2025年12月31日水曜日

素肌の涙(英国、1999年作)監督:ティム・ロス

 本作の原題は、『The War Zone』であり、これをそのままカタカナ書きにしても日本人にも分かりそうな題名である。「ザ・ウォー・ゾーン」、つまり、「戦争ゾーン」、「交戦地域」とでもなろうか。これをそのまま邦題にしては、戦争映画好きの観客を映画館に呼び込むことになり、観始めたら、戦闘場面は一度も登場せず、映画館側に「入場料返せ!」の抗議が殺到すること間違いなしと、恐らく踏んだ配給側は、苦肉の策を思い付く。上半身裸の女主人公をポスターの右下に配置し、邦題は、『素肌の涙』とする。えげつないポルノ映画の題名よりは、センスはいい。邦題のすぐ下には良心的に原題名が書かれてある。しかし、これでも感の悪い人のためにポスターの最も左下に一行、小さく次のように書かれてある:「わたしはパパのお人形」と。こうなると、これはもう「近親相姦」ものか、「家庭内性的加害」関連ものではないかと想像せぜるを得ない。本作は、実際、そうなのである。

 本作の原作も同名の英語題名で、1989年にロンドンで発刊されたものである。原作者は、Alexander Stuartで、本人が本作の脚本も書いているので、原作の内容が著者の意図に反して映画化されたという懸念は持たなくてよいであろう。それでは、戦闘場面が一度も描かれないのに、何故にこの題名なのか。

 ポスターに登場している女主人公は、Jessieジェシーという。彼女は、女子学生程の年齢であり、Nickというボーイフレンド(若いColin Farrellがちょい役で登場)もいる。その彼女が「父さん」と未だに関係があるのである。そのことに同意しているのか、或いは、少女の時から父親にそのように「飼育」されたのか。しかし、事態はそのままでは収まらず、別の重大な「家庭内性的加害」にストーリーは発展する。こうして、本来平和であるべき「家庭」が、敵味方の敵対関係に突入する。この、言わば「戦争」状態の家庭を指して、原作者は、「The War Zone」という題名を付けたと思われる。正に、このことを象徴するかのように、海岸沿いに作られたトーチカが舞台に登場し、ここで父娘が行為に及び、それを、ジェシーの弟Tomが、でばかめPeeping Tomよろしく、ヴィデオ撮影するという、観衆の道徳観念を逆なでするようなシーンが繰り広げられるのである。本作は、故に、覚悟してご覧あられたい。

 この陰鬱なストーリーに呼応するように、戸外の場面は、灰色の空に覆われ、雨が降り、道は泥のぬかるみである。場所は、イギリスのDevonデヴン州の北海岸にある村である。デヴン州とは、ロンドンとほぼ同緯度で、グレート・ブリテン島の三角形の左下の角(かど)にある州である。ロンドンからこの方向への最西端がCornwall州でその手前の右隣の州がデヴン州である。州の南側がドーヴァー海峡に面しているとすると、北側がブリストル湾に面しており、その湾を沿うように西に向かうとHartland岬に辿り着く。我々は、このハートランド岬沖の荒波を画面で見るのである。そして、海岸沿いのトーチカは、大西洋の海からイギリスを目指すかもしれないドイツ海軍を監視するための、第二次世界大戦中の監視所であったのであろう。ストーリーに合ったロケーションの選択に納得する。そして、冬の英国を思わせる映像造形を北アイルランド出身の撮影監督のSeamus McGarveyシーマス・マクガーヴェイが担当している。

