から父親にそのように「飼育」されたのか。しかし、事態はそのままでは収まらず、別の重大な「家庭内性的加害」にストーリーは発展する。こうして、本来平和であるべき「家庭」が、敵味方の敵対関係に突入する。この、言わば「戦争」状態の家庭を指して、原作者は、「The War Zone」という題名を付けたと思われる。正に、このことを象徴するかのように、海岸沿いに作られたトーチカが舞台に登場し、ここで父娘が行為に及び、それを、ジェシーの弟Tomが、でばかめPeeping Tomよろしく、ヴィデオ撮影するという、観衆の道徳観念を逆なでするようなシーンが繰り広げられるのである。本作は、故に、覚悟してご覧あられたい。

 この陰鬱なストーリーに呼応するように、戸外の場面は、灰色の空に覆われ、雨が降り、道は泥のぬかるみである。場所は、イギリスのDevonデヴン州の北海岸にある村である。デヴン州とは、ロンドンとほぼ同緯度で、グレート・ブリテン島の三角形の左下の角(かど)にある州である。ロンドンからこの方向への最西端がCornwall州でその手前の右隣の州がデヴン州である。州の南側がドーヴァー海峡に面しているとすると、北側がブリストル湾に面しており、その湾を沿うように西に向かうとHartland岬に辿り着く。我々は、このハートランド岬沖の荒波を画面で見るのである。そして、海岸沿いのトーチカは、大西洋の海からイギリスを目指すかもしれないドイツ海軍を監視するための、第二次世界大戦中の監視所であったのであろう。ストーリーに合ったロケーションの選択に納得する。そして、冬の英国を思わせる映像造形を北アイルランド出身の撮影監督のSeamus McGarveyシーマス・マクガーヴェイが担当している。

 監督は、ロンドン生まれの俳優Tim Rothティム・ロスで、本人の最初で、2025年時点で最後の監督作品である。映画の最後に「父に捧ぐ」と出てくる。誰の父なのであろうか。監督のRothか、脚本も書いている原作者のStuartなのか?映画に登場する「父さん」に捧げる訳はないから、原作者の父とすると、本作に登場するTomこそがその父に当たる人物とも考えられる。そして、現実の「Tom」が性加害を受けていない保証はない。或いは、それが監督自身の父親であるとすれば、監督Rothがこのような内容の映画を撮ることへの執着が余程強かったことが窺え、映画内のTomに自分の父親の運命を重ね合わせたのかもしれない。映画の最後に登場する献辞でこれ程、人の運命を思い巡らせたことはない。

 この監督の思い入れがあったのか、Tom役を演じているFreddie Cunliffeフレディー・カンリフへの配役は実に的確さを得ており、随分長いことTom役を演じるべき人間を探したのではないかと想像する。ウィキペディアによると、彼は、当時、素人俳優であったと言う。Jessie役を演じたLara Belmontララ・ベルモントも同様に、当時、素人俳優であったとウィキペディアに書かれてあり、監督Rothの慧眼に感心せざるを得ない。彼はしっかりと俳優達から演技を引き出している。

 本作での「母ちゃん」役は、最初は目を疑ったのであるが、調べると、やはり、Tilda Swintonである。T.スウィントンの女優としてのイメージは、瘦せ型で、両性具有的な存在である。本作では、何か丸顔で、身体も太り気味であり、子供達にもオープンに「父ちゃん」と添い寝されている場面で見える腹部は、本当にぶよぶよである。ここまで、体格まで変えて、役作りをするものであろうかと、彼女の経歴を調べると、私生活では、本作が発表される二年前に男女の双子を儲けていると言う。丁度産後で、しかも乳児に授乳させていた時期と撮影が重なったのかもしれない。彼女は、1992年作の『オルランド』(Sally Potter監督)で、オルランド役を演じて、国際的に有名になっていた女優である。その彼女が、Roth監督の初監督作品に出演を承諾したことには、本作のテーマ性に対する彼女の思い入れが十分にあったのであろう。

