2026年3月16日月曜日

ボーダー 二つの世界(スェーデン、デンマーク、2018年作)監督:アリ・アッバシ

 この圧巻な「説話力」は何であろうか。もちろん、ストーリー自体の「吸引力」は当然である。北欧的な静寂さも物語りのミステリー性をより強めていることは確かである。しかし、この「説話力」の強さは、主人公ティーナの存在感、少々ずんぐりした体つき、筋肉か脂肪なのか分からいが、起伏がある顔面、眼窩の上の眉に沿った隆起、そして、射るような眼光、これらの要素が醸し出す圧倒的な存在感が本作を特異たらしめている。

 スェーデン映画協会主催のGuldbaggen(ゴールデン・ビートル)賞では、2019年に本作を11部門中、九つの部門でノミネートし、本作は、六部門で受賞した。作品賞、音響編集賞(クリスチャン・ホルム)、視覚効果賞(ピーター・ヨルト;ヨーロッパ映画賞でも受賞)、そして、言わずもがな、主演女優賞(エーヴァ・メランデル) 、助演男優賞(ヴォーレ役のエーロ・ミロノフ)、更に、メイクアップ・ヘア賞(ゴーラン・ルンドストローム、パメラ・ゴールドアンマー、エリカ・スペツィグ)である。同時に、本映画協会は、本作を米国アカデミー賞の最優秀外国映画賞候補に推薦する。米国アカデミー賞では、やはり、最優秀メイクアップ・ヘアスタイル賞にノミネートされた。ウィキペディアによると、ティーナ役のメランデルとヴォーレ役のミロノフは、撮影期間中、毎日四時間、メイクアップのために椅子に座っていなければならなかったと言う。

 一方、本作は、カンヌ国際映画祭では、「Un Certrain Regardある視点」部門で本賞を獲得した。受賞の理由は、本作のテーマである、自然界と人間界の狭間を生きる「Trollトロル」という「少数派」の行き様を、現代社会に蔓延る悪である「児童性愛」の犯罪と結び付けた点であったからであろうと思われる。(故に、個人的には、邦題の『ボーダー 二つの世界』は、正しくない題の付け方であり、「ボーダー」は、何も二つだけの世界を区切るだけではなく、また、様々な世界の「狭間」に存在する「もの」をこれでは含意していないからである。)

 作品の同名原作は、スェーデン人作家John Ajvide Lindqvistヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる。吸血鬼・ゾンビのホラーもので有名になった彼は、本作の原作では、北欧に存在する妖怪・モンスター・妖精的存在であるTrollトロルを扱っており、本作の脚本作成にも参加している。本作の監督のAli Abbasiアリ・アッバシもまた脚本チームに加わり、更に、監督のたっての願いにより、女性監督兼脚本家であるIsabella Eklöfイサベラ・エクルーフが、彼女が犯罪ドラマ部門から来ていることもあり、ミステリー的ストーリーに心理的な現実味を加味するパートを担当したと言う。こうして、ティーナの境界的存在にマッチするように、本作も、単なるミステリー作品に終わらない、ジャンル映画的なミックスが可能となった訳である。

 監督のA.アッバシ自身も特異な存在であり、1981年にイランの首都テヘランに生まれた彼は、2002年までテヘランにある工科大学で学んだ後、この年に、ストックホルムに移住して、スェーデン王立工科大学で建築を勉学する。2007年に同大学を卒業すると、この年から、今度は、デンマークの国立映画大学で映画製作を学んで、ここを2011年に卒業して、監督、脚本家となったという、変わった経歴を持つ人物である。2008年から11年までは自らが脚本を書いた短編映画を三本程制作し、16年に長編劇映画の第一作目を発表し、18年作の本作が彼の長編劇映画第二作目となる。22年には『聖地には蜘蛛が巣を張る』で、主演を演じた女優がカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞し、その二年後に伝記映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を撮る。このような監督A.アッバシのフィルモグラフィーを見ると、彼は、ミステリー映画監督系ではなく、社会派映画監督としての傾向がより強い人物であると見ることが出来であろう。その意味でも、本作は、A.アッバシ監督の映画歴から見ると、むしろ、異色作品であると言える。

