2026年8月24日月曜日

ホラー・エクスプレス/ゾンビ特急地獄行き(スペイン、大英帝国合作、1972年作)監督:ユージニオ・マーティン

 日本の戯作の歴史において、「黄表紙」とは、18世紀後半の、政治風刺に重きを置いた知的な読みものであった。USAの1890年代からの、「イエロー・ペイパー」、即ち「黄色新聞」は、大衆の受けを狙って、煽情的な記事を掲載した低俗な新聞であった。同じ黄色でも、古今東西、随分と違うものである。この後者の「黄色の伝統」を受け継いだのが、1960年代のイタリア映画の一ジャンルである。この時期に、Gialloジャッㇽロ(「黄色」の意味で、その複数形は、Gialli)と呼ばれる一群の映画作品が製作される。Gialloの言葉自体は、文学的には、既に1930年代から存在し、USAのパルプ・フィクションを模倣した作品群がイタリアでも増産されていたのである。これらをイタリア映画界が映画化し出したのが、1960年代であった。イタリア絵画を思わせる色彩性と、イタリア・オペラを思わせる演劇性も絡み合った、スタイリッシュに映像化された、とりわけ、猟奇(連続)殺人事件がそのテーマとなる。しかも、その映像の背景には、流麗な音楽が流れるのである。あのエンニオ・モリコーネも、このジャンルの幾つもの映画作品に映画音楽を提供している。


 一方、同じ1960年代のイタリア映画界が「創造」したもう一つのジャンルは、和製英語で言うところの「マカロニ・ウェスタン」である。イタリア人男性を揶揄するために、欧米では、「スタゲッティ―喰い野郎」という言葉が使われるが、欧米では、それ故、「マカロニ・ウエスタン」のことを、「スパゲッティ・ウェスタン」と言う。であれば、USAの正統のウェスタンを、「ホットドッグ・ウェスタン」と言えるとしたら、スペイン製のウェスタンは、「パエーリア・ウェスタン」とでも言えようか。実は、「スパゲッティ・ウェスタン」のロケ地は、スペインが多く、スペイン人監督も、そのようなウェスタンを撮っていたのである。本作の監督Eugenio Martinも、このジャンルのウェスタンを60年代から撮っており、71年には、リー・ヴァン・クリーフ主演の作品を、その翌年には、本作には何故か登場するテリー・サヴァラスが主演する『Viva Sancho Villa』なる作品を撮っている。

 つまり、本作は、「パエーリア・ウェスタン」を撮っている監督が、エンニオ・モリコーネ張りのメロディアスな曲をテーマ音楽として流し、しかし、そのストーリーは、イギリス風のゴシック・ホラーとSFを混ぜ合わせたものにするという、正に、超ごった煮のシベリア横断鉄道物語りである。

 しかも、物語りは、1906年の四川省から始まり、まずは、上海を中継地点として、何やら、いかがわしい東洋人達が登場する。映画に出てくる、漢字で書かれた「上海」が、現代書道的にアレンジされていて、中々である。蒸気機関車ファンにとっても、垂涎ものの蒸気機関車が、その型式は筆者には分からないが、登場するところも見ものであろう。こうして、一行は、シベリア横断鉄道に乗り継ぎ、モスクワを目指すことになるが、その一行の前には、目から赤い光線を発するモンスターが現れる。この凍結していた、約二百万年前の猿人がモンスターとして蘇るというナンセンスに、ピーター・カッシング演ずる医者が被害者の頭蓋骨を開けてみるというグロテスクが邂逅する。であれば、日本の1930年代の「エロ・グロ・ナンセンス」ではないが、当然、「エロ」を体現する女優が出てこなければならないであろう。

 そのような女優一人が、本作でポーランドの伯爵夫人を演じるSilvia Tortosaである。バルセロナ生まれの彼女は、元々は舞台女優として出発したが、1960年代の半ば以降、映画界にも進出し、本作でも、クリストファー・リー演じる人類学者に、人妻であるにもかかわらず、「興味」を示す役を演じる。彼女は、列車の豪華コンパートメントに置かれたピアノで、映画の冒頭に流れるテーマ曲を演奏する。

 もう一人の女優は、女スパイ・ナターシャを演じるHelga Linéである。彼女の本名は、Helga Lina Sternシュテルンといい、1932年にベルリンで生まれたユダヤ系ドイツ人である。彼女が生まれた翌年にナチス政権が誕生すると、彼女は、両親と共にポルトガルに亡命する。そこで育ったHelgaは、40年代の頭から映画界にデビューにするものの、その後は、ダンサー、サーカス芸人、ファッション・モデルとして働いて生計を立てる。1961年には、本作の監督でもあるEugenio Martinの下、カリブ海を舞台とする海賊映画に登場する女海賊を演じる。こうして、イタリア映画界への道が開かれたのか、これ以降、もう一つのイタリア映画が得意とするジャンル、古代ギリシャ・ローマをテーマとした「サンダル映画」や「スパゲッティ・ウェスタン」に出るようになり、1972年に本作での役を得ることになる。後年、スペイン映画界の鬼才ペドロ・アルモドバル監督に敬意を払われる存在となり、Helga Linéは、1982年に公開された映画『セクシリア』に助演している。

 さて、この愛すべき、レトロ感があるホラー映画は、クリストファー・リーとピータ・カッシングの両イギリス俳優のゴシック・ホラーのアウラが香気高く漂って、筆者には、好みの作品である。それに、スペインの宗教性が絡み、イタリア風のGialloジャッㇽロ映画感もまた出ており、高校の文化祭にある、お化け屋敷を思い出させ、怖がらないと申し訳ない気分が満載で、実に、楽しい。しかも、本作には、正確にはSFではないのであるが、異星物体が絡むという点で更に面白くなる。