 監督は、ロンドン生まれの俳優Tim Rothティム・ロスで、本人の最初で、2025年時点で最後の監督作品である。映画の最後に「父に捧ぐ」と出てくる。誰の父なのであろうか。監督のRothか、脚本も書いている原作者のStuartなのか?映画に登場する「父さん」に捧げる訳はないから、原作者の父とすると、本作に登場するTomこそがその父に当たる人物とも考えられる。そして、現実の「Tom」が性加害を受けていない保証はない。或いは、それが監督自身の父親であるとすれば、監督Rothがこのような内容の映画を撮ることへの執着が余程強かったことが窺え、映画内のTomに自分の父親の運命を重ね合わせたのかもしれない。映画の最後に登場する献辞でこれ程、人の運命を思い巡らせたことはない。

 この監督の思い入れがあったのか、Tom役を演じているFreddie Cunliffeフレディー・カンリフへの配役は実に的確さを得ており、随分長いことTom役を演じるべき人間を探したのではないかと想像する。ウィキペディアによると、彼は、当時、素人俳優であったと言う。Jessie役を演じたLara Belmontララ・ベルモントも同様に、当時、素人俳優であったとウィキペディアに書かれてあり、監督Rothの慧眼に感心せざるを得ない。彼はしっかりと俳優達から演技を引き出している。

 本作での「母ちゃん」役は、最初は目を疑ったのであるが、調べると、やはり、Tilda Swintonである。T.スウィントンの女優としてのイメージは、瘦せ型で、両性具有的な存在である。本作では、何か丸顔で、身体も太り気味であり、子供達にもオープンに「父ちゃん」と添い寝されている場面で見える腹部は、本当にぶよぶよである。ここまで、体格まで変えて、役作りをするものであろうかと、彼女の経歴を調べると、私生活では、本作が発表される二年前に男女の双子を儲けていると言う。丁度産後で、しかも乳児に授乳させていた時期と撮影が重なったのかもしれない。彼女は、1992年作の『オルランド』(Sally Potter監督)で、オルランド役を演じて、国際的に有名になっていた女優である。その彼女が、Roth監督の初監督作品に出演を承諾したことには、本作のテーマ性に対する彼女の思い入れが十分にあったのであろう。

2025年12月27日土曜日

潮騒(日本、1964年作)監督:森永 健次郎

 本作の原作者・三島由紀夫は、1951年12月25日に、アジア諸国を除いた「世界」一周旅行のために、まずは、ハワイに向けて船出した。丁度クリスマスであり、彼は初めてタキシードを着て、船上のクリスマス・ディナーに参加する。1951年と言えば、西側の連合国諸国とのみサンフランシスコ講和条約が結ばれ(故に、ソ連と中国などを除く)、同時にまた、第一次日米軍事同盟も署名された年である。未だに日本人の海外渡航は制限されており、三島は、朝日新聞の特別通信員として出航の許可を得る。こうして、52年の元旦をハワイのホノルルで祝い、更に船で、その数ヶ月前に平和条約が結ばれたサンフランシスコ港に入る。そこからは、飛行機も入れた移動となり、三島はニューヨーク、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロなど見て、52年三月にヨーロッパ入りする。パリで偶然に木下恵介や、『潮騒』の初めての映画化の時に音楽を担当することになる黛敏郎とも知り合う。ロンドン滞在後、四月下旬に三島の「眷恋(けんれん:恋焦がれること)の地」たるギリシャに到着する。とは言え、ギリシャ滞在は四日間のみで、4月30日にローマに到着し、ここに5月7日まで滞在した後、帰途につき、5月10日に羽田空港に戻ってくる。通算四ヶ月半に及ぶ三島の初めての、言葉の本当の意味での外遊であった。

 三島は、既に旅行中の52年二月から「見聞録」・紀行文を新聞や雑誌に発表していた。四月には『あめりか日記』を、五月に『リオ・デ・ジャネイロ』などを、七月には、パリの滞在が不本意にも一番長かった『憂鬱なヨーロッパ』、そして『希臘・羅馬紀行』などを発表する。同年十月には、これらの紀行文をまとめた単行本『アポロの杯』が朝日新聞社より刊行されている。題名にギリシャ神話の太陽神アポローンが織り込まれていることにここでは注意したい。

