2026年3月18日水曜日
トップ・ガン マーヴェリック(USA、2022年作)監督:ジョセフ・コシンスキー
すると、映画ではシーンが変わって、今度は、一挙に80年程時代が飛んで、極超音速ジェット機となるテスト機「ダークスター」が登場する。これは、マッハ5以上のハイパー・ソニック・スピード(Hypersonic Speed)で飛行するテスト機で、これで以って、マッハ10以上を越えようと言うのである。とすれば、これは、恐らく、いわゆる「第六世代」のジェット機の試作機であるということになろうか。2020年代初頭、ジェット機は、もう、「第六世代」の時代なのである。
何を以って「第六世代」とするのか、2020年代に入っても未だはっきりした定義はないようであるが、その要件の一つとしては、第五世代を上回るステルス性能と超音速巡航能力であると言う。であれば、「ダークスター」は、この超音速巡航能力を試作するための機体であると言える。
現在実用化されている第五世代ジェット機の要件は、ステルス性能が最も核心的なものであろう。という訳で、USA軍と対抗する敵方のジェット戦闘機は、本作では、単に「第五世代戦闘機」と呼称されて登場するが、ウィキペディアによると、それは、どうもロシア製ジェット戦闘機Su-57型機であるようである。この世代に属するUSAジェット戦闘機としては、例えば、F-35がある。
この第五世代ジェット戦闘機に追跡されたF-14機は、何とか危機を切り抜けるが、何と、このF-14機を我等が英雄T.クルーズは、敵方から奪ったのである。どうして、F-14機が敵の手にあったのか、都合がよすぎるのではあるが......
このF-14型は、USA軍のジェット戦闘機としては、第四世代ジェット戦闘機に属する型で、しかも、本作の主役的ジェット機であるF/A-18よりも前の型で、この二つの型の間には、F-15や、その汎用性において名ジェット戦闘機と言われたF-16が存在している。疑問なのは、この第四世代ジェット戦闘機の初期型とも言えるF-14型機が、その世代一つ後のSu-57型機からその追跡を逃れられる可能性は極めて低いのではないかということである。そのストーリー展開に「眉唾もの」が少なからずある本作には、仕方がないことであろうが、それでも、やはり、危機を救うために突如やって来なければならない「騎兵隊」の出番作りは、これで以って、完璧ということであろうか。
それでは、何故に本作ではF-14型やF/A-18型が主役を演ずるのか。どうして、次世代型のF-35型ではないのか。それは、「Top Gun II」としての本作の前作との関わりがあるからである。故に、作戦内容をわざとF-35型では相応しくないものとして、老体に鞭打ったT.クルーズが四機編隊のリーダー役を務められるようにした訳である。
ジェット戦闘機の世代は、第一世代が1940年代の後半から始まり、音速に達しない速度で朝鮮戦争をお互いに戦った世代(F-86対MiG-15)から始まる。音速に達して、第二世代となり、超音速の速さにミサイル弾を装備した第三世代で、ジェット戦闘機の時代は1960年代に入るが、USA軍は、この世代で格闘戦性能を軽視したことで、ヴェトナムの上空でソ連製戦闘機との戦いで苦戦する。その戦訓から、およそ1980年代から運用が始められた第四世代では、大推進力で機敏な運動飛行が可能であり、格闘戦性能、いわゆる「ドグファイト」性が重視されたのである。つまり、ここで格闘戦を戦える、パイロットの技量と闘志が求められた訳で、ここがまた、本作におけるメッセージ「考えるな!(本能に従え!)」に通じる理由でもあった。そして、これは、正に、『Top Gun I』(Tony Scott監督、1986年作)へのオマージュでもあり、この前作での主役戦闘機も、F-14であったのである。この時、この機を駆って、若きT.クルーズは、架空のMiG-28と戦ったのである。
第六世代ジェット戦闘機では、恐らく最早、人間の「闘志」の出る幕はなくなり、AIに制御された、場合によっては無人機の飛行団が制空権を圧することになるであろう。この意味で、本作のラストシーンでのP-51マスタングがゆらりゆらりと飛行する場面は、ご愛敬でもあろうが、同時にジェット戦闘機時代で人間の要素が未だにある役割を演じられた時代へのノスタルギー・哀惜でさえあるのである。
2026年3月16日月曜日
ボーダー 二つの世界(スェーデン、デンマーク、2018年作)監督:アリ・アッバシ
スェーデン映画協会主催のGuldbaggen(ゴールデン・ビートル)賞では、2019年に本作を11部門中、九つの部門でノミネートし、本作は、六部門で受賞した。作品賞、音響編集賞(クリスチャン・ホルム)、視覚効果賞(ピーター・ヨルト;ヨーロッパ映画賞でも受賞)、そして、言わずもがな、主演女優賞(エーヴァ・メランデル) 、助演男優賞(ヴォーレ役のエーロ・ミロノフ)、更に、メイクアップ・ヘア賞(ゴーラン・ルンドストローム、パメラ・ゴールドアンマー、エリカ・スペツィグ)である。同時に、本映画協会は、本作を米国アカデミー賞の最優秀外国映画賞候補に推薦する。米国アカデミー賞では、やはり、最優秀メイクアップ・ヘアスタイル賞にノミネートされた。ウィキペディアによると、ティーナ役のメランデルとヴォーレ役のミロノフは、撮影期間中、毎日四時間、メイクアップのために椅子に座っていなければならなかったと言う。
一方、本作は、カンヌ国際映画祭では、「Un Certrain Regardある視点」部門で本賞を獲得した。受賞の理由は、本作のテーマである、自然界と人間界の狭間を生きる「Trollトロル」という「少数派」の行き様を、現代社会に蔓延る悪である「児童性愛」の犯罪と結び付けた点であったからであろうと思われる。(故に、個人的には、邦題の『ボーダー 二つの世界』は、正しくない題の付け方であり、「ボーダー」は、何も二つだけの世界を区切るだけではなく、また、様々な世界の「狭間」に存在する「もの」をこれでは含意していないからである。)
作品の同名原作は、スェーデン人作家John Ajvide Lindqvistヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる。吸血鬼・ゾンビのホラーもので有名になった彼は、本作の原作では、北欧に存在する妖怪・モンスター・妖精的存在であるTrollトロルを扱っており、本作の脚本作成にも参加している。本作の監督のAli Abbasiアリ・アッバシもまた脚本チームに加わり、更に、監督のたっての願いにより、女性監督兼脚本家であるIsabella Eklöfイサベラ・エクルーフが、彼女が犯罪ドラマ部門から来ていることもあり、ミステリー的ストーリーに心理的な現実味を加味するパートを担当したと言う。こうして、ティーナの境界的存在にマッチするように、本作も、単なるミステリー作品に終わらない、ジャンル映画的なミックスが可能となった訳である。
