2026年7月31日金曜日

ユリシーズ(イタリア、1954年作)監督:マリオ・カメリーニ

 『オデュッセイア』は、古代ギリシャ神話の英雄で、知略の人オデュッセウスの冒険譚を詠った韻文の叙事詩で、24の「歌」から成っている。時系列的にはトロイア戦争が終わって、トロイアから故郷のイタケーに戻る行程が描かれるのであるが、文学的には、『オデュッセイア』では、初めの方で、オデュッセウスの息子のテーレマコス(「遠くで戦う者」の意)が父を探して父の戦友を訪ね歩く遊歴が語られたり、『オデュッセイア』の後段では、オデュッセウスがイタケーに戻って再び王位に就いてからの後日談が付け足されたり、更には、オデュッセウスの冒険譚自体が本人が回想しながら話すという具合に、文学的技巧が加えられて語られる、元々は口承・伝承されて徐々に形成された作品である。

 という訳で、『オデュッセイア』の第一歌では、オデュッセウスは既に幾多の冒険を乗り切って、海のニュンフ・カリュプソー(「覆い隠す者」の意)の島で、心地よく七年の時を過ごしている場面が描かれる。これに続くのが、テーレマコスの遊歴譚で、ようやく第六歌になって、オデュッセウスと王女ナウシカアーとの邂逅が語られる。最初12艘でトロイアを出発した自分の船団が途中で全ての船が失われ、航海を同じくする船乗り達も本人以外全員が、怪物に食べられたり、海の藻屑に消えてしまったりして、オデュッセウスは、結局、一人素っ裸のまま、ある島の浜辺に打ち上げられているところを偶然に王女ナウシカアーに見付けられて、彼女の父の王宮に連れて行かれる。因みに、宮崎駿の漫画『風の谷のナウシカ』の主人公名は、この王女の名前から採られている。

 本映画の冒頭は、この第六歌のところから始まる。つまり、第一歌から第五歌までをカットして、その代わりに、トロイア戦争での「木馬」のプロットや、故郷イタケーに女王として一人留守を守るペーネロペーの「窮状」が描かれる。

 制作スタッフのリストには監督Mario Cameriniマリオ・カメリーニを含めた七名の名前が挙がっている脚本家グループのよい思い付きであるのであるが、映画の初盤でのオデュッセウスは、嵐で頭をどこかで打ったのか、記憶喪失になっており、最初は、自分が誰であるかが分からない中、次第に記憶を取り戻しながら、映画内での物語りを進行させていく。

 映画では幾つかの冒険は省かれるが、原作の第九歌から第十二歌は冒険譚の回想で、一つ目の巨人キュクロープス、魔女キルケ―、冥府での母やアキレスとの邂逅、セイレーネス(セイレーン達)との試練などが語られる。映画もほぼこの流れでストーリーが展開する。

 『オデュッセイア』の第十二歌の終わりに、オデュッセウスはカリュプソーが棲む島に着くことになるが、映画では、ここはカットされて、オデュッセウスは、オデュッセウスを愛する王女ナウシカアーの理解を受けて、近くの島イタケーに向かう。

 オデュッセウスがイタケーに着いてからの映画のストーリー展開は、原作とほぼ同じで、原作の第二十二歌で語られる、オデュッセウスが、ペーネロペーに対して傍若無人な「求婚者達」を殺戮して回るシーンが、映画でのクライマックスとなる。こうして、映画は、20年間貞節を守ったペーネロペーと、途中幾つもの恋愛関係を持ったオデュッセウスが、永遠の愛を誓い合う大団円で「Fine」となる。

 「Fine」で終わるということは、本作はイタリア映画作品であるということになり、原題名も、イタリア語形の「Ulyssesユリシーズ」を意味する「Ulisseウリッセ」である。という訳で、本作の製作は、イタリア人のやり手のプロデューサー二人Dino De Laurentiis ディーノ・デ・ラウレンティースとCarlo Pontiカルロ・ポンティが担当している。本作が制作された年には、二人のプロデュースで『道』(監督F.フェリーニ)も製作されており、この作品は、57年にUSアカデミー・外国映画賞を獲得することになる。