 この旅行は三島にとって、これまでの自己の作家活動の転機となり、「自己改造」の一つの契機を見つけることになるのであるが、それが、「憂鬱な」西欧の灰色の空に対する、希臘の「青空」であった。つまり、希臘では、真と善は美であり得るのであり、言わば、美しき肉体には善き知性が宿るのである。三島は、「今日も絶妙の青空、絶妙の風、夥しい光。……さうだ、希臘の日光は温和の度をこえて、あまりに露はで、あまりに夥しい。私はかういふ光りと風を心から愛する」と朗唱するが、このギリシャ熱が彼にとって何を意味するかを、本作が撮影された1964年に以下のように記している:

 「それはいはば、美しい作品を作ることと、自分が美しいものになることとの、同一の倫理基準の発見であり、古代ギリシア人はその鍵を握つてゐたやうに思はれるのだつた。近代ロマンチック以後の芸術と芸術家との乖離の姿や芸術家の孤独の様態は、これから見れば、はるか末流の出来事であつた。(中略)ギリシアは、私の自己嫌悪と孤独を癒やし、ニイチェ流の「健康への意志」を呼びさました。私はもう、ちよつとやそつとのことでは傷つかない人間になつたと思つた。晴れ晴れとした心で日本に帰つた。」— 三島由紀夫「私の遍歴時代」よりの引用をウィキペディアのサイトより更に引用

 この三島のギリシャ熱が昇華し、ギリシャ的に「美しい作品」が、ギリシャのレスボス島で繰り広げられた「山羊に育てられた少年ダフニス」と「羊に育てられた少女クロエ」と間の「健康な」恋物語りに似せて、1954年に書き上げられる。それが、本作の原作となる『潮騒』であり、これがベストセラーになったことから映画化の話しが直下に進行し、同じ年にこの原作の一回目の映画化がなされて上映される。という訳で、本作は原作の二回目の映画化に当たり、一回目の十年後のものとなる。その後は、1971年、75年、85年と映画化されており、この五本の映画化作品の中で、吉永小百合が女主人公・初江を演じた本作と山口百恵が同じ役を演じた75年作品が比較的有名なものであろう。

 筆者も原作を読んではいるが、ストーリーはもう思い出せず、ウィキペディアで概略を読むと、本作のストーリー展開とはほぼ一致しているようである。故に、ウィキペディアに出ている、原作上の女主人公・初江をここに引用する:

 「海女。健康な肌いろで、目もとが涼しく眉は静か。鄙びた顔立ちで睫の長い美しい少女。無口で愛嬌がないかと思うと急に娘らしく笑い出し、ぼうっとしているようでいて、よく気がつく娘。宮田照吉の末娘で、志摩に養女に出されていたが、兄が死んだために実家に呼び戻された。」

 「田舎っぽい顔立ち」とはどんな顔立ちか、筆者にも想像できないが、吉永の顔がそうであるようには見えない一方、その他の描写は、吉永の外見に一応は合っていそうではある。

 それでは、原作ではむしろこちらに重点が置かれているように思われる男主人公・新治はどうであろうか。ウィキペディアの同様の箇所から引用する:

 「18歳の漁師。背丈が高く、体つきも立派だが、顔立ちはその年齢の稚なさがある。よく日焼けし、形のよい鼻と黒目がちな目。笑うと白い鮮やかな歯列が見える。一昨年に新制中学校を卒業したばかり。学校の成績は悪かったが、歌島を5周できるほど泳ぎが得意。無口な青年で青年会ではいつも子供っぽい笑顔で人の意見を傾聴している。母と弟の三人暮し。」