監督のA.アッバシ自身も特異な存在であり、1981年にイランの首都テヘランに生まれた彼は、2002年までテヘランにある工科大学で学んだ後、この年に、ストックホルムに移住して、スェーデン王立工科大学で建築を勉学する。2007年に同大学を卒業すると、この年から、今度は、デンマークの国立映画大学で映画製作を学んで、ここを2011年に卒業して、監督、脚本家となったという、変わった経歴を持つ人物である。2008年から11年までは自らが脚本を書いた短編映画を三本程制作し、16年に長編劇映画の第一作目を発表し、18年作の本作が彼の長編劇映画第二作目となる。22年には『聖地には蜘蛛が巣を張る』で、主演を演じた女優がカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞し、その二年後に伝記映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を撮る。このような監督A.アッバシのフィルモグラフィーを見ると、彼は、ミステリー映画監督系ではなく、社会派映画監督としての傾向がより強い人物であると見ることが出来であろう。その意味でも、本作は、A.アッバシ監督の映画歴から見ると、むしろ、異色作品であると言える。
さて、ティーナと同じような外見を持つヴォーレは、自分達は、Trollトロルであると言う。Trollとは、イギリスの北東にあるシェットランド諸島・オークニー諸島なども含む北欧・スカンディナビア地方の民俗伝承で語られる巨人乃至は小人の精霊・妖精である。キリスト教がこの地域に広まるのに従って、彼等は悪霊乃至悪魔とされてきたが、北欧ゲルマン神話の雷神たるトールにより、Trollはより北の寒冷地に追われたと言うから、Trollは、ゲルマン人よりも更に前にこの地域にいた先住民族であった可能性がある。つまりは、Trollは、ゲルマン人よりも古層の存在だった訳である。
Troll達は、一部には、「醜く」、また、毛むくじゃらであり、ジャガイモに似た鼻は大きく、手の指は四本しかないと言う。彼等は、丘陵地、長塚、土墳などの下に共同体を作って暮らすところから、スェーデンでは「ベルグフォルク(山の人々)」と呼ばれた。デンマークでは、彼等は、北の氷海に面した森の中に住むとも言われている。
人間界との関りでは、Troll達は、人間に幸運も不幸ももたらす存在であるが、金属工芸に秀で、薬草や魔法を使った治療も出来ると言うのである。そして、興味深いことには、映画でもこのような場面が登場するのであるが、Troll達は、洗礼を受けていない乳児を奪い、その代りに、Troll達の「取り替え子」を子供のベットに置いておくというのである。
このTroll達がゲルマン人よりもより古い存在であるとすると、それは、ケルト人であったかもしれないが、寒冷地に生きた先住民族ということで、監督A.アッバシを含む脚本家チームは、更に大胆な仮説を提示したと思われる。つまり、Troll達は、ネアンデルタール人の末裔ではないかというのである。
筆者は、映画に登場するティーナを見て、即、これはネアンデルタール人ではないかと感じた。それで調べてみると、ウィキペディアのネアンデルタール人の項目に出ている写真は、正に、ヴォーレの顔とよく似ているのである。
ウィキペディアによると、2010年にセンセーショナルなある発表がなされた。約四万年前に絶滅したと言われる旧人ネアンデルタール人のDNAの痕跡を現生人類たるホモ・サピエンスも平均すると1から2%程度持っているのであると言う。つまり、ネアンデルタール人(とりわけ男性)とホモ・サピエンス(とりわけ女性)が交雑していたことをこの事実は示すのである。しかも、アフリカ系の祖先を持つ女性のヒトのゲノムにはほぼ見られないネアンデルタール人のゲノムの痕跡が、高い場合には約4%あると言う。仮に、残されたネアンデルタール人のDNAの割合が偶然にも高まる環境が存在するとしたら、Troll的な人種が生まれたかもしれないのである。そして、それは、どうも北欧の寒冷地が好適地であった。
脳の大きさではホモ・サピエンスを上回ったネアンデルタール人は、筋力もあり、狩猟の能力も高く、寒冷地への適応能力がよりあったのである。故に、彼等は毛深かったのであり、皮下脂肪が厚かったのであろう。「胴長短脚」の体型も、寒冷気候に適した体型であった。一説には、高緯度地方で生き延びたことから、ネアンデルタール人は、白い肌で、赤い髪であったとも言われれている。
また、顔が大きく、鼻は鼻根部と先端部共に高く、且つ、幅広く、眉の部分が張り出して、言わゆる、眼窩上隆起が形成されている。ここまで、ネアンデルタール人の体型的特徴を書くと、さて、本作の主人公ティーナの顔立ちと体型が浮かんでくるのは偶然の一致であろうか。
2026年3月9日月曜日
欲望のバージニア(USA、2012年作)監督:ジョン・ヒルコート
本作の原作の著者Matt Bondurantは、本作の主人公ジャックら三人兄弟と同様の苗字Bondurantであり、実は、孫のマットは、祖父のジャックを本作の語り手として、祖父やその兄弟の「行状」と運命、そして、33年には終わる禁酒法時代後の自らの家族の繁栄を描いた。原作名が『The Wettest County in the World』(2008年作)とあるのは、上述の「世界の密造酒首都」と似ているのであるが、この「Wettest」とは、禁酒法に賛成する派を「dry」と呼んだに対して、アルコール容認派を「wet」としたことによる。
Bondurantボンデュラン兄弟の長男ハワードは、第一次世界大戦に従軍し、自分が所属する部隊全員がほぼ戦死する中、一人だけ生き残った元兵隊であり、その心の傷を癒すべく、アルコールを手から離せなくなっていた。また、次男のフォーレストは、兄弟の両親が亡くなったスペイン風邪に罹患し、重体であったのにも関わらず、それを生き延びた男であった。故に、彼には「不死身」であるという伝説が地元ではまかり通っていたのである。実際、彼は、剃刀で頸を切られても、銃弾を身体に数発受けても、不思議なことにそれを生き延びる。
三男のジャックも不死身なのかは映画では語られないが、何れにしても、この三兄弟は、郡内にある街道沿いのガソリンスタンドとドライブインを表では経営し、裏では、密造酒を作っては、それを町で売りさばいて、金の儲けていた。正に、アルコールが禁止されているが故に、彼等は密造酒で金が儲けられていたのである。そんな中、頭の切れるジャックは、偶然にコネを付けることが出来た町のギャングFloyd Banner(名優Gary Oldman)の助けもあり、密造酒製造所を改良し、馬力のある車を手に入れて、本格的に密造酒の製造と販売に乗り出したのである。
これと前後する時期に、新しく郡の検察官(Attorney)と共にやってきたSpecial Deputy(連邦保安官Marshalを特別に補佐する人物;イギリス人俳優Guy Pearceがその厭らしさを好演)が、密造酒から上がる利益からの分け前を懐に入れようと、郡内の密造酒製造者達に圧力を掛ける。その圧力に屈して密造酒製造の同業者が次々と分け前金を支払うことに妥協していく中、Bondurant兄弟はこれに抵抗することから、彼等と特別補佐官Rakesとの対立は銃撃戦へと発展することになる。さて、その結末は、如何なることになるか?
