本作のフランス語原題を直訳すると、『ある虐殺のための交響曲』である。交響曲ということであれば、クラシック音楽が頻繁に使われてもいいのであるが、そうではないのが意外である。むしろ、気の抜けたようなポップ音楽が背景に流れて、敢えて、これは皮肉なのかと勘ぐりたくなる。
本作の制作年は1963年ということであり、むしろ、カラー映画作品が一般的である時代に、敢えて、白黒映画で撮ってあるのは、フィルム・ノワールへのオマージュということであろう。撮影監督は、Claude Renoirクロード・ルノワールである。「ルノワール」と言えば、フランス印象派の画家Pierre-Auguste Renoirが有名であるが、実は、このClaudeは、その孫に当たる人物である。同じ名前の叔父もいて、この叔父は、プロデューサー兼映画監督として活躍しているが、別の叔父でJean Renoirは、偉大なフランス映画の監督して名を成しており、この叔父とは、甥のClaudeは、その撮影監督として、1936年に白黒作品たる『Partie de campagne;邦題:ピクニック』を撮っている。約30年後に撮られた本作においては、外光での撮影としては、私見ではそれ程印象的なものが見られないが、室内撮影では、白黒のコントラストを上手く使って良質な画面を見せてくれている。
本作にはフランス語の原作があるそうであるが、筆者には読めないので、本作のストーリー内容とは比較できないが、脚本には、三人の名だたる名前が挙がっている。
まず、一人目は監督自身のJacques Derayジャック・ドゥレーである。彼は、日本では、1970年作の映画『ボルサリーノ』の監督としてよく知られているであろう。この映画は、1930年代のマルセイユを舞台として、ジャン=ポール・ベルモンドとアラン・ドゥロンのチンピラが裏社会の大物になろうとする姿を描く。J.ドゥレーは、「フランス映画界のヒッチコック」と言われ、主に犯罪映画を手掛けた監督であった。
二人目は、Claude Sautetクロード・ソテーである。彼は、1970年代以降は、フランス社会のブルジョワ中間上層階層の姿に焦点を当てて、フランス映画らしい人間の心理の機微を繊細に描いた監督して名を成すことになる。また、1970年代には、西ドイツからフランスに移住して性格俳優となったRomy Schneiderローミー・シュナイダーと共作して、五本の作品を撮っている。『過ぎ去りし日の・・・』(1970年作)、『夕なぎ』(1972年)、『ありふれた愛のストーリー』(1978年)などである。しかし、1970年以前は、むしろ、犯罪映画ジャンルに関わって、脚本を書いたり、監督したりしていた映画人である。本作も、この関連で、監督J.ドゥレーに協力したものと思われる。
そして、三人目が、むしろ脚本化の主役を担った人物たるJosé Giovanniジョゼ・ジョヴァンニである。彼は、基本的には小説家であり、それに、脚本家も兼ね、場合によっては、監督としても活動した人物である。2004年に享年80歳で亡くなるまで、ウィキペディアによると、小説20冊、回想録二冊、脚本33本、映画15本を発表するという多作家であった。アラン・ドゥロンとリーノ・ヴァンテュラ主演の映画『冒険者たち』(1967年作)の同名の原作を提供しているのも、このJ.ジョヴァンニである。
1923年にパリで生まれたJ.ジョヴァンニは、ウィキペディアの記述が正しければ、実は、以下のような人生の前半を歩んだ人物である:
「戦時中から犯罪組織と関係し、かつファシスト政党フランス人民党に所属、ゲシュタポ協力者であった。誘拐や盗みなどを犯す。終戦直後、少なくとも3件の強盗殺人に関与し、死刑を宣告されるが、大統領恩赦を受けてまぬがれる。1956年に出所。」
つまり、彼の作品には自分の犯罪者としての体験が、色濃く反映されており、そう考えると、本作における「虐殺」のストーリーにも、一人一人と仲間を冷血に殺害していく人物像に何か実感が籠ってくるであろう。尚、本作では、現金の運び役のMoreauモローとしても一役を演じている。
フランス製の犯罪映画によくあるように、本作のFinも、因果応報的に終わるのであるが、本作の中盤から終盤に掛けては、偶然とそれぞれの人物の思い込みで、次々と殺人が行なわれていくサスペンスが秀逸である。そして、本作の初盤は、良き推理小説にように、緻密に計画が実行に移されて小気味が良い。犯行実施の段階で、パリ出発のリオン経由マルセイユ行きの夜行列車が登場する。それだけではなく、流石はヨーロッパである。パリとブリュッセル間の列車移動が主人公のアリバイ作りに使われる。そして、オールドタイマー・ファンには垂涎の的であろうJaguar XK150が本作には登場する。筆者は車には詳しくないのであるが、フラン語版のウィキペディアにこのことが出ており、ちょっと調べてみると、このイギリスの車は、1957年から61年まで生産されたスポーツ・カーで、XKとは、ジャガー社が開発したガソリン・エンジンのシリーズであるそうである。XKシリーズには、120、140、150とがあり、それぞれ、mph時速何マイルかを示すそうであり、150は、最高時速約240kmである。リオンとパリ間の走行距離が約460kmあるとすると、Jaguar XK150で走ると、約二時間が掛かる計算である。当時は、道路事情が今よりはかなり悪かったとしても、三時間もあれば、リオンからパリに着けるはずであり、成程、実行可能であろう。
最後に、本作の俳優陣の中に、Charles Vanelシャルル・ヴァネルがいることも嬉しい点である。Jean Gabinジャン・ギャバンと共に、フランス映画界を無声映画時代から代表する一人である彼の顔は、一度見たら忘れられない特徴のある顔である。日本では、1953年作の『恐怖の報酬』(アンリ=ジョルジュ・クルゾー監督)で、恐らく、知られており、この作品で彼はカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞している。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
皆殺しのシンフォニー(仏・伊合作、1963年作)監督:ジャック・ドレ―
本作のフランス語原題を直訳すると、『ある虐殺のための交響曲』である。交響曲ということであれば、クラシック音楽が頻繁に使われてもいいのであるが、そうではないのが意外である。むしろ、気の抜けたようなポップ音楽が背景に流れて、敢えて、これは皮肉なのかと勘ぐりたくなる。 本作の制作...
-
まず画像に、「この一篇を雲の彼方に散った若人のために捧ぐ」と流れる。 すると、早速、当時の実写の場面が写し出され、恐らくマリアナ沖海戦か、沖縄戦における神風特攻作戦の場面が一部特撮を混ぜて見せられる。(特撮:日活特殊技術部;やはり、戦前からの東宝・特撮部、円谷英二班のものには...
-
監督のIlya Naishullerイリヤ・ナイシュラーは、父親がユダヤ系ロシア人で、金持ちの家に育ったところから、子供の頃はロンドンの豪邸に住んでいたと言う。モスクワ生まれの彼は、その後、ロシアに戻り、希望であるロシア映画大学を受験するが、これには受からず、それで、モスクワの...
-
白樺派 ミーツ ハリウッド映画 白樺派は、明治末から大正期に掛けて日本の文壇の一主流となった傾向であり、その文学創作の思想的背景には、理想主義、人道主義、個人主義があったと言われている。その代表的文学者は、武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎などである。 何故ここで白樺派のことを...
0 件のコメント:
コメントを投稿