2024年8月14日水曜日

オッペンハイマー(USA、英国、2023年作)監督:クリストファー・ノーラン

 反ユダヤ主義者のヒトラーが手にするかも知れないという危惧から、ユダヤ人たるOppenheimerは、核爆弾製造に実践的に着手することにするが、それは、Oppenheimerが既に1920年代に注目していた量子力学の研究を犠牲にすることによって可能であった。あの天才科学者A.アインシュタインが50年代にOppenheimerとプリンストン高等研究所の庭にある池の端で明かした疑問は、同時に、科学の進歩の先端を行った者、行く者の「悲哀」を感じさせる。

 さて、原子力委員会の査問によりOppenheimerの過去があからさまに暴かれることで改めて気が付くことが、1930年代のアメリカにおいて多くの知識人が共産主義に少なくシンパシーを持っていたことである。アメリカ合衆国共産党(CPUSA)の創立は、ロシア革命の二年後の1919年のことであるが、この党がスターリン主義に凝り固まって支持者を次第に失っていく中で、とりわけ、人民戦線路線を採った30年代半ばは支持層を広めていた時期があり、ちょうどこの時期にOppenheimerも左翼に関わる。そして、彼の周りの多くの人間が共産党員だったのである。ウィキペディアによると、「妻キティ、[同じく物理学者であった]弟フランク、フランクの妻ジャッキー、およびオッペンハイマーの大学時代の恋人ジーン・タットロックは、アメリカ共産党員であり、また自身も党員では無かったものの、共産党系の集会に参加したことが暴露された。1954年4月12日、原子力委員会はこれらの事実にもとづき、オッペンハイマーを機密安全保持疑惑により休職処分(事実上の公職追放)とした。」とある。

 そして、以下の後日譚は本作では述べられていないが、原子力委員会(AEC)の後身となる連邦エネルギー省(DOE)の女性大臣を務めるJennifer Mulhern Granholmは、2022年12月に、上述のOppenheimerに対する1954年の「処分」を「偏見に基づく不公正な手続き」とし、68年の時を経ての名誉回復については、「歴史の記録を正す責任がある」と説明したと言う。Chr.ノーランがOppenheimerについての伝記を映画化しようという意図を明らかにしたのは、21年9月のことであるので、Oppenheimerの名誉回復のニュースを聞いて、彼は、改めて、自身の決断が正しかったものと確信したことであろう。

 撮影監督は、Chr.ノーラン組のキャメラマンと言っていいオランダ人Hoyte van Hoytemaで、本作で米国アカデミー賞を受賞している。同賞の監督賞を今回初めて受賞したChr.ノーランは、本作にはいつものことながらIMAXキャメラを用いているが、上述したように、『Memento』(2000年作)と同様に、カラーと白黒を取り交ぜることで、映画の時間構造を明らかにしている。しかし、IMAXキャメラでは、彼自身が望む質の白黒の映像を撮ることが出来ないことから、映画素材としてKodak社に特注して65㎜白黒アナログ・フィルムを製造してもらったと言う。さすがに映像にこだわるChr.ノーランについての逸話であるが、彼ほどの大御所となると、一流会社も動かせるのは、さすがであるとしか言いようがない。

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