さて、特別補佐官Rakesレイクスは、禁酒法時代にあのアル・カポーンがその縄張りとしていたシカゴから来ており、恐らくは修羅場をくぐってきた「強者」であった。そして、ボンデュラン兄弟が経営するドライブインの給仕に新たに雇われたマギーも、あのシカゴから逃げてきた元踊り子であった。という訳で、本作の一つのテーマとも言えるのが、「都会」対「田舎」の構図であり、本来、禁酒法がなければ、違法ではない「密造」酒を蒸溜する村の者達は、普通に生活していたはずなのである。そもそも国家(連邦)がアルコール類に税を掛けること自体が、彼等にとっては「国の越権行為」に映っていたのであり、村人と深く関わる地元のシェリフも、結局は、村人側に立つことになり、本作は、村落共同体がある意味で機能する「村の団結」へのオマージュであるとも言えるのである。
このような状況下で、1916年の大統領選挙で民主党の現職ウッドロウ・ウィルソンが再選され、17年一月に米国議会が招集されると、大統領選挙では争点となっていなかった禁酒法問題が突然脚光を浴びることとなる。ウィキペディアによると、この議会では、「ドライ」派が、民主党では140対64、共和党で138対62と、それぞれ「ウェット」派よりも多く、また、同年四月にUSAが対独宣戦布告をしたことから、「ウェット」派の主要勢力の一つであったドイツ系アメリカ人の発言力が失われたこともこれに影響した。しかも、当時のUSAにおける大手ビール製造会社の多くがドイツ系であったこともあり、「ビール=ドイツ=悪」という単純明快なイメージがまかり通ったこともあって、「ドライ」派を勢いづかせることに繋がったと言われている。こうして、1920年に禁酒法は議会で採択される。
このような禁酒法成立の宗教的な背景を鑑みると、本作の23分代から数分に亘り、ある教会内のでミサの様子が描かれたことは、興味深い。
この教会の外には車が止まっており、信者は、馬車にしか乗らないアーミッシュの信仰者よりはラディカルではないようである。教会内には祭壇のようなものはなく、建物の中央には空間を設けて、そこに牧師に当たる人物が立ち、集会者は、この中央の空間に向けて、四方に何列か椅子を並べて座っている。建物の東西方向は分からないが、建物の壁の二面に、女性が座る席が、他の二面には男性が座りっており、座る場所に男女の別が、ユダヤ教のシナゴーグと同様にあるようである。年齢の別は関係がないようであるが、女性に関しては、全員が被り物をしており、女の子が白い被り物をしているところから、未婚の女性は白の、既婚の女性は黒の被り物をするようである。主人公ジャックの意中の女性バーサ(Bertha)も、髪を後ろに撫でて纏め、白色の薄いレースのような被り物を被っている。集会者は、膝に上に置かれた聖書のような本を片手で広げ、もう一本の片腕を、右手か左手かは決まっておらず、肘を軸にして、歌に合わせてゆっくり上下させている。
ミサの儀式の一つに「洗足式(せんぞくしき)」があり、この儀式は、ヨハネによる福音書13:1-17に書かれてある、イエスが弟子の足を洗ったことによる。まず、一つの壁面に座っている四人の男性が立ち上がり、別の面に座っている四人の女性の前に向かう。彼女達の前には既に洗面器のような金盥があり、四人の男性は、跪いて、椅子に座ったままの四人の女性の足を洗う。足を洗われた四人の女性は、今度は、自分達の正面に座っている男性達の足を洗うのである。ある事情で、このミサの場面は別の場面へと急展開するのであるが、この教会の教派は、調べたところによると、Brethrenブレザレン会派という。この会派は、元々はドイツから発祥した、プロテスタント系再洗礼派の会派である。
2026年2月26日木曜日
柳生連也斎 秘伝月影抄(日本、1956年作)監督:田坂 勝彦
これに対し、「尾張柳生」というものもあり、これは宗矩の父で、剣聖と呼ばれた上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)から新陰流を伝授された柳生宗厳(むねとし、後の石舟斎)に、宗矩の他に長男・厳勝(としかつ)という子もおり、この厳勝の子・利厳(としとし;つまり宗矩の甥)が、大坂夏の陣の年の元和元年の1615年に尾張徳川家に五百石で出仕し、藩主徳川義直に兵法を伝授し、それ以降、代々藩主の指南役を務めることとなったからである。利厳は、本作では、「柳生兵庫助」という名称で登場し、本作の、市川雷蔵が演じるところの「兵介」は、正式には、「厳包(としかね)」といい、隠居後は、本作の題名の一部になっている「連也斎」と名乗った。「兵介」は、実際に、徳川義直の子・光友(光義)の師範となって、本作でも描かれるように新陰流を伝授しており(新陰流第六世)、後の「連也斎」となる彼は、『御秘書』、『連翁七箇條』などの著書も著わした江戸時代前期の剣術家であった。厳包は、剣術家となると、最早女性を自らに近づけず、それ故に妻子もいなかったと言われている。これが正しいとすると、本作のラストシーンもまんざら嘘ではないことになる。元禄七年の1694年、70歳の時に兄・利方の子たる厳延に印可を相伝して道統を継承させたと言う。有名な赤穂事件が起こるのは、その七年後であった。
兵介の父・柳生兵庫助に対する剣豪・宮本武蔵、余り腕が立つとは見えない兵介(市川雷蔵)に対する、武蔵の弟子で、武蔵より「見切りの秘太刀」を伝授された鈴木綱四郎(勝新太郎)、兵介を想う、武家の娘さんに対する同じく兵介を慕う遊女・美和と、コントラストの構図ははっきりしており、殆んど考えなくともストーリー展開には付いていける。この構図は、兵介に懸想する美和に、何故か綱四郎がぞっこん惚れ込んでいるところから、錯綜し、こうして、幼馴染でもあり、また良きライバルたる剣友・兵介への綱四郎の敵愾心はいやが上にも高まり、結局、この邪恋が、美和も、そして綱四郎自身までも亡ぼすことになる。
原作は、剣豪小説のジャンルを戦後の50年代になって改新したと言われる五味康佑(やすすけ)による。様々な職業に就きながらも、小説を書くことを諦めずにいた五味は、偶々音楽関連で知り合った新潮社の役員に支援を受けながら、ある時聴いたフランス人作曲家クロード・ドビュッシーのピアノ独奏曲「西風が見たもの」(プレリュード第一集より)にイメージを受けて、原稿用紙30枚程の短編『喪神』を書き上げ、これを『新潮』の1952年12月号の「同人雑誌推薦新人特集」に掲載してもらう。これが、翌年の第28回芥川賞を受賞し、五味の小説家としての地位を確固たるものとした。この作品は、53年に早速、大映により『魔剣』(安達伸生監督;大河内傅次郎主演)の題名で映画化される。55年には短編『秘剣』が発表され、これが、『喪神』も含む後の短編集『秘剣・柳生連也斎』の表題作となる。『秘剣』自体は、同名の映画作品として1963年に稲垣浩監督、市川染五郎主演で映画化されることになるが、『柳生連也斎』という作品も55年に世に問われている。これが何故に大映映画の本作の題名の一部となっている「秘伝月影抄」に関係があるのかは、今のところ筆者には未知である。しかも、市川と勝の決闘は、日中に行なわれており、その際、兵介が父から授かる知恵「相手の影を切る」は、勝が太陽を背に受けて投げる影を兵介が踏み続けて間合いを一定にするというものであるから、それであれば、「秘伝日影抄」であろう。
五味は、1956年の『週刊新潮』の創刊号より、『柳生武芸長』を連載し始め、これが人気を博し、剣豪小説、武芸長というジャンルのブームを、同時期の連載もの『眠狂四郎シリーズ』を書いた柴田錬三郎と共に、導いた一人であった。
最後に、本作を観ていて、非業の女・美和の髪型が気になったので、これについて述べておこう。インターネットに「女の髪型、室町時代、遊女」と入れて検索したら、ウィキペディアに「立兵庫(たてひょうご)」という項目が出てきた。映画を観ていて観察できたのは、この髪型は、耳の後ろ辺りは何やら小姓の髪型、髷は、太く結って立ち上げて、銀杏の葉のようにした形に広げたものである。そうして、ウィキペディアの「立兵庫」の説明によると、これは、主に女歌舞伎役者や遊女に好まれた髪型であると言う。安土・桃山時代頃、中国・明の女性の髷を真似て流行り出した髷に「唐輪(からわ)」という髪型があり、これは、兵庫や堺などの港町にいた遊女がよく結ったものである。その結い方は、「前髪を真ん中で分けたのち髷は髪を頭上で纏め上げて二つから四つの輪を作ってから、根元に余った髪を巻きつけて高く結い上げる」ものであると言う。立兵庫の方は、「髪を一つにくくったものを頭上で一つの輪にし、余った毛先を根元に巻きつけて高く結い上げる」のである。頭上で作る輪の数が、複数か一つかで異なるようであるが、この立兵庫の立っている髷を横に広げると「横兵庫」となり、江戸時代の花魁の髷として知られることになる。成程、立兵庫は、「縦」兵庫となり、そのヴァリエーションは、横兵庫となる訳である。
