2026年8月8日土曜日

鬼婆(日本、1964年作)監督:新藤 兼人

 『鬼婆』という題名から、すぐに「安達ヶ原の鬼婆」がイメージされる。まずは、この伝説を知っておくことが本作の理解に役立つはずである。故に、これについて、ウィキペディアからその一部を引用する:

 「神亀丙寅の年(726年)の頃。紀州の僧・東光坊祐慶(とうこうぼう ゆうけい)が安達ヶ原を旅している途中に日が暮れ、一軒の岩屋に宿を求めた。そこには一人の老婆が住んでいた。祐慶を親切そうに招き入れた老婆は、薪が足りなくなったのでこれから取りに行くと言い、奥の部屋を絶対に見てはいけないと言いつけて岩屋から出て行った。しかし、祐慶が好奇心から戸を開けて奥の部屋をのぞくと、そこには人間の白骨死体が山のように積み上げられていた。驚愕した祐慶は、安達ヶ原で旅人を殺して血肉を貪り食うという鬼婆の噂を思い出し、あの老婆こそが件の鬼婆だと感付き、岩屋から逃げ出した。

しばらくして岩屋に戻って来た老婆は、祐慶の逃走に気付くと、恐ろしい鬼婆の姿となって猛烈な速さで追いかけて来た。鬼婆は祐慶のすぐ後ろまで迫り、絶体絶命の中で彼は旅の荷物の中から如意輪観世音菩薩の像を取り出して必死に経を唱えた。すると菩薩像が空へ舞い上がり、光明を放ちつつ破魔の白真弓に金剛の矢をつがえて射ち、鬼婆を仕留めた。」(以下、省略)

 726年ということは、奈良時代であり、奈良の都の権力は、現在の東北には余り及んでいない時期である。そして、「安達ヶ原」とは、他の説もあるのではあるが、現在の福島県二本松市にある地名で、市内東部を流れる阿武隈川が東へ屈曲する東岸に位置する台地状の地域を指すものであると言う。そして、ストーリーは、高僧によって、鬼神となった人食いの老婆が観世音菩薩のご利益により調伏されるという話しである。

 ついでなので、何故この鬼婆が人食いになったか、青森県に伝わる、ストーリーの前段があり、これもここに引用しておく:
 「白河天皇の時代。源頼義の家来の安達という武士が、頼義に敵地である陸奥への潜入を命じられ、いわという名の妻を連れ、幼い娘を乳母に預けて陸奥へ赴いたが、敵に討たれて命を落とした。いわは夫の霊を異郷に残して故郷へ戻るのはしのびなく、そのまま陸奥に留まった。数十年後、いわの住む庵に、旅の若夫婦が宿を求めた。女のほうは身重だった。故郷に帰りたくても帰れない身のいわは、仲睦まじい上にもうすぐ子宝に恵まれる幸せそうな夫婦に殺意を覚え、ついに包丁で女の命を奪った。しかしその女は、他ならぬ彼女の娘だとわかり、いわは7日7晩泣き明かした挙句に心を病み、旅人を襲う鬼婆となった。」

 武家の女が鬼婆になったというこの話しは、白河天皇の時代、つまり、11世紀後半のこととされており、それでは、元々の八世紀の話しと時間的に辻褄が合わないのではあるが、この前段の話しは、なぜそのような鬼婆が生まれたのか、その理由を知りたい人情を反映したものであると理解できる。何れにしても、鬼婆には、実は、実の娘がおり、無慈悲な運命のなせる業からか、自ら自分の娘を殺めてしまう悲劇がここで語られている。

 この鬼になった女の話しは、当然、能や歌舞伎の題材として採られ、能では、『黒塚』として、歌舞伎・浄瑠璃では、『奥州安達原』として存在する。能の「鬼女もの」の演目『黒塚』は、上に挙げたストーリーにほぼ則るものであるが、ワキが熊野・那智の山伏であり、シテが、最初は、粗末な小屋に棲む老媼で、老媼は、その正体を見破られると、後段には般若面を被った鬼女となる。最後は、山伏に調伏された鬼女は、己の姿に恥じ入って、舞台を去るところで演目は終わる。

 それでは、以上の「鬼婆」を巡る伝説を本作のストーリー展開と比較してみよう。まず、時代は、南北朝時代が始まる直前の14世紀前半、場所は、東北ではなく、現在の神戸市の中を流れる湊川の川沿いである。作中、湊川の戦いの話しが出てきて、楠木正成と足利尊氏の名前も登場する。湊川の戦いは、1336年に起こった合戦で、南朝の後醍醐天皇方の楠木正成が、北朝の天皇を擁立することになる足利尊氏軍に敗北して、戦死した戦いであった。