 制作国はイタリアであるが、映画内で話されている言葉は、英語である。カーク・ダグラスが主演であるから、英語が話されているのであろうが、もちろん、本作のUSAでの興行を目論んでのことであろう。監督は、ローマ人で冒険映画を主に撮ったMario Camerini マリオ・カメリーニで、スタッフの多くもイタリア人であるが、撮影監督は、ニュー・ヨーク生まれのHarold Rossonハロルド・ロッソンである。H.ロッソンは、無声映画時代からのキャメラマンで、1936年制作の『沙漠の花園』(The Garden of Allah)のカラー撮影をW.ハワード・グリーンと共同で担当し、この作品の撮影に当たっては、当時未だ珍しかった三色法によるTechnicolorを使用したことを以って、38年にUSアカデミー技術栄誉賞を授与されている。また、『オズの魔法使い』(1939年作)を始め、1940年度、44年度、50年度と、本作撮影前にUSアカデミー撮影賞にノミネートされていた撮影監督であった。本作も、Technicolorで撮影されている。

 本作での色彩としては、普通のTechnicolorの色合いよりも、イタリア絵画的な油絵の濃厚さがあり、意外であるが、イギリス人Joan Bridgeジョアン・ブリッジがカラー・コンサルタントとして助言している。とりわけ、王女ナウシカアーを装った明るい紫と黄色のコンビネーションのドレスは、Technicolorの、さすがに輝度の高い色調で、印象的である。

 この王女ナウシカアーを演じているのが、1951年にデビューしたばかりの、未だ初々しいイタリア人女優Rossana Podestàロッサナ・ポデスタである。それに対して、女王ペーネロペーを演じているのが、Silvana Manganoスィルヴァーナ・マンガーノである。彼女は、 ローマ生まれで、元々は写真モデルなどをしていたのであるが、1946年に「ミス・ローマ」となり、早速、映画界でデビューを飾ることになる。三年後には、『にがい米』(ジュゼッペ・デ・サンティス監督)で演じた助演級の、農業労働者の役で有名になり、50年代に入って、Gina Lollobrigidaジーナ・ロロブリジダなどと並ぶイタリア映画界のディーヴァとなった存在である。実は、彼女は、『にがい米』を製作したディーノ・デ・ラウレンティースと49年に結婚しており、彼の後ろ盾もあってか、本作では、キルケー役も演じており、オデュッセウスに恋する魔女として、貞節を通そうとする女王ペーネロペーとの好対照をなす、より魅力的な役を演じている。

 本作に関しては以上なのであるが、今回、『オデュッセイア』のことを調べていて、この叙事詩の後日談があることが分かったので、これもまた面白い話しでもあり、ここに記しておく。その後日談とは、『テーレゴノス(「遠くで生まれた者」の意)』という。実は、『テーレゴノス』自体は今はもう散逸してしまっているのであるが、それを言及する他の書物や作品から、『テーレゴノス』の内容は、大体、次のようであると言う。以下、ウィキペディアの該当部分を引用する:

 「テーレゴノスはオデュッセウスがアイアイエー島を去ったのち、キルケーからオデュッセウスの息子として生まれた。テーレゴノスは島でキルケーによって育てられ、ヘーパイストスが制作した毒があるアカエイの棘を穂先に付けた槍を授けられた。テーレゴノスは成長するとオデュッセウスに会いに行ったが、イタケーに漂着したテーレゴノスはそこがどこであるか分からず、空腹に耐えかねて家畜を襲い、家畜を守るために現れた老人を父オデュッセウスとは気づかずに[毒槍で]殺してしまった。殺した男が自分の父親だと知ったテーレゴノスは、オデュッセウスの遺体と、異母兄テーレマコス、その母ペーネロペーを伴ってアイアイエー島に戻った。オデュッセウスを島に埋葬すると、キルケーは3人に不死を与え、キルケーはテーレマコスと、テーレゴノスはペーネロペーと結婚した。」

 この話しを読んで、筆者がすぐに連想したのは、テーバイ伝説のラーイオスとオイディプ―スの件であり、オイディプ―スも、父とは知らずにラーイオスを殺し、母親とは知らずにラーイオスの妻と結婚するという、あの「オイディプス・コンプレックス」で有名なオイディプースの話しである。

 『テーレゴノス』では、テーレゴノスは、オデュッセウスの息子ではあるが、キルケ―が母親であり、ペーネロペーとは、世代の違いはあるとは言え、直接の血の繋がりがない訳であるから、テーレゴノスがペーネロペーと結婚したとしても、これを「オイディプス・コンプレックス」とは言えないであろう。一方、テーレマコスがキルケ―と結婚する動機が何であるかは測りがたいが、キルケ―にしてみれば、テーレマコスは自分が愛したオデュッセウスの面影を宿した存在でもあり、テーレマコスに魔法を掛けてでも、自分の傍に置きたいのは山々であったのではないか。とすると、英雄オデュッセウスの悲劇の最期を受けて、異母兄弟という間接的な血の繋がりを背景にして、しかも女性側が年上という世代が違った二組のペアの婚姻は、正に、本作と同様の大団円ではなかろうか。