2026年2月17日火曜日
バトルシップ(USA、2012年作)監督:ピーター・バーグ
さて、本作に登場する戦艦は、USS Missouri,BB-63戦艦ミズーリ号である。本艦は、太平洋戦争中の1944年六月に就役し、一時予備役に入ったものの改装され、その後の1990年に勃発した対イラク湾岸戦争でも任務に就き、ようやく1992年三月になって退役したBattleshipである。
戦艦ミズーリ号と言えば、太平洋戦争史の最後を飾る、1945年九月二日に、日本が連合国諸国に対して無条件降伏したことを認める調印式がその艦上で行なわれた戦艦であった。ウィキペディアによると、この日、東京湾にあった本艦艦上の出来事は以下のようであったようである:
「全ての連合国軍高官がミズーリに乗艦した。チェスター・ニミッツ海軍元帥は8:00直後に乗艦した。連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー陸軍元帥は8:43に乗艦し、日本側全権代表団は8:56に到着した。アメリカ海軍では、乗艦している最先任の海軍将官の将旗のみをメインマストに掲げると規定されているが、降伏調印式では、マッカーサーの要求で例外的に、海軍元帥の将旗だけでなく、陸軍元帥の将旗も掲げられた。9:02にマッカーサー元帥がマイクの前に進み、降伏調印式は23分間にわたって世界中に放送された。式中甲板は2枚の星条旗で飾られた。1枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物(48州の星が描かれた星条旗)、もう1枚は1853年の黒船来航で東京湾に現れたマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物(31州の星が描かれた星条旗)である。」
このペリー艦隊との関連付けは、マッカーサーの演出であったと言われ、ミズーリ号の係留場所は、ペリー艦隊の旗艦Pawhatanポーハタン号が日米和親条約の署名の際に停泊した場所と同じ場所であった。この降伏文書調印式には、USA以外は、中華民国、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、オランダ、フランスにソ連が加わり、日本側からは、天皇及び帝国政府を代表して重光葵外務大臣が、大本営を代表して梅津美治郎参謀総長などが出席した。
この歴史的に由緒ある戦艦ミズーリ号は、US海軍の超弩級戦艦アイオワ級の三番艦として建造された。本作における見ものの一つである、本艦主砲斉射の場面は、ウィキペディアにある、湾岸戦争時の写真でも確認できる。故に、本艦と戦艦大和と比較して、本作での本艦の「活躍」を相対化してみようと思う。各項目の左側の数字がミズーリ号のもの、右側の数字が戦艦大和のものである。
基準排水量 45.000t 64.000t
満載排水量 58.000t 72.800t
全長 270,4m 263,4m
最大幅 33m 38,9m
主砲 50口径40,6cm三連装砲 45口径46cm三連装砲
両艦をこのように比較してみると、全長以外は、大和の方が全て数値が上回っており、当時の戦艦建造技術において日本が如何に優れていたかが垣間見られるのである。
2026年2月7日土曜日
ハンター・キラー 潜行せよ(USA, 2018年作)監督:ドノヴァン・マーシュ
沈黙の艦隊、潜水艦乗りの誇りを持って北極海の海底深く潜行する
本作は、潜水艦ものとしては、『沈黙の艦隊 北極海大海戦』に匹敵する作品である。但し、誤解がないように!『沈黙の艦隊 北極海大海戦』と言っているのは、実写版ではなく、傑作のアニメ版である。
上述の英語文は、主人公G.バトラー(制作者の一人も兼ねる)が映画の冒頭で、新しく自分が艦長となるべき、「Hunter Killer」たるべきUSS最新鋭潜水艦に乗り組む前に、自分のポケットから取り出したコインに書かれてある言葉である。狩りに出るハンターをも殺ってしまえる程、性能がいい、この最新鋭潜水艦は、USSヴァージニア級攻撃型原子力潜水艦の一隻である。『沈黙の艦隊 北極海大海戦』で登場する「シーウルフ」級が建造に経費が嵩み過ぎて殆んど建造されなかったことに鑑みて、その性能は、本作の冒頭で登場し、撃沈されるロサンゼルス級原子力潜水艦より性能はあるが、シーウルフ級よりは廉価である型である。故に、60隻以上の建造が見込まれている、建造が2000年に、就役がその四年後から始まった、2025年現在でも現役のサブマリーンである。
しかし、本作はストーリー展開が早過ぎ、また、潜水艦ものに徹していない作品なので、潜水艦ものに付き物の、あの狭い艦内での閉塞感が殆んど感じられない点で、マイナスである。この潜水艦ものに徹底できない代わり、Navy SEALsネイヴィー・シールズの地上戦のサブ・ストーリーがあり、このサブ・ストーリーは、確かに「損失」があるのではあるが、それでも展開が上手く行き過ぎで、「眉唾物」である。まず、ロシア連邦のドゥ―ロフ国防相がクー・デタを実行し、米露の戦争を勃発させようとするだけの内面的動機が全く本作では説明されていないことに内容の深みのなさがあり、不満が残る。その意味では、本作は、残念ながら、何も考えなくてもよいポップコーン・戦闘アクション映画である。
さて、本作には、ストーリーとしては、もう一つのレベルがあり、それが、国防省(現:戦争省)でのやり取りである。このレベルでのストーリー展開で重要な役割を演じるのが、統合参謀本部議長である。この役を、イギリス人名俳優サー・ゲアリー・ゴールドマンが演じている。善玉たるUSAの側において、好戦的な軍事上の権力者として、緊張を作り出して、ストーリー展開に、言わば、「塩味を効かせる」役である。尚、G.ゴールドマンは、2018年の第90回USAアカデミー賞で、別の作品でのウィンストン・チャーチル役で主演男優賞を獲得しており、本作は、彼がアカデミー賞を受賞した直後の作品となる。
ところで、統合参謀本部議長とは、USAにおける政治・軍事機構の中でどんな位置を占める役職なのであろうか。
これには、まずは、the Joint Chiefs of Staff 統合参謀本部がどんなものであるか知らねばならない。1947年以来存在する、この本部は、米軍の五種類の軍種、つまり、陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、そして、海兵隊の長、更に、州兵を管轄する州兵総局のトップ・州兵総局局長がメンバーであり、これに、専任の議長及び副議長が加わって、構成される。つまり、八名で構成される組織である。
この合議体の長がChairman of the Joint Chiefs of Staff統合参謀本部議長となり、議長は大統領が、各軍の最高司令官級の軍人の中から指名し、上院の助言と承認を以って、任期四年で任命される。階級は、大将となり、一般には、「制服組のトップ」と言われる存在である。
統合参謀本部議長が「制服組のトップ」とは言え、シヴィリアン・コントロールのUSAでは、最高指揮権は大統領にあり、統合参謀本部議長は軍事面における助言者であるに過ぎない。故に、各軍への命令は、大統領から戦争省長官を経て、各統合軍の司令官を通じて直接発動されるという経路を辿る。故に、本作で、G.オールドマン演じるところの統合参謀本部議長が直接に命令を下して、米露軍事衝突になり兼ねない軍事行動を発令できないはずであるが、これは、ストーリー展開を盛り上げるための「芸術上の自由」というところであろうか。
本作には2012年に発表された『Firing Point』という原作があり、作者は、Don Keithドン・キースとGeorge Wallaceジョージ・ウォレスである。G.ウォレスは、USA海軍潜水艦の元艦長であり、彼が共作しているからこそ、やはり、本作ラストシーンのテイストが出てくるのであろう。米露の潜水艦艦長同志の「潜水艦乗り魂」が称揚される本作のラストシーンは、対立の中においても人間性を失わないヒューマニズムへの賛歌を感じさせる終わりとなっている。
そうとは思いつつも、ウクライナ侵攻後のロシア、トランプ第二次政権の権威主義的統治を知っている2026年以降の人間には、本作が米ソ協調の古き良き時代の遺物にしか見えなかったのではなかろうか。
2026年2月4日水曜日
ゴジラ(日本、1954年作)監督:本多 猪四郎
