2025年10月3日金曜日

Mr.ノーバディ(USA、2021年作)監督:イリヤ・ナイシュラー

 監督のIlya Naishullerイリヤ・ナイシュラーは、父親がユダヤ系ロシア人で、金持ちの家に育ったところから、子供の頃はロンドンの豪邸に住んでいたと言う。モスクワ生まれの彼は、その後、ロシアに戻り、希望であるロシア映画大学を受験するが、これには受からず、それで、モスクワの映画関連の専門学校に入ったと言う。在学中、モスクワのモスフィルムで撮影助手などをやったりして、映画制作に熱中すると、この専門学校は中退してしまった。(一時は、ニューヨーク市にある著名な芸術関連の私立大学Tisch School of the Artsに入学していたとも言われている。)

 2008年には、自分も参加するバンドBiting Elbowsを結成するが、あるプロデューサーに支援を受けて、2010年から自分たちが制作したアルバムに合わせたミュージックヴィデオ(MV)を監督として制作するようにもなる。これらのMVに対する反響が大きかったことから、 本格的に劇映画を制作する話しが彼に回ってくる。こうして、2015年にSF映画『ハードコア』を発表する。全編が一人称視点で語られるこの作品は、トロント国際映画祭で観客賞を獲得する。この後も、MV制作に関わるが、2018年に本作制作の話しが舞い込む。製作会社の変更などもあって、話しが中々進行しなかったが、結局、彼を監督として本作の制作が始まり、21年に本作を発表することとなった。

 ストーリーにロシアン・マフィアが絡むことから、監督がロシア人であることは、ストーリー・テリング上の強みであるし、安心感がある。また、この映画の全編に漂うユーモア感は、「人種主義者」と呼ばれることを敢えて甘んじて言わせてもらえれば、監督の血のなかに流れているユダヤ的ユーモアの表徴ではないかと筆者には思われる。暴力自体には滑稽味はないのであるが、暴力が誇張されることにより生まれてくるその滑稽感は何とも言えない。更に、暴力の語り口も、それを若干ずらすことによって生じる、スマートさよりもズッコケ感を醸し出すタイミングの絶妙さも、シーンに合わせて聞こえてくる音楽の選曲のよさと共に、この監督のコメディー作家としての力量を思わせるものである。大体、凶悪なロシアン・マフィアとの激烈な闘争の発端は、実は、ダメ親父でも愛してくれる愛娘のものである、ネコちゃんの印が付いたブレスレットが無くなったことにあったという、その非日常性と日常性の段差の大きさに、観ている者はただ苦笑いをするのみである。

 ところで、このネコちゃんをワンちゃんにすり替えて、このワンちゃんがまた、とてつもない殺戮のコレオグラフィーに発展する切っ掛けとなる映画がある。自分の愛妻が自分の死ぬ前に、言わば、形見としてプレゼントしてくれた子犬を元殺し屋は大事にしていたのであるが、その子犬をあるロシアン・マフィアの極道息子が殺してしまう。そこから、大殺戮が始まるのである。この語り口が、『ジョン・ウィック』シリーズの第一作目であるが、この些細な出来事から大闘争が発展するという語り口は本作と同様である。そこで、調べると、本作の脚本家は、『ジョン・ウィック』第一作目と同じ脚本家・Derek Kolstadデレク・コルスタッドであった。成程と思う。

 ジョン・ウィックは、凄腕の殺し屋であったが、本作のMr.ノーバディは、どうもUSAの連邦政府機関で働いていたようである。USAには何故か18もの情報機関があるが、それは、軍関係ものから、非軍事関連のもの、例えば、対外情報機関CIAや国内捜査機関FBIなども存在する。これ程数が多くなると当然機関相互の調整が必要となってくる。そのための、大統領直轄の諸情報機関統括機関として、ロナルド・レーガン大統領は、1981年に大統領令を以って、United States Intelligence Communityが設置された。Mr.ノーバディ、つまり、日本で言えば、「名無しの権兵衛さん」は、どうも、この機関で働いていた名うての監査官であったようなのである。情報機関の活動費は公表されずに闇から闇へと活動費が流れる。この流れをコントールする必要はそれでもある訳なので、闇の中で、その会計検査をする(英語で「auditオーディット」)監査官Auditorオーディトアと呼ばれる存在の一人だったのが、今は風采が上がらず、妻や息子からは尊敬されていない、決まって火曜日にはゴミ出しに遅れるHutchハッチなのである。このハッチが、蚊も殺せない、大人しそうな一般市民の姿から、ロシアン・マフィアのMobster達を殺しまくる戦闘魔への変身するメタモルフォーゼは、痛快であり、ここにまた、本作のユーモア性もあると言える。

 エンディング・ロールが出ても、すぐに席を立たずに本作は最後まで観てほしいのであるが、エンディング・ロールの途中で、余り効いているとは思えないが、それでも「オチ」がある。故に、このオチもお見逃しなく。

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