 キルケーとテーレマコス(「離れて戦う者」)からは、「ラティーノス」が生まれ、ペーネロペーとテーレゴノス(「離れて生まれた者」)からは、「イタロス」が生まれた。ラティーノスは「ラテン語」に、イタロスは「イタリア半島」にその名前を残したというのも、興味深い「落とし胤」と言えようか。

2026年7月29日水曜日

グレイハウンド(スペイン、2017年作)監督:アドルフォ=マルティネス・ぺリッツ

 本作は、スペイン映画で、同名のUSA映画『グレイハウンド』(2020年作、トム・ハンクス主演)とは全く別物であるので、ご注意下さい。


 まず、本作を観て思うことは、スペインまでもが「アフガニスタン紛争」に関わっていたことの事実である。それで、もう一度、「アフガニスタン紛争」の歴史を調べてみると、この国際法違反の他国介入は、既に2001年10月上旬にUSAによって始められ、21年8月15日まで続いたということである。

 そもそもの始まりは、2001年9月11日の「同時多発テロ事件」を受けて、当時のUSA大統領ジョージ・W・ブッシュが対国際テロリズムとの戦いを「War戦争」と、解釈のマウント取りをしたことであったが、本来、「戦争」とは、国と国との闘争であり、ある国とテロリスト集団との戦いではない。故に、十分な証拠が仮にあっても、アフガニスタン国にテロリストの引き渡しを要求し、これに従わないからと言って、他国に侵攻すること自体が国際法違反なのである。しかも、テロリズムは犯罪行為なのであって、警察行為で取り締まるべき問題であることもここで言い添えておこう。

 そして、この国際法違反の行為の結果、タリバン政権が政治権力を放棄して、地下に潜り、それを、レジーム・チェンジとして、USAの庇護の下、暫定政権を擁立したこと自体もまた、国際法上、問題がある。2026年に生きている我々は、ヴェネゼイラやイランでのケースで、そのことを知っている。(ある国の内戦の勢力の一つに加担して、ある外国の軍隊がその国に侵攻することは、誰の目にも国際法違反と理解できる。)

 しかし、民主主義と人権を擁護するという、もう一つの大義名分の名の下に、既成事実としてUSA軍によって擁立された、アフガニスタンの暫定政権は、国際連合から「支援」を受けることになる。ここでも、国際政治の、国際法遵守と人権擁護のディレンマがぶつかり合うことになる。

 こうして、国連は、2001年12月20日の安保理決議1386号により、国際治安支援部隊International Security Assistance Force(略称:ISAFアイサフ)をアフガニスタンに派遣することになる。この部隊は、国連憲章第一章に基づく、国連平和維持軍(所謂、「ブルー・ヘルメット」)ではなく、国連憲章第七章の発動の下で行なわれる軍事的強制措置(憲章第43条)としての、有志国による多国籍軍であった。

 国連からの「お墨付き」を得たISAFではあるが、アフガニスタン「正統」政府が成立し、この「正統」政府が、各国との軍事技術協定を再調印したとしても、この政府と国連との協定が成立した訳でもなく、更に、ISAFの「多国籍軍」は、2003年8月以降は、事実上、「NATO」軍に置き換えられ、ISAFの統合最高司令本部もオランダに置かれる。

 遅くとも2009年までにはNATOを構成する全28ヵ国が、派遣する兵隊の数の違いはあれ、ISAFに兵員を提供しており、それだけではなく、NATOに加盟していない欧州諸国(当時のスェーデンなど)、そして、欧州以外、例えば、アジア州やオセアニア州の国々(韓国、シンガポール、オーストラリアなど)も参加して、2012年には50ヵ国、合計約13万人のISAF要員がアフガニスタンに派遣された。(アフガニスタン政府の治安維持能力が十分に養成されたということで、ISAFの任務は2014年末に終了する。)