 氷結した「物体」、赤い目、そして、何らかの力によって人間に乗り移る能力、この三点の特徴を挙げてみると、SF好きの方には、ハタと思い付くSF短編作品があるであろう。そうである。『Wo Goes There?』、邦題は、『影が行く』である。1938年発表のこの作品の作者は、SF雑誌の編集長として辣腕を揮ったJohn W. Campbell Jr.ジョン W. キャンベル Jr.である。この作品は、1951年に映画化されており、『遊星よりの物体X』が撮られているが、現代では、1982年作の『遊星からの物体X』(ジョン・カーペンター監督、カート・ラッセル主演)の方が有名であろう。という訳で、本作は、そのストーリーの一部は、SFホラー映画の翻案ものであるという、楽しいおまけ付きでもある訳である。

2026年8月21日金曜日

死海殺人事件(USA、1988年作)監督:マイケル・ウィナー

 まず、本作のジャンル分けが、「ミステリー映画」というのは、納得が行かない。「ミステリー」とは、何か不可解なもの、人間の理性では説明の付かないものと関係する。本作は、犯罪推理小説を原作としており、故に、「推理もの」と言うべき映画である。主人公の名探偵Hercule Poirotエルキュール・ポワロ―の口癖である、「灰色の脳細胞(gray braincells)」とは、神経線維ばかりの部位(白質)に対して、神経細胞体が存在している部位(灰白質)で、大脳皮質と呼ばれる大脳の表面に拡がる薄い層のことを言う。ここが、脳の高次機能を司るのである。つまり、知覚、記憶、思考などの機能であり、当然、これが、名探偵の活動、「推理」にも関わるものである。故に、推理によって鮮やかに謎を解くのであれば、それは、ポワローが実地で示す通り、説明不可能なものではなく、以って、それは、ミステリーではないと言うことになる。

 次に、本作の原題名は、『Appointment with Death』である。原作題名の邦訳としては、『死との約束』というのがあるようであるが、何か違うような気がしてならない。当時は、「アポイントメント」がそれ程カタカナ語化していなかったから、そうなのであろうが、2020年代の現代では、むしろ、「死とのアポイントメント」とした方がしっくりくる。それでも、何でもカタカナ語にしてしまう現代の風潮を嫌う筆者としては、「死者との待ち合わせ時間」とでも訳したいところである。

 ところで、本作の邦題が『死海殺人事件』となっているのは、殺人が起こるのが、死海の西側にあるQumranクムランという発掘場所であるからである。上手い邦題である。実は、この地Qumranは、ヘブライ語で書かれた旧約聖書の写本が発掘された場所として有名になるのであるが、それは、1947年以降のことであり、本格的な発掘調査が行なわれたのは、1951年になってからである。つまり、本作の時間設定が1937年のことであり、所謂「死海文書(写本)」なるものは、未だ発見されていない時期のことである。

 何故にこのような「間違い、乃至は、思い違い」が起こったのかと言うと、Agatha Christieアガサ・クリスティーの原作では、殺人が起こる場所は、現ヨルダン領にあるPetraペトラという、赤砂岩で出来た廃墟都市である。しかし、であるからと言っても、ペトラではロケ撮影が出来なかったのである。と言うのは、本作の撮影に関わったイスラエルの撮影ティームがヨルダンに入国することは、政治・外交上、無理であったからである。本作の撮影が行なわれたのは、1987年のことで、この年の12月には、イスラエル国内にいるパレスティナ人による暴力・非暴力の抵抗運動、第一次Intifadaインティファーダ運動が始まるような状況であったからである。筆者も、この年の翌年の1988年春にイスラエルに偶然に滞在したことがあり、イェルサレムの旧市街地は、抗議のストライキのせいで、パレスティナ人が経営している店は、軒並み閉まったままであったのを今でも記憶している次第である。(因みに、筆者は、1994年にももう一度イスラエルに行っているが、その時には、ペトラにもイスラエルから行っている。但し、二重のパスポートを用意して、イスラエル入国には一つ目のパスポートを使って、これにイスラエル入管のスタンプを付けさせ、ヨルダンに入国する際には、二つ目の、イスラエル入管のスタンプが付いていないものを使って、ヨルダンに入国したという「策」を使った次第であった。)

 さて、創作者A.クリスティー自身からは内心では余り好かれてはいなかった、小説上で設定された人物H.ポワローは、ベルギー人で元警察官であった探偵である。少々気障な口髭を蓄え、自身の推理力にかなりの自身を持っている、人間としては随分癖のある、この、自他ともに名探偵と認める人物をよく体現した俳優は、劇映画、TV映画史上、蓋し、二人いる。一人は、イギリス人俳優David Suchetデイヴィット・スーシェイ(「スーシェ」の表記もあるが、アクセントは何れにしても「スー」)である。彼は、TV映画版シリーズの『名探偵ポワロ』で、本作上映の翌年の1989年から2013年まで「ポワロー」役を演じた、ポワロ―第一人者である。

 もう一人が、本作でもポワロ―役を演じている、イギリス人名優Peter Ustinovピーター・ユスティノフである。

 A.クリスティーの作品で、ポワロ―が探偵として登場する作品は、数多くあるが、その中で劇映画化されたものは、ウィキペディアのまとめが正しければ、1974年までは、1930年代に三本、戦後の1965年に一本であった。それが、1974年にシドニー・ルメット監督が豪華キャストで撮った『オリエント急行殺人事件』(ポワロ―役は、アルベート・フィニー)がヒットし、USアカデミー賞で六部門ノミネートされると、今度は、ポワロ―役をP.ユスティノフに替えて、1978年に『ナイル殺人事件』が、そして、1982年に『地中海殺人事件』が発表された。

