少女と女の境界線はいったいどこにあるのだろうか
少女がひとりの少年に出会い
少女であることから解放される日
その日のために用意される
壮大で幻想的な物語
そして現代に蘇えるノアの箱舟伝説
SFハードメルヘン「天使のたまご」は
女の子のためのアニメーションです
―『天使のたまご』企画書・前文より(ウィキペディアからの再引用)
この企画書を書いたのは、誰か?押井守ではない。そうではなくて、鈴木敏夫である。鈴木敏夫?スタジオジブリに関係のある、あの鈴木敏夫である。鈴木は、スタジオジブリの、カンパニー・プレジデント、事業本部本部長、代表取締役社長、代表取締役議長などを歴任していて、Ghibliジブリ・アニメの製作部門に長年関わり、プロデューサーとして辣腕を揮った人物である。
その鈴木と押井とどんな関係があるかと言うと、鈴木は、元々は徳間書店の社員として、劇画雑誌の編集部員を経て、1978年にアニメ雑誌の『アニメージュ』の編集部員となり、81年に、彼の担当で、宮崎駿の初特集を組んだ人間であった。鈴木と宮崎の関係はこれ以降続き、鈴木は、『風の谷のナウシカ』の漫画化(82年連載開始)、劇場版アニメ映画化(84年三月初上映)を支える。1985年六月にスタジオジブリが創設され、89年に鈴木自身がスタジオジブリに移籍すると、本スタジオの殆んどの制作作品のプロデューサーを務めることになるが、85年から89年の時期には、本人はジブリ担当として依然として徳間書店に在籍しながら、まずはジブリに通ってそこで仕事を行い、夕方以降になってから徳間書店に行って別の仕事の打ち合わせを行う生活をしていたのであった。正に、この時期の1985年に鈴木は、宮崎の頼みもあって、押井のプロジェクトにも関わることになったが、それが本作であり、同時に彼が押井と組んだ初めての作品であった。85年12月15日に本作は、この時期、最も先鋭的なアニメの発表媒体たるOVAとして発売された。
さて、押井は上に挙げた企画書に満足したかと言うと、そうではなく、逆に、自分に無断で鈴木が企画書を勝手に書き上げて、徳間書店の上層部に上げたことに激昂したと言う。押井も、もちろん自身の企画書を書いており、作品の題名を「水棲都市」としていた。既に、卵を抱えた少女、方舟というイメージを押井は抱いていたが、方舟というイメージから水、水に「棲む」都市という連想が押井の中で発展していたようである。鈴木は、この「水棲都市」という題名を独断で没にし、「天使のたまご」とする。ここで、天使のイメージを出してきたこと、それがモチーフとして完成作品にも生きながらえている点で、本作の成立に鈴木が大いに貢献していることが分かる。
また、「SFハードメルヘン」という冠称も言い得て妙であろう。押井自身、プロジェクトの初期には軽めのファンタジーを想定したようであり、この点でも、鈴木は本作の傾向をキャチフレーズ的に言い当てている。しかも、少女が女へと「解放」(実は、強制なのであるが)されるという観点は、100%とまでとは言えないものの、本作に反映されており、必ずしも、本作が「女の子のためのアニメ―ション」ではないにしても、少女が「青年」と邂逅して、彼の精神的「暴力」によって、女となって排卵する展開は、鈴木が本作でのストーリー展開に大きな影響を与えたと言える。因みに、本作での「少女」は、見かけだけのものであり、もう何百年、何千年、否、何万年も生きてきた「女性的なもの」であり、「少女 = 女 = 老女」である。故に、髪は老婆とも思えるようなぼさぼさの髪の毛であり、同じ事は、「青年」にも言え、自分がどこから来てどこに行こうとしているのかも分からなくなった「老人」であるが故に、彼の髪の毛もまた白髪なのである。しかも、彼は、十字架にも似た武器を持っており、十字架を背負う者、つまり、イエスをイメージさせる存在としても考えることが出来る。
しかし、「箱舟伝説」に関しては、さすがに一夜の付け焼刃で書き上げた企画書であるところなのか、「壮大で幻想的な物語」と「箱舟伝説」とを「そして」という接続詞で結び付けるだけであり、しかも、「箱舟伝説」を、現代に蘇ったものとしか捉えていない、未来への視点がない狭隘な観方で捉えている。正に、この点での押井の憤りは理解できるが、ウィキペディアによると、鈴木は、押井を激昂させる目的でこの企画書を書き上げたのであり、怒った押井がその勢いで徳間書店の幹部を本作制作に説得できるように、気合を掛けたのであったと言う。これが本当であるとすると、鈴木のプロデューサーとしての辣腕ぶりが相当なものであることが想像できる。徳間書店の幹部と押井を手玉に取ったその知略ぶりは実に驚くべきものである。
こうして、押井は徳間書店の社長も入った重役会議で、原作なしの劇場版アニメを、劇場版アニメ映画作家として撮らせてもらいたい旨、そして、まずは表現があり、その後にストーリーがあることを力説し、その情熱にほだされた重役会も、制作のための資金を出すことに同意したのであった。