 本作で登場するスペイン軍は、NATO軍の一部としてのものと理解されるが、スペイン軍自体は、既に2002年初頭にASPFOR (Afghanistan SPanish FORce)として約480名規模で、アフガニスタンの首都カブールに入っていた。それ以来、兵員数は、2012年段階では約1.500名(USAは、約9万名)に増えており、2005年以降は、イタリア軍の傘下に、アフガニスタン西部の、トルクメニスタンに国境を接する州Badghisバードギースの州都Qala-i-Nawカラエナウにも駐屯していた。(アフガニスタン東部は、USA軍の、アフガニスタン北部は、ドイツ軍の、そして、アフガニスタン南部は、オランダ軍の上級指揮下にあった。)

 本作は、2012年に起こった実話を基にして脚本が書かれているようであり、基本的には、上述の枠組みでISAFに参加したスペイン軍兵士、とりわけ、戦死したり、任務中事故死したりしたスペイン軍兵士へのオマージュと考えてよい作品である。故に、ストーリーを盛り上げるための事実の「改竄」は倫理上、最小限に留められていると見てよく、戦闘場面での銃の撃ち合いよりも、戦闘任務中に直面した困難を如何に乗り越えるかの、一人一人の兵士、将校の決断こそがここに描かれることが、脚本の本筋であると思っていよい。そして、女性蔑視のタリバン政権に対する、ヨーロッパの価値観を体現するためにも、このアフガニスタン西部で任務に就いたスペイン軍女性兵士・女性将校の活躍も特にプロットとして描かれることになる。

 尚、筆者はミリタリーマニアではないので、本作に登場した軍用ヘリコプターが何であるか分からなかったが、他の方のコメントを見て、それが、救護ヘリに特化されたフランス製ヘリコプター「AS 332B、通称:Super Pumaスュペール・ピュマ」、USA製タンデムローター式大型ヘリコプター「CH-47 Chinookチヌーク」、そして、仏・独・西により共同開発された攻撃型ヘリコプター「EC665、愛称:Tigre/Tiger」であることが分かり、調べてみた。「EC665、愛称:Tigre/Tiger」は、開発国はもちろん、オーストラリア軍もこの機種を導入している。

 「Tigerティーガー」と読むと、これは、ドイツ語の愛称となり、「Tigre」がフランス語とスペイン語の愛称である。フランス語読みでは「ティグル」と、スペイン語読みでは、「ティグレ」となるそうである。本作撮影で登場した本機種は、スペイン軍が保有している、数少ない同型機のもので、恐らくは、スペイン軍の特別の許可を受けて撮影したものであろう。

2026年7月20日月曜日

Casshern(日本、2004年作)監督:紀里谷 和明

 1973年のTVアニメ・シリーズでは、冒頭の、何か講談調を思わせる、納谷悟朗のナレーションを、耳障りもよく、歯切れもよくて、好んで聴いたものである:

 「たった一つの命を捨てて、生まれ変わった不死身のからだ。鉄の悪魔を叩いて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる!」

 その切ない覚悟を持って、東博士の息子・鉄也は、人間の身体には戻れないことを知りながら、新造人間キャシャーンとなった。なぜなら、「鉄の悪魔」たるロボット軍団が人間を亡ぼそうとしているからで、その不死身の身体を以ってのみ、鉄也は「アンドロ軍団」に対抗できるのである。ナチス的な統制を思わせ、大量に製造される各種のロボット軍団に、「錐揉みしつつ、体当たりでロボットを破壊するフライングドリル」の技で、対峙するキャシャーンは、しかし、孤立しており、優勢な敵と孤独に戦う、その悲壮感は、火曜日晩七時からのテレビ番組枠のアニメとしては、稀有のものであった。

  しかも、「アンドロ軍団」が人間を亡ぼそうとする動機は、人間こそが環境を破壊して地球を亡ぼそうとしている存在であるから、地球を救うためには、人間を亡ぼさなければならないと、ロボット軍の総帥ブライキング・ボスが論理的に結論付けたからであった。

 1973年と言えば、石油危機の年である。それまでの高度経済成長政策により、経済成長率が10%程度を記録していた日本経済は、このエネルギー危機で、一挙にスタグフレーションの段階に入る。そして、1960年代には、公害による環境破壊が国民の意識に根付き、世界でも最も厳しいと当時言われた環境法制が整いつつあった時期である。

 この経済成長一本槍の政策を見直す雰囲気を敏感に感じ取ったストーリー内容は、単なる「子供のアニメ」で終わらすことが出来ない内容を含んでいた。キャシャーンのエネルギー供給源は、太陽光であり、キャシャーンが被るヘルメット(「ソーラーメット」)に付いた三日月形の鍬形が受光部となっているという具合である。1970年代の前半に「ソーラー発電」の考えがどれほど日本社会に浸透していたであろうか。その意味でも、このTVアニメシリーズのSF性は高かったと言える。

