2025年12月31日水曜日

素肌の涙(英国、1999年作)監督:ティム・ロス

 本作の原題は、『The War Zone』であり、これをそのままカタカナ書きにしても日本人にも分かりそうな題名である。「ザ・ウォー・ゾーン」、つまり、「戦争ゾーン」、「交戦地域」とでもなろうか。これをそのまま邦題にしては、戦争映画好きの観客を映画館に呼び込むことになり、観始めたら、戦闘場面は一度も登場せず、映画館側に「入場料返せ!」の抗議が殺到すること間違いなしと、恐らく踏んだ配給側は、苦肉の策を思い付く。上半身裸の女主人公をポスターの右下に配置し、邦題は、『素肌の涙』とする。えげつないポルノ映画の題名よりは、センスはいい。邦題のすぐ下には良心的に原題名が書かれてある。しかし、これでも感の悪い人のためにポスターの最も左下に一行、小さく次のように書かれてある:「わたしはパパのお人形」と。こうなると、これはもう「近親相姦」ものか、「家庭内性的加害」関連ものではないかと想像せぜるを得ない。本作は、実際、そうなのである。

 本作の原作も同名の英語題名で、1989年にロンドンで発刊されたものである。原作者は、Alexander Stuartで、本人が本作の脚本も書いているので、原作の内容が著者の意図に反して映画化されたという懸念は持たなくてよいであろう。それでは、戦闘場面が一度も描かれないのに、何故にこの題名なのか。

 ポスターに登場している女主人公は、Jessieジェシーという。彼女は、女子学生程の年齢であり、Nickというボーイフレンド(若いColin Farrellがちょい役で登場)もいる。その彼女が「父さん」と未だに関係があるのである。そのことに同意しているのか、或いは、少女の時から父親にそのように「飼育」されたのか。しかし、事態はそのままでは収まらず、別の重大な「家庭内性的加害」にストーリーは発展する。こうして、本来平和であるべき「家庭」が、敵味方の敵対関係に突入する。この、言わば「戦争」状態の家庭を指して、原作者は、「The War Zone」という題名を付けたと思われる。正に、このことを象徴するかのように、海岸沿いに作られたトーチカが舞台に登場し、ここで父娘が行為に及び、それを、ジェシーの弟Tomが、でばかめPeeping Tomよろしく、ヴィデオ撮影するという、観衆の道徳観念を逆なでするようなシーンが繰り広げられるのである。本作は、故に、覚悟してご覧あられたい。

 この陰鬱なストーリーに呼応するように、戸外の場面は、灰色の空に覆われ、雨が降り、道は泥のぬかるみである。場所は、イギリスのDevonデヴン州の北海岸にある村である。デヴン州とは、ロンドンとほぼ同緯度で、グレート・ブリテン島の三角形の左下の角(かど)にある州である。ロンドンからこの方向への最西端がCornwall州でその手前の右隣の州がデヴン州である。州の南側がドーヴァー海峡に面しているとすると、北側がブリストル湾に面しており、その湾を沿うように西に向かうとHartland岬に辿り着く。我々は、このハートランド岬沖の荒波を画面で見るのである。そして、海岸沿いのトーチカは、大西洋の海からイギリスを目指すかもしれないドイツ海軍を監視するための、第二次世界大戦中の監視所であったのであろう。ストーリーに合ったロケーションの選択に納得する。そして、冬の英国を思わせる映像造形を北アイルランド出身の撮影監督のSeamus McGarveyシーマス・マクガーヴェイが担当している。

 監督は、ロンドン生まれの俳優Tim Rothティム・ロスで、本人の最初で、2025年時点で最後の監督作品である。映画の最後に「父に捧ぐ」と出てくる。誰の父なのであろうか。監督のRothか、脚本も書いている原作者のStuartなのか?映画に登場する「父さん」に捧げる訳はないから、原作者の父とすると、本作に登場するTomこそがその父に当たる人物とも考えられる。そして、現実の「Tom」が性加害を受けていない保証はない。或いは、それが監督自身の父親であるとすれば、監督Rothがこのような内容の映画を撮ることへの執着が余程強かったことが窺え、映画内のTomに自分の父親の運命を重ね合わせたのかもしれない。映画の最後に登場する献辞でこれ程、人の運命を思い巡らせたことはない。

 この監督の思い入れがあったのか、Tom役を演じているFreddie Cunliffeフレディー・カンリフへの配役は実に的確さを得ており、随分長いことTom役を演じるべき人間を探したのではないかと想像する。ウィキペディアによると、彼は、当時、素人俳優であったと言う。Jessie役を演じたLara Belmontララ・ベルモントも同様に、当時、素人俳優であったとウィキペディアに書かれてあり、監督Rothの慧眼に感心せざるを得ない。彼はしっかりと俳優達から演技を引き出している。

 本作での「母ちゃん」役は、最初は目を疑ったのであるが、調べると、やはり、Tilda Swintonである。T.スウィントンの女優としてのイメージは、瘦せ型で、両性具有的な存在である。本作では、何か丸顔で、身体も太り気味であり、子供達にもオープンに「父ちゃん」と添い寝されている場面で見える腹部は、本当にぶよぶよである。ここまで、体格まで変えて、役作りをするものであろうかと、彼女の経歴を調べると、私生活では、本作が発表される二年前に男女の双子を儲けていると言う。丁度産後で、しかも乳児に授乳させていた時期と撮影が重なったのかもしれない。彼女は、1992年作の『オルランド』(Sally Potter監督)で、オルランド役を演じて、国際的に有名になっていた女優である。その彼女が、Roth監督の初監督作品に出演を承諾したことには、本作のテーマ性に対する彼女の思い入れが十分にあったのであろう。

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