このゴジラ映画シリーズの第一作目を記念する東宝特撮映画は、「水爆大怪獣映画」とポスターに銘打たれた。
まず、ここでは、「原爆怪獣」ではなく、「水爆怪獣」となっていることに気を付けたい。冷戦は、遅くとも1950年代に入ると共に、原爆よりも何倍も破壊力がある水爆による「熱戦」の可能性が現実味を帯びていたのである。既に、通常兵器による東西冷戦の代理戦争、つまり、朝鮮戦争は1950年に勃発しており、この日本の近隣での戦争の中で、日本は、西側だけとの一方的平和条約を1951年に締結し、朝鮮戦争による「特需」で、「奇蹟的経済復興」の端緒を掴むことになる。そして、朝鮮戦争が停戦協定により取り敢えず休戦したのが、1953年の七月下旬である。こうした国際環境の中、翌年三月一日に起こったのが、第五福竜丸被曝事件である。これは、USAのビキニ環礁での初の水爆実験で、予想外の爆発力の結果、危険水域外であると言われていた水域にいた数多くの漁船(一説によると1400隻以上)が被曝し、その内の一隻であった遠洋マグロ漁船・第五福竜丸でも、その乗組員23名が水爆爆発後の「死の灰」を浴びた。第五福竜丸は、被曝したものの救難連絡はせずに、三月中旬に自力で静岡県焼津港に帰還する。この事件は新聞にスクープされ、日本は、原爆のみならず、水爆の被害にも曝された国として、また、被曝したマグロは、本作でも言及された通り、「原爆マグロ」と呼ばれて廃棄されたのであった。こうして、第五福竜丸被曝事件は、54年四月以降、日本全国で知られるところとなる。
さて、東宝製作による本作のプロデューサーとなった田中友幸は、これに先立つ1953年八月以降、日本とインドネシアとの合作映画『栄光のかげに』の制作のために奔走し、監督に谷口千吉を、主演に山口淑子、池辺良を招いて、敗戦後も日本に帰還せず、インドネシア独立のために対オランダ独立闘争を闘った元日本兵をテーマとした映画を制作する目的で動いていた。第五福竜丸被曝事件と同月の54年三月には、東宝側はインドネシアに撮影機材を送って、四月からのクランクインに備えていた程であった。しかし、未だ日本とインドネシアの間での国交が回復されておらず、戦後の賠償問題も解決していない中、自国の占領軍であった大日本帝国軍の一員が解放運動の「英雄」となる「虫のよい」話しがインドネシア政府に気に入るはずもなく、三月下旬に急に合作制作の契約が解除される事態となる。田中は、急遽、代替え案を出さざる得なくなる。まずは、監督の谷口には、文芸作品として当時ベストセラーとなっていた三島由紀夫作品『潮騒』の映画化に回ってもらう。そして、二本の戦争もの『太平洋の嵐』(1953年作)と『さらばラバウル』(初上映は54年二月)で、戦中からのプロパガンダ用の特撮映画が戦後もその可能性が大きいことに改めて気付いていた田中は、ウィキペディアによると、「ビキニ環礁海底に眠る恐竜が水爆実験の影響で目を覚まし、日本を襲う」という特撮映画の代替え企画を、ジャカルタから東京への帰路、立てたと言う。
東京の東宝本社の企画会議で上述の企画に関して一応の了承を取り付けると、田中は文芸部と大まかな方向性を54年五月には決めるが、水爆大怪獣の名称はこの時には既に「呉爾羅」となっていたようである。田中は同月、自らもファンである怪奇幻想・冒険ものの作家である香山滋に原作を依頼し、「G作品検討用台本」が同月末には出来上がった。
既に、田中はプロデューサーとして、『さらばラバウル』(初上映は54年二月)で円谷英二と一緒の仕事をしており、「G作品」の特撮は円谷が担当することは早くから決まっていたが、池辺良主演の『さらばラバウル』の監督が本多猪四郎であったこともあり、田中は本多を「G作品」監督に連投で担当させ、脚本家・村田武雄を、生活感の薄い香山原作の「G作品検討用台本」により人間味を与える目的で選び出し、彼に本多と共同で「G作品準備稿」の作成に当たらせた。本作に漂う平和を願う雰囲気や女子高校生が平和を祈る斉唱のシーンなどはクリスチャンであった村田の存在なしでは考えられないと一部では評されている。こうして、「撮影台本決定稿」が出来上がっていくが、撮影監督には、正攻法で撮るヴェテランカメラマンであった玉井正夫を起用した。玉井は、東宝の女性ものの名監督・成瀬巳喜男の作品を何本も撮った、言わば、成瀬組撮影監督であり、本作本編のしっかりした撮影に相応しい人物であったと言える。玉井は本作の制作年の54年には、成瀬監督の下、『山の音』(川端康成原作)、『晩菊』(林芙美子原作)などの文芸作品を撮っている。
本作制作には、東宝は、本多組の本篇A班、円谷組の特技B班、そして、本編映像と特撮映像の合成加工を担当する合成C班(チーフ:向山宏)の三班体制で取り掛かり、本篇A班は54年八月上旬に、特技B班は同月下旬に撮影入りした。A班は、九月下旬に、B班は、撮影準備に時間が掛かったところから、ようやく十月下旬に撮了した。予定の初上映日の11月3日にようやく間に合った訳である。
このような東宝側の動きに対して、第五福竜丸被曝事件を巡る動静は、水爆大怪獣映画を撮る方向性が決まった五月上旬に新たな運動へと発展した。この時期、東京都杉並区の婦人団体(本作に登場する、菅井きん演ずるところの女性国会議員の態度に見られる日本人女性の行動力を思わせる)、福祉協議会、PTA、労働組合などが音頭を取って、約40人の代表人が、「原水爆禁止署名運動杉並協議会」を結成し、「杉並アピール」なる声明を発表する。この署名運動は、またたく間に全国に拡がり、その三ヶ月後の八月上旬、つまり本多A班の撮影入りの時期には、「全国協議会」の結成大会が東京都で開催されることになる。これが一年後の55年八月六日に広島で開催された「第一回原水爆禁止世界大会」に繋がる訳である。
A班の撮影が終了するのは、上述したように、九月下旬であったが、同月の中旬の9月24日に本作でも重要な場面となる女子高校生斉唱の撮影が行われた。実は、その前日、第五福竜丸の船員の一人あった久保山愛吉が、当時の東大の医師の診断によれば、「放射能症」が原因で亡くなっていた。久保山の病死は、日本人被曝者の内、半年以内で亡くなった唯一のケースとなったが、このことが日本での原水爆禁止運動の展開に具体的な動機を与えたことは間違いない。
こうして、「水爆大怪獣映画 ゴジラ」は、初上映日の11月3日を迎え、怪獣ものという「ゲテモノ作品」であるのにも関わらず、これがヒット作となった社会的背景には、第五福竜丸被曝という現実の事件、社会的な運動に発展しつつあった原水爆禁止署名運動の存在を抜きにしては考えられないのではないか。
とは言え、もう一方では、科学技術への未来主義的信仰も本作にあることは、見逃せない。本作のキャッチコピーが次のように言っている:
「ゴジラか化学兵器か 驚異と戦慄の一大攻防戦!放射能を吐く大怪獣の暴威は日本全土を恐怖のドン底に叩き込んだ!」
水爆という、地球をも破壊し兼ねない「科学技術の結晶」によって、解き放たれたジュラ紀の恐竜ゴジラに、人類はやはり化学兵器を以って対抗しようと言う。その化学兵器が、オキシジェン・デストロイヤーである。どうも、戦時中からドイツと共同研究をしていたらしいものを、天才科学者芹沢(平田昭彦)が極秘裏に戦後の日本で開発していたのである。右目に黒の眼帯を掛け、自宅の邸宅の地下にある実験室で新兵器を完成させた芹沢は、映画の78分台、ゴジラの大都での暴威を抑え込むために彼が開発した新兵器を使用するように頼みに来た主人公の尾形(宝田明)に次のように言う:
「尾形、若しも一旦このオキシジェン・デストロイヤーを使ったら最後、世界の為政者たちが黙って見ているはずがないんだ... 必ずこれを武器として使用するに決まっている。原爆対原爆、水爆対水爆、その上さらにこの新しい恐怖の武器を人類の上に加えることは科学者として、いや、一個の人間として許す訳にはいかない。そうだろう。」
これに対して若い尾形は、現前としてある不幸を見逃せないし、新兵器の存在は公表しなければいいのではないかと反論する。すると、自己の立場に懊悩する芹沢は言う:
「尾形、人間というものは弱いもんで、一切の書類を焼いたとしても、俺の頭の中には残っている... 俺が死なない限り、どんなことで再び使用する立場に追い込まれないと誰が断言できる... ああ、こんなものさえ作らなきゃ。」
芹沢は両手で頭を抱えて側にあった机の上に崩れ落ちる。この時、BGMには葬送曲のような重々しいメロディーが既に流れている。オフから声が聞こえてくる:
「安らぎよ、光よ、とくかえれかし、本日全国一斉に行なわれました平和への祈り。これは東京からお送りするその一コマであります。暫くは命込めて祈る乙女達の歌声をお聞きください。」
