映画の序盤、大阪の家を飛行機(これがコメディタッチ)で家出してきた、四人姉妹の内の、下の三人が、東京の一番上の姉が住んでいる晴海団地(中層の五階建て)に押しかけて来る。こうして、「団地妻」の姉が住む「文化住宅」の茶の間で四人姉妹が揃い踏みするのであるが、長女(芦川いづみ)は、何故か灰色のスカートに黒色の上着を着ている。彼女は、二十歳代末の年齢であり、恐らくは大きな恋愛体験もなく、何か十歳も年上でありそうな、しかも、うだつが上がらなそうな旦那(内藤武敏)と三年の結婚生活を過ごしていた。既婚女性である長女が黒地の服を着ることには、未婚女性が羽織る派手な振袖に対して、既婚女性が身に付けた地味な留袖は黒地が基本という着物着用のマナーがここで働いていたのであろうか。
という訳で、映画の冒頭で羽田「国際」空港(成田空港は未だ存在していない)で四発プロペラ機から降りてくる三人の妹たちは、それぞれ、次女(浅丘ルリ子)が赤い色の服を、三女(吉永小百合)が水色の服を、そして四女(和泉雅子)が黄色の服を着ており、このカラー・コーディネーションに何か「思惑」があるのではないかと筆者は勘ぐりを効かせた。
性格が異常に明るく、本作でのコメディアン役を演じ、所謂「新人類」の先走りとも言える「現金な」四女は、その明るさの故に、黄色なのであろうか。黄色は、黒に対して最も明度の差がある色である。一方、結婚適齢期のど真ん中の次女は、羽田空港で知り合った年下の学生に言い寄られる。この外国車を乗り回す「坊ちゃん」は、にわか成金で下劣な成金趣味のブルジョワ家庭の息子である。その「対抗馬」が、次女の年下の幼馴染で、東京ではTVニュース会社のキャメラマンとして働いている次郎(浜田光夫)である。ブルジョワ対プロレタリアートの二項対立の中で、愛を求める次女は、故に、愛の色・赤を纏う訳であろう。そして、この時未だ19歳の吉永が演じる三女は何故に水色か、この色のシンボライズするものは何か。(映画の終盤の雨の日のシーンでは、次女が赤い傘を、三女が青い傘をさす。)
まず、この映画での吉永のヘアスタイルが、他の三人とも比べて、個性的である。髪の長さは本来は長いのであろうが、こめかみ辺りはそのまま後ろでまとめてあるらしい。とは言え、その髪の一部をカールさせて耳の周りをぐるりと囲むようにもさせてある。一方、額の部分の髪は、額を丸出しにするようにして、ここの部分だけオールバックにし、髪を後ろに束ねている。しかも、その上には黒のリボンを併用して付け髪を載せて、後頭部をより高く見せている。19歳の女性の髪型にしては、古風と言えば、古風と言えるが、何れにしても、本人の複雑な感情を反映したようなヘア・スタイルである。
父親っ子である彼女は、大阪で模型店を営む父(伊藤雄之助:圧倒的存在感あり)を、二年前に母親が亡くなった後は母親代わりに世話してきた。彼女は、このようにして家事を切り回し、店番もし、父親を助けてきた存在であった。その父親に、京都生まれの美人の後妻が来たことから、自らの役割にライバルが登場し、自己の存在意義に疑問を感じたのであろう。これが、彼女が家出をする動機であった。
ここら辺の三女の気持ちの錯綜は、映画の中盤で、今度は父親自身が大阪の家を家出して、東京にやってくるくだりで明確になる。父親は、単なる夫婦喧嘩なのであるが、後妻から「精神的迫害」を受けたと誇大に言って、家出してきたのである。それをただただ喜んで自分を頼りにして父親が東京に出て来たと決め付けた三女しずか(この名前も「静御前」を思わせて古風である)は、東京で父親の面倒を自分が見ると言い張る。「だらしのうたって、我儘かて、女癖がわるかったて、出世せいかって、酒飲み屋かて」、亡くなった妻の枕元で一晩中泣いていたそんな父親をしずかは好きなのである。姉妹と口喧嘩をした後、シーンが変わって、しずかは父親とある埠頭を歩きながら話しを続ける。しずか以外の娘達から諭されて、しずかの説得にも関わらず、自分が好きで一緒になった後妻の元に戻ると言い出す父親に、がっくりするしずか。その二人を捉えながら、カメラは俯瞰位置に駆け上る。これは、しずかの精神的な「親離れ」が決定的になった瞬間であり、それを視覚化したカメラワークである。(撮影監督:板橋梅夫)
結局、大阪にその日の夜行で帰っていった父親を恐らくは見送ったしずかは、自分のアパートには帰るに帰られず、次女の恋人であるが、前から心に留めていた次郎の下宿を訪ねていく。前に志賀高原でスキーをした時に、雪に嵌まって抜け出せなくなっていたしずかを次郎が助けてくれた。その時から、しずかにとって、そういう庇護をしてくれる父親的存在に次郎はなっていたのであり、この感情は、自分が父親を世話したいという気持ちと表裏一体のものであったのであろう。こうして、次女を巡る、学生とニュース・キャメラマンの三角関係から、今度は、ニュース・キャメラマンを巡る次女としずかとの秘められた、しずかから見れば「忍ぶ恋」の三角関係にフォーカスが予想通りに移っていく。なにせ、日活青春映画のゴールデン・コンビと言えば、吉永・浜田である。愛される代償を求める次女に対して、三女しずかは、愛される代償を求めず、ただひたすら自らが愛する「純愛」を体現する存在なのである。どこまでも透明で純情な愛、これを象徴する色は、水色しかないのではなかろうか。彼女は、東京14:00に急行「よど号」で出発した次郎を追いかけて、飛行機で大阪に飛んだ。列車よど号は、大阪に21:30に到着するからである...
