この海戦で「やまと」に対抗するのは、「シーウルフ」級USA原潜である。ウィキペディアによると、漫画版では、「シーウルフ」級とされているが、作画時点では、性能諸元が公表されていなかったことから、原作者かわぐちかいじの想像が多分に入って描かれており、1995年から98年にかけてのアニメ・OVA版では、これが、実在の「シーウルフ」級ではなく、「やまと」と同型となる「シーバット」級同型艦とされた。因みに、現実の「シーウルフ」級原潜の性能を記しておくと、水中排水量:9150t、全長:107m、最大水中速力:35kt、潜行深度:610m、兵装:Mk48魚雷、ハープーンUSM、トマホーク、各種機雷計53発であると言う。
この「海の蝙蝠」対「海の狼」の戦いでは、「アップトリム90」という、現実にはありえない操艦が出てくるが、それでも、意外な作戦展開が見られ、「やまと」ソナー員対「シーウルフ」ソナー員の対決あり、碁盤上での格闘の如き、後手を予想して先手を打っておく魚雷戦のスリルもあり、さすが当時の先進的なメディアとしてのOVA版の「潜水艦もの」の面白さを実写作品以上に見せてくれる。
さて、かわぐちかいじの原作漫画の掲載時期は、1988年から1996年のことである。1989年には昭和が終わって、平成が始まり、この同じ年には、ベルリンの壁が「落ちて」、東西冷戦も理念上は終わる。しかし、日本は、1993年頃から約十年間続く、バブル崩壊後の「平成不況」に入る。正にこの時期に、この原作漫画が発表され、日米安保の軍事同盟を含めた日本の安全保障の問題の在り方が問われたと言える。「国連の依頼を受けての」という制約が付くものの、本来国内での防衛任務だけに携わるはずの自衛隊が海外派兵させられる事態がまもなく到来する。
この時代的背景を頭に入れながら、この原作によるOVAのアニメを改めて観ると、この中で唱えられた考えは部分的には革新的なものもあり、面白い。「世界政府」の発想は、既にSF作品でよく言われていることであり、この点では目新しくはない。また、国連軍の創設は、原作で唱えられた「政軍分離」の考えと通じるものであり、以前からあるものである。しかし、現実の軍事戦略においても核武装された原子力潜水艦の軍事的な意味が高まっていたこの時期に、「政軍分離」の世界的体制の構築と、それを保障するものとしての、SSSS (Silent Security Service from the Sea) 、また、これを経済的に補完するものとしての、「やまと保険」のアイディアは独創的であるとさえ言える。
「やまと保険」とは、何か、ウィキペディアからその一部を引用すると以下のようなものである:
「英国大手保険会社『ライズ』を介して日本政府が[原子力潜水艦]やまとに保険をかけ、理念に同意した各国政府を保険の引受人、国連を受取人とする。これにより軍産複合体のように戦争が利益を生む構造ではなく、平和が利益を生む構造へシフトさせ、結果的に軍事バランスとも条約とも無関係に平和関係が成立する、新しい安全保障体制である。国連の沈黙の艦隊実行委員長となった、[民自党のハト派派閥である鏡水会の幹事である]大滝曰く『平和を金で買う』保険であり、彼は世界市民一人一人に1ドルからの株主を募り、配当として世界の核兵器廃絶と軍備永久放棄を目指す株式会社を設立することを提唱した。」
国連が核武装をした原子力潜水艦部隊を就役させ、「やまと保険」で世界市民一人一人を参与させてその経済的担保とするというのは、喩えそれがマンガチックであっても、アイディアとしてはオリジナルティーがあり、これは、日米間の二国間軍事同盟という枠組みと、核兵器に絡む、現在の日本の状況、即ち、核拡散防止条約には批准していながら、唯一の核被爆国としては核兵器禁止条約には参加していない矛盾した政治状況を越える政治的選択肢になり得る。何れにしても、この原作漫画は、『攻殻機動隊』と並んで、読者の政治的好奇心を十二分に満足されてくれる作品であろう。
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