荘厳なオルガン音楽が映画会社のロゴが見える所から始まる本作は、続いて陰惨なイメージのタイトルロールへと繋がっていく。何かゴシック・ホラー小説の雰囲気を思わせる。そして、映画が始まって登場した船は暗い闇に沈むロンドンに着き、ジョニー・デップ演じる主人公と彼と一緒にロンドンに戻ってきた若い船員アンソニーがそれぞれ別々に暗鬱なロンドンの街中に消えてく。既に船上で二人はその歌唱力を示しているので、本作がミュージカル映画であることが分かったのではあるが、映画を観始める前にそのことは知らなかったので、少々の驚きを以って、歌を聴き、さて、本作を観続けるか、一時、迷った次第であった。筆者は、ミュージカル映画は余り好みではないからである。が、結局は、最後まで観続けた。J.デップが体現する男の怒りがどこから来て、それがどう癒されるのかが知りたくなったからである。
さて、本作は、同名の、1979年に初演されたブロードウェイ・ミュージカルの映画化である。その舞台作品は、この年のトニー賞で、最優秀作詞・作曲賞を含めて八部門で受賞した作品であり、作詞・作曲を担当したのが、USA出身のStephen Joshua Sondheimスティーヴン=ジョシュア・ソンドハイムであった。彼は、本作での音楽も担当している。本作の監督は、1990年作の『シザーハンズ』(J.デップ主演)等で奇才の誉れ高いTim Burtonティム・バートンで、彼は、原作のブロードウェイ作品を既に1980年にロンドンで観ており、彼は80年代末に映画化の話しをSt.ソンドハイムに持ちかけていたと言う。しかし、紆余曲折があって、映画化はイギリス人監督Sam Mendesサム・メンデスが担当することに一旦はなるが、今度はS.メンデスが事情があって降板することとなり、それを受けて、T.バートンが結局は監督として登板することになる。実は、脚本は、S.メンデスの下で、USA出身のJohn Loganジョン・ローガンが担当することになっていたことから、本作の制作においても彼が脚本家として続投する。こうして、T.バートンとJ.ローガンが、舞台劇で三時間あった内容を映画的に濃縮させる方針を取り、本作の音楽担当である原作者のSt.ソンドハイムもその意向を受けて、作中内の歌を改編している。T.バートンは、とりわけ、歌で登場人物の感情の高揚を歌い上げる典型的なミュージカル的展開を嫌い、それを避けて、歌っている最中からどんどんストーリーを展開させる処理方法を取ったのである。これは、ミュージカル映画の冗長さを嫌う筆者に言わせれば、成功していると言える。
本作の冒頭で抱いた「ゴシック・ホラー」感は、確かに、部分的には当たっているが、ゴシック小説とは、イギリス18世紀後半の産業革命が始動し始めた時期に流行りだしたものであった。つまり、それは中世的趣味へ浪漫主義的な懐古なのであり、そこでは貴族達が主役を演じる。そして、それは、中世騎士道物語の延長としてのゴシック・ロマンスものの形成となる。こうして、「迫害される乙女」がそのテーマの一つとなる訳で、それは、本作における、治安判事ターピンの豪邸に、籠の中の鳥のように監禁されているジョアナと船員アンソニーとの恋物語りと相似している。
しかし、主人公ベンジャミン・バーカーは理髪師であり、貴族ではないので、ゴシック・ホラーのジャンルには当てはまらない。と言うのは、イギリスにおけるゴシック小説の流行は19世初頭までで、とりわけ、1837年以降のヴィクトリア女王時代(1901年まで)では、大衆雑誌の興隆の中で、残虐な犯罪ものが、とりわけ、労働者階層の大衆娯楽小説として好まれて読まれるようになり、次第にゴシック・ホラーものに取って代わっていったからである。
ヴィクトリア女王時代にはイギリスの産業革命は更に進行し、それは、鉱山業や機械製造業にも及んだ。また、鉄道網が整備されたことにより、物資の輸送も効率化されたことにより、産業革命の速度は更に高められ、ヴィクトリア女王時代にイギリスはその繫栄を築いたと言える。世界に冠たる大英帝国である。こうしたイギリス社会の繁栄は、出版界にも影響することになり、19世紀の半ば、幾多の出版社、新聞社が興される。実は、本作の題名の一部になっているFleet Streetフリート街は、シティー・オブ・ロンドンの西端にある、テムズ川と平行に東西に走る通り名で、「イギリスの新聞街」の別名がある程、数多くの新聞社が置かれていた通りなのである。