どういう訳かスイッチが入っていた、日本国産初のテレビ「ユタカ テレビ」は、まずは東京の廃墟を写し、続けて、看護婦達に看護される被災者、怪我人を捉える。未だ十年も経っていない東京大空襲後の帝都東京を思わせる画面が変わると、ある大講堂の全屋に整列した女子生徒達が歌を斉唱している:
『平和への祈り』
やすらぎよ、光よ とく かえれかし
命こめて 祈る我らの この一ふしの 哀れにめでて
やすらぎよ、光よ とく かえれかし
嗚呼
この曲の作詞は、原作者の香山滋が書いたものであり、作曲は、本作の音楽を担当した伊福部昭である。この女子高生が斉唱する場面は、上述の通り、54年9月24日に撮られたものである。撮影場所は、当時女子中学校・高等学校であった桐朋学園の大講堂であった。撮影時には、女子高校生のみ、約570名を大講堂床面並びにギャラリーにも整列させ、その彼女達の前の講壇に伊福部が自ら立って指揮をしたと言う。映画で聞こえてくる声は、本職の合唱グループが歌ったものをプレスコで場面に合わせて被せたものであるが、台風一五号が近づいていたところから、「うだるような暑さ」の中で、女子高校生達は、暗記した歌詞を真摯に歌っていたと言う。この場面について考察しているある投稿記事(『桐朋教育』第56号;筆者:飯島望)によると、撮影時間は午後一時からの二・三時間のことであり、女子生徒達の多くがその前日に久保山愛吉が死亡したことを知っていたのではないかと推測している。何れにしても、清純な乙女達が真摯に平和への祈りを斉唱するシーンは、本作を単なる怪獣映画に終わらせない、本作の社会的な深みを感じさせる名場面である。
この歌に聴き入っていた芹沢は、ある決心をして、おもむろにテレビのスイッチを切ったのである。
2026年1月31日土曜日
星(ドイツ民主共和国、1959年作)監督:コンラート・ヴォルフ
ブルガリアとの共同製作となることから、助監督にはブルガリア人監督Rangel Waltschanowが起用されていた。女主人公のRuth役には、イスラエル人女優Haya Harareetハイヤ・ハラリートを当てることにして、契約も結んでいたのであるが、彼女に丁度ハリウッドから歴史もの大作『ベン・ハー』(1959年作)での脇役の話しが舞い込んだことから、彼女はUSAに行ってしまう。代わりの女優が中々見つからない中、撮影の日程が迫ってくる。そこで、助監督のR. Waltschanowが、未だ演技を勉強中の自分の妻Sasha KrusharskaをRuth役に提案する。彼女はこの役で一気にスターの座に駆け上がることになる。
撮影は、1958年晩夏、ブルガリアの首都ソフィアから南に行った町Banskoでなされた。DDRでの初上映は、翌年の三月下旬であったが、共同製作国であるブルガリアでは、本作の内容が精神主義的な人道主義を説くばかりであり、とりわけ、ユダヤ人の描き方が労働者層とブルジョア階層との区別をしない曖昧なものであったことが批判されて、上映の認可が中々降りなかった。しかし、本作がカンヌ国際映画祭で審査員大賞を獲得すると、批判はそのままにして、上映はブルガリアでも許されることになる。ソ連及びイスラエルでは本作は上映禁止の措置を受ける。西ドイツBRDでは、ヴァルターがパルチザン活動に組するシーンが検閲されて、60年六月に初上映される。
2026年1月25日日曜日
グエムル -漢江の怪物-(韓国、2006年作)監督:ポン・ジュノ
本作、事前に知識を持たないで、偶然に、観た。最初の30分では、ナマズを巨大に突然変異させ、それに手足と長い尻尾を生えさせたような怪物「グエムル」(韓国語としては「グェムル」、更には「ゲムル」と発音した方が言語に近いと言う)が少々ひょうきんであるのに対して、この怪物に反応する主人公達がドタバタ喜劇的に大げさに描かれていて、「何だこのパトスは!」という感じで、一時観るのを止めたくなったのが正直なところであった。それを乗り越えて、結局最後まで観たのであるが、途中の漢江の流れに沿うソウルの都市景観や橋梁の撮影に撮影監督キム・ヒョングの映像美意識を感じながらも、終盤、どうして、デモ隊が登場し、黄色の煙幕が噴霧されるのか分からず、本作を観終わった。
この冒頭の2000年から、六年経ち、映画のストーリー上の現在は2006年となる。つまり、この映画が公開された年でもある訳である。この現代性は、韓国の観客には「刺さるもの」があったのであろう。故に、当時としては記録的な観客動員数であったと言う。本作を単なる怪獣映画と思う日本人の観客には、韓国でのこの社会的背景を知らないままでは、怪獣の「ダサさ」だけが前面に出て、本作が日本では受けなかったのは、当然と言えば、当然である。
仮に、日本の米軍基地で、このような毒物が近くの川に廃棄されたとしよう。横田基地でも、岩口基地でもいい。日米地位協定により、日本の警察権は、欧州の米軍基地と異なり、基地には立ち入りできないのである。正に、1894年に日本が撤廃したはずの治外法権は、米軍基地に関しては、戦後の1951年以来、復活したまま、現在にも及んでいるのである。
つまり、本作は、軍事政権から民主主義を勝ち取った韓国人の立ち位置で以って、デモ隊も登場するストーリーが語られているのであり、ここら辺の背景を知らない、筆者を含めた日本人観衆には、監督ポンの意図が理解できなかったと言わなければならない。
ホルムアルデヒド(英: formaldehyde)とは、有機化合物の一種で、化学式ではCH₂Oと表記され、その水溶液は、「ホルマリン」として人口に膾炙している。毒性が強く、人体へは、濃度によって粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、蒸気は呼吸器系、目、喉などの炎症を引き起こす。本物質は、WHOの下部機関たる「国際癌研究機関」により「グループ1」の化学物質に指定され、発癌性があると警告されているものである。とすれば、「グェムル」ようなモンスターが突然変異で出てくることも不思議ではない。
また、本作中に登場する「エージェント・イエロー」という化学兵器は、米軍がヴェトナム戦争で使用した枯葉剤「エージェント・オレンジ」に掛けたものであり、この枯葉剤も、その影響でヴェトナムで環境的要因による二次的奇形を持つ乳幼児が多数生まれた原因であると言われているものである。
更に、本作の公開と同時期、韓国・民主党系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が推し進めていた在韓米軍から韓国軍への戦時作戦統制権の移譲問題を、本作のストーリー展開と関連付ける報道もあったと、ウィキペディアに書かれてある。
とすれば、本作は単なる怪獣映画ではない訳で、本作のストーリーは、家族的団結の大事さと共に、在韓米軍への、少なくとも皮肉を込めた政治的な気骨のある作品となるものである。改めて、映画鑑賞後に、色々調べてみることの大事さが分かった次第であった。
2026年1月15日木曜日
スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師(英国、USA、2007年作)監督:ティム・バートン
荘厳なオルガン音楽が映画会社のロゴが見える所から始まる本作は、続いて陰惨なイメージのタイトルロールへと繋がっていく。何かゴシック・ホラー小説の雰囲気を思わせる。そして、映画が始まって登場した船は暗い闇に沈むロンドンに着き、ジョニー・デップ演じる主人公と彼と一緒にロンドンに戻ってきた若い船員アンソニーがそれぞれ別々に暗鬱なロンドンの街中に消えてく。既に船上で二人はその歌唱力を示しているので、本作がミュージカル映画であることが分かったのではあるが、映画を観始める前にそのことは知らなかったので、少々の驚きを以って、歌を聴き、さて、本作を観続けるか、一時、迷った次第であった。筆者は、ミュージカル映画は余り好みではないからである。が、結局は、最後まで観続けた。J.デップが体現する男の怒りがどこから来て、それがどう癒されるのかが知りたくなったからである。