 本作は、P.ユスティノフをまたぞろポワロ―役に据えて、三匹目の「ドジョウ」を狙って、撮られたものであるが、B級映画を製作する三流の製作会社が製作に当たり、Michael Winnerマイケル・ウィナーという、チャールズ・ブロンソンを主演とする私刑もので名前が売れた監督が担当した作品である。M.ウィナーは、本作のプロデューサーの一人でもあり、脚本作成にも参加し、更には、別名義で編集もこなすという働きぶりではあるが、やはり、本作の質の低さは、P.ユスティノフの演技力を以ってしても救いようがなかったと言える。という訳で、本作を以って、劇映画としては、ポワロ―・ブームは下火となり、再び、名探偵ポワロ―が銀幕に登場するまでには、ほぼ三十年の時が経なければならないことになる。2017年、イギリス人ケネス・ブラナーが、監督としてメガホンを握り、ポワロ―役も演じる。それが、2017年版『オリエント急行殺人事件』であるが、筆者は未見であるので、残念ながら、K.ブラナーによるポワロ―の役作りも評価できないところである。

 1974年版『オリエント急行殺人事件』では、その演技で、イングリッド・バーグマンがUSアカデミー助演女優賞を獲得しているが、本作に登場するローレン・バコールは、この作品にも、本作同様な、おしゃべり好きで騒がしいUSアメリカ人女性を演じている。恐らく、本作でのセット撮影であろうが、イェルサレムにある「嘆きの壁」で、女性立ち入り禁止なのにも関わらず、つかつか近寄って、「嘆いている」ユダヤ人男性に睨まれても、それを気にせずに、自分を記念撮影させる場面は、本作における彼女の役柄を物語って余りあるものであろう。

 とは言え、L.バコールが体現する英国下院議員たるウェストホルム卿夫人も、また、殺されるボイントン未亡人(パイパー・ローリー)も、如何にして社会的底辺から、社会的名声を得る地位にまで這い上がって来られたのかが、本作ではその説得性に欠け、ストーリーの欠陥の重要な一点ともなっている。

2026年8月8日土曜日

鬼婆(日本、1964年作)監督:新藤 兼人

 『鬼婆』という題名から、すぐに「安達ヶ原の鬼婆」がイメージされる。まずは、この伝説を知っておくことが本作の理解に役立つはずである。故に、これについて、ウィキペディアからその一部を引用する:

 「神亀丙寅の年(726年)の頃。紀州の僧・東光坊祐慶(とうこうぼう ゆうけい)が安達ヶ原を旅している途中に日が暮れ、一軒の岩屋に宿を求めた。そこには一人の老婆が住んでいた。祐慶を親切そうに招き入れた老婆は、薪が足りなくなったのでこれから取りに行くと言い、奥の部屋を絶対に見てはいけないと言いつけて岩屋から出て行った。しかし、祐慶が好奇心から戸を開けて奥の部屋をのぞくと、そこには人間の白骨死体が山のように積み上げられていた。驚愕した祐慶は、安達ヶ原で旅人を殺して血肉を貪り食うという鬼婆の噂を思い出し、あの老婆こそが件の鬼婆だと感付き、岩屋から逃げ出した。

しばらくして岩屋に戻って来た老婆は、祐慶の逃走に気付くと、恐ろしい鬼婆の姿となって猛烈な速さで追いかけて来た。鬼婆は祐慶のすぐ後ろまで迫り、絶体絶命の中で彼は旅の荷物の中から如意輪観世音菩薩の像を取り出して必死に経を唱えた。すると菩薩像が空へ舞い上がり、光明を放ちつつ破魔の白真弓に金剛の矢をつがえて射ち、鬼婆を仕留めた。」(以下、省略)

 726年ということは、奈良時代であり、奈良の都の権力は、現在の東北には余り及んでいない時期である。そして、「安達ヶ原」とは、他の説もあるのではあるが、現在の福島県二本松市にある地名で、市内東部を流れる阿武隈川が東へ屈曲する東岸に位置する台地状の地域を指すものであると言う。そして、ストーリーは、高僧によって、鬼神となった人食いの老婆が観世音菩薩のご利益により調伏されるという話しである。

 ついでなので、何故この鬼婆が人食いになったか、青森県に伝わる、ストーリーの前段があり、これもここに引用しておく:
 「白河天皇の時代。源頼義の家来の安達という武士が、頼義に敵地である陸奥への潜入を命じられ、いわという名の妻を連れ、幼い娘を乳母に預けて陸奥へ赴いたが、敵に討たれて命を落とした。いわは夫の霊を異郷に残して故郷へ戻るのはしのびなく、そのまま陸奥に留まった。数十年後、いわの住む庵に、旅の若夫婦が宿を求めた。女のほうは身重だった。故郷に帰りたくても帰れない身のいわは、仲睦まじい上にもうすぐ子宝に恵まれる幸せそうな夫婦に殺意を覚え、ついに包丁で女の命を奪った。しかしその女は、他ならぬ彼女の娘だとわかり、いわは7日7晩泣き明かした挙句に心を病み、旅人を襲う鬼婆となった。」

 武家の女が鬼婆になったというこの話しは、白河天皇の時代、つまり、11世紀後半のこととされており、それでは、元々の八世紀の話しと時間的に辻褄が合わないのではあるが、この前段の話しは、なぜそのような鬼婆が生まれたのか、その理由を知りたい人情を反映したものであると理解できる。何れにしても、鬼婆には、実は、実の娘がおり、無慈悲な運命のなせる業からか、自ら自分の娘を殺めてしまう悲劇がここで語られている。

 この鬼になった女の話しは、当然、能や歌舞伎の題材として採られ、能では、『黒塚』として、歌舞伎・浄瑠璃では、『奥州安達原』として存在する。能の「鬼女もの」の演目『黒塚』は、上に挙げたストーリーにほぼ則るものであるが、ワキが熊野・那智の山伏であり、シテが、最初は、粗末な小屋に棲む老媼で、老媼は、その正体を見破られると、後段には般若面を被った鬼女となる。最後は、山伏に調伏された鬼女は、己の姿に恥じ入って、舞台を去るところで演目は終わる。

