2026年1月5日月曜日

ダイアモンド・ラッシュ(英国、2007年作)監督:マイケル・ラドフォード

 時は、本作が制作された2007年かその前年である。場所は、ロンドン。バリバリの女性ジャーナリスト(テレビ映画のシリーズもの『ゲーム・オブ・スローンズ』などで後に有名になる、イギリス人俳優Natalie Dormerナタリー・ドアマー)が、キャリアウーマンらしく携帯を掛けながら、ある喫茶店に入って来る。ある席に一人で座っている老女をすぐ見つけると、女性ジャーナリストは、少々無礼なものの言いようで、用件を切り出す。用件は、女性の社会進出の先駆けを追うもので、その老女が辛うじて未だ生きていることから、連絡を取ったと、口を濁しながら言う。すると、老女は、ハンドバックの中から小さな入れ物を取り出す。中のものは、168カラットの大粒のダイヤモンドであった。老女Laura Quinnローラ・クィンは、1950年代・60年代に部長職級の女性管理職者としてその先駆けになった人物で、彼女は、女性ジャーナリストに、自分がこのダイヤモンドを盗んだことを告白する。その経緯が知りたくなる話しの出だしではあるが、ミス・クィン役を演ずるDemi Mooreデミ・ムーアの老け役のメークアップが杜撰で、若干観る気を削がれたのが「玉に瑕」である。因みに、本作の原題は、『Flawless』といい、この言葉は、形容詞で、「Flawがない」、つまり、「瑕疵がない」を意味し、とりわけ、宝石関係では石に割れ、ひび、欠損がない状態を指すものである。

 話しは、喫茶店のシーンから一転して、俯瞰図からハイヒールを履いて颯爽とロンドンの通りを歩く、若いと言っても、もう38歳の独身者ミス・クウィンが映し出される。何故か彼女は黒髪で、タイトなスーツを着ている。背景の音楽は、今ではジャズのスタンダードになっていると言っていい『Take Five』である。調べてみると、この曲の発表は、1959年で、2007年乃至その前年から場面転換した時期、つまり、1960年の年とほぼ一致する。上手い選曲であり、USA出身で煙草も吸い、英国オックスフォード大学を出ている才媛たるクィン「老嬢」にもぴったりである。彼女は、勤め先であるLondon Diamond Corporation、略して、「Lon Di ロン・ダイ」という大手のダイヤモンド取り引き商会に向かっていた。商会の建物の前では、「Lon Di 人殺し、ダイヤモンドのためにはもう一滴の血も流させない!」というプラカードを掲げて抗議する人々が集まっていた。小さなデモ隊は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策にも反対していた。

 このLon Diには全世界で「1223」もの支店があるのにも関わらず、女性支店長は一人もいなかった。ミス・クィンの後輩の男性職員が彼女を追い越して、丁度、南アフリカにあるカップ支店の総支配人に任命された。自分の鬱憤を晴らすために、ミス・クィンには、自分の思いを小さいカードに書く癖があり、今回もまた昇進が出来なかった恨みに、「don't give up work harder You will win」と、馬車馬のように働くことを誓って、三行をピリオドなしに書き付ける。そして、それを自分宛ての封筒に入れた。

 ある晩、自分の事務室でいつものように「サーヴィス残業」をしていると、夜間に社屋の清掃作業を担当しているMr. Hobbs(Michael Kaineマイケル・ケイン)が部屋にやってくる。スモール・トークをミス・クィンと交わすミスター・ホッブスは、単なる清掃員ではないらしく、聖書の一節を引いたり、南アフリカの件を言及したりする。その翌日、ミス・クィンがいつものように朝一番に出勤して、例の自分宛ての封筒を何気なく開けると、前に書いた「don't give up work harder You will win」の下に一行書き足してある:「No you won't」と。そして、封筒にはある映画館の切符が一枚入っており、切符の裏には「12:40 pm.」と書いてある。さて、誰がこんなことをやったのか。好奇心に駆られたミス・クィンは指定された時間に映画館に赴く。丁度リチャード・アッテンボローが演じている銀行破りの白黒映画が上映されている館内には、何とミスター・ホッブスが待ち受けており、彼は、支店の数は、1224店あり、また、ミス・クィンがここ三年間で六回も昇進のチャンスを逃していることを指摘した後、ソ連とのダイヤモンド取り引きに絡んで、秘密裡にその取引契約をLon Diが延長する策をミス・クィンが進言したのにもかかわらず、商会上層部は、彼女なしで、その策を取ることを決め、そして、彼女自身はまもなく辞めてもらう方針であると警告する。

