本作の監督Martin Scorseseマーティン・スコアセスィは(「スコアセスィ」は、ウィキペディアによると、本人のシチリア方言に基づく発音)、本作の舞台でもあるニューヨーク市マンハッタン島最南端にある、いわゆる「リトル・イタリー」で育った人間である。そのリトル・イタリーは、19世紀には日中でも陽が差さない貧民窟街で、貧しいイタリア・シチリア移民がUSAにやってきて住んでいた移民居住地であった。このことから、英語の原題『Mean Streets』が名付けられる訳である。英語のmeanとは、色々な日本語訳があるが、「卑しい、むさ苦しい、下品な」などの意味合いで使われる言葉である。そして、こういう場所には組織犯罪組織が蔓延ることになり、イタリア系と言えば、それは、当然、「マフィア」組織がこの「リトル・イタリー」を牛耳ることになる。フィルモグラフィーによると、M.スコアセスィの「マフィアもの」は、本作がその第一作になると言う。
本作の冒頭からは、ハーヴェイ・カイテルが登場し、役柄のイタリア人らしく、教会で自問する場面が出たりしてきて、彼が主人公なのであろうと思い込んで、エンディング・ロールを見ていると、助演であると思い込んでいたロベルト・デ=ニーロの名前がH.カイテルより先に出てくるので、意外の感があるのであるが、そのR.デ=ニーロもまた、リトル・イタリーで育ったと言う。つまり、本作は、脚本も共作しているリトル・イタリー育ちの監督が、同郷の俳優を使って1970年代初頭のリトル・イタリーを描いた、地誌的ドキュメンタリー性を持った作品であると言えるのである。
さて、1942年生まれのM.スコアセスィは、1960年代後半にニューヨーク大学で映画学を学び、その修士課程の卒業制作を基に制作した初の長編映画が、『ドアをノックするのは誰?』(1969年作)であった。この作品にM.スコアセスィは、実は、既にH.カイテルを主演に使っていたのである。あるイタロ・アメリカンの宗教的生活感をテーマとしたこの映画は、インディペンデント映画界で注目されることとなり、こうして、ある女性Hoboホーボー、つまり1930年代の渡り鳥労務者の運命を描いた次作『明日に処刑を…』(1972年)を監督することになるが、この作品が期待した程の評価を得られなかったことから、M.スコアセスィは、「原点回帰」として本作『ミーン・ストリート』(1973年)を監督し、本作に再びH.カイテルを出演させる。本作は、ウィキペディアによると、映画批評家から大絶賛を受け、興行的にも製作費を上回る成功を収めた言う。こうして、本作が機となり、M.スコアセスィとR.デ=ニーロとの共作が始まることになる。この三年後に二人の活動は実を結ぶ。つまり、R.デ=ニーロが主演した『タクシー・ドライヴァー』である。映画『Mishima』を後に撮ることになるポール・シュレイダーが脚本を書いたこの作品は、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞するのである。
さて、本作の冒頭では、H.カイテルやR.デ=ニーロらの一応の人物紹介が行なわれるが、本作は、その後のストーリー展開としては、余り起伏がなく、むしろ、マフィア組織の下っ端のH.カイテルが友人として面倒を見ている奔放で殆んどアナーキーなR.デ=ニーロが博打絡みで首が回らなくなり、追いつめられていく過程を、リトル・イタリーを背景として描くもので、観ている方がR.デ=ニーロの自堕落さに嫌気がさして、映画の中盤では中だるみ感がする作品である。M.スコアセスィ映画の特徴的な動くカメラは、ここでも発揮されているが、それにしても、この映画が映画批評家から大絶賛を受けた理由が筆者には中々理解できない。恐らくは、イタロ・アメリカンの人口が現在ではより縮小し、この地域が「リトル・チャイナ」化しているらしいので、消えつつある、かつてのリトル・イタリーのイメージへの郷愁が、本作の地誌的な記録性と相まって、映画評論家達を喜ばせたのかもしれない。実際、ウィキペディアによると、本作は1997年に、「文化的、歴史的、ないしは美学的に」重要な作品として、アメリカ議会図書館にあるNational Film Registryアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。
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