 蓋し、「背丈が高い」以外は、本作でこの役を演じている、日活青春映画での吉永の相方・浜田光夫にぴったり合っているように思われる。

 撮影(松橋梅夫)は、基本的に、原作の舞台である三重県神島でなされているが、一部は撮影所撮影でもある。

 「鄙ぶる」に対する言葉は、「みやぶる」であり、これを漢字を混ぜて書くと、「宮ぶる」となるが、これが更に「宮び」、「都び」、「雅び」となり、現在の「雅(みやび)」となる。つまり、「鄙」(田舎)に対する「雅」とは、「宮廷風」乃至は「都会風」を意味し、ギリシャ的多神教と同様に、神道の神々が住む神島に、都会からの邪悪を持ち込む男女が、万葉集にも歌われている神島(古名を「歌島」)にやって来る。千代子(松尾嘉代)と安夫(平田大三郎)である。東京の女子大学に行く千代子は、新治に横恋慕をする。一方、標準語を話す安夫は、その内結婚するであろうと思われていた初江を強引に自分のものにしようと夜に井戸の水汲み当番に当たっていた初江を襲う。しかし、自慢の蛍光針付き腕時計に引き寄せられたハチに襲われて、自分の「意図」を達成できずに安夫は退散せざるを得なくなる。この神話的エピソードは、スタジオ撮影である。この安夫が、「ダフニスとクロエ」に登場するダフニスの恋敵ドルコンに当たる。ここで面白いのは、三島が、都会と田舎の対立の構図を価値転倒させて、都会を悪に、田舎の村落共同体を善として描いていることであろう。

 その三島が言う:
 「辺鄙な漁村などにゆくと、たしかにそこには、古代ギリシアに似た生活感情が流れてゐる。そして、顔も都会人より立派で美しい。私はどうも日本人の美しい顔は、農漁村にしかないのではないかといふ気がしてゐる」。

 三島がこう述べているのは、本作が上映された1964年の六月号に出た雑誌『若い女性』の記事「美しい女性はどこにゐる―吉永小百合と『潮騒』」でである。昭和文学史における最も派手な行動派作家三島は、初江を体現する吉永の配役をまんざら悪いとは思ってはいなかったということになろうか。

 万葉集歌人・柿本人麻呂は、神島の回りを舟で遊ぶ恋人のことを想って次のように詠んでいる。和歌中の「伊良虞」とは、愛知県渥美半島の先端にある岬の地名である:

  「潮騒(しほさゐ)に 伊良虞(いらご)の島辺(しまへ) 漕ぐ舟に 妹(いも)乗るらむか 荒き島廻(しまみ)を」

2025年12月21日日曜日

スリー・ビルボード(USA、英国、2017年作)監督:マーティン・マクドナー

 まずは、本作の監督Martin Macdonaghマーティン・マクドナーについて述べなければならない。彼は、1970年にロンドンで生まれ、そこで育った劇作家である。しかし、両親はアイルランド人であることから、彼は、英国とアイルランド国の二つの国籍を所持している。つまり、彼は、アイルランド人の血を引きながらも、アイルランドの土地では育たなかった人間であるということで、このことは、アイルランドを題材とした彼の演劇作品を理解する上で重要な鍵であるように思われる。劇作家になるための教育を受けることなく、ものにした作品が1995年にある舞台演出家の目に止まり、それ以来、1990年代の後半に合計四本の、アイルランドを舞台とした作品を発表し、USAの演劇界でも成功する。四本の作品ではそれぞれ、威圧的な母親に支配されている未婚の中年女性、墓地で遺骨を掘り出す仕事を引き受けた男、父親を射殺した兄弟、身体障害者の青年などをそれぞれ主人公の一人とする。これらの作品では、主人公を巡る状況が少々規範から外れているところから生じる滑稽味が生かされており、M.マクドナーは、そのような状況下での人間劇を描くことに定評があると言われている作家である。本作でも、娘を殺された母親(フランシス・マクドーマンド)、威圧的な母親に支配されている人種差別主義者のオフィサー警官(サム・ロックウェル)、そして、癌末期症状の警察署チーフ(ウディー・ハレルソン)と、ドラマティックな人間劇が演じられる状況はしっかりと整っていると言えるであろう。

