2026年1月31日土曜日
星(ドイツ民主共和国、1959年作)監督:コンラート・ヴォルフ
ブルガリアとの共同製作となることから、助監督にはブルガリア人監督Rangel Waltschanowが起用されていた。女主人公のRuth役には、イスラエル人女優Haya Harareetハイヤ・ハラリートを当てることにして、契約も結んでいたのであるが、彼女に丁度ハリウッドから歴史もの大作『ベン・ハー』(1959年作)での脇役の話しが舞い込んだことから、彼女はUSAに行ってしまう。代わりの女優が中々見つからない中、撮影の日程が迫ってくる。そこで、助監督のR. Waltschanowが、未だ演技を勉強中の自分の妻Sasha KrusharskaをRuth役に提案する。彼女はこの役で一気にスターの座に駆け上がることになる。
撮影は、1958年晩夏、ブルガリアの首都ソフィアから南に行った町Banskoでなされた。DDRでの初上映は、翌年の三月下旬であったが、共同製作国であるブルガリアでは、本作の内容が精神主義的な人道主義を説くばかりであり、とりわけ、ユダヤ人の描き方が労働者層とブルジョア階層との区別をしない曖昧なものであったことが批判されて、上映の認可が中々降りなかった。しかし、本作がカンヌ国際映画祭で審査員大賞を獲得すると、批判はそのままにして、上映はブルガリアでも許されることになる。ソ連及びイスラエルでは本作は上映禁止の措置を受ける。西ドイツBRDでは、ヴァルターがパルチザン活動に組するシーンが検閲されて、60年六月に初上映される。
2026年1月25日日曜日
グエムル -漢江の怪物-(韓国、2006年作)監督:ポン・ジュノ
本作、事前に知識を持たないで、偶然に、観た。最初の30分では、ナマズを巨大に突然変異させ、それに手足と長い尻尾を生えさせたような怪物「グエムル」(韓国語としては「グェムル」、更には「ゲムル」と発音した方が言語に近いと言う)が少々ひょうきんであるのに対して、この怪物に反応する主人公達がドタバタ喜劇的に大げさに描かれていて、「何だこのパトスは!」という感じで、一時観るのを止めたくなったのが正直なところであった。それを乗り越えて、結局最後まで観たのであるが、途中の漢江の流れに沿うソウルの都市景観や橋梁の撮影に撮影監督キム・ヒョングの映像美意識を感じながらも、終盤、どうして、デモ隊が登場し、黄色の煙幕が噴霧されるのか分からず、本作を観終わった。
この冒頭の2000年から、六年経ち、映画のストーリー上の現在は2006年となる。つまり、この映画が公開された年でもある訳である。この現代性は、韓国の観客には「刺さるもの」があったのであろう。故に、当時としては記録的な観客動員数であったと言う。本作を単なる怪獣映画と思う日本人の観客には、韓国でのこの社会的背景を知らないままでは、怪獣の「ダサさ」だけが前面に出て、本作が日本では受けなかったのは、当然と言えば、当然である。
仮に、日本の米軍基地で、このような毒物が近くの川に廃棄されたとしよう。横田基地でも、岩口基地でもいい。日米地位協定により、日本の警察権は、欧州の米軍基地と異なり、基地には立ち入りできないのである。正に、1894年に日本が撤廃したはずの治外法権は、米軍基地に関しては、戦後の1951年以来、復活したまま、現在にも及んでいるのである。
つまり、本作は、軍事政権から民主主義を勝ち取った韓国人の立ち位置で以って、デモ隊も登場するストーリーが語られているのであり、ここら辺の背景を知らない、筆者を含めた日本人観衆には、監督ポンの意図が理解できなかったと言わなければならない。
ホルムアルデヒド(英: formaldehyde)とは、有機化合物の一種で、化学式ではCH₂Oと表記され、その水溶液は、「ホルマリン」として人口に膾炙している。毒性が強く、人体へは、濃度によって粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、蒸気は呼吸器系、目、喉などの炎症を引き起こす。本物質は、WHOの下部機関たる「国際癌研究機関」により「グループ1」の化学物質に指定され、発癌性があると警告されているものである。とすれば、「グェムル」ようなモンスターが突然変異で出てくることも不思議ではない。