 それでは、以上の「鬼婆」を巡る伝説を本作のストーリー展開と比較してみよう。まず、時代は、南北朝時代が始まる直前の14世紀前半、場所は、東北ではなく、現在の神戸市の中を流れる湊川の川沿いである。作中、湊川の戦いの話しが出てきて、楠木正成と足利尊氏の名前も登場する。湊川の戦いは、1336年に起こった合戦で、南朝の後醍醐天皇方の楠木正成が、北朝の天皇を擁立することになる足利尊氏軍に敗北して、戦死した戦いであった。

 この戦いのために、主人公の女二人は、男手である、中年の女の息子、つまり、若い女の夫が侍に徴発されて戦争に取られる。二人は、姑と嫁の関係であったが、畑仕事が出来ない中、それでは生きてはいけず、生きるために、葦原(すすき野ではない)に落ち延びた落人を殺しては、その武具を道具屋に売って、辛うじて生活を営んでいた、正に、戦争によって、「鬼婆」的鬼畜の生活を強いられた存在であった。姑と嫁は生き延びるためには、お互いを必要としていたが、息子乃至は夫と共に徴用された「八(はち)」が、帰郷する途中で殴り殺した坊主の衣装を纏って自分の住んでいた隣小屋に逃げ戻って来たことで、姑と嫁の関係に亀裂が入る。と言うのは、八が嫁にちょっかいを出し、それに乗った嫁は、八と自分から肉体関係を持つようになったからである。こうなると、姑は、嫁を取られるのではないかと、疑心暗鬼を起こし、何とか嫁を自分の許に置こうと、不貞を働く者は、地獄に堕ちると嫁を脅す。それでも、八の許に行こうとする嫁を止めるために、姑は、自分の小屋に偶然に立ち寄った、身分の高い落人が付けていた般若の面を付けて、嫁を脅す。元々既に「鬼婆」であった姑は、本当に、能の演目『黒塚』と同様に、般若の面を被った、本物の「鬼婆」になるが、姑、嫁、八の三人の運命は如何なる結末を辿ることになるか。

 監督は、本作の脚本も書いた、広島生まれの新藤兼人である。元々は、戦前から脚本家として映画界で活動していた彼は、吉村公三郎監督の戦後作品『安城家の舞踏会』(1947年作)の脚本を書いて、それがキネマ旬報ベストテン一位になると、早速売れっ子の脚本家となり、主に松竹作品の脚本を何本も書くようになる。1950年代は、吉村公三郎監督作品の多くの脚本を書いていたのが、新藤であった。

 監督として新藤がデビューするのは、もちろん自ら脚本も書いた作品『愛妻物語』(1951年作)で、この作品で新藤は自らの下積み時代を自伝的に描いた。妻役に、本作の中年の女役を演じる乙羽信子が、夫役に、本作で般若面を付けて登場する武将役の宇野重吉が、演じている。

 実は、この『愛妻物語』は、新藤がその前年の1950年に、松竹の会社首脳と制作上の対立が浮き上がって来たことで、新藤が松竹を辞めていたことに関わる。新藤は松竹を辞めて早速、独立のプロダクション「近代映画協会」を創立し、この製作会社が、大映からの仕事を請け負った形で製作した、近代映画協会第三回目作品がこの作品であった。近代映画協会第一、第二回目作品は、吉村公三郎監督、新藤脚本で協会設立年の1950年に撮られており、協会設立の発起人は、吉村監督、そして、本作で道具屋・牛を演じている俳優・殿山泰司(たいじ)であった。

 近代映画協会製作、新藤監督の1950年代作品としては、1952年作の、国際映画祭でも平和賞などが送られた『原爆の子』や、1959年作の『第五福竜丸』など、広島出身である新藤の個人的な思いが込められている作品が発表されている。

 1960年に同協会製作、監督・脚本が新藤である作品『裸の島』が、経済的に経営が難しくなっていた近代映画協会の最後の作品として発表されるはずであったが、その反響は大きく、この作品は、各種国際映画賞を受賞して、同協会が今日まで生き延びる切っ掛けになった作品である。モスクワ国際映画祭グランプリ、同作曲賞(林光)、メルボルン国際映画祭グランプリ、ドイツ・マンハイム映画祭グランプリ、リスボン映画祭銀賞、ベルリン国際映画祭セルズニック銀賞などなどである。

 この映画の製作は、本作同様に、少人数の俳優とスタッフが合宿して、低予算で作品を制作したもので、ある孤島で農業を営む四人家族の生活が、台詞も少なく淡々と描かれる。モノクロ、シネマスコープで撮られたこの作品は、その映像美において「傑作」と言われる作品である。この撮影を担当したのが、本作の撮影監督・黒沢清巳(きよみ)である。

 東京国立近代美術館によると、黒田清巳は、1922年7月14日に京都に生まれた。日活、大映での活動を経て、その後、フリーとなる。1960年制作の『裸の島』で、監督の新藤兼人と共作して以来、言わば、「新藤組」の撮影監督となり、1977年制作の『竹山ひとり旅』までの新藤監督作品の撮影を担当し、78年に黒田は死去していると言う。

 また、この作品で、孤島に生きる農家の妻・母を演じるのが、本作でも中年の女を演じる乙羽信子、農家の夫・父を演じるのが、殿山泰司である。また、音楽担当は、本作同様の林光である。

 本作の『鬼婆』は、戦争により鬼畜の生活を余儀なくされ、更には、人殺しまでも犯している存在を描いたという点で、反戦映画である。一方、吉村実子が演じる嫁が奔放に性を享受するメッセージは性の解放への賛歌でもある。吉村は、全裸で葦原を駆け抜ける。そして、般若の面を無理やり剝がされた乙羽の顔が、何故か焼け爛れたような顔になっていて、自分はそれでも人間であると乙羽が叫ぶ場面は、広島の原爆で焼け爛れた被曝者への連帯の表明であるように筆者には思われる。戦後の長い間、広島の被曝者達は、日本人同胞から差別を受ける存在を生きなければならなかったのである。