さて、本作は、同名の、1979年に初演されたブロードウェイ・ミュージカルの映画化である。その舞台作品は、この年のトニー賞で、最優秀作詞・作曲賞を含めて八部門で受賞した作品であり、作詞・作曲を担当したのが、USA出身のStephen Joshua Sondheimスティーヴン=ジョシュア・ソンドハイムであった。彼は、本作での音楽も担当している。本作の監督は、1990年作の『シザーハンズ』(J.デップ主演)等で奇才の誉れ高いTim Burtonティム・バートンで、彼は、原作のブロードウェイ作品を既に1980年にロンドンで観ており、彼は80年代末に映画化の話しをSt.ソンドハイムに持ちかけていたと言う。しかし、紆余曲折があって、映画化はイギリス人監督Sam Mendesサム・メンデスが担当することに一旦はなるが、今度はS.メンデスが事情があって降板することとなり、それを受けて、T.バートンが結局は監督として登板することになる。実は、脚本は、S.メンデスの下で、USA出身のJohn Loganジョン・ローガンが担当することになっていたことから、本作の制作においても彼が脚本家として続投する。こうして、T.バートンとJ.ローガンが、舞台劇で三時間あった内容を映画的に濃縮させる方針を取り、本作の音楽担当である原作者のSt.ソンドハイムもその意向を受けて、作中内の歌を改編している。T.バートンは、とりわけ、歌で登場人物の感情の高揚を歌い上げる典型的なミュージカル的展開を嫌い、それを避けて、歌っている最中からどんどんストーリーを展開させる処理方法を取ったのである。これは、ミュージカル映画の冗長さを嫌う筆者に言わせれば、成功していると言える。
本作の冒頭で抱いた「ゴシック・ホラー」感は、確かに、部分的には当たっているが、ゴシック小説とは、イギリス18世紀後半の産業革命が始動し始めた時期に流行りだしたものであった。つまり、それは中世的趣味へ浪漫主義的な懐古なのであり、そこでは貴族達が主役を演じる。そして、それは、中世騎士道物語の延長としてのゴシック・ロマンスものの形成となる。こうして、「迫害される乙女」がそのテーマの一つとなる訳で、それは、本作における、治安判事ターピンの豪邸に、籠の中の鳥のように監禁されているジョアナと船員アンソニーとの恋物語りと相似している。
しかし、主人公ベンジャミン・バーカーは理髪師であり、貴族ではないので、ゴシック・ホラーのジャンルには当てはまらない。と言うのは、イギリスにおけるゴシック小説の流行は19世初頭までで、とりわけ、1837年以降のヴィクトリア女王時代(1901年まで)では、大衆雑誌の興隆の中で、残虐な犯罪ものが、とりわけ、労働者階層の大衆娯楽小説として好まれて読まれるようになり、次第にゴシック・ホラーものに取って代わっていったからである。
ヴィクトリア女王時代にはイギリスの産業革命は更に進行し、それは、鉱山業や機械製造業にも及んだ。また、鉄道網が整備されたことにより、物資の輸送も効率化されたことにより、産業革命の速度は更に高められ、ヴィクトリア女王時代にイギリスはその繫栄を築いたと言える。世界に冠たる大英帝国である。こうしたイギリス社会の繁栄は、出版界にも影響することになり、19世紀の半ば、幾多の出版社、新聞社が興される。実は、本作の題名の一部になっているFleet Streetフリート街は、シティー・オブ・ロンドンの西端にある、テムズ川と平行に東西に走る通り名で、「イギリスの新聞街」の別名がある程、数多くの新聞社が置かれていた通りなのである。
「本」とは、中世では元々高価な物で、一般庶民が手に入れることの出来ない物であったが、17世紀から19世紀にかけてイギリスで発行されたポケット・サイズの本、即ちChapbookチャップ・ブックは、低価格で中間市民階層でも買えるものであった。この巡回文庫Chapbookという名称は、Chapmanチャップマン(行商人)が売り歩いたことによると一般に言われているが、この「文庫本」は、8から24ページ程度の厚さで、挿絵入りの内容は物語から料理、暦など多岐に亘り、価格は1ペニー前後で、そこから、これらの本は「Penny history」とも呼ばれた。
一方、犯罪ものへの大衆の興味は、15世紀頃からの「Broadside balladsブロードサイド・バラッド」という、大判の紙一枚に俗謡(バラッド)を載せ、犯罪・強盗・災害などのセンセーショナルな事件を綴ったものを以って癒されていた。これが町や農村で半ペニーか1ペニーに売られていたのである。
そして、この「スウィーニー・トッド」は、ジャーナリストで音楽家でもあるThomas Peckett Prest(1810年生まれ)が、同僚のJames Malcolm Rymer(1815年生まれ)と共作で、『真珠の首飾り』と呼ばれた作品で1846年に創造したと言われている、連続殺人を犯す理髪師である。
このPrest版のスウィーニーの連続殺人の動機ははっきりはしないが、どうも金銭欲に因るものであったようである。ブロードウェイ作品版では、それは明確に治安判事ターピンに対する復讐劇となっており、その構図は、T.バートン版でも変わっていない。また、おぞましい「ミート」パイ屋を営むミセス・ラヴェットは、三つのヴァージョンで存在しており、彼女を単なる共犯者と見るか、或いは、スウィーニーの愛人と見るかでストーリーの味付けが違ってくる。本作では、名前の中に「Love」が入っている未亡人のラヴェット婦人(イギリス人女優Helena Bohnam Carterが好演)は、復讐の鬼ベンジャミンに報われない片思いをし続け、スウィーニーことベンジャミンは、奪われた、そして、奪われたと思っていた妻ルーシーに、復讐の憤怒の中、永遠の愛を誓っていたのである。復讐、連続殺人、カニバリズムのグロテスクは、血の饗宴の内に終わる。
2026年1月5日月曜日
ダイアモンド・ラッシュ(英国、2007年作)監督:マイケル・ラドフォード
話しは、喫茶店のシーンから一転して、俯瞰図からハイヒールを履いて颯爽とロンドンの通りを歩く、若いと言っても、もう38歳の独身者ミス・クウィンが映し出される。何故か彼女は黒髪で、タイトなスーツを着ている。背景の音楽は、今ではジャズのスタンダードになっていると言っていい『Take Five』である。調べてみると、この曲の発表は、1959年で、2007年乃至その前年から場面転換した時期、つまり、1960年の年とほぼ一致する。上手い選曲であり、USA出身で煙草も吸い、英国オックスフォード大学を出ている才媛たるクィン「老嬢」にもぴったりである。彼女は、勤め先であるLondon Diamond Corporation、略して、「Lon Di ロン・ダイ」という大手のダイヤモンド取り引き商会に向かっていた。商会の建物の前では、「Lon Di 人殺し、ダイヤモンドのためにはもう一滴の血も流させない!」というプラカードを掲げて抗議する人々が集まっていた。小さなデモ隊は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策にも反対していた。
このLon Diには全世界で「1223」もの支店があるのにも関わらず、女性支店長は一人もいなかった。ミス・クィンの後輩の男性職員が彼女を追い越して、丁度、南アフリカにあるカップ支店の総支配人に任命された。自分の鬱憤を晴らすために、ミス・クィンには、自分の思いを小さいカードに書く癖があり、今回もまた昇進が出来なかった恨みに、「don't give up work harder You will win」と、馬車馬のように働くことを誓って、三行をピリオドなしに書き付ける。そして、それを自分宛ての封筒に入れた。
ある晩、自分の事務室でいつものように「サーヴィス残業」をしていると、夜間に社屋の清掃作業を担当しているMr. Hobbs(Michael Kaineマイケル・ケイン)が部屋にやってくる。スモール・トークをミス・クィンと交わすミスター・ホッブスは、単なる清掃員ではないらしく、聖書の一節を引いたり、南アフリカの件を言及したりする。その翌日、ミス・クィンがいつものように朝一番に出勤して、例の自分宛ての封筒を何気なく開けると、前に書いた「don't give up work harder You will win」の下に一行書き足してある:「No you won't」と。そして、封筒にはある映画館の切符が一枚入っており、切符の裏には「12:40 pm.」と書いてある。さて、誰がこんなことをやったのか。好奇心に駆られたミス・クィンは指定された時間に映画館に赴く。丁度リチャード・アッテンボローが演じている銀行破りの白黒映画が上映されている館内には、何とミスター・ホッブスが待ち受けており、彼は、支店の数は、1224店あり、また、ミス・クィンがここ三年間で六回も昇進のチャンスを逃していることを指摘した後、ソ連とのダイヤモンド取り引きに絡んで、秘密裡にその取引契約をLon Diが延長する策をミス・クィンが進言したのにもかかわらず、商会上層部は、彼女なしで、その策を取ることを決め、そして、彼女自身はまもなく辞めてもらう方針であると警告する。