また、本作中に登場する「エージェント・イエロー」という化学兵器は、米軍がヴェトナム戦争で使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」に掛けたものであり、この枯葉剤も、その影響でヴェトナムで環境的要因による二次的奇形を持つ乳幼児が多数生まれた原因であると言われているものである。
更に、本作の公開と同時期、韓国・民主党系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が推し進めていた在韓米軍から韓国軍への戦時作戦統制権の移譲問題を、本作のストーリー展開と関連付ける報道もあったと、ウィキペディアに書かれてある。
とすれば、本作は単なる怪獣映画ではない訳で、本作のストーリーは、家族的団結の大事さと共に、在韓米軍への、少なくとも皮肉を込めた政治的な気骨のある作品となるものである。改めて、映画鑑賞後に、色々調べてみることの大事さが分かった次第であった。
2026年1月15日木曜日
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(英国、USA、2007年作)監督:ティム・バートン
荘厳なオルガン音楽が映画会社のロゴが見える所から始まる本作は、続いて陰惨なイメージのタイトルロールへと繋がっていく。何かゴシック・ホラー小説の雰囲気を思わせる。そして、映画が始まって登場した船は暗い闇に沈むロンドンに着き、ジョニー・デップ演じる主人公と彼と一緒にロンドンに戻ってきた若い船員アンソニーがそれぞれ別々に暗鬱なロンドンの街中に消えてく。既に船上で二人はその歌唱力を示しているので、本作がミュージカル映画であることが分かったのではあるが、映画を観始める前にそのことは知らなかったので、少々の驚きを以って、歌を聴き、さて、本作を観続けるか、一時、迷った次第であった。筆者は、ミュージカル映画は余り好みではないからである。が、結局は、最後まで観続けた。J.デップが体現する男の怒りがどこから来て、それがどう癒されるのかが知りたくなったからである。
さて、本作は、同名の、1979年に初演されたブロードウェイ・ミュージカルの映画化である。その舞台作品は、この年のトニー賞で、最優秀作詞・作曲賞を含めて八部門で受賞した作品であり、作詞・作曲を担当したのが、USA出身のStephen Joshua Sondheimスティーヴン=ジョシュア・ソンドハイムであった。彼は、本作での音楽も担当している。本作の監督は、1990年作の『シザーハンズ』(J.デップ主演)等で奇才の誉れ高いTim Burtonティム・バートンで、彼は、原作のブロードウェイ作品を既に1980年にロンドンで観ており、彼は80年代末に映画化の話しをSt.ソンドハイムに持ちかけていたと言う。しかし、紆余曲折があって、映画化はイギリス人監督Sam Mendesサム・メンデスが担当することに一旦はなるが、今度はS.メンデスが事情があって降板することとなり、それを受けて、T.バートンが結局は監督として登板することになる。実は、脚本は、S.メンデスの下で、USA出身のJohn Loganジョン・ローガンが担当することになっていたことから、本作の制作においても彼が脚本家として続投する。こうして、T.バートンとJ.ローガンが、舞台劇で三時間あった内容を映画的に濃縮させる方針を取り、本作の音楽担当である原作者のSt.ソンドハイムもその意向を受けて、作中内の歌を改編している。T.バートンは、とりわけ、歌で登場人物の感情の高揚を歌い上げる典型的なミュージカル的展開を嫌い、それを避けて、歌っている最中からどんどんストーリーを展開させる処理方法を取ったのである。これは、ミュージカル映画の冗長さを嫌う筆者に言わせれば、成功していると言える。