このようにして発表された本・意欲作は、発表当時、しかし、売れなかったのである。それは、押井のアイドル同時にライバルである宮崎駿が、自分の劇場版アニメの初監督作品たる『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年作)で、興行的には失敗したのと同じ運命であった。宮崎は、それ故に、アニメ映画作家としては、『風の谷のナウシカ』発表までの五年間、冷や飯を喰うことになるが、押井もまた本作『天使のたまご』が商業的に不発に終わったことで、同じく冷や飯を喰うことになる。四年後の1989年に公開された劇場版アニメ『機動警察パトレイバーthe Movie』で、日本アニメ大賞を獲得するまでの三・四年間、宮崎と同様、押井もまた生産的な下積み生活を送ることになる。
本作のキャラクターデザインを、否、それだけではなく、イメージボードの制作や色彩設定も含むアートディレクションを担当したのは、天野喜孝(よしたか)である。繊細な線描タッチで、ビアズリーをポップアート化したような、装飾的作品を描く天野は、SF関連の賞として名高い「星雲賞」において、1983年から86年まで四年続けてアート部門賞を受賞している。つまり、本作制作の85年に押井は一級のキャラクター・ディザイナーたる天野を自らの傍らに据えた訳である。本作用の原案創作で押井と共作した天野の図案を見て、押井も軽めのファンタジー作品制作の考えを払拭したと言う。
本作の作画監督は、名倉靖博(やすひろ)である。本作が発表される1985年の前年に、あるオリジナル・テレビアニメシリーズのキャラクター原案と作画監督を務める程になっていた名倉が、鈴木に誘われる形で本作に関わることとなり、押井の独断で作監に抜擢される。職人タイプのアニメーターらしく、天野がディザインした、本作の「少女」の髪の毛一本を丁寧に丁寧に描いていたと言う。ウィキペディアによると、名倉は、「後ろ姿が絵を描いている時も、おにぎりを食べている時も、机にかじりついて背中を伸ばしている。理想的な作監で」、「絵柄で魅せるタイプで、動きに責任をとるタイプの作監ではない」と、名倉のことを押井は評している。適材適所であったと言うべきであろう。
美術監督は、小林七郎である。1968年に独立して、小林プロダクションを設立すると、翌年から、美術監督を務めるようになり、押井とは、1984年作の劇場版アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で共作している。恐らくはこの絡みで小林に話しが回ったのであろうが、フランスのバロック風の街をモティーフとした重厚で深みのある背景の制作には、ウィキペディアによると、小林は独自の制作方法を導入した。「画用紙で描かれた克明な美術背景の上に、更に油性のサインペンでタッチ・色を描き込んだセル画を1枚重ねることで、建物の壁の荒々しさ等細かい部分を表現する」という方法であり、この方法を全ての背景で採用した。小林はまた、キャラクターの存在が入ることで、背景が二の次になることを嫌って、背景の立場から、色彩設定も併せてレイアウトにも関わったことで、背景美術の表現力がより高まることになったと言う。
音楽担当は、菅野由弘(かんの・よしひろ)である。日本の伝統音楽にも関わるなど様々なジャンルの現代音楽を作曲する、非常に多作な作曲家である。押井とは、押井が演出した文部省選定・短編アニメ映画『りゅうの目のなみだ』(1981年作)で共作した関係からで、押井から菅野にオファーが行った。ウィキペディアによると、その時、押井は、「ボーカルとピアノを基本に、キリスト教音楽のイメージを取り入れる」、「水の音と音楽だけで作品を作りたい」というコンセプトを提示したと言う。また、最初に動画ありきで、それに劇伴の音楽を付けるという発想ではなく、動画と音楽との双方向の相互作用で制作していく作り方を採用した。尚、風をイメージした音色では、菅野がアイディアを出して、コーラス隊がある台詞をそれぞれ違った声色とスピードで話したものを録音・編集して音響効果を出したと言う。菅野の静謐な音楽は、聴いている者に本作の精神性或いは宗教性さえ感じさせる、本作の内容に叶った音楽である。ラストシーンは、絶望なのか希望なのか、動画だけを観ていては両用にも解釈できるのであるが、随伴の音楽が何か陽性を感じさせるものであり、そのことから、ラストシーンは、希望の表象なのである、と理解できる、否、感じられるのである。
2026年4月22日水曜日
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天使のたまご(日本、1985年作)監督:押井 守
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