2026年7月31日金曜日

ユリシーズ(イタリア、1954年作)監督:マリオ・カメリーニ

 『オデュッセイア』は、古代ギリシャ神話の英雄で、知略の人オデュッセウスの冒険譚を詠った韻文の叙事詩で、24の「歌」から成っている。時系列的にはトロイア戦争が終わって、トロイアから故郷のイタケーに戻る行程が描かれるのであるが、文学的には、『オデュッセイア』では、初めの方で、オデュッセウスの息子のテーレマコス(「遠くで戦う者」の意)が父を探して父の戦友を訪ね歩く遊歴が語られたり、『オデュッセイア』の後段では、オデュッセウスがイタケーに戻って再び王位に就いてからの後日談が付け足されたり、更には、オデュッセウスの冒険譚自体が本人が回想しながら話すという具合に、文学的技巧が加えられて語られる、元々は口承・伝承されて徐々に形成された作品である。

 という訳で、『オデュッセイア』の第一歌では、オデュッセウスは既に幾多の冒険を乗り切って、海のニュンフ・カリュプソー(「覆い隠す者」の意)の島で、心地よく七年の時を過ごしている場面が描かれる。これに続くのが、テーレマコスの遊歴譚で、ようやく第六歌になって、オデュッセウスと王女ナウシカアーとの邂逅が語られる。最初12艘でトロイアを出発した自分の船団が途中で全ての船が失われ、航海を同じくする船乗り達も本人以外全員が、怪物に食べられたり、海の藻屑に消えてしまったりして、オデュッセウスは、結局、一人素っ裸のまま、ある島の浜辺に打ち上げられているところを偶然に王女ナウシカアーに見付けられて、彼女の父の王宮に連れて行かれる。因みに、宮崎駿の漫画『風の谷のナウシカ』の主人公名は、この王女の名前から採られている。

 本映画の冒頭は、この第六歌のところから始まる。つまり、第一歌から第五歌までをカットして、その代わりに、トロイア戦争での「木馬」のプロットや、故郷イタケーに女王として一人留守を守るペーネロペーの「窮状」が描かれる。

 制作スタッフのリストには監督Mario Cameriniマリオ・カメリーニを含めた七名の名前が挙がっている脚本家グループのよい思い付きであるのであるが、映画の初盤でのオデュッセウスは、嵐で頭をどこかで打ったのか、記憶喪失になっており、最初は、自分が誰であるかが分からない中、次第に記憶を取り戻しながら、映画内での物語りを進行させていく。

 映画では幾つかの冒険は省かれるが、原作の第九歌から第十二歌は冒険譚の回想で、一つ目の巨人キュクロープス、魔女キルケ―、冥府での母やアキレスとの邂逅、セイレーネス(セイレーン達)との試練などが語られる。映画もほぼこの流れでストーリーが展開する。

 『オデュッセイア』の第十二歌の終わりに、オデュッセウスはカリュプソーが棲む島に着くことになるが、映画では、ここはカットされて、オデュッセウスは、オデュッセウスを愛する王女ナウシカアーの理解を受けて、近くの島イタケーに向かう。

 オデュッセウスがイタケーに着いてからの映画のストーリー展開は、原作とほぼ同じで、原作の第二十二歌で語られる、オデュッセウスが、ペーネロペーに対して傍若無人な「求婚者達」を殺戮して回るシーンが、映画でのクライマックスとなる。こうして、映画は、20年間貞節を守ったペーネロペーと、途中幾つもの恋愛関係を持ったオデュッセウスが、永遠の愛を誓い合う大団円で「Fine」となる。

 「Fine」で終わるということは、本作はイタリア映画作品であるということになり、原題名も、イタリア語形の「Ulyssesユリシーズ」を意味する「Ulisseウリッセ」である。という訳で、本作の製作は、イタリア人のやり手のプロデューサー二人Dino De Laurentiis ディーノ・デ・ラウレンティースとCarlo Pontiカルロ・ポンティが担当している。本作が制作された年には、二人のプロデュースで『道』(監督F.フェリーニ)も製作されており、この作品は、57年にUSアカデミー・外国映画賞を獲得することになる。

 制作国はイタリアであるが、映画内で話されている言葉は、英語である。カーク・ダグラスが主演であるから、英語が話されているのであろうが、もちろん、本作のUSAでの興行を目論んでのことであろう。監督は、ローマ人で冒険映画を主に撮ったMario Camerini マリオ・カメリーニで、スタッフの多くもイタリア人であるが、撮影監督は、ニュー・ヨーク生まれのHarold Rossonハロルド・ロッソンである。H.ロッソンは、無声映画時代からのキャメラマンで、1936年制作の『沙漠の花園』(The Garden of Allah)のカラー撮影をW.ハワード・グリーンと共同で担当し、この作品の撮影に当たっては、当時未だ珍しかった三色法によるTechnicolorを使用したことを以って、38年にUSアカデミー技術栄誉賞を授与されている。また、『オズの魔法使い』(1939年作)を始め、1940年度、44年度、50年度と、本作撮影前にUSアカデミー撮影賞にノミネートされていた撮影監督であった。本作も、Technicolorで撮影されている。

 本作での色彩としては、普通のTechnicolorの色合いよりも、イタリア絵画的な油絵の濃厚さがあり、意外であるが、イギリス人Joan Bridgeジョアン・ブリッジがカラー・コンサルタントとして助言している。とりわけ、王女ナウシカアーを装った明るい紫と黄色のコンビネーションのドレスは、Technicolorの、さすがに輝度の高い色調で、印象的である。

 この王女ナウシカアーを演じているのが、1951年にデビューしたばかりの、未だ初々しいイタリア人女優Rossana Podestàロッサナ・ポデスタである。それに対して、女王ペーネロペーを演じているのが、Silvana Manganoスィルヴァーナ・マンガーノである。彼女は、 ローマ生まれで、元々は写真モデルなどをしていたのであるが、1946年に「ミス・ローマ」となり、早速、映画界でデビューを飾ることになる。三年後には、『にがい米』(ジュゼッペ・デ・サンティス監督)で演じた助演級の、農業労働者の役で有名になり、50年代に入って、Gina Lollobrigidaジーナ・ロロブリジダなどと並ぶイタリア映画界のディーヴァとなった存在である。実は、彼女は、『にがい米』を製作したディーノ・デ・ラウレンティースと49年に結婚しており、彼の後ろ盾もあってか、本作では、キルケー役も演じており、オデュッセウスに恋する魔女として、貞節を通そうとする女王ペーネロペーとの好対照をなす、より魅力的な役を演じている。