本作の冒頭で抱いた「ゴシック・ホラー」感は、確かに、部分的には当たっているが、ゴシック小説とは、イギリス18世紀後半の産業革命が始動し始めた時期に流行りだしたものであった。つまり、それは中世的趣味へ浪漫主義的な懐古なのであり、そこでは貴族達が主役を演じる。そして、それは、中世騎士道物語の延長としてのゴシック・ロマンスものの形成となる。こうして、「迫害される乙女」がそのテーマの一つとなる訳で、それは、本作における、治安判事ターピンの豪邸に、籠の中の鳥のように監禁されているジョアナと船員アンソニーとの恋物語りと相似している。
しかし、主人公ベンジャミン・バーカーは理髪師であり、貴族ではないので、ゴシック・ホラーのジャンルには当てはまらない。と言うのは、イギリスにおけるゴシック小説の流行は19世初頭までで、とりわけ、1837年以降のヴィクトリア女王時代(1901年まで)では、大衆雑誌の興隆の中で、残虐な犯罪ものが、とりわけ、労働者階層の大衆娯楽小説として好まれて読まれるようになり、次第にゴシック・ホラーものに取って代わっていったからである。
ヴィクトリア女王時代にはイギリスの産業革命は更に進行し、それは、鉱山業や機械製造業にも及んだ。また、鉄道網が整備されたことにより、物資の輸送も効率化されたことにより、産業革命の速度は更に高められ、ヴィクトリア女王時代にイギリスはその繫栄を築いたと言える。世界に冠たる大英帝国である。こうしたイギリス社会の繁栄は、出版界にも影響することになり、19世紀の半ば、幾多の出版社、新聞社が興される。実は、本作の題名の一部になっているFleet Streetフリート街は、シティー・オブ・ロンドンの西端にある、テムズ川と平行に東西に走る通り名で、「イギリスの新聞街」の別名がある程、数多くの新聞社が置かれていた通りなのである。
「本」とは、中世では元々高価な物で、一般庶民が手に入れることの出来ない物であったが、17世紀から19世紀にかけてイギリスで発行されたポケット・サイズの本、即ちChapbookチャップ・ブックは、低価格で中間市民階層でも買えるものであった。この巡回文庫Chapbookという名称は、Chapmanチャップマン(行商人)が売り歩いたことによると一般に言われているが、この「文庫本」は、8から24ページ程度の厚さで、挿絵入りの内容は物語から料理、暦など多岐に亘り、価格は1ペニー前後で、そこから、これらの本は「Penny history」とも呼ばれた。
一方、犯罪ものへの大衆の興味は、15世紀頃からの「Broadside balladsブロードサイド・バラッド」という、大判の紙一枚に俗謡(バラッド)を載せ、犯罪・強盗・災害などのセンセーショナルな事件を綴ったものを以って癒されていた。これが町や農村で半ペニーか1ペニーに売られていたのである。
そして、この「スウィーニー・トッド」は、ジャーナリストで音楽家でもあるThomas Peckett Prest(1810年生まれ)が、同僚のJames Malcolm Rymer(1815年生まれ)と共作で、『真珠の首飾り』と呼ばれた作品で1846年に創造したと言われている、連続殺人を犯す理髪師である。
このPrest版のスウィーニーの連続殺人の動機ははっきりはしないが、どうも金銭欲に因るものであったようである。ブロードウェイ作品版では、それは明確に治安判事ターピンに対する復讐劇となっており、その構図は、T.バートン版でも変わっていない。また、おぞましい「ミート」パイ屋を営むミセス・ラヴェットは、三つのヴァージョンで存在しており、彼女を単なる共犯者と見るか、或いは、スウィーニーの愛人と見るかでストーリーの味付けが違ってくる。本作では、名前の中に「Love」が入っている未亡人のラヴェット婦人(イギリス人女優Helena Bohnam Carterが好演)は、復讐の鬼ベンジャミンに報われない片思いをし続け、スウィーニーことベンジャミンは、奪われた、そして、奪われたと思っていた妻ルーシーに、復讐の憤怒の中、永遠の愛を誓っていたのである。復讐、連続殺人、カニバリズムのグロテスクは、血の饗宴の内に終わる。
2026年1月5日月曜日