調べてみると、確かに1960年6月を以って自分が財政上の理由で辞めさせられることになっていることをミス・クィンは掴み出したことから、同じく半年後に定年退職するミスター・ホッブスと会う。彼は言う:夜中じゅう清掃作業をする自分は、地下の大金庫の前の大理石の床を磨く仕事をする。警備員は二人しかおらず、それも別の場所に立っているのみで、大金庫の六桁の暗証番号さえあれば、楽々金庫内に入れて、持参のコーヒーポットに若干の未だ磨いていないダイヤモンドを掠め取れる。それを、それぞれ16年・15年勤続したお互いの退職金代わりにしよう。ミス・クィンは、その暗証番号を自分に教えてくれればよいのであると。
さて、ミス・クィンは、暗証番号を手に入れることが出来るか。また、ミスター・ホッブスは、上手く大金庫に入れて、ダイヤモンドを盗み出すことが出来るか。急遽、防犯カメラが取り付けられるという難易度が高められる中、もちろん、ミスター・ホッブスはダイヤモンド窃盗に成功するのであるが、実は、ミス・クウィンには、二重・三重ものサプライズが待ち受けていた。
確かに、本作は、金庫破りが一つのプロットであるから、ハイスト映画ではあるが、イギリス映画である本作に、銃撃戦も辞さないアメリカン・ハイスト映画を期待しても無理である。否、本作のテーマの主眼は別の所にあり、本作は復讐物語りなのである。今では崩壊しつつあると言われているイギリスの病院医療制度は、嘗ては世界に冠たるものと褒めそやされたものであったが、その十全な病院医療制度が導入される前には、イギリス国民は、自分で健康保険を掛けて病気に備えなければならず、本作のストーリーは、その発端を終戦後の時期にまで遡る。こうして、本作では、女性の社会進出の問題と健康保険制度の問題とが絡むことになり、巨大ダイヤモンド商会の部長クラスの管理職ミス・クィンとその会社の清掃員ミスター・ホッブスという、非対称な組み合わせが可能になった訳である。
しかも、この復讐劇の国際政治的な背景が興味深い。まず、国際的なダイヤモンドの取り引きにこの当時ソヴィエト連邦が関わっており、ソ連はLon Diの大事な顧客であることである。そして、1960年という年である。
1960年とは、世界史的には「アフリカの年」と言われている。この年にアフリカ大陸では、旧宗主国であるフランスから独立した13ヵ国を含む合計17ヵ国が欧州の旧宗主国から独立を達成した年であるからである。既に、1947年にインドとパキスタンが大英帝国から独立した後、1950年代には、他のアジア諸国が植民地の地位から脱していた。1955年には初めてのアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開催されていた。それを受けての1960年以降の反植民地主義運動がこうして世界で展開していた訳で、旧宗主国たる大英帝国は、その国際的地位を、工業力の点ではUSAに、国際政治の点では反植民地主義によって脅かされていたのであった。本作の冒頭でのデモ隊もこのような国際政治状況を反映したものであり、作中で起こるLon Diの会頭の突然の死も、この大英帝国の運命を象徴しているかのようである。
1960年二月初頭に南アフリカのケープタウンを訪れたイギリスの保守党政治家ハロルド・マクミラン首相は、南アフリカ連邦のアパルトヘイト政策を批判しつつ、次のような演説を行なった:
「変化の風がこの大陸を通じて吹いている。我々がそれを好むかどうかに関わらず、このナショナリズムの高まりは政治的な事実である。我々はその事を事実として全て受け入れなければならないし、国の政策においても考慮に入れていかなければならない」(ウィキペディアからの引用)
同年12月には、国際連合総会は、「植民地独立付与宣言」なるものを採択し、この宣言文で、全ての人間が自己決定権を保持しており、外からの圧力によってこの権利が行使できないのであれば、それは人権侵害であると謳っている。この宣言は、反対票無しで可決されたが、七つの国が棄権した。その七つの国の六ヶ国とは、イギリス、フランス、そして、アフリカの植民地に未だ固執するベルギー、ポルトガル、スペイン、更に、アパルトヘイト政策を行使する南アフリカである。最後の一カ国とは、USAであるが、何故、大英帝国に対して独立戦争を戦い、人権宣言を高らかに唱えたこの国がこの付与宣言を棄権をしたのであろうか。筆者は2026年一月五日にこの文章を書いているが、この二日前にUSAがヴェネズエラを攻撃している。USAは、1960年当時既に中南米を自己の影響圏の中にあるものと見做しているのであり、このイデオロギーに従って、USAは、「植民地独立付与宣言」についてこれを棄権したのであった。1960年には流石にこの宣言に反対が出来ない情勢であったが、66年経った今年2026年、果たして、どうであろうか。筆者には、21世紀版帝国主義がその邪悪な本性を現し、再び跳梁跋扈し出したように思える。
2026年1月3日土曜日
ジュラシック・ワールド:炎の王国(USA、2018年作)監督:J・A・バヨナ
ウィキペディアで調べてみると、「ジュラシックもの」は何と、もう七本も撮られているとのこと。『ジュラシック・パーク』の三部作(1993年、1997年、2001年)で完結したものと思いきや、2015年に『ジュラシック・ワールド』が再開されると、本作と2022年作品で、もう一度三部作が一回りし、25年には、少々お太り気味のスカーレット様が主演なさっておられる「リバース版」が飛び出している次第である。
調べて分かったことは、ジュラシック・ワールド三部作では、オーウェン役の主演男優Chris Prattクリス・プラットとクレール役のBryce Dallas Howardブライス=ダラス・ハワードが通しでやり通していることに好感が持てる。Chr.プラットは、男臭くなく、如何にもUSボーイの正義感を持ち、いざとなれば、腕っぷしも効くオーウェン役によくイメージが合っており、また、意志が強く、行動力があり、「古生物愛護運動」の先頭に立つクレールには、ブロンドがかった赤毛と大きな口のBr.ハワードは、適役である。ウィキペディアによると、Dallasという名前は、自分が「出来た」時の場所がダラスであったから、そして、Bryceという名前は、Bryce Canyonブライス・キャニオンという、赤色の岩石で有名な、ユタ州にある国立公園の名称から採ってあると言う。名は正に人を表すとは、このことであろう。
彼女をどこかで見た記憶があり、探してみると、『ターミネーターIV:救い』(2009年作)で、ジョン・コナー(Chr.ベール)の妻となるケイト・コナー役を彼女がやっていた。ケイト役は、女医師であるが、コナーの副官的存在であると、かいつまんで言えるとすると、この役も本作の役柄と似ている。Br.ハワードは、監督Ron Howardの娘であり、その血を引き継ぐのか、2013年以降、監督業にも手を出しており、短編を二本程試した後、2019年に『Dads』というドキュメンタリー映画を発表し、それ以降は、シリーズもののテレビ映画作品を時々撮っている。
トップ・ガン マーヴェリック(USA、2022年作)監督:ジョセフ・コシンスキー
映画の冒頭、調整中のある飛行機が登場する。この時は、どの単葉機か分からないのではあるが、ラスト・シーンでは、その飛行機が、P-51であることが分かる。軽快な、スリムな機体と、それと思われる、腹に抱えた吸気口が特徴的なこの戦闘機は、ノース・アメリカン社が開発し、USA陸軍航空軍で...
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まず画像に、「この一篇を雲の彼方に散った若人のために捧ぐ」と流れる。 すると、早速、当時の実写の場面が写し出され、恐らくマリアナ沖海戦か、沖縄戦における神風特攻作戦の場面が一部特撮を混ぜて見せられる。(特撮:日活特殊技術部;やはり、戦前からの東宝・特撮部、円谷英二班のものには...
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本作、画面の構図と色彩感覚がいい。画面の構図は、監督・是枝裕和の才能であろう。色彩感覚は、むしろ撮影監督・中堀正夫の持ち味であろうか。 原作は、神戸出身の作家・宮本輝の1978年発表の同名小説である。筆者は原作を読んでいないので、本作のストーリー(脚本:荻田芳久)が原作のそれ...
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グローバル・プレイヤーとしての製薬・生命維持産業がその社会を支配しているというプロットは、SF映画でよく聞く話しで何も目新しくない。ただ、それが、社会の多数派を占める吸血鬼人間に、人血を供給するという点は、中々面白い。 とは言え、その人血の製造が、人間の生命を維持する形で、し...