 調べてみると、確かに1960年6月を以って自分が財政上の理由で辞めさせられることになっていることをミス・クィンは掴み出したことから、同じく半年後に定年退職するミスター・ホッブスと会う。彼は言う:夜中じゅう清掃作業をする自分は、地下の大金庫の前の大理石の床を磨く仕事をする。警備員は二人しかおらず、それも別の場所に立っているのみで、大金庫の六桁の暗証番号さえあれば、楽々金庫内に入れて、持参のコーヒーポットに若干の未だ磨いていないダイヤモンドを掠め取れる。それを、それぞれ16年・15年勤続したお互いの退職金代わりにしよう。ミス・クィンは、その暗証番号を自分に教えてくれればよいのであると。

 さて、ミス・クィンは、暗証番号を手に入れることが出来るか。また、ミスター・ホッブスは、上手く大金庫に入れて、ダイヤモンドを盗み出すことが出来るか。急遽、防犯カメラが取り付けられるという難易度が高められる中、もちろん、ミスター・ホッブスはダイヤモンド窃盗に成功するのであるが、実は、ミス・クウィンには、二重・三重ものサプライズが待ち受けていた。

 確かに、本作は、金庫破りが一つのプロットであるから、ハイスト映画ではあるが、イギリス映画である本作に、銃撃戦も辞さないアメリカン・ハイスト映画を期待しても無理である。否、本作のテーマの主眼は別の所にあり、本作は復讐物語りなのである。今では崩壊しつつあると言われているイギリスの病院医療制度は、嘗ては世界に冠たるものと褒めそやされたものであったが、その十全な病院医療制度が導入される前には、イギリス国民は、自分で健康保険を掛けて病気に備えなければならず、本作のストーリーは、その発端を終戦後の時期にまで遡る。こうして、本作では、女性の社会進出の問題と健康保険制度の問題とが絡むことになり、巨大ダイヤモンド商会の部長クラスの管理職ミス・クィンとその会社の清掃員ミスター・ホッブスという、非対称な組み合わせが可能になった訳である。

 しかも、この復讐劇の国際政治的な背景が興味深い。まず、国際的なダイヤモンドの取り引きにこの当時ソヴィエト連邦が関わっており、ソ連はLon Diの大事な顧客であることである。そして、1960年という年である。

 1960年とは、世界史的には「アフリカの年」と言われている。この年にアフリカ大陸では、旧宗主国であるフランスから独立した13ヵ国を含む合計17ヵ国が欧州の旧宗主国から独立を達成した年であるからである。既に、1947年にインドとパキスタンが大英帝国から独立した後、1950年代には、他のアジア諸国が植民地の地位から脱していた。1955年には初めてのアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開催されていた。それを受けての1960年以降の反植民地主義運動がこうして世界で展開していた訳で、旧宗主国たる大英帝国は、その国際的地位を、工業力の点ではUSAに、国際政治の点では反植民地主義によって脅かされていたのであった。本作の冒頭でのデモ隊もこのような国際政治状況を反映したものであり、作中で起こるLon Diの会頭の突然の死も、この大英帝国の運命を象徴しているかのようである。

 1960年二月初頭に南アフリカのケープタウンを訪れたイギリスの保守党政治家ハロルド・マクミラン首相は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策を批判しつつ、次のような演説を行なった:

 「変化の風がこの大陸を通じて吹いている。我々がそれを好むかどうかに関わらず、このナショナリズムの高まりは政治的な事実である。我々はその事を事実として全て受け入れなければならないし、国の政策においても考慮に入れていかなければならない」(ウィキペディアからの引用)

 同年12月には、国際連合総会は、「植民地独立付与宣言」なるものを採択し、この宣言文で、全ての人間が自己決定権を保持しており、外からの圧力によってこの権利が行使できないのであれば、それは人権侵害であると謳っている。この宣言は、反対票無しで可決されたが、七つの国が棄権した。その七つの国の六ヶ国とは、イギリス、フランス、そして、アフリカの植民地に未だ固執するベルギー、ポルトガル、スペイン、更に、アパルトヘイト政策を行使する南アフリカである。最後の一カ国とは、USAであるが、何故、大英帝国に対して独立戦争を戦い、人権宣言を高らかに唱えたこの国がこの付与宣言を棄権をしたのであろうか。筆者は2026年一月五日にこの文章を書いているが、この二日前にUSAがヴェネズエラを攻撃している。USAは、1960年当時既に中南米を自己の影響圏の中にあるものと見做しているのであり、このイデオロギーに従って、USAは、「植民地独立付与宣言」についてこれを棄権したのであった。1960年には流石にこの宣言に反対が出来ない情勢であったが、66年経った今年2026年、果たして、どうであろうか。筆者には、21世紀版帝国主義がその邪悪な本性を現し、再び跳梁跋扈し出したように思える。

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