その違和感を抑え込むために、筆者は、主人公の年齢を無視して本作を観ていた。ゆえに、男子生徒は、せめて高校三年生とし、相手方は、23か24歳の、他の高校の古文の新米教員として欲しいところである。であれば、現実味も増すのではないか。或いは、日本社会では、こんな現実味のある関係は、むしろ拒否されるのであろうか。であれば、こんな関係を描きたいためには、新海は、逆手を取って、むしろ現実味のない関係をセッティングしたのであろうか。
一方、主人公・秋月孝雄の回りの人間模様も興味深い。母親は、47歳の大学職員で、離婚経験者である。若作りにして、一回りも年齢の若い恋人を持っていると言う。26歳の兄は、恋人と同棲するために家を出ていくと言う。保守的倫理観の持ち主からは、母親が「だらしない」から、息子も「だらしない」結婚観を持っているのであると言われかねない、主人公孝雄の家庭環境である。であれば、孝雄自身が、自分の「恩師」に血道を上げるのも無理からぬことと、保守主義者はのたまうかもしれないが、こういう倫理的・道徳的摩擦もストーリーの中に取り込んだ新海の「勇気」を応援するものである。筆者は、単なる男女の陸み事に終わらせず、ストーリーに社会性を持たせるストーリーの書きぶりに共感する。
さて、新海アニメのストーリー展開には、一つの特徴がある。それは、つまり、男女の出逢い、別れ、そして、その喪失感に由来する、離別の遠くからの「想い」の独白である。この特徴は、彼がアニメ作家としてアニメ界で有名になった、2002年の、ほぼ自作自演の短編アニメ『ほしのこえ』以来、新海アニメに通底するものである。ゆえに、本作でも、両主人公は、ストーリーの終盤になると、東京と四国に別れて住みながらも、手紙を通じて繋がりを保ち続けるという展開となる。その意味で、出逢い、別れ、そして、別離の中での繋がりの三位一体が、新海アニメの特徴なのである。
さらに、本作では、このストーリー展開の特徴に、和歌が重要な媒体となって加わっている点が「ミソ」である。この点において、さすがは大学で日本文学を勉学した新海の教養が大事な土台となっていると言えるであろう。調べたところによると、本作に登場するのは、万葉集からの、詠み人知らずの、一連二首の問答歌であるという。
物語りの比較的最初に、古文の教諭は、初めて孝雄に遇った、梅雨入り前の雨が降る新宿御苑で、孝雄との別れ際に、謎のような和歌を一首詠む:
雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ
(なるかみの しまし とよみて さしくもり あめもふらぬか きみをとどめん)
一夜をいっしょに過ごした女が、相手を返したくないので、雷が鳴るのを聞いて、雨が降ってほしいと願う歌である。高校生に贈る歌としては、かなり思わせぶりの歌である。
問答歌であるから、今度は、贈られた歌には返歌がなければならない。それゆえ、贈られた当人である孝雄は、映画の中盤に次のような歌を返す:
雷神の 少し響みて 降らずとも 吾は留まらむ 妹し留めば
(なるかみの しまし とよみて ふらずとも われはとどまらん いもしとどめば)
返歌なので、歌の始めが最初の歌と共通になっているのは仕方がないにしても、相手の女性が、「君を留めむ」と言っているのに、「妹し留めば」と言っているのは、少々野暮であろう。但し、この歌を本作の文脈にはめ込めば、この返歌を詠っているのは、「うぶな」男子高校生であり、この歌の稚拙さは、肯けなくもない。
とは言え、題名を『言の葉の庭』し、そのストーリーに『万葉集』からの恋歌を引いたのは、蓋し、ハイセンスの思い付きであろう。本作は、「大人の」アニメとして堪能したいものである。
一方、主人公・秋月孝雄の回りの人間模様も興味深い。母親は、47歳の大学職員で、離婚経験者である。若作りにして、一回りも年齢の若い恋人を持っていると言う。26歳の兄は、恋人と同棲するために家を出ていくと言う。保守的倫理観の持ち主からは、母親が「だらしない」から、息子も「だらしない」結婚観を持っているのであると言われかねない、主人公孝雄の家庭環境である。であれば、孝雄自身が、自分の「恩師」に血道を上げるのも無理からぬことと、保守主義者はのたまうかもしれないが、こういう倫理的・道徳的摩擦もストーリーの中に取り込んだ新海の「勇気」を応援するものである。筆者は、単なる男女の陸み事に終わらせず、ストーリーに社会性を持たせるストーリーの書きぶりに共感する。
さて、新海アニメのストーリー展開には、一つの特徴がある。それは、つまり、男女の出逢い、別れ、そして、その喪失感に由来する、離別の遠くからの「想い」の独白である。この特徴は、彼がアニメ作家としてアニメ界で有名になった、2002年の、ほぼ自作自演の短編アニメ『ほしのこえ』以来、新海アニメに通底するものである。ゆえに、本作でも、両主人公は、ストーリーの終盤になると、東京と四国に別れて住みながらも、手紙を通じて繋がりを保ち続けるという展開となる。その意味で、出逢い、別れ、そして、別離の中での繋がりの三位一体が、新海アニメの特徴なのである。
さらに、本作では、このストーリー展開の特徴に、和歌が重要な媒体となって加わっている点が「ミソ」である。この点において、さすがは大学で日本文学を勉学した新海の教養が大事な土台となっていると言えるであろう。調べたところによると、本作に登場するのは、万葉集からの、詠み人知らずの、一連二首の問答歌であるという。
物語りの比較的最初に、古文の教諭は、初めて孝雄に遇った、梅雨入り前の雨が降る新宿御苑で、孝雄との別れ際に、謎のような和歌を一首詠む:
雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ
(なるかみの しまし とよみて さしくもり あめもふらぬか きみをとどめん)
一夜をいっしょに過ごした女が、相手を返したくないので、雷が鳴るのを聞いて、雨が降ってほしいと願う歌である。高校生に贈る歌としては、かなり思わせぶりの歌である。
問答歌であるから、今度は、贈られた歌には返歌がなければならない。それゆえ、贈られた当人である孝雄は、映画の中盤に次のような歌を返す:
雷神の 少し響みて 降らずとも 吾は留まらむ 妹し留めば
(なるかみの しまし とよみて ふらずとも われはとどまらん いもしとどめば)
返歌なので、歌の始めが最初の歌と共通になっているのは仕方がないにしても、相手の女性が、「君を留めむ」と言っているのに、「妹し留めば」と言っているのは、少々野暮であろう。但し、この歌を本作の文脈にはめ込めば、この返歌を詠っているのは、「うぶな」男子高校生であり、この歌の稚拙さは、肯けなくもない。
とは言え、題名を『言の葉の庭』し、そのストーリーに『万葉集』からの恋歌を引いたのは、蓋し、ハイセンスの思い付きであろう。本作は、「大人の」アニメとして堪能したいものである。