 M.マクドナーは、2004年に自身の脚本で撮った短編劇映画『Six Shooter』(2005年発表作)でデビューを飾り、早速、USAアカデミー賞でオスカーを獲得する。その三年後の2008年には自身の脚本を監督した『In Brugesブリュージュにて』(邦題は『ヒットマンズ・レクイエム』) で以って長編劇映画作品を世に問い、USAアカデミー賞の脚本賞にノミネートされ、英国アカデミー賞では、脚本賞を受賞するという成功を収める。

 そして、2012年作の『セブン・サイコパス』を経て、本作は、M.マクドナーの劇映画三作目となるものである。脚本はもちろん本人であり、正に、M.マクドナーは映画作家である。音楽は、M.マクドナー組とも言えるUSA出身の音楽家Carter Burwell、撮影は、同じくM.マクドナー組の一人と言えるイギリス人キャメラマンBen Davisである。

 USAと英国の合作映画である本作は、数多くの映画賞を獲得しているが、ヴェネツィア国際映画祭では、脚本賞を、英国アカデミー賞では八部門でノミネートされ、作品賞、最優秀英国映画賞、オリジナル脚本賞、主演女優賞(F.マクドーマンド)、助演男優賞(S.ロックウェル)を受賞している。一方、USAアカデミー賞では、六部門でノミネートされ、主演女優賞と助演男優賞を獲得している。助演男優賞には、W.ハレルソンもノミネートされていたが、こちらは獲得とまでには至らなかった。F.マクドーマンドについては、これが、ジョエル・コーエン監督作品『ファーゴ』(1996年作)に続く二度目のUSAアカデミー賞・主演女優賞の受賞であり、2021年には『ノマドランド』(クロエ・ジャオ監督)で同賞を三度目に獲得することになる。

 F.マクドーマンドは、実は、ジョエル・コーヘン監督の劇映画『ブラッド・シンプル』(1984年作)で映画界に主役でデビューしており、同年にJ.コーエンと結婚しているが、ウィキペディアによると、この『ブラッド・シンプル』にも、道路脇にある広告版が登場していると言う。であれば、脚本も書いた監督のM.マクドナーは、コーエン兄弟に本作でオマージュしているのではないかと思える。実際、コーエン兄弟映画のグロテスクから生まれる「可笑しみ」は、M.マクドナーの作品構成上の美意識に繋がるものである。しかし、この推理はどうも正しくないようで、M.マクドナーは、ある時USA国内を車で移動中、テキサス州を通るInterstate 10の道路脇に三枚の広告版を偶然に見たと言う。しかも、それは、本作同様に、ある町の警察を非難するものであった。道路脇の側溝に車ごと落ちて亡くなった娘の死を疑問視したある父親がこの広告を出したのであったが、実は、娘の元夫が妻の頸を絞めて殺し、殺害後に、事故を装ったものであったのであった。成程、「現実は小説より奇なり」と言うが、本作も、この三枚の広告版の広告から人間劇が展開する。ストーリーは実に上手く構成されており、本作が多くの脚本賞を獲得したのも頷けるものである。

 尚、邦題は原題の一部をそのままにしたものであるが、とは言え、『スリー・ビルボード』はないであろう。「スリー」であるから、「ビルボード」は複数形でなければいけないはずである。原題も『Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』と複数形である。であれば、やはり、邦題も『スリー・ビルボーズ』としてもらいたかったところである。

2025年12月10日水曜日

MEMORIES(日本、1995年作)総監督:大友 克洋

 本作は、筆者がこのコメントを書いている2025年から振り返ると、丁度30年前の1995年に発表されたオムニバス・アニメ劇場作品である。題名『MEMORIES』に相応しく、日本の「失われた」30年で日本の何が失われたのかを考えるのに最適な作品かもしれない。

