諷刺とは何と難渋な作業であろうか!
近松門左衛門が言ったというその創作論に所謂「虚実皮膜論」というものがある。即ち、「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也」と。
別の言葉で言えば、「虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰みが有るもの也」。芸術とは虚構と現実との相互関係の中にあるものであり、その違いは紙一重であるべきであろう。フィクションが全く現実から離れてしまえば、それは単なるファンタジーであり、夢物語である。そこには人間の真実を描いて訴えるものがない。現実をそのまま映すだけでは(現実にはそれは不可能であるが、)それはフィクションではないのであり、誇張していえば、それは、つまり芸術ではないのである。現実の混沌を捨象・抽象してそこから現実の真実の姿を抉り出すこと、そこにこそ芸術の芸術たる本質があるのである。
さて、上述の論理が特に厳しく当てはまるのが、諷刺やパロディーである。諷刺やパロディーは、その創作の土台となる元のものから離れすぎると諷刺やパロディーではなくなってしまうからである。
本作は、その制作当時の1970年前後のベトナム戦争という具体的な対象があり、その文脈の中での戦争批判ということでその作品の価値がとりわけ高く評価されたのであるが、筆者の目から言わせれば、その諷刺は誇張されすぎており、その誇張によって戦争の本質がより明確に摘出されているとは残念ながら言いがたいのである。
確かに印象的な場面がいくつかある。双発のB25爆撃機ミッチェル(太平洋戦争中の1942年に東京を初空襲した爆撃機と同機種)の編隊が、イタリアのある歴史的文化都市に向かっている。何故その文化都市フェラーラが爆撃に値する戦略的意味を持っているのか、それを自問した先頭機の爆撃手、つまり名優Alan Arkinアラン・アーキン演ずるところの主人公John Yossariánヨサリアン大尉は、フェラーラの町に爆撃する進入路にあたる海上で爆弾を投下してしまう。すると、僚機もまたそれに倣って爆弾を投下して、爆弾は海上で爆発して、海水の飛沫が遠くの青空とフェラーラの町を背景に高く舞い上がるというシーンである。戦略空爆の非倫理性がここに見事に描かれている。
また、敵のドイツ空軍にそのアメリカ軍航空隊基地が夜間に爆撃されるシーンでは、何とその夜間空襲の誘導をやっているのが、John Voightが演じる、味方のMainderbinderマインダーバインダー中尉で、この軍需物資の配給係を担当している中尉は、敵とも通牒して自分の物資横流しの商売を上手くやり抜こうとしていたのであった。ここに軍需産業に対する痛烈な批判が込められているのは、誰も見逃さないであろう。「死の商人」には、敵・味方の区別はないのであり、どちらも「お客さん」であり、要は、武器を威勢よく使ってくれればいいのである。
このような的をついた諷刺もあることはあるのではあるが、私見、本作においては全般的にはその諷刺は誇張されすぎている感が強く、そのために本作が現実への批判力をかなり失ってしまっていることは残念ながら否めない。改めて、諷刺作品の創作の難しさを思い知らされる。
原作者は、ニューヨーク市生まれのユダ人Joseph Hellerジョセフ・ヘラーで、彼は、そのユダヤ人的ユーモアも以って、自身が体験した経験を作品化した。彼の、長編小説のデビュー作品である。
ウィキペディアによると、彼は、「1942年、19歳の時にアメリカ陸軍航空隊に入った。2年後に第二次世界大戦のイタリア戦線に送られ、B-25の爆撃手として60回出撃した。ヘラーは後に戦争の時のことを回想して『初めは面白かった...そこには何か輝かしいものがあるような気がした。』と語った。戦争から戻ると、ヘラーは『英雄のように感じた...私が飛行機に乗って戦い、60回も出撃したことで、楽な偵察飛行みたいなものだと言ったとしても、人々は目を見張るようなことと考えた。』と言った。」とのことであり、この話から考えると、ヘラー自身はそれ程、戦争に対して批判的であったとも思えない。
原作の題名『Catch-22』は、catch自体が、英語で「陥穽、落とし穴」を意味し、数の22自体は、適当に採った数字であるが、作中では、軍紀第22条を意味し、それは、「狂気に陥った者は、自ら請願すれば、除隊できる。但し、そうであれば、自己の狂気を意識できるのであるから、この程度ではまだ狂っているとは認められない。(故に除隊できない)」というものである。この言葉は、「板挟みの状況」を指し、1960年代のスラングにさえなったと言う。
1961年の発表当時、USAでは、賛否両論の評価が下り、べた褒めするものから、「無秩序で読むに耐えず、粗野だ」というものまであったと言う。USAでの、61年の発表年での販売冊数はそれ程でもなかったが、イギリスでは、爆発的に売れ、発売から一週間でベストセラーとなる。それが、翌年には、ペーパーバック版ということも相まってか、USAに飛び火し、一千万部も売るヒット作となるのである。
本映画の脚本家Buck Henryバック・ヘンリーもまたニューヨーク生まれのユダヤ人である。最初はコメディアンとして活動していたが、傍ら、脚本も書くようになり、映画の脚本としては、彼の処女作品である、青春映画『卒業』(1967年作)で、受賞は出来なかったが、いきなり、アカデミー賞脚本賞にノミネートされた。
この映画『卒業』の監督が、本作の監督でもあるMike Nicholsマイク・ニコルズである。彼は、ロシア系ユダヤ人として、1931年にドイツはベルリンで生まれた。父親は医者としてロシア革命から逃れ、さらに、30年代末にナチス政権から逃れて、ニューヨークに移住する。息子のマイクは、最初は心理学を勉学していたが、次第に舞台芸術に惹かれ、50年代にコメディー・デュオ・グループの一員として舞台上に立つ。60年代には、ブロードウェイの舞台監督、劇作家として活動し、映画界には、1966年作品『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない』で登場に、このデビュー作品でいきなりアカデミー監督賞にノミネートされる。そして、翌年の発表作『卒業』で、アカデミー監督賞を射止めるのである。この時にいっしょに仕事をした脚本家のB.Henryと、ニコルズは、本作『キャッチ22』でも協働することになるのである。
原作者、監督、脚本家と、ユダヤ的ジョークが分かる人間たちが制作した本作、それが戦争風刺映画として成功したかしなかったか、本批評の最初の方で述べた通り、筆者にはいささか大きな疑問が残る出来であったと言わざるを得ないところである。
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