ムーランを漢字で書くと、「木蘭」となる。これを日本語読みにすれば、「もくらん」で、何か「モクレン」と似ている。流石は、漢字文化圏にある日本語である。「モクレン」を漢字で書くと、「木蓮」となり、実は、「木蘭」は、中国語の「モクレン」で、植物学の学名で言うと、「マグノリア」である。何か華々しい花で、さて、この花は、本作のヒロインに相応しいであろうか。
この「木蘭」の伝承が、漢民族の王朝にも伝えられると、今度は、恐らく、儒教の教えによる家父長制的なイデオロギーが入れ込まれたのか、中国の歴史上に存在する女傑として、「忠孝節義、勇武仁愛」の精神を体現する者として、中国の歴史の中で、語り継がれていく。鮮卑と同じく遊牧民族たるモンゴル族が中国に13世紀後半に建国した元朝の時代には、以下のようなムーランについての物語りが取り上げられている:
「将軍魏氏、本名は木蘭といい、亳州譙県の出である。世に伝えるところによれば、可汗が兵を募った際、孝烈(木蘭)は父が老いて衰弱し、弟妹も皆幼いのを哀れみ、慨然として身代わりで従軍した。甲冑を身にまとうと、弓袋を背負い矛を手に、馬を駆って神のごとく疾走し、艱苦に耐え武器を研ぎ、戦場で胆力少しも衰えず、誰も彼女が男でないと看破できなかった。十二年という歳月を経て、十八度の戦闘に交鋒し、数々の勲功を立てて朝廷に参内した。天子はその武勇と功績を喜び、尚書の官職を授けようとしたが、彼女は厚遇を辞退し、故郷へ帰省することを懇願した。兵を率いて譙に戻ると、父の家を訪れ、戎服を脱ぎ捨てて再び閨房の装いに復した。人々は皆驚き、『生まれてこの方、このようなことは未だ見たことがない』と口々に言った。魏の兵が軍を返した後、この異聞は朝廷に伝わり、再び宮中に召し出されて后妃に迎えられようとしたが、将軍は『臣たる者が君主と婚礼を結ぶ礼制はありません』と言い、死をもって誓って拒絶した。圧力が強まる中、遂に自害した。これが『孝烈』という諡号が追贈された所以である。」(ウィキペディアからの引用)
ここでは、「木蘭」の姓は、「魏」となっており、時代も「北魏」のこととなっているようである。故に、王は、皇帝ではなく、「可汗:カン」(あのチンギス・カンの「カン」)となっている。そして、「木蘭」は、「将軍」の位階を得る程までに活躍することになるが、「木蘭」が女性であることが世間に知られることになると、自分の名誉を守って、自害するという運命を選ばざるを得なくなるという説話になっている。
因みに、本作の時代設定は、前漢時代(紀元前206年から紀元後8年まで)のことになっているようで、それからすると、北方からの前漢皇帝にとっての脅威は、匈奴(きょうど;ピン音:ションヌゥ)であるはずであるが、それが本作ではフン族になっているのは、歴史的には正しくなく、匈奴とフン族との繋がりも歴史的には証明されていない。前漢時代に中国北方から中央アジアまで大きな版図を広げた匈奴は、紀元後一世紀に北匈奴と南匈奴に分裂して、南匈奴は後漢に取り込まれ、南匈奴に追われた北匈奴は歴史の舞台から姿を消すことになる。その後、この匈奴の版図と同じ地域に、鮮卑族が乗り出してくることになるが、一方、フン族は、現ロシア領のヴォルガ川辺りから西に移動してきた民族と言われ、バルカン半島北部やポーランドに侵攻してくる騎馬民族として、むしろヨーロッパ史に登場する存在である。
話しが少々ずれたが、紀元後五世紀に北魏時代に採録された「木蘭」の伝承が、漢民族の王朝たる明代になって、ある雑劇短編の戯曲として翻案されると、次のようなストーリーに変わる:
「物語は北魏の時代に起こります。黒山の賊の首領・豹子皮が徒党を組んで反乱を起こしたため、朝廷は緊急に兵士を徴集し、軍令の文書が頻繁に下され、その中に木蘭の父・花弧の名前もあった。父親が年老いて体が弱く、弟はまだ幼いことを考慮し、17歳の花木蘭は決然と、女扮男装して父に代わり従軍することを決意する。彼女は駿馬と装備を購入し、纏足による不便を克服するため、足を放ち靴に履き替え、武芸を練習した。その後、家族に別れを告げ、征途につく。戦場では、木蘭は知勇を頼りに数々の手柄を立てます。最終的に、彼女は伏兵を設け、自ら賊首の豹子皮を捕らえ、大きな戦功を立てた。凱旋後、朝廷は彼女に官位を与えて表彰しようとするが、木蘭は官職を辞退し、ただ故郷に帰って家族と再会することを願う。故郷に戻ると、彼女は女性の姿に戻り、同郷の王郎と結婚し、良縁を成就させることで、『忠孝両全』を実現した。」(ウィキペディアからの引用)
紀元後13世紀の元朝時代のストーリーとは異なって、結婚というハッピー・エンドで終わるこの戯曲は、本作の一部脚本の原作になっているようにも思われる。話しは、北魏の時代のことではあるが、遊牧民族の女性には考えられない「纏足」のプロットが入っており、このことを以って、如何にこの話しが漢民族化されているかが象徴されているであろう。ムーランが知勇を発揮することも、本作のストーリーに酷似しており、そうであれば、彼女が結婚することになる同郷の「王郎」とは、本作における隊長リー・シャング(李翔)となる。
このような、儒教的道徳話しや家族主義的イデオロギーを背景とした「忠孝両全」で終わるハッピー・エンドに比較すると、本稿の一番最初に言及した北魏時代に採録されたという『木蘭詩』は、むしろ、ユーモアを以ってして、ストーリーを完結する。
この「バラード」は、木蘭が男装して出征し、戦功を立てて、兵を連れて故郷に戻るところまでは、他のストーリー展開と同じであるが、最後は、ある種のユーモアを以って、話しを終える。女装して戦友の前に立ち現れた木蘭に対して、戦友達は、「この12年間いっしょに行軍していてもお前が女であることに気が付かなった。雄兎であれば、あちこちと歩き回る。雌兎であれば、目はどんよりとしていて、ガラス玉のようである。」と言う。それに対して、木蘭は、取って返して言ってのけた。「雄兎と雌兎が並んで走っていて、貴様らは、どっちが雄で、どっちが雌か、見分けられるのか。」と。
さて、20世紀も終わろうとする1998年に本作は公開された。時代は、USAが未だ自己の覇権にとって中国が脅威になろうとは思っても見なかった頃である。そして、性的志向の違いを尊重することを「Woke」と、未だなじらなかった頃である。トランプ政権が二期目を迎えて、USAの民主主義を破壊しようとしている2026年、果たして、ウォルト・ディズニー・カンパニーは、本作のような作品を製作したのであろうか、自問せざるを得ない。
最後に、「木蘭」をテーマとした映画作品のフィルモグラフィーを見てみよう。これだけの民族的伝承とさえなっている「木蘭」を映画にしない手はないであろう。という訳で、1927年の中華民国で早速、『木蘭従軍』というタイトルで中国映画が撮られれている。1939年にも同名の作品が発表されている。もちろん、日中戦争が始まっており、日本軍の占領下にあった上海の映画会社が撮った作品であり、異民族と戦った木蘭の英雄的行為を、対日抗戦と捉える文脈で捉えて制作されたことは明らかであった。
戦後になると、1950年代に香港映画作品として二本が、中国本土製として、1960年代に一本が撮られている。こうして、世界映画史的には、約30年の空白を破って、本作がアニメーション映画としてUSA映画として1998年に発表される。更に、『ムーラン2』が2005年に本作の続編として制作される。中国映画としては、『花木蘭』の題名で2009年に出されると、本作の実写版と言える作品『Mulan』が2020年にUSAで制作される。これに刺激を受けたのか、今度は中国側でも同じ年に、木蘭をテーマとした作品が四本も撮られていることが興味深い。こう考えると、木蘭を巡っては、既に2020年には、米中争奪戦が戦われていたことになる。