 原作コミックを提供し、製作総指揮、企画、総監督、そして、第三話「大砲の街」の監督を務めたのが、アニメ・漫画界の巨匠・鬼才たる大友克洋である。幻惑的なSFサスペンスたる第一話「彼女の想いで」の監督は、森本浩司で、ギャグ漫画的なドタバタ・パニックストーリーたる第二話「最臭兵器」の監督は岡村天斎である。

 音楽には疎い筆者ではあるが、作品を観ていながら、それぞれのオニムバスのストーリーに合わせて、独自のコンセプトで音楽制作がなされたのであろうと想像して、ウィキペディアで調べてみると、以下のような箇所が出てきた:

 ・・・・・・ 音楽は、「彼女の想いで」をクラシカルであると同時に先鋭的な菅野よう子、「最臭兵器」をジャズからポップス現代音楽民族音楽など、ジャンルを横断して活動する三宅純、「大砲の街」を寺井昌輝との電子音楽ユニット・Dowserとしても活動する長嶌寛幸が担当し、3本それぞれに異なるコンセプトの音楽がつけられている。そして、全体のオープニングとエンディングの音楽には、「『MEMORIES』というタイトルが懐古的な印象を与えるので、オープニングとエンディングには『今の音楽』を持ってきたかった」(大友克洋)という理由で、テクノバンド・電気グルーヴ石野卓球が起用された ……

 という訳で、本作は、画面もさりながら、音楽も十分に楽しみたい作品であり、一度目はストーリーを追うだけで余り音楽のことを考える余裕がないはずであるので、是非、二度、三度と鑑賞して、映像、ストーリーに対する音楽の関りを感じ直したいものである。

 さて、第一作目の「彼女の想いで」の映像を見て、アニメのことを少しでも知っている人であれば、誰でもそうであろうと思うが、「あっ、これは今敏のタッチ!」と気付くであろう。それは、実際そうで、アニメ界の逸物であった今敏が第一作目の脚本と設定を担当している。ここでは、大友の関りが一番少ないと言える。一方、第二作目では、大友が脚本とキャラクター原案も担当している。

 大友監督作品たる第三作目は当然大友が大きく関わっているが、それは、原案、監督のみならず、脚本、キャラクター原案、美術も担当しているという、相変わらずの完璧主義者ぶりである。子供が主人公なので、何か童話的なキャラクター創造なのであるが、ストーリーはデストピア的で、どこかの軍事独裁国家での話しを思わせ、色彩も粗く暗い感じである。

 とりわけ、二十分弱のこの第三作目に関して特筆すべきは、これがワンカット作品であることである。最初の第一場面から画像は切れることなく、流れるようにして、最終場面まで進行する。一部はCGが使用されていると言うが、基本的には、アナログ作業によるもので、作画監督の小原秀一、撮影監督の枝光弘明の職人技的な技量をここでは十二分に堪能したものである。

2025年12月9日火曜日

駅馬車(USA、1986年作)監督:テッド・ポスト

 『Stagecoach』というのが、本作の原題である。西部劇で『駅馬車』と言えば、西部劇映画史上の、あの傑作『駅馬車』(制作年:1939年)がある。第二次世界大戦の勃発年に撮られたこの作品の監督は、あのジョン・フォードで、主演は、その前年まで大根役者と言われていたジョン・ウェインである。そして、J.ウェインの本作での当たり役が、リンゴ・キッドである。実は、この映画の原題も『Stagecoach』なのである。両作品を混同しないのかと、訝るかもしれないが、元々のオリジナル作品は、劇場上映作品で、本作は、1986年制作のテレビ映画としてリメイクされたものである。という訳で、本作を観ていて、そのカメラワークが少々小ぶりなことに満足できなかった筆者も、この事実がウィキペディアを調べて分かって、成程と頷いた訳である。