 本作に関しては以上なのであるが、今回、『オデュッセイア』のことを調べていて、この叙事詩の後日談があることが分かったので、これもまた面白い話しでもあり、ここに記しておく。その後日談とは、『テーレゴノス(「遠くで生まれた者」の意)』という。実は、『テーレゴノス』自体は今はもう散逸してしまっているのであるが、それを言及する他の書物や作品から、『テーレゴノス』の内容は、大体、次のようであると言う。以下、ウィキペディアの該当部分を引用する:

 「テーレゴノスはオデュッセウスがアイアイエー島を去ったのち、キルケーからオデュッセウスの息子として生まれた。テーレゴノスは島でキルケーによって育てられ、ヘーパイストスが制作した毒があるアカエイの棘を穂先に付けた槍を授けられた。テーレゴノスは成長するとオデュッセウスに会いに行ったが、イタケーに漂着したテーレゴノスはそこがどこであるか分からず、空腹に耐えかねて家畜を襲い、家畜を守るために現れた老人を父オデュッセウスとは気づかずに[毒槍で]殺してしまった。殺した男が自分の父親だと知ったテーレゴノスは、オデュッセウスの遺体と、異母兄テーレマコス、その母ペーネロペーを伴ってアイアイエー島に戻った。オデュッセウスを島に埋葬すると、キルケーは3人に不死を与え、キルケーはテーレマコスと、テーレゴノスはペーネロペーと結婚した。」

 この話しを読んで、筆者がすぐに連想したのは、テーバイ伝説のラーイオスとオイディプ―スの件であり、オイディプ―スも、父とは知らずにラーイオスを殺し、母親とは知らずにラーイオスの妻と結婚するという、あの「オイディプス・コンプレックス」で有名なオイディプースの話しである。

 『テーレゴノス』では、テーレゴノスは、オデュッセウスの息子ではあるが、キルケ―が母親であり、ペーネロペーとは、世代の違いはあるとは言え、直接の血の繋がりがない訳であるから、テーレゴノスがペーネロペーと結婚したとしても、これを「オイディプス・コンプレックス」とは言えないであろう。一方、テーレマコスがキルケ―と結婚する動機が何であるかは測りがたいが、キルケ―にしてみれば、テーレマコスは自分が愛したオデュッセウスの面影を宿した存在でもあり、テーレマコスに魔法を掛けてでも、自分の傍に置きたいのは山々であったのではないか。とすると、英雄オデュッセウスの悲劇の最期を受けて、異母兄弟という間接的な血の繋がりを背景にして、しかも女性側が年上という世代が違った二組のペアの婚姻は、正に、本作と同様の大団円ではなかろうか。

 キルケーとテーレマコス(「離れて戦う者」)からは、「ラティーノス」が生まれ、ペーネロペーとテーレゴノス(「離れて生まれた者」)からは、「イタロス」が生まれた。ラティーノスは「ラテン語」に、イタロスは「イタリア半島」にその名前を残したというのも、興味深い「落とし胤」と言えようか。

2026年7月29日水曜日

グレイハウンド(スペイン、2017年作)監督:アドルフォ=マルティネス・ぺリッツ

 本作は、スペイン映画で、同名のUSA映画『グレイハウンド』(2020年作、トム・ハンクス主演)とは全く別物であるので、ご注意下さい。


 まず、本作を観て思うことは、スペインまでもが「アフガニスタン紛争」に関わっていたことの事実である。それで、もう一度、「アフガニスタン紛争」の歴史を調べてみると、この国際法違反の他国介入は、既に2001年10月上旬にUSAによって始められ、21年8月15日まで続いたということである。

 そもそもの始まりは、2001年9月11日の「同時多発テロ事件」を受けて、当時のUSA大統領ジョージ・W・ブッシュが対国際テロリズムとの戦いを「War戦争」と、解釈のマウント取りをしたことであったが、本来、「戦争」とは、国と国との闘争であり、ある国とテロリスト集団との戦いではない。故に、十分な証拠が仮にあっても、アフガニスタン国にテロリストの引き渡しを要求し、これに従わないからと言って、他国に侵攻すること自体が国際法違反なのである。しかも、テロリズムは犯罪行為なのであって、警察行為で取り締まるべき問題であることもここで言い添えておこう。

 そして、この国際法違反の行為の結果、タリバン政権が政治権力を放棄して、地下に潜り、それを、レジーム・チェンジとして、USAの庇護の下、暫定政権を擁立したこと自体もまた、国際法上、問題がある。2026年に生きている我々は、ヴェネゼイラやイランでのケースで、そのことを知っている。(ある国の内戦の勢力の一つに加担して、ある外国の軍隊がその国に侵攻することは、誰の目にも国際法違反と理解できる。)

 しかし、民主主義と人権を擁護するという、もう一つの大義名分の名の下に、既成事実としてUSA軍によって擁立された、アフガニスタンの暫定政権は、国際連合から「支援」を受けることになる。ここでも、国際政治の、国際法遵守と人権擁護のディレンマがぶつかり合うことになる。

 こうして、国連は、2001年12月20日の安保理決議1386号により、国際治安支援部隊International Security Assistance Force(略称:ISAFアイサフ)をアフガニスタンに派遣することになる。この部隊は、国連憲章第一章に基づく、国連平和維持軍(所謂、「ブルー・ヘルメット」)ではなく、国連憲章第七章の発動の下で行なわれる軍事的強制措置(憲章第43条)としての、有志国による多国籍軍であった。