 さて、本作の制作年は、2004年である。原作とも言える1973年TVアニメシリーズの放映が終わったのが、1974年6月であったから、30年振りのリメイクである。さすがに30年も経っているから、今更「ソーラー・エネルギー」でもないであろう。環境破壊は、50年も続いたヨーロッパとの戦争がその理由となっており、原作での問題意識とはかけ離れているように思える。そのせいもあるのか、プロダクション・ディザインは、スティーム・パンク的な、レトロSFのルックである。SFの未来志向であるはずなのに、レトロという伝統回帰は、その矛盾性が好みである筆者ではあるが、やはり、環境問題が喫緊な課題でもあることから、この点でもっと環境破壊の問題を深掘りして欲しかったと個人的には思う。

  原作での「新造人間」という用語の使い方には、今から思うと、腑に落ちない点である。ロボットは機械であり、それがいくらアンドロイドの形態をしていようと、人間ではない。サイボーグは、あくまでも人間であり、ロボットではない、それ故、サイボーグでもないはずのキャシャーンは、新造の「人間」ではないはずである。この用語上の問題は、本作では、すっきりと解決されており、遺伝子工学の発達に関わる「新造細胞」による人間の再生はそれなりに説得力を持つが、キューブリックの『2001年』のあの黒い石板を思わせる、稲妻状の巨大な構造物は、原作との関連があるとは言え、都合がよ過ぎるプロットである。しかも、これにより、ブライキング・ボス達もまた「新造人間」になってしまい、Casshernとの対立の構図が不明確になってしまっている。そして、同じ「新造人間」同士であるからなのか、ブライキング・ボス対Casshernの対立が、極めて感情的にウェットで、パトスが強調されたドラマになっていて、141分の上映時間は、かなり冗長なものと感じられたのは、筆者のみではないであろう。残念である。

2026年7月13日月曜日

猿の惑星: 聖戦記(USA、2017年作)監督:マット・リーヴス

 前作の監督であったマット・リーヴスが、本作の監督を続投し、しかも、脚本も共同で担当しているのは、何か嫌な予感がする。元々の脚本家夫婦リック・ジャッファとアマンダ・シルヴァーは、今回は抜け、前作で共同脚本家であったマーク・ボンバックがM.リーヴスと脚本を共同執筆している。

 さて、本作の二人の共同脚本家にはかなり難しい課題が課せられていた。まずは、前作の結末が本作の始まりであり、本作の結末が、1968年の元々の第一作のストーリーにつながらなければならないからである。つまり、スタートとゴールが決まっていて、その間をどう「盛り付ける」かである。そして、本作での「盛り付け」は、余り成功していないように見える。

 本作の始まりは、サルとヒトとの闘争である。サルの武力のレベルは、騎兵と石槍のレベルである。それに対するヒトの武装は、20世紀のエリート部隊のレベルであり、火力の点では、シーザーには勝ち目はない。

 一方、本作の結末は、1968年作品のストーリーの状態につながらなければならない。即ち、サルがヒトを支配し、ヒトは言語を持たずにサルより知能が低い状態に成らなければならない。

 この二つの前提をどう「料理する」か。結末に関しては、説得ある理由が提示できており、納得できる。しかし、ラストシーンは、余りに調和主義的ではないか。或いは、白人の北米原住民の征服の端緒を模しているのであろうか。

 一方、映画の始まりから登場するエリート部隊の存在とその在り方は、映画の中盤になって、筆者にはある映画を思い出させた。『地獄の黙示録』(1979年作)である。この映画にも、マーロン・ブランドーが演じる「大佐」が登場する。USA陸軍特殊部隊に所属していた彼は、上官の許可を得ずに独自の行動を取り、カンボジア東部のジャングルの中に前哨基地を築いて、そこを独立王国として、地元民兵からは半神と崇められていた存在である。本作の、狂気を内に秘めた人物を演じさせると一品のWoody Harrelsonが演じる「大佐」も、本隊から離反して、独立の大隊を率いて拠点を構えて、軍事独裁者として振舞っている。彼は、自らに課した、信念とでも言えるある「任務」を遂行していたのであり、それ故に、彼は、本隊から離反していたのである。