このように、本作は1960年代半ばの日活青春映画で、内容もつまらなそうな正月上映用のサービス満点の恋愛映画である。しかし、所々に隠された、当時の日本社会への皮肉を見逃してはならないであろう。脚本は、東宝の専属脚本家である井出俊郎が、日活のためのオリジナル脚本ということで、「三木克巳」と偽名で書いた作物である。
長女の夫の平凡さは、当時のサラリーマン稼業に対する皮肉であろう。次女に言い寄る「ぼんぼん」たる学生の家庭の、誇張された成金趣味は、高度経済成長期ににわか成金になった連中への警鐘であろう。更に、次女の家出の動機は、空気の汚い大阪で鼻の穴をま黒にしてあくせく働いていてもしょうがない、そんな生活に飽き飽きしたからであった。そして、東京に出てからは、窓の外を見て、四女も、東京の空気も汚いわねえと呟く。「四日市ぜんそく」の問題や環境汚染が野放しになっていることの環境問題が未だ一般民衆にははっきりと意識されていなかった時期である。制作年の1964年と言えば、第一回東京オリンピック大会の年でもある。撮影自体は、前年の歳末から翌年の初春頃であろうか。オリンピック大会の開催が同年10月10日からであったから、上映は、これを受けてのものとなり、作中に出てくる、開通したばかりの東京モノレール、出来たばかりの国立代々木競技場、首都高速などのシーンを観衆も「ああ、そうだった。」と改めて見直したことであろう。2025年の現代から見れば、1960年代半ばの、市電が走っている銀座通りや有名デパート・松屋店内の吹き抜けの建物の構造などは、歴史的価値のある映像風俗資料となっている。
また、映像ということであれば、浜田がTVニュース・キャメラマンという役回りでもあり、映像制作の点でも本作は凝っている。回想部分をまず画面の左か右の四分の一位を切り取って出し、それを拡大して回想部分の画面全体に持っていく技術(その他にも画面を半分や四分の一に区切り、その部分に別の画像を入れる技術、次郎が撮影したことになっている場面を映画の画面中央に入れる技術など)、ヘリコプターによる空撮(東京タワーなど)、車上にカメラを載せての移動撮影から始めて、次女がデパートで販売担当しているKodak社の「インスタマチック」の存在(映画内コマーシャル)、更には、次郎が下宿しているのも、D.P.E店であり、カメラ文化がこれ程までに普及していることなどが本作では何気なく語られている。
最後に、映画の序盤、姉達に内緒で四女が勤めているという「アルサロ」という言葉が気になったので、調べてみたことを記して、筆を置こうと思う。「アルサロ」とは、「アルバイト・サロン」の略語であるそうで、「アルバイト」はドイツ語から、「サロン」はフランス語から持ってきた合成語である。「サロン」は、風俗店にも使われる言葉で、「アルバイト」は、「学生アルバイト」などでお馴染みの言葉であろう。つまり、「キャバレー」や「クラブ」にいるプロの接待嬢ではなく、アルバイトで雇われた素人の接待係りをお店に出す、そういう風俗店のことを言うのである。しかも、この言葉は、主に関西で使われたということで、大阪で育ったという四人姉妹には、それが何であるか、すぐに理解できたのである。今でもこの「アルサロ」が存在するのか、筆者には定かではないところである。
2025年6月29日日曜日
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