本シリーズの元祖とも言える『猿の惑星』(1968年制作)の、恐らく伝説的なショックは、主人公達が不時着した惑星が実は地球であったということであろう。この作品のヒットを受けて、その二年後の1970年から73年まで、第一回目の『猿の惑星』シリーズが展開し、高度な知性を持つ類人猿に支配される、奴隷的存在としてのヒトという、倒錯した世界が描かれる。とりわけ、ヒトの生存権を守ろうとするチンパンジーの女性科学者Dr. Zira(ジーラ:キム・ハンター)の存在がこのシリーズの初期には印象的であった。73年のシリーズ四作目の作品は、駄作の批評を受けて、本シリーズは中止される。
ほぼ30年の空白を破って、USA映画界の奇才Tim Burtonが新世紀の最初の年・2001年に発表した『猿の惑星』は、1968年作品を、自称「リ・イマジネーション」した作品であると言う。宇宙での移動に絡む「時差」を上手く使い、主人公(Mark Wahlberg)が「救世主」となるストーリーは、Burtonらしいストーリー展開である。
この21世紀に入ってからの10年後、福島大災害が起こった年の2011年に発表されたのが、本シリーズの「リブート」とも言える第二回目シリーズの第一弾『猿の惑星:Rise』である。類人猿がどうして知能を高めることが出来たのかの部分を、現代医療の課題たるアルツハイマー病の克服を目指す製薬会社ジェネシスの思惑を絡めながら、SF科学的な説得性を以って描いている。また、知能が比較的高まった類人猿の指導者となるシーザーの生立ちを丁寧に描いている点でも本作は筆者には好感が持てる。
そのシーザーが使用する手話は、American Sign Languageであるそうで、シーザーが、サーカスで飼われていたオラウータン・モーリスと、その手話で以って会話をするというアイディアは、中々興味深い。この点でも、脚本家アマンダ・シルヴァ―及びリック・ジャファ夫婦の本シリーズでの仕事振りを評価したい。尚、二人はシリーズ三本ともにおいてその製作を担当しており、第二作目でも脚本作成を続投している。
本シリーズの英語の原題が、2011年の本作では「Rise」、2014年の第二作では「Dawn」、2017年の第三作では「War」となっており、邦題の方が、それぞれ、「創世記」、「新世紀」、「聖戦記」と改題されている。それなりにセンスがある邦題名の付け方と言える。
さて、第二作目の「新世紀」につながる、人類の地球支配の崩壊を結果する「猿インフルエンザ」の世界へのパンデミック的蔓延は、本作ではエンドロールが一部始まってからもう一度場面となって提示され、USAを発現地として国際航空路線網に沿って暗示される。それは、もちろん、日本にも及ぶ。2011年時におけるこの「暗示」は、2020年のからパンデミックを知っている2020年代後半に生きている我々には、その現実味がひしひしと伝わるものである。
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