ダイアモンド・ラッシュ(英国、2007年作)監督:マイケル・ラドフォード
話しは、喫茶店のシーンから一転して、俯瞰図からハイヒールを履いて颯爽とロンドンの通りを歩く、若いと言っても、もう38歳の独身者ミス・クウィンが映し出される。何故か彼女は黒髪で、タイトなスーツを着ている。背景の音楽は、今ではジャズのスタンダードになっていると言っていい『Take Five』である。調べてみると、この曲の発表は、1959年で、2007年乃至その前年から場面転換した時期、つまり、1960年の年とほぼ一致する。上手い選曲であり、USA出身で煙草も吸い、英国オックスフォード大学を出ている才媛たるクィン「老嬢」にもぴったりである。彼女は、勤め先であるLondon Diamond Corporation、略して、「Lon Di ロン・ダイ」という大手のダイヤモンド取り引き商会に向かっていた。商会の建物の前では、「Lon Di 人殺し、ダイヤモンドのためにはもう一滴の血も流させない!」というプラカードを掲げて抗議する人々が集まっていた。小さなデモ隊は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策にも反対していた。
このLon Diには全世界で「1223」もの支店があるのにも関わらず、女性支店長は一人もいなかった。ミス・クィンの後輩の男性職員が彼女を追い越して、丁度、南アフリカにあるカップ支店の総支配人に任命された。自分の鬱憤を晴らすために、ミス・クィンには、自分の思いを小さいカードに書く癖があり、今回もまた昇進が出来なかった恨みに、「don't give up work harder You will win」と、馬車馬のように働くことを誓って、三行をピリオドなしに書き付ける。そして、それを自分宛ての封筒に入れた。
ある晩、自分の事務室でいつものように「サーヴィス残業」をしていると、夜間に社屋の清掃作業を担当しているMr. Hobbs(Michael Kaineマイケル・ケイン)が部屋にやってくる。スモール・トークをミス・クィンと交わすミスター・ホッブスは、単なる清掃員ではないらしく、聖書の一節を引いたり、南アフリカの件を言及したりする。その翌日、ミス・クィンがいつものように朝一番に出勤して、例の自分宛ての封筒を何気なく開けると、前に書いた「don't give up work harder You will win」の下に一行書き足してある:「No you won't」と。そして、封筒にはある映画館の切符が一枚入っており、切符の裏には「12:40 pm.」と書いてある。さて、誰がこんなことをやったのか。好奇心に駆られたミス・クィンは指定された時間に映画館に赴く。丁度リチャード・アッテンボローが演じている銀行破りの白黒映画が上映されている館内には、何とミスター・ホッブスが待ち受けており、彼は、支店の数は、1224店あり、また、ミス・クィンがここ三年間で六回も昇進のチャンスを逃していることを指摘した後、ソ連とのダイヤモンド取り引きに絡んで、秘密裡にその取引契約をLon Diが延長する策をミス・クィンが進言したのにもかかわらず、商会上層部は、彼女なしで、その策を取ることを決め、そして、彼女自身はまもなく辞めてもらう方針であると警告する。
調べてみると、確かに1960年6月を以って自分が財政上の理由で辞めさせられることになっていることをミス・クィンは掴み出したことから、同じく半年後に定年退職するミスター・ホッブスと会う。彼は言う:夜中じゅう清掃作業をする自分は、地下の大金庫の前の大理石の床を磨く仕事をする。警備員は二人しかおらず、それも別の場所に立っているのみで、大金庫の六桁の暗証番号さえあれば、楽々金庫内に入れて、持参のコーヒーポットに若干の未だ磨いていないダイヤモンドを掠め取れる。それを、それぞれ16年・15年勤続したお互いの退職金代わりにしよう。ミス・クィンは、その暗証番号を自分に教えてくれればよいのであると。