2025年12月27日土曜日

潮騒(日本、1964年作)監督:森永 健次郎

 本作の原作者・三島由紀夫は、1951年12月25日に、アジア諸国を除いた「世界」一周旅行のために、まずは、ハワイに向けて船出した。丁度クリスマスであり、彼は初めてタキシードを着て、船上のクリスマス・ディナーに参加する。1951年と言えば、西側の連合国諸国とのみサンフランシスコ講和条約が結ばれ(故に、ソ連と中国などを除く)、同時にまた、第一次日米軍事同盟も署名された年である。未だに日本人の海外渡航は制限されており、三島は、朝日新聞の特別通信員として出航の許可を得る。こうして、52年の元旦をハワイのホノルルで祝い、更に船で、その数ヶ月前に平和条約が結ばれたサンフランシスコ港に入る。そこからは、飛行機も入れた移動となり、三島はニューヨーク、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロなど見て、52年三月にヨーロッパ入りする。パリで偶然に木下恵介や、『潮騒』の初めての映画化の時に音楽を担当することになる黛敏郎とも知り合う。ロンドン滞在後、四月下旬に三島の「眷恋(けんれん:恋焦がれること)の地」たるギリシャに到着する。とは言え、ギリシャ滞在は四日間のみで、4月30日にローマに到着し、ここに5月7日まで滞在した後、帰途につき、5月10日に羽田空港に戻ってくる。通算四ヶ月半に及ぶ三島の初めての、言葉の本当の意味での外遊であった。

 三島は、既に旅行中の52年二月から「見聞録」・紀行文を新聞や雑誌に発表していた。四月には『あめりか日記』を、五月に『リオ・デ・ジャネイロ』などを、七月には、パリの滞在が不本意にも一番長かった『憂鬱なヨーロッパ』、そして『希臘・羅馬紀行』などを発表する。同年十月には、これらの紀行文をまとめた単行本『アポロの杯』が朝日新聞社より刊行されている。題名にギリシャ神話の太陽神アポローンが織り込まれていることにここでは注意したい。

 この旅行は三島にとって、これまでの自己の作家活動の転機となり、「自己改造」の一つの契機を見つけることになるのであるが、それが、「憂鬱な」西欧の灰色の空に対する、希臘の「青空」であった。つまり、希臘では、真と善は美であり得るのであり、言わば、美しき肉体には善き知性が宿るのである。三島は、「今日も絶妙の青空、絶妙の風、夥しい光。……さうだ、希臘の日光は温和の度をこえて、あまりに露はで、あまりに夥しい。私はかういふ光りと風を心から愛する」と朗唱するが、このギリシャ熱が彼にとって何を意味するかを、本作が撮影された1964年に以下のように記している:

 「それはいはば、美しい作品を作ることと、自分が美しいものになることとの、同一の倫理基準の発見であり、古代ギリシア人はその鍵を握つてゐたやうに思はれるのだつた。近代ロマンチック以後の芸術と芸術家との乖離の姿や芸術家の孤独の様態は、これから見れば、はるか末流の出来事であつた。(中略)ギリシアは、私の自己嫌悪と孤独を癒やし、ニイチェ流の「健康への意志」を呼びさました。私はもう、ちよつとやそつとのことでは傷つかない人間になつたと思つた。晴れ晴れとした心で日本に帰つた。」— 三島由紀夫「私の遍歴時代」よりの引用をウィキペディアのサイトより更に引用

 この三島のギリシャ熱が昇華し、ギリシャ的に「美しい作品」が、ギリシャのレスボス島で繰り広げられた「山羊に育てられた少年ダフニス」と「羊に育てられた少女クロエ」と間の「健康な」恋物語りに似せて、1954年に書き上げられる。それが、本作の原作となる『潮騒』であり、これがベストセラーになったことから映画化の話しが直下に進行し、同じ年にこの原作の一回目の映画化がなされて上映される。という訳で、本作は原作の二回目の映画化に当たり、一回目の十年後のものとなる。その後は、1971年、75年、85年と映画化されており、この五本の映画化作品の中で、吉永小百合が女主人公・初江を演じた本作と山口百恵が同じ役を演じた75年作品が比較的有名なものであろう。

 筆者も原作を読んではいるが、ストーリーはもう思い出せず、ウィキペディアで概略を読むと、本作のストーリー展開とはほぼ一致しているようである。故に、ウィキペディアに出ている、原作上の女主人公・初江をここに引用する:

 「海女。健康な肌いろで、目もとが涼しく眉は静か。鄙びた顔立ちで睫の長い美しい少女。無口で愛嬌がないかと思うと急に娘らしく笑い出し、ぼうっとしているようでいて、よく気がつく娘。宮田照吉の末娘で、志摩に養女に出されていたが、兄が死んだために実家に呼び戻された。」

 「田舎っぽい顔立ち」とはどんな顔立ちか、筆者にも想像できないが、吉永の顔がそうであるようには見えない一方、その他の描写は、吉永の外見に一応は合っていそうではある。

 それでは、原作ではむしろこちらに重点が置かれているように思われる男主人公・新治はどうであろうか。ウィキペディアの同様の箇所から引用する:

 「18歳の漁師。背丈が高く、体つきも立派だが、顔立ちはその年齢の稚なさがある。よく日焼けし、形のよい鼻と黒目がちな目。笑うと白い鮮やかな歯列が見える。一昨年に新制中学校を卒業したばかり。学校の成績は悪かったが、歌島を5周できるほど泳ぎが得意。無口な青年で青年会ではいつも子供っぽい笑顔で人の意見を傾聴している。母と弟の三人暮し。」

 蓋し、「背丈が高い」以外は、本作でこの役を演じている、日活青春映画での吉永の相方・浜田光夫にぴったり合っているように思われる。

 撮影(松橋梅夫)は、基本的に、原作の舞台である三重県神島でなされているが、一部は撮影所撮影でもある。

 「鄙ぶる」に対する言葉は、「みやぶる」であり、これを漢字を混ぜて書くと、「宮ぶる」となるが、これが更に「宮び」、「都び」、「雅び」となり、現在の「雅(みやび)」となる。つまり、「鄙」(田舎)に対する「雅」とは、「宮廷風」乃至は「都会風」を意味し、ギリシャ的多神教と同様に、神道の神々が住む神島に、都会からの邪悪を持ち込む男女が、万葉集にも歌われている神島(古名を「歌島」)にやって来る。千代子(松尾嘉代)と安夫(平田大三郎)である。東京の女子大学に行く千代子は、新治に横恋慕をする。一方、標準語を話す安夫は、その内結婚するであろうと思われていた初江を強引に自分のものにしようと夜に井戸の水汲み当番に当たっていた初江を襲う。しかし、自慢の蛍光針付き腕時計に引き寄せられたハチに襲われて、自分の「意図」を達成できずに安夫は退散せざるを得なくなる。この神話的エピソードは、スタジオ撮影である。この安夫が、「ダフニスとクロエ」に登場するダフニスの恋敵ドルコンに当たる。ここで面白いのは、三島が、都会と田舎の対立の構図を価値転倒させて、都会を悪に、田舎の村落共同体を善として描いていることであろう。

 その三島が言う:
 「辺鄙な漁村などにゆくと、たしかにそこには、古代ギリシアに似た生活感情が流れてゐる。そして、顔も都会人より立派で美しい。私はどうも日本人の美しい顔は、農漁村にしかないのではないかといふ気がしてゐる」。

 三島がこう述べているのは、本作が上映された1964年の六月号に出た雑誌『若い女性』の記事「美しい女性はどこにゐる―吉永小百合と『潮騒』」でである。昭和文学史における最も派手な行動派作家三島は、初江を体現する吉永の配役をまんざら悪いとは思ってはいなかったということになろうか。

 万葉集歌人・柿本人麻呂は、神島の回りを舟で遊ぶ恋人のことを想って次のように詠んでいる。和歌中の「伊良虞」とは、愛知県渥美半島の先端にある岬の地名である:

  「潮騒(しほさゐ)に 伊良虞(いらご)の島辺(しまへ) 漕ぐ舟に 妹(いも)乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を」

星(ドイツ民主共和国、1959年作)監督:コンラート・ヴォルフ

 ブルガリア人脚本家のA.ワーゲンシュテーンは、自らのパルチザン活動の体験をストーリーに盛り込みながら、本作の脚本を書き上げて、当時のDDR映画界の重鎮Kurt Maetzigクルト・メッツィヒに監督を頼もうと考えて彼に打診する。すると、その内容がまた「ユダヤもの」で、これまでも...