ブルガリア人脚本家のA.ワーゲンシュテーンは、自らのパルチザン活動の体験をストーリーに盛り込みながら、本作の脚本を書き上げて、当時のDDR映画界の重鎮Kurt Maetzigクルト・メッツィヒに監督を頼もうと考えて彼に打診する。すると、その内容がまた「ユダヤもの」で、これまでも何本かユダヤ人関連の映画(例えば、1947年作の『Ehe im Schatten陰の中の婚姻生活』など)を撮っていることから、自分の監督としての傾向が固定することを恐れて、K.メッツィヒはこの打診を断る。それを受けて、A.ワーゲンシュテーンは、自分のモスクワ映画学校時代の級友Konrad Wolfに白羽の矢を立てる。
ブルガリアとの共同製作となることから、助監督にはブルガリア人監督Rangel Waltschanowが起用されていた。女主人公のRuth役には、イスラエル人女優Haya Harareetハイヤ・ハラリートを当てることにして、契約も結んでいたのであるが、彼女に丁度ハリウッドから歴史もの大作『ベン・ハー』(1959年作)での脇役の話しが舞い込んだことから、彼女はUSAに行ってしまう。代わりの女優が中々見つからない中、撮影の日程が迫ってくる。そこで、助監督のR. Waltschanowが、未だ演技を勉強中の自分の妻Sasha KrusharskaをRuth役に提案する。彼女はこの役で一気にスターの座に駆け上がることになる。
撮影は、1958年晩夏、ブルガリアの首都ソフィアから南に行った町Banskoでなされた。DDRでの初上映は、翌年の三月下旬であったが、共同製作国であるブルガリアでは、本作の内容が精神主義的な人道主義を説くばかりであり、とりわけ、ユダヤ人の描き方が労働者層とブルジョア階層との区別をしない曖昧なものであったことが批判されて、上映の認可が中々降りなかった。しかし、本作がカンヌ国際映画祭で審査員大賞を獲得すると、批判はそのままにして、上映はブルガリアでも許されることになる。ソ連及びイスラエルでは本作は上映禁止の措置を受ける。西ドイツBRDでは、ヴァルターがパルチザン活動に組するシーンが検閲されて、60年六月に初上映される。
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