さて、ミス・クィンは、暗証番号を手に入れることが出来るか。また、ミスター・ホッブスは、上手く大金庫に入れて、ダイヤモンドを盗み出すことが出来るか。急遽、防犯カメラが取り付けられるという難易度が高められる中、もちろん、ミスター・ホッブスはダイヤモンド窃盗に成功するのであるが、実は、ミス・クウィンには、二重・三重ものサプライズが待ち受けていた。
確かに、本作は、金庫破りが一つのプロットであるから、ハイスト映画ではあるが、イギリス映画である本作に、銃撃戦も辞さないアメリカン・ハイスト映画を期待しても無理である。否、本作のテーマの主眼は別の所にあり、本作は復讐物語りなのである。今では崩壊しつつあると言われているイギリスの病院医療制度は、嘗ては世界に冠たるものと褒めそやされたものであったが、その十全な病院医療制度が導入される前には、イギリス国民は、自分で健康保険を掛けて病気に備えなければならず、本作のストーリーは、その発端を終戦後の時期にまで遡る。こうして、本作では、女性の社会進出の問題と健康保険制度の問題とが絡むことになり、巨大ダイヤモンド商会の部長クラスの管理職ミス・クィンとその会社の清掃員ミスター・ホッブスという、非対称な組み合わせが可能になった訳である。
しかも、この復讐劇の国際政治的な背景が興味深い。まず、国際的なダイヤモンドの取り引きにこの当時ソヴィエト連邦が関わっており、ソ連はLon Diの大事な顧客であることである。そして、1960年という年である。
1960年とは、世界史的には「アフリカの年」と言われている。この年にアフリカ大陸では、旧宗主国であるフランスから独立した13ヵ国を含む合計17ヵ国が欧州の旧宗主国から独立を達成した年であるからである。既に、1947年にインドとパキスタンが大英帝国から独立した後、1950年代には、他のアジア諸国が植民地の地位から脱していた。1955年には初めてのアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開催されていた。それを受けての1960年以降の反植民地主義運動がこうして世界で展開していた訳で、旧宗主国たる大英帝国は、その国際的地位を、工業力の点ではUSAに、国際政治の点では反植民地主義によって脅かされていたのであった。本作の冒頭でのデモ隊もこのような国際政治状況を反映したものであり、作中で起こるLon Diの会頭の突然の死も、この大英帝国の運命を象徴しているかのようである。
1960年二月初頭に南アフリカのケープタウンを訪れたイギリスの保守党政治家ハロルド・マクミラン首相は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策を批判しつつ、次のような演説を行なった:
「変化の風がこの大陸を通じて吹いている。我々がそれを好むかどうかに関わらず、このナショナリズムの高まりは政治的な事実である。我々はその事を事実として全て受け入れなければならないし、国の政策においても考慮に入れていかなければならない」(ウィキペディアからの引用)
同年12月には、国際連合総会は、「植民地独立付与宣言」なるものを採択し、この宣言文で、全ての人間が自己決定権を保持しており、外からの圧力によってこの権利が行使できないのであれば、それは人権侵害であると謳っている。この宣言は、反対票無しで可決されたが、七つの国が棄権した。その七つの国の六ヶ国とは、イギリス、フランス、そして、アフリカの植民地に未だ固執するベルギー、ポルトガル、スペイン、更に、アパルトヘイト政策を行使する南アフリカである。最後の一カ国とは、USAであるが、何故、大英帝国に対して独立戦争を戦い、人権宣言を高らかに唱えたこの国がこの付与宣言を棄権をしたのであろうか。筆者は2026年一月五日にこの文章を書いているが、この二日前にUSAがヴェネズエラを攻撃している。USAは、1960年当時既に中南米を自己の影響圏の中にあるものと見做しているのであり、このイデオロギーに従って、USAは、「植民地独立付与宣言」についてこれを棄権したのであった。1960年には流石にこの宣言に反対が出来ない情勢であったが、66年経った今年2026年、果たして、どうであろうか。筆者には、21世紀版帝国主義がその邪悪な本性を現し、再び跳梁跋扈し出したように思える。