 この戦いのために、主人公の女二人は、男手である、中年の女の息子、つまり、若い女の夫が侍に徴発されて戦争に取られる。二人は、姑と嫁の関係であったが、畑仕事が出来ない中、それでは生きてはいけず、生きるために、葦原(すすき野ではない)に落ち延びた落人を殺しては、その武具を道具屋に売って、辛うじて生活を営んでいた、正に、戦争によって、「鬼婆」的鬼畜の生活を強いられた存在であった。姑と嫁は生き延びるためには、お互いを必要としていたが、息子乃至は夫と共に徴用された「八(はち)」が、帰郷する途中で殴り殺した坊主の衣装を纏って自分の住んでいた隣小屋に逃げ戻って来たことで、姑と嫁の関係に亀裂が入る。と言うのは、八が嫁にちょっかいを出し、それに乗った嫁は、八と自分から肉体関係を持つようになったからである。こうなると、姑は、嫁を取られるのではないかと、疑心暗鬼を起こし、何とか嫁を自分の許に置こうと、不貞を働く者は、地獄に堕ちると嫁を脅す。それでも、八の許に行こうとする嫁を止めるために、姑は、自分の小屋に偶然に立ち寄った、身分の高い落人が付けていた般若の面を付けて、嫁を脅す。元々既に「鬼婆」であった姑は、本当に、能の演目『黒塚』と同様に、般若の面を被った、本物の「鬼婆」になるが、姑、嫁、八の三人の運命は如何なる結末を辿ることになるか。

 監督は、本作の脚本も書いた、広島生まれの新藤兼人である。元々は、戦前から脚本家として映画界で活動していた彼は、吉村公三郎監督の戦後作品『安城家の舞踏会』(1947年作)の脚本を書いて、それがキネマ旬報ベストテン一位になると、早速売れっ子の脚本家となり、主に松竹作品の脚本を何本も書くようになる。1950年代は、吉村公三郎監督作品の多くの脚本を書いていたのが、新藤であった。

 監督として新藤がデビューするのは、もちろん自ら脚本も書いた作品『愛妻物語』(1951年作)で、この作品で新藤は自らの下積み時代を自伝的に描いた。妻役に、本作の中年の女役を演じる乙羽信子が、夫役に、本作で般若面を付けて登場する武将役の宇野重吉が、演じている。

 実は、この『愛妻物語』は、新藤がその前年の1950年に、松竹の会社首脳と制作上の対立が浮き上がって来たことで、新藤が松竹を辞めていたことに関わる。新藤は松竹を辞めて早速、独立のプロダクション「近代映画協会」を創立し、この製作会社が、大映からの仕事を請け負った形で製作した、近代映画協会第三回目作品がこの作品であった。近代映画協会第一、第二回目作品は、吉村公三郎監督、新藤脚本で協会設立年の1950年に撮られており、協会設立の発起人は、吉村監督、そして、本作で道具屋・牛を演じている俳優・殿山泰司(たいじ)であった。

 近代映画協会製作、新藤監督の1950年代作品としては、1952年作の、国際映画祭でも平和賞などが送られた『原爆の子』や、1959年作の『第五福竜丸』など、広島出身である新藤の個人的な思いが込められている作品が発表されている。

 1960年に同協会製作、監督・脚本が新藤である作品『裸の島』が、経済的に経営が難しくなっていた近代映画協会の最後の作品として発表されるはずであったが、その反響は大きく、この作品は、各種国際映画賞を受賞して、同協会が今日まで生き延びる切っ掛けになった作品である。モスクワ国際映画祭グランプリ、同作曲賞(林光)、メルボルン国際映画祭グランプリ、ドイツ・マンハイム映画祭グランプリ、リスボン映画祭銀賞、ベルリン国際映画祭セルズニック銀賞などなどである。

 この映画の製作は、本作同様に、少人数の俳優とスタッフが合宿して、低予算で作品を制作したもので、ある孤島で農業を営む四人家族の生活が、台詞も少なく淡々と描かれる。モノクロ、シネマスコープで撮られたこの作品は、その映像美において「傑作」と言われる作品である。この撮影を担当したのが、本作の撮影監督・黒沢清巳(きよみ)である。

 東京国立近代美術館によると、黒田清巳は、1922年7月14日に京都に生まれた。日活、大映での活動を経て、その後、フリーとなる。1960年制作の『裸の島』で、監督の新藤兼人と共作して以来、言わば、「新藤組」の撮影監督となり、1977年制作の『竹山ひとり旅』までの新藤監督作品の撮影を担当し、78年に黒田は死去していると言う。

 また、この作品で、孤島に生きる農家の妻・母を演じるのが、本作でも中年の女を演じる乙羽信子、農家の夫・父を演じるのが、殿山泰司である。また、音楽担当は、本作同様の林光である。

 本作の『鬼婆』は、戦争により鬼畜の生活を余儀なくされ、更には、人殺しまでも犯している存在を描いたという点で、反戦映画である。一方、吉村実子が演じる嫁が奔放に性を享受するメッセージは性の解放への賛歌でもある。吉村は、全裸で葦原を駆け抜ける。そして、般若の面を無理やり剝がされた乙羽の顔が、何故か焼け爛れたような顔になっていて、自分はそれでも人間であると乙羽が叫ぶ場面は、広島の原爆で焼け爛れた被曝者への連帯の表明であるように筆者には思われる。戦後の長い間、広島の被曝者達は、日本人同胞から差別を受ける存在を生きなければならなかったのである。

鬼婆(日本、1964年作)監督:新藤 兼人

 『鬼婆』という題名から、すぐに「安達ヶ原の鬼婆」がイメージされる。まずは、この伝説を知っておくことが本作の理解に役立つはずである。故に、これについて、ウィキペディアからその一部を引用する:  「神亀丙寅の年(726年)の頃。紀州の僧・東光坊祐慶(とうこうぼう ゆうけい)が安達ヶ...