 国連からの「お墨付き」を得たISAFではあるが、アフガニスタン「正統」政府が成立し、この「正統」政府が、各国との軍事技術協定を再調印したとしても、この政府と国連との協定が成立した訳でもなく、更に、ISAFの「多国籍軍」は、2003年8月以降は、事実上、「NATO」軍に置き換えられ、ISAFの統合最高司令本部もオランダに置かれる。

 遅くとも2009年までにはNATOを構成する全28ヵ国が、派遣する兵隊の数の違いはあれ、ISAFに兵員を提供しており、それだけではなく、NATOに加盟していない欧州諸国(当時のスェーデンなど)、そして、欧州以外、例えば、アジア州やオセアニア州の国々(韓国、シンガポール、オーストラリアなど)も参加して、2012年には50ヵ国、合計約13万人のISAF要員がアフガニスタンに派遣された。(アフガニスタン政府の治安維持能力が十分に養成されたということで、ISAFの任務は2014年末に終了する。)

 本作で登場するスペイン軍は、NATO軍の一部としてのものと理解されるが、スペイン軍自体は、既に2002年初頭にASPFOR (Afghanistan SPanish FORce)として約480名規模で、アフガニスタンの首都カブールに入っていた。それ以来、兵員数は、2012年段階では約1.500名(USAは、約9万名)に増えており、2005年以降は、イタリア軍の傘下に、アフガニスタン西部の、トルクメニスタンに国境を接する州Badghisバードギースの州都Qala-i-Nawカラエナウにも駐屯していた。(アフガニスタン東部は、USA軍の、アフガニスタン北部は、ドイツ軍の、そして、アフガニスタン南部は、オランダ軍の上級指揮下にあった。)

 本作は、2012年に起こった実話を基にして脚本が書かれているようであり、基本的には、上述の枠組みでISAFに参加したスペイン軍兵士、とりわけ、戦死したり、任務中事故死したりしたスペイン軍兵士へのオマージュと考えてよい作品である。故に、ストーリーを盛り上げるための事実の「改竄」は倫理上、最小限に留められていると見てよく、戦闘場面での銃の撃ち合いよりも、戦闘任務中に直面した困難を如何に乗り越えるかの、一人一人の兵士、将校の決断こそがここに描かれることが、脚本の本筋であると思っていよい。そして、女性蔑視のタリバン政権に対する、ヨーロッパの価値観を体現するためにも、このアフガニスタン西部で任務に就いたスペイン軍女性兵士・女性将校の活躍も特にプロットとして描かれることになる。

 尚、筆者はミリタリーマニアではないので、本作に登場した軍用ヘリコプターが何であるか分からなかったが、他の方のコメントを見て、それが、救護ヘリに特化されたフランス製ヘリコプター「AS 332B、通称:Super Pumaスュペール・ピュマ」、USA製タンデムローター式大型ヘリコプター「CH-47 Chinookチヌーク」、そして、仏・独・西により共同開発された攻撃型ヘリコプター「EC665、愛称:Tigre/Tiger」であることが分かり、調べてみた。「EC665、愛称:Tigre/Tiger」は、開発国はもちろん、オーストラリア軍もこの機種を導入している。

 「Tigerティーガー」と読むと、これは、ドイツ語の愛称となり、「Tigre」がフランス語とスペイン語の愛称である。フランス語読みでは「ティグル」と、スペイン語読みでは、「ティグレ」となるそうである。本作撮影で登場した本機種は、スペイン軍が保有している、数少ない同型機のもので、恐らくは、スペイン軍の特別の許可を受けて撮影したものであろう。

2026年7月20日月曜日

Casshern(日本、2004年作)監督:紀里谷 和明

 1973年のTVアニメ・シリーズでは、冒頭の、何か講談調を思わせる、納谷悟朗のナレーションを、耳障りもよく、歯切れもよくて、好んで聴いたものである:

 「たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身のからだ。鉄の悪魔を叩いて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる!」

 その切ない覚悟を持って、東博士の息子・鉄也は、人間の身体には戻れないことを知りながら、新造人間キャシャーンとなった。なぜなら、「鉄の悪魔」たるロボット軍団が人間を亡ぼそうとしているからで、その不死身の身体を以ってのみ、鉄也は「アンドロ軍団」に対抗できるのである。ナチス的な統制を思わせ、大量に製造される各種のロボット軍団に、「錐揉みしつつ、体当たりでロボットを破壊するフライングドリル」の技で、対峙するキャシャーンは、しかし、孤立しており、優勢な敵と孤独に戦う、その悲壮感は、火曜日晩七時からのテレビ番組枠のアニメとしては、稀有のものであった。

  しかも、「アンドロ軍団」が人間を亡ぼそうとする動機は、人間こそが環境を破壊して地球を亡ぼそうとしている存在であるから、地球を救うためには、人間を亡ぼさなければならないと、ロボット軍の総帥ブライキング・ボスが論理的に結論付けたからであった。

 1973年と言えば、石油危機の年である。それまでの高度経済成長政策により、経済成長率が10%程度を記録していた日本経済は、このエネルギー危機で、一挙にスタグフレーションの段階に入る。そして、1960年代には、公害による環境破壊が国民の意識に根付き、世界でも最も厳しいと当時言われた環境法制が整いつつあった時期である。

 この経済成長一本槍の政策を見直す雰囲気を敏感に感じ取ったストーリー内容は、単なる「子供のアニメ」で終わらすことが出来ない内容を含んでいた。キャシャーンのエネルギー供給源は、太陽光であり、キャシャーンが被るヘルメット(「ソーラーメット」)に付いた三日月形の鍬形が受光部となっているという具合である。1970年代の前半に「ソーラー発電」の考えがどれほど日本社会に浸透していたであろうか。その意味でも、このTVアニメシリーズのSF性は高かったと言える。