2026年1月3日土曜日
ジュラシック・ワールド:炎の王国(USA、2018年作)監督:J・A・バヨナ
ウィキペディアで調べてみると、「ジュラシックもの」は何と、もう七本も撮られているとのこと。『ジュラシック・パーク』の三部作(1993年、1997年、2001年)で完結したものと思いきや、2015年に『ジュラシック・ワールド』が再開されると、本作と2022年作品で、もう一度三部作が一回りし、25年には、少々お太り気味のスカーレット様が主演なさっておられる「リバース版」が飛び出している次第である。
調べて分かったことは、ジュラシック・ワールド三部作では、オーウェン役の主演男優Chris Prattクリス・プラットとクレール役のBryce Dallas Howardブライス=ダラス・ハワードが通しでやり通していることに好感が持てる。Chr.プラットは、男臭くなく、如何にもUSボーイの正義感を持ち、いざとなれば、腕っぷしも効くオーウェン役によくイメージが合っており、また、意志が強く、行動力があり、「古生物愛護運動」の先頭に立つクレールには、ブロンドがかった赤毛と大きな口のBr.ハワードは、適役である。ウィキペディアによると、Dallasという名前は、自分が「出来た」時の場所がダラスであったから、そして、Bryceという名前は、Bryce Canyonブライス・キャニオンという、赤色の岩石で有名な、ユタ州にある国立公園の名称から採ってあると言う。名は正に人を表すとは、このことであろう。
彼女をどこかで見た記憶があり、探してみると、『ターミネーターIV:救い』(2009年作)で、ジョン・コナー(Chr.ベール)の妻となるケイト・コナー役を彼女がやっていた。ケイト役は、女医師であるが、コナーの副官的存在であると、かいつまんで言えるとすると、この役も本作の役柄と似ている。Br.ハワードは、監督Ron Howardの娘であり、その血を引き継ぐのか、2013年以降、監督業にも手を出しており、短編を二本程試した後、2019年に『Dads』というドキュメンタリー映画を発表し、それ以降は、シリーズもののテレビ映画作品を時々撮っている。
星(ドイツ民主共和国、1959年作)監督:コンラート・ヴォルフ
ブルガリア人脚本家のA.ワーゲンシュテーンは、自らのパルチザン活動の体験をストーリーに盛り込みながら、本作の脚本を書き上げて、当時のDDR映画界の重鎮Kurt Maetzigクルト・メッツィヒに監督を頼もうと考えて彼に打診する。すると、その内容がまた「ユダヤもの」で、これまでも...
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まず画像に、「この一篇を雲の彼方に散った若人のために捧ぐ」と流れる。 すると、早速、当時の実写の場面が写し出され、恐らくマリアナ沖海戦か、沖縄戦における神風特攻作戦の場面が一部特撮を混ぜて見せられる。(特撮:日活特殊技術部;やはり、戦前からの東宝・特撮部、円谷英二班のものには...
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本作、画面の構図と色彩感覚がいい。画面の構図は、監督・是枝裕和の才能であろう。色彩感覚は、むしろ撮影監督・中堀正夫の持ち味であろうか。 原作は、神戸出身の作家・宮本輝の1978年発表の同名小説である。筆者は原作を読んでいないので、本作のストーリー(脚本:荻田芳久)が原作のそれ...
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シリーズ第八作 時:関東大震災の年1923年から8年後というから、1931年 場所:最初は前橋で、小諸経由で、金沢 対立抗争:東京のやくざ組織と関わって、金沢の伝統的組とそれに対抗する悪徳組織の対立 高倉は渡世人であるが、金沢の悪徳組織の客人である。池辺は、金沢の伝統的組の元組...