 リメイク版のストーリーは、その登場人物を含めて、ほぼオリジナル作品に沿うものであるが、もちろん、異なる部分もある。その代表的例が、本作に登場する獣医のドク・ホリデイであろう。オリジナル作品では単なる飲んだくれの医者であったものが、本作では拳銃も使えて、北米インディアンの「襲撃」も、インディアン達が自分達の土地を守るための正当防衛であると言うほどの皮肉屋でもあり、この役作りは、本作で最も見どころのあるところであろう。このドク・ホリデイ役を演じているのが、Willie Nelsonで、彼は元々はアメリカ・カントリーのシンガーソングライターであり、そのオープンな音楽性とヒッピー的なスタイルからカントリー界の異端児と言われたと言う。そうであれば、映画内でのインディアンについての上述の発言も、むべなるかなである。

 このW.ネルソンと1970年代半ばからパートナーを組んでいたのが、Waylon Jenningsウェイロン・ジェニングスで、本作では、少々気障な賭博師Hatfieldを演じている。W.ジェニングスは、W.ネルソン同様にカントリー・ミュージシャンで、ウィキペディアによると、「彼の独特なイメージは、長い髪と顎髭、そして彼の登場時に身に着けていた黒い帽子と黒革のベストによって特徴付けられ」ていたと言う。本作でも同様な出で立ちで登場するが、オリジナル作品では、このハットフィールドがアメリカ南部の上層階級出身であることにストーリー展開上重要な意味を与えているのであるが、本作ではその点は明らかになっておらず、また、彼は、オリジナル作品ではインディアンに討たれて死ぬことになるところが、本作ではインディアンの襲撃を無事に生き延びることになる。

 W.ジェニングスは、1970年代にヒット曲を連発しており、この時期に、音楽的に、所謂「アウトロー・カントリー」という方向性を打ち出していったと言う。それが、W.ネルソンの音楽の趣向と合ったことから、彼等は、パートナー関係を結んだ訳であろうが、このW.ジェニングスは、既に、1960年代からJohnny Cashと既知の関係にあった。

 J.キャッシュは、USAのポップ音楽界の、プレスリーに並ぶ、「巨星」であったが、彼もまたW.ジェニングス同様に黒ずくめの服装が好みであり、その愛称は、「Man in Black」であったし、1971年に同名の音楽作品を発表している。本作では、マーシャルであるCurty Wilcoxを演じている。という訳で、ウェスタン映画にはカントリー・ミュージシャンが向いているのは当然であり、それでは、本作のリンゴ・キッド役を演じるKris Kristoffersonはどうであろう?

 果たしてK.クリストファーソンもカントリー音楽のシンガーソングライターであった。このことは、寡聞にして、筆者の知るところではなかった。そして、ウィキペディアによると、1985年にK.クリストファーソンは、上述の三人のカントリー・ミュージシャンと共に、「The Highwaymen」なるスーパー・バンドを組み、同年に『Highwayman』なるアルバムを出しており、しかも、このアルバムはヒットしたのであった。

 つまり、本作は、この四人のカントリー音楽界のスター達をヒーローにして映画化したフューチャーものと言え、映画の終盤にこの四人が隊列を組んでリンゴの仇がいるサルーンに向かう場面は、歌舞伎の花道上でのシーンであったのである。となれば、ラストシーンの、リンゴと娼婦Dallas(本来は舞台女優たるEliszabeth Ashleyが好演)の「道行き」も納得できる訳である。目出度し、愛でたし。

トップ・ガン マーヴェリック(USA、2022年作)監督:ジョセフ・コシンスキー

 映画の冒頭、調整中のある飛行機が登場する。この時は、どの単葉機か分からないのではあるが、ラスト・シーンでは、その飛行機が、P-51であることが分かる。軽快な、スリムな機体と、それと思われる、腹に抱えた吸気口が特徴的なこの戦闘機は、ノース・アメリカン社が開発し、USA陸軍航空軍で...