 さて、ティーナと同じような外見を持つヴォーレは、自分達は、Trollトロルであると言う。Trollとは、イギリスの北東にあるシェットランド諸島・オークニー諸島なども含む北欧・スカンディナビア地方の民俗伝承で語られる巨人乃至は小人の精霊・妖精である。キリスト教がこの地域に広まるのに従って、彼等は悪霊乃至悪魔とされてきたが、北欧ゲルマン神話の雷神たるトールにより、Trollはより北の寒冷地に追われたと言うから、Trollは、ゲルマン人よりも更に前にこの地域にいた先住民族であった可能性がある。つまりは、Trollは、ゲルマン人よりも古層の存在だった訳である。

 Troll達は、一部には、「醜く」、また、毛むくじゃらであり、ジャガイモに似た鼻は大きく、手の指は四本しかないと言う。彼等は、丘陵地、長塚、土墳などの下に共同体を作って暮らすところから、スェーデンでは「ベルグフォルク(山の人々)」と呼ばれた。デンマークでは、彼等は、北の氷海に面した森の中に住むとも言われている。

 人間界との関りでは、Troll達は、人間に幸運も不幸ももたらす存在であるが、金属工芸に秀で、薬草や魔法を使った治療も出来ると言うのである。そして、興味深いことには、映画でもこのような場面が登場するのであるが、Troll達は、洗礼を受けていない乳児を奪い、その代りに、Troll達の「取り替え子」を子供のベットに置いておくというのである。

 このTroll達がゲルマン人よりもより古い存在であるとすると、それは、ケルト人であったかもしれないが、寒冷地に生きた先住民族ということで、監督A.アッバシを含む脚本家チームは、更に大胆な仮説を提示したと思われる。つまり、Troll達は、ネアンデルタール人の末裔ではないかというのである。

 筆者は、映画に登場するティーナを見て、即、これはネアンデルタール人ではないかと感じた。それで調べてみると、ウィキペディアのネアンデルタール人の項目に出ている写真は、正に、ヴォーレの顔とよく似ているのである。

 ウィキペディアによると、2010年にセンセーショナルなある発表がなされた。約四万年前に絶滅したと言われる旧人ネアンデルタール人のDNAの痕跡を現生人類たるホモ・サピエンスも平均すると1から2%程度持っているのであると言う。つまり、ネアンデルタール人(とりわけ男性)とホモ・サピエンス(とりわけ女性)が交雑していたことをこの事実は示すのである。しかも、アフリカ系の祖先を持つ女性のヒトのゲノムにはほぼ見られないネアンデルタール人のゲノムの痕跡が、高い場合には約4%あると言う。仮に、残されたネアンデルタール人のDNAの割合が偶然にも高まる環境が存在するとしたら、Troll的な人種が生まれたかもしれないのである。そして、それは、どうも北欧の寒冷地が好適地であった。

 脳の大きさではホモ・サピエンスを上回ったネアンデルタール人は、筋力もあり、狩猟の能力も高く、寒冷地への適応能力がよりあったのである。故に、彼等は毛深かったのであり、皮下脂肪が厚かったのであろう。「胴長短脚」の体型も、寒冷気候に適した体型であった。一説には、高緯度地方で生き延びたことから、ネアンデルタール人は、白い肌で、赤い髪であったとも言われれている。

 また、顔が大きく、鼻は鼻根部と先端部共に高く、且つ、幅広く、眉の部分が張り出して、言わゆる、眼窩上隆起が形成されている。ここまで、ネアンデルタール人の体型的特徴を書くと、さて、本作の主人公ティーナの顔立ちと体型が浮かんでくるのは偶然の一致であろうか。

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