「本」とは、中世では元々高価な物で、一般庶民が手に入れることの出来ない物であったが、17世紀から19世紀にかけてイギリスで発行されたポケット・サイズの本、即ちChapbookチャップ・ブックは、低価格で中間市民階層でも買えるものであった。この巡回文庫Chapbookという名称は、Chapmanチャップマン(行商人)が売り歩いたことによると一般に言われているが、この「文庫本」は、8から24ページ程度の厚さで、挿絵入りの内容は物語から料理、暦など多岐に亘り、価格は1ペニー前後で、そこから、これらの本は「Penny history」とも呼ばれた。
一方、犯罪ものへの大衆の興味は、15世紀頃からの「Broadside balladsブロードサイド・バラッド」という、大判の紙一枚に俗謡(バラッド)を載せ、犯罪・強盗・災害などのセンセーショナルな事件を綴ったものを以って癒されていた。これが町や農村で半ペニーか1ペニーに売られていたのである。
こうして、産業革命の進展による本の価格の低廉化と文学の大衆化が19世紀の前半で組み合わさることになり、この時期、犯罪ものを週毎に連載で安価に発行した「Penny dreadful(ペニー・ドレッドフル:1ペニーの恐怖もの」)が出回る。この大量に発行された三文小説の一つが、本作映画の題名ともなっている『スウィーニー・トッド』であった。同様の盗賊もの『ディック・ターピン』にはそれをモデルとした実在の追い剥ぎが存在したのであったが、『スウィーニー・トッド』は全くのフィクションである可能性が高いと言う。因みに、本作に登場する悪役の治安判事の名前は、Turpinターピンであり、本作の原作は、『スウィーニー・トッド』と『ディック・ターピン』を内容的に上手く掛け合わせているのであろう。
そして、この「スウィーニー・トッド」は、ジャーナリストで音楽家でもあるThomas Peckett Prest(1810年生まれ)が、同僚のJames Malcolm Rymer(1815年生まれ)と共作で、『真珠の首飾り』と呼ばれた作品で1846年に創造したと言われている、連続殺人を犯す理髪師である。
このPrest版のスウィーニーの連続殺人の動機ははっきりはしないが、どうも金銭欲に因るものであったようである。ブロードウェイ作品版では、それは明確に治安判事ターピンに対する復讐劇となっており、その構図は、T.バートン版でも変わっていない。また、おぞましい「ミート」パイ屋を営むミセス・ラヴェットは、三つのヴァージョンで存在しており、彼女を単なる共犯者と見るか、或いは、スウィーニーの愛人と見るかでストーリーの味付けが違ってくる。本作では、名前の中に「Love」が入っている未亡人のラヴェット婦人(イギリス人女優Helena Bohnam Carterが好演)は、復讐の鬼ベンジャミンに報われない片思いをし続け、スウィーニーことベンジャミンは、奪われた、そして、奪われたと思っていた妻ルーシーに、復讐の憤怒の中、永遠の愛を誓っていたのである。復讐、連続殺人、カニバリズムのグロテスクは、血の饗宴の内に終わる。
そして、この「スウィーニー・トッド」は、ジャーナリストで音楽家でもあるThomas Peckett Prest(1810年生まれ)が、同僚のJames Malcolm Rymer(1815年生まれ)と共作で、『真珠の首飾り』と呼ばれた作品で1846年に創造したと言われている、連続殺人を犯す理髪師である。
このPrest版のスウィーニーの連続殺人の動機ははっきりはしないが、どうも金銭欲に因るものであったようである。ブロードウェイ作品版では、それは明確に治安判事ターピンに対する復讐劇となっており、その構図は、T.バートン版でも変わっていない。また、おぞましい「ミート」パイ屋を営むミセス・ラヴェットは、三つのヴァージョンで存在しており、彼女を単なる共犯者と見るか、或いは、スウィーニーの愛人と見るかでストーリーの味付けが違ってくる。本作では、名前の中に「Love」が入っている未亡人のラヴェット婦人(イギリス人女優Helena Bohnam Carterが好演)は、復讐の鬼ベンジャミンに報われない片思いをし続け、スウィーニーことベンジャミンは、奪われた、そして、奪われたと思っていた妻ルーシーに、復讐の憤怒の中、永遠の愛を誓っていたのである。復讐、連続殺人、カニバリズムのグロテスクは、血の饗宴の内に終わる。
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