本作の撮影が1948年であったので、ストーリーは46年乃至47年を想定していると考えられる。こんな時期のWienを、友人H.Limeに呼ばれて、アメリカ人・三文小説家H.Martinsが訪れるところから本作の物語は始まる。本作の脚本を書いたイギリス人作家G.Greeneは、本作の脚本を書くために実際Wienにやって来ている。恐らく、その時の自身の感じたものをGreeneは、ストーリー中の作家Martinsの姿に、きっと投影しているにちがいない。
脚本家Greeneは、監督C.Reedとは本作以前にいっしょに働いたことがあった。それは、48年作のイギリス映画『落ちた偶像』でである。元々はハンガリー出身のイギリス人・名プロデューサーであるAlexander Kordaコルダの下、監督ReedのためにGreeneは、自らの短編を原作にして、この作品のために脚本を書いたのである。子供を主人公にしたこの作品は、英国アカデミー賞で作品賞を、ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞を取って、成功した作品となった。
そこで、コルダは、ある時Greeneに次の映画製作のためのいいアイディアはないかと聞くと、Greeneは、自分が一度封筒の裏に書き付けたプロットを読み上げる。が、それは、コルダにはあまり気に入らなかった。そこで、丁度そこに同席していた、映画監督でもあるKarl Hartlカール・ハルトルが、そのプロットの場所をWienにし、しかも、Wienをロケ地にしてみれば、いいのではないかと提案した。ハルトルは、オーストリア人で、20年代にWienでコルダのために製作アシスタントを務めていた男であった。
こうして、監督Reedと伴に、Greeneは1948年のWienに赴くこととなり、そこで、ペニシリンの密売のことやWienの地下を巡らす排水溝網を実際現地で体験することになる。
以上のようにして出来上がった台本であったが、その第一稿は、ハッピー・エンドで終わるものであった。Limeを進駐軍に引き渡す小説家と劇場の踊り子のヒロインは、ラストシーンでは、腕に腕を組むという結末であった。この終わり方には、監督のReedが大反対をして、最終的に、本作のような終わり方になったと言う。
脚本の作成には、主役のO.Wellesも関わっていたと言うが、それは、ストーリーの後半、Praterプラーター公園にある大観覧車のワゴンの中で、主役のH.Limeがぶつ、いわゆる、「郭公鳥時計・演説」のみであったというのが真相であるようである。しかも、この演説は、1938年のW.チャーチルの演説からの引用であると言う:
「ボルジア家支配下のイタリアの30年間は、戦争、テロ、殺人、流血に満ち満ちていたが、この時代は、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そして、ルネサンスを生んだ。スイスでは、同胞愛、500年間の民主主義と平和があったが、これが一体何を生んだか...? つまり、郭公鳥時計だよ。」
郭公鳥時計自体が、スイス製ではなく、南西ドイツにある黒い森の工芸品であるという、事実認識の誤りを、この「名言」は、含んでいるだけではない。エリート主義の傲慢さの下、同胞愛、民主主義、そして平和をないがしろにしているのが、このLimeの「演説」である。闇市でぼろ儲けが出来ることに目がくらみ、道徳倫理を失ってしまった人間Limeと時代の狂気がこの言葉には如実に示されている。そして、この倫理観を失った人間Limeがアメリカ人であるということも興味深い。
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