 さて、本作の制作年は、2004年である。原作とも言える1973年TVアニメシリーズの放映が終わったのが、1974年6月であったから、30年振りのリメイクである。さすがに30年も経っているから、今更「ソーラー・エネルギー」でもないであろう。環境破壊は、50年も続いたヨーロッパとの戦争がその理由となっており、原作での問題意識とはかけ離れているように思える。そのせいもあるのか、プロダクション・ディザインは、スティーム・パンク的な、レトロSFのルックである。SFの未来志向であるはずなのに、レトロという伝統回帰は、その矛盾性が好みである筆者ではあるが、やはり、環境問題が喫緊な課題でもあることから、この点でもっと環境破壊の問題を深掘りして欲しかったと個人的には思う。

  原作での「新造人間」という用語の使い方には、今から思うと、腑に落ちない点である。ロボットは機械であり、それがいくらアンドロイドの形態をしていようと、人間ではない。サイボーグは、あくまでも人間であり、ロボットではない、それ故、サイボーグでもないはずのキャシャーンは、新造の「人間」ではないはずである。この用語上の問題は、本作では、すっきりと解決されており、遺伝子工学の発達に関わる「新造細胞」による人間の再生はそれなりに説得力を持つが、キューブリックの『2001年』のあの黒い石板を思わせる、稲妻状の巨大な構造物は、原作との関連があるとは言え、都合がよ過ぎるプロットである。しかも、これにより、ブライキング・ボス達もまた「新造人間」になってしまい、Casshernとの対立の構図が不明確になってしまっている。そして、同じ「新造人間」同士であるからなのか、ブライキング・ボス対Casshernの対立が、極めて感情的にウェットで、パトスが強調されたドラマになっていて、141分の上映時間は、かなり冗長なものと感じられたのは、筆者のみではないであろう。残念である。

2026年7月13日月曜日

猿の惑星: 聖戦記(USA、2017年作)監督:マット・リーヴス

 前作の監督であったマット・リーヴスが、本作の監督を続投し、しかも、脚本も共同で担当しているのは、何か嫌な予感がする。元々の脚本家夫婦リック・ジャッファとアマンダ・シルヴァーは、今回は抜け、前作で共同脚本家であったマーク・ボンバックがM.リーヴスと脚本を共同執筆している。

 さて、本作の二人の共同脚本家にはかなり難しい課題が課せられていた。まずは、前作の結末が本作の始まりであり、本作の結末が、1968年の元々の第一作のストーリーにつながらなければならないからである。つまり、スタートとゴールが決まっていて、その間をどう「盛り付ける」かである。そして、本作での「盛り付け」は、余り成功していないように見える。

 本作の始まりは、サルとヒトとの闘争である。サルの武力のレベルは、騎兵と石槍のレベルである。それに対するヒトの武装は、20世紀のエリート部隊のレベルであり、火力の点では、シーザーには勝ち目はない。

 一方、本作の結末は、1968年作品のストーリーの状態につながらなければならない。即ち、サルがヒトを支配し、ヒトは言語を持たずにサルより知能が低い状態に成らなければならない。

 この二つの前提をどう「料理する」か。結末に関しては、説得ある理由が提示できており、納得できる。しかし、ラストシーンは、余りに調和主義的ではないか。或いは、白人の北米原住民の征服の端緒を模しているのであろうか。

 一方、映画の始まりから登場するエリート部隊の存在とその在り方は、映画の中盤になって、筆者にはある映画を思い出させた。『地獄の黙示録』(1979年作)である。この映画にも、マーロン・ブランドーが演じる「大佐」が登場する。USA陸軍特殊部隊に所属していた彼は、上官の許可を得ずに独自の行動を取り、カンボジア東部のジャングルの中に前哨基地を築いて、そこを独立王国として、地元民兵からは半神と崇められていた存在である。本作の、狂気を内に秘めた人物を演じさせると一品のWoody Harrelsonが演じる「大佐」も、本隊から離反して、独立の大隊を率いて拠点を構えて、軍事独裁者として振舞っている。彼は、自らに課した、信念とでも言えるある「任務」を遂行していたのであり、それ故に、彼は、本隊から離反していたのである。

 本作では、もう一人、否、もう一匹、ある映画を思い出させる存在がいる。Bad Apeである。他人の物を盗み、人間のように衣類を纏っている。何故なら、体毛が抜け落ちているからである。しかも、手話は出来ないが、動物園で育ったことから、英語は流暢に話せる存在である。ひょうきん者で、憎めないとも思えるが、こちらが油断をしたら、何をされるか分からないところもある。この性格の二重性が、筆者にはある映画に登場するキャラクターを思い出させたのである。『ロード・オブ・ザ・リング』の、とりわけ、第二作目『二つの塔』(2002年作)で重要な役を演じるGollumゴラムである。ウィキペディアの記述によると、Gollumは、「骨と皮ばかりに痩せており、目ばかりがぎょろりとした姿で頭髪・体毛はほとんど失われ」ていると言う。Bad Apeに外見が似ている。Gollumの本来の名前はSméagolスメアゴルで、元来は邪悪な存在ではなかったが、「指輪」の持つ魔力に侵されて狡猾さと残忍さを身に付けたが、「指輪」の魔力が弱くなると、スメアゴルの良心が一時的に復活するという二重人格の存在である。

 という訳で、「大佐」と「Bad Ape」という、余りオリジナリティがないキャラクターが本作の「キー・パーソン」の一部になっている点で、「盛り付け」が上手く盛り付けられていないように感じざるを得なかったのが
残念な次第であった

ホラー・エクスプレス/ゾンビ特急地獄行き(スペイン、大英帝国合作、1972年作)監督:ユージニオ・マーティン

 日本の戯作の歴史において、「黄表紙」とは、18世紀後半の、政治風刺に重きを置いた知的な読みものであった。USAの1890年代からの、「イエロー・ペイパー」、即ち「黄色新聞」は、大衆の受けを狙って、煽情的な記事を掲載した低俗な新聞であった。同じ黄色でも、古今東西、随分と違うもので...