2022年9月16日金曜日

プリデスティネーション(オーストラリア、2014年作)監督:ミヒャエル&ペーター・シュピーリヒ兄弟

 本作の原作は、USAのSF作家ロバート・A・Heinleinハインラインの『輪廻の蛇』である。この原作は、『ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション』誌の1959年3月号で最初に掲載された。『輪廻の蛇』とは、上手く邦訳したと言えるが、原作の原題は、'—All You Zombies—' で、これは、映画でも台詞の一部として登場するのであるが、こう言われても、日本人には通じないであろうと考えた翻訳者が、蓋し、上手く、要点を衝いて、意訳している。

 さて、『輪廻の蛇』となれば、当然、「ウーロボロス (ouroboros)という言葉が浮かび上がってくるが、それは、古代の象徴の一つで、自らの尾を噛んで円環状となったヘビ、或いは、龍を図案化したものである。語源は、「尾を飲み込む(蛇)」の意の古代ギリシア語から来ているが、古代エジプト文明、アステカ文明、北欧神話やヒンドゥー教においても同様のシンボルが見られると言う。

 ウーロボロスには、一匹が輪になって自分で自分の尻尾を食むタイプと、二匹がいっしょに輪になって相食むタイプがある。その象徴的な意味は、ヘビが自らの尾を食べることで、始まりも終わりも無い完全なもの、更には、「不老不死」としての意味も備わっていると言う。「神は死んだ」という箴言で有名になったドイツの哲学者ニーチェは、「過ぎ去ったものが、すべての将来的なものの尻尾に噛みついている。」と言い、彼の有名なテーゼ「永劫回帰」を、過去と未来の時空間で言い換えている。

  では、本作の題名『プリデスティネーション』(Predestination)とは、何であろうか。「プリ」とは、「前もって」の意味であり、「デスティネーション」とは、「到着地、行先」で、併せて、前もって行き先が決まっていること、つまり、キリスト教神学の「予定説」の意味である。世界に出現する一切のことは、神が永遠の昔から事前に予定してあるものであるという説である。そして、本作では、原作同様に、あるバーテンダーが、ヴァイオリンのケースの形をしたポータブル型タイムマシンを使って、この「神」の役を演じる。それは、神学的に言えば、人間の驕り、不遜であり、神の罰を受けるべき行為であろう。

 さて、本作はオーストラリア映画であるが、脚本も書いている双子の兄弟監督ミヒャエル&ペーター・シュピーリヒ(Spierig、英語読みでスピエリッグ)は、元々は北ドイツで生まれた映画人である。彼らは、R.A.ハインラインの二匹で一つの円環を形成するウーロボロスのストーリーを、もう一つの円環を加えて、それを8の字にし、これを横倒しにして、さらに、一本の線ではなくて、1枚の細長く切った紙をねじって、表側の紙の一端を裏側の紙の別の一端に貼り付けた時に出来る立体的な8の字円環、つまり、無限ループに書き換えたのであった。実に考え抜かれた、原作を越えるストーリー展開である。JaneとJohnが絡むストーリー展開が、横倒しの8の字の一つの円環を形作るとすると、バーテンダーを巡る運命がもう一つの円環を構成し、この二つの円環が交わるのが、1970年のニューヨークにあるバーである。時空間は、1945年から1985年までの40年間を行ったり来たりする。

  ジェーンとジョンのストーリーでは、ジェーンの生い立ちが、時系列を正当に過去から現在に向けて、映画の前半で語られることにより、USAの1945年から1963年までの歴史的雰囲気が再現されるが、ジェーンが、他人とは協調できないタイプであり(それは、ジェーンの赤毛と緑色の補色の色の組み合わせで表現される)、孤独に孤児院時代を過ごし、自分が有能である自負から、宇宙関連の仕事に付きたい夢を抱いて(当時のUSAのアポロ計画を考えよ)、ある組織「Space Corp」の採用試験の試練に耐えるのである。ここで、上手くレトロ感覚の未来主義の雰囲気が出ていて、秀逸である。

 しかし、ジェーンがアンドロギュノス、両性具有ということから、それを本人に知らせないまま、採用試験の過程で落とされる。1963年、失望の中で、偶然知り合った男性と恋に落ち、妊娠する。翌年には女の子を産むが、帝王切開の手術の際に、大量出血のために、女性の器官を切除しなくてはならなくなる。こうして、ジェーンがジョンに性転換する、彼女の数奇な運命が展開する。このストーリー展開に、更に、例のバーテンダーの運命と連続爆弾魔Fizzle Bomberの事件が関わってくるのである。

 2015年のオーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞(Australian Academy of Cinema and Television Arts Awards, AACTA Awards)では、9部門でノミネートされ、その内、Sarah Snookに、最優秀主演女優賞が、Ben Nottに、撮影賞が、Matt Villaに、編集賞が、そして、Matthew Putlandに、美術賞が、授与された

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