これに対し、「尾張柳生」というものもあり、これは宗矩の父で、剣聖と呼ばれた上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)から新陰流を伝授された柳生宗厳(むねとし、後の石舟斎)に、宗矩の他に長男・厳勝(としかつ)という子もおり、この厳勝の子・利厳(としとし;つまり宗矩の甥)が、大坂夏の陣の年の元和元年の1615年に尾張徳川家に五百石で出仕し、藩主徳川義直に兵法を伝授し、それ以降、代々藩主の指南役を務めることとなったからである。利厳は、本作では、「柳生兵庫助」という名称で登場し、本作の、市川雷蔵が演じるところの「兵介」は、正式には、「厳包(としかね)」といい、隠居後は、本作の題名の一部になっている「連也斎」と名乗った。「兵介」は、実際に、徳川義直の子・光友(光義)の師範となって、本作でも描かれるように新陰流を伝授しており(新陰流第六世)、後の「連也斎」となる彼は、『御秘書』、『連翁七箇條』などの著書も著わした江戸時代前期の剣術家であった。厳包は、剣術家となると、最早女性を自らに近づけず、それ故に妻子もいなかったと言われている。これが正しいとすると、本作のラストシーンもまんざら嘘ではないことになる。元禄七年の1694年、70歳の時に兄・利方の子たる厳延に印可を相伝して道統を継承させたと言う。有名な赤穂事件が起こるのは、その七年後であった。
兵介の父・柳生兵庫助に対する剣豪・宮本武蔵、余り腕が立つとは見えない兵介(市川雷蔵)に対する、武蔵の弟子で、武蔵より「見切りの秘太刀」を伝授された鈴木綱四郎(勝新太郎)、兵介を想う、武家の娘さんに対する同じく兵介を慕う遊女・美和と、コントラストの構図ははっきりしており、殆んど考えなくともストーリー展開には付いていける。この構図は、兵介に懸想する美和に、何故か綱四郎がぞっこん惚れ込んでいるところから、錯綜し、こうして、幼馴染でもあり、また良きライバルたる剣友・兵介への綱四郎の敵愾心はいやが上にも高まり、結局、この邪恋が、美和も、そして綱四郎自身までも亡ぼすことになる。
原作は、剣豪小説のジャンルを戦後の50年代になって改新したと言われる五味康佑(やすすけ)による。様々な職業に就きながらも、小説を書くことを諦めずにいた五味は、偶々音楽関連で知り合った新潮社の役員に支援を受けながら、ある時聴いたフランス人作曲家クロード・ドビュッシーのピアノ独奏曲「西風が見たもの」(プレリュード第一集より)にイメージを受けて、原稿用紙30枚程の短編『喪神』を書き上げ、これを『新潮』の1952年12月号の「同人雑誌推薦新人特集」に掲載してもらう。これが、翌年の第28回芥川賞を受賞し、五味の小説家としての地位を確固たるものとした。この作品は、53年に早速、大映により『魔剣』(安達伸生監督;大河内傅次郎主演)の題名で映画化される。55年には短編『秘剣』が発表され、これが、『喪神』も含む後の短編集『秘剣・柳生連也斎』の表題作となる。『秘剣』自体は、同名の映画作品として1963年に稲垣浩監督、市川染五郎主演で映画化されることになるが、『柳生連也斎』という作品も55年に世に問われている。これが何故に大映映画の本作の題名の一部となっている「秘伝月影抄」に関係があるのかは、今のところ筆者には未知である。しかも、市川と勝の決闘は、日中に行なわれており、その際、兵介が父から授かる知恵「相手の影を切る」は、勝が太陽を背に受けて投げる影を兵介が踏み続けて間合いを一定にするというものであるから、それであれば、「秘伝日影抄」であろう。
五味は、1956年の『週刊新潮』の創刊号より、『柳生武芸長』を連載し始め、これが人気を博し、剣豪小説、武芸長というジャンルのブームを、同時期の連載もの『眠狂四郎シリーズ』を書いた柴田錬三郎と共に、導いた一人であった。
最後に、本作を観ていて、非業の女・美和の髪型が気になったので、これについて述べておこう。インターネットに「女の髪型、室町時代、遊女」と入れて検索したら、ウィキペディアに「立兵庫(たてひょうご)」という項目が出てきた。映画を観ていて観察できたのは、この髪型は、耳の後ろ辺りは何やら小姓の髪型、髷は、太く結って立ち上げて、銀杏の葉のようにした形に広げたものである。そうして、ウィキペディアの「立兵庫」の説明によると、これは、主に女歌舞伎役者や遊女に好まれた髪型であると言う。安土・桃山時代頃、中国・明の女性の髷を真似て流行り出した髷に「唐輪(からわ)」という髪型があり、これは、兵庫や堺などの港町にいた遊女がよく結ったものである。その結い方は、「前髪を真ん中で分けたのち髷は髪を頭上で纏め上げて二つから四つの輪を作ってから、根元に余った髪を巻きつけて高く結い上げる」ものであると言う。立兵庫の方は、「髪を一つにくくったものを頭上で一つの輪にし、余った毛先を根元に巻きつけて高く結い上げる」のである。頭上で作る輪の数が、複数か一つかで異なるようであるが、この立兵庫の立っている髷を横に広げると「横兵庫」となり、江戸時代の花魁の髷として知られることになる。成程、立兵庫は、「縦」兵庫となり、そのヴァリエーションは、横兵庫となる訳である。
(本作は白黒映画である。)
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