 本作では、もう一人、否、もう一匹、ある映画を思い出させる存在がいる。Bad Apeである。他人の物を盗み、人間のように衣類を纏っている。何故なら、体毛が抜け落ちているからである。しかも、手話は出来ないが、動物園で育ったことから、英語は流暢に話せる存在である。ひょうきん者で、憎めないとも思えるが、こちらが油断をしたら、何をされるか分からないところもある。この性格の二重性が、筆者にはある映画に登場するキャラクターを思い出させたのである。『ロード・オブ・ザ・リング』の、とりわけ、第二作目『二つの塔』(2002年作)で重要な役を演じるGollumゴラムである。ウィキペディアの記述によると、Gollumは、「骨と皮ばかりに痩せており、目ばかりがぎょろりとした姿で頭髪・体毛はほとんど失われ」ていると言う。Bad Apeに外見が似ている。Gollumの本来の名前はSméagolスメアゴルで、元来は邪悪な存在ではなかったが、「指輪」の持つ魔力に侵されて狡猾さと残忍さを身に付けたが、「指輪」の魔力が弱くなると、スメアゴルの良心が一時的に復活するという二重人格の存在である。

 という訳で、「大佐」と「Bad Ape」という、余りオリジナリティがないキャラクターが本作の「キー・パーソン」の一部になっている点で、「盛り付け」が上手く盛り付けられていないように感じざるを得なかったのが
残念な次第であった

地底探険(USA、1959年作)監督:ヘンリー・レヴィン

 本作の原作は、SF冒険小説の生みの親の一人であるフランス人のジュール・ヴェルヌJules Verneの小説『地底旅行』(1864年作)である。この邦訳の『地底旅行』を原題にすると、『Voyage au centre de la terre』であり、意訳すると、『テラのセンターへのヴォアヤージュ』ということになろうか。本作に合わせて言うと、つまり、「地球の中心への旅」(『Journey to the Center of the Earth』)である。とは言え、どんどん地球の核に降りていく訳ではなく、アイスランドの死火山から地球の中に入った探検隊一行は、結局最後には、シチリア島の近くにある活火山Stromboliストロンボリから噴き出されて、地表に戻ってくることになるので、つまりは、地の底を旅して地中海まで辿り着いたことになり、この意味で、邦訳の『地底旅行』は適訳と言えよう。

 原作では、主人公は、ドイツのハンブルクに住む鉱物学者・地学者である、年齢は50代後半のOtto Lidenbrockオットー・リーデンブロックである。彼が丁度手に入れたルーン文字で手書きされた古書の中に、リーデンブロック教授は、16世紀のアイスランドの錬金術師Arne Saknussemm アルネ・サクヌセムの秘密のメッセージが隠されていると確信し、それを、甥っ子でもあり、また、彼の信頼の置ける助手でもあるAlexアーレックス(19歳)と共に解読する。こうして、二人は、コペンハーゲン経由でアイスランドのレイキャビックに渡航し、そこで現地の案内人としてHansハンスを雇って、上述の地底旅行を1863年の夏から始める。原作の語りは、一人称型式で、物語りは、Alexを語り手として語られる。

 原作が、初期のSF作品と言われる所以は、様々な科学的な叙述が比較的長く作中で綴られているからであるが、これを映画化するに当たっては、男三人の地底旅行をAlexのモノローグで淡々と辿る訳には行かない。という訳で、脚本家のWalter Reisch(ヴァルター・ライシュ;オーストリア系のUSA脚本家で、兼作詞家、兼映画監督)とCharles Brackettチャールズ・ブラケットが、脚本作りの経験を生かして、脚本化に取り掛かる。とりわけ、言わば「ビリー・ワイルダー組」の脚本家と言えるニューヨーカー・Ch.ブラケットは、B.ワイルダーのために十本以上の脚本を書いており、1950年作の『サンセット大通り』では、USアカデミー賞脚本賞を受賞している存在である。しかも、彼は、製作も担当しており、映画製作のツボも押えている人物である。

 まずは、時代を1863年から1880年に移し、主人公Otto Lidenbrockは、スコットランドはエジンバラ大学の教授Oliver Lindenbrookオリヴァー・リンデンブルックとする。その甥っ子であるはずのAlexは、リンデンブルック教授の下で地学を学ぶスコットランド人学生Alecアレックとなる。錬金術師Arne Saknussemmは、同じくアイスランド人の著名な地学者とし、新たに、その子孫であるサクヌッセム伯爵が本作の悪玉として登場して、彼が、リンデンブルック探検隊の邪魔をするのである。しかも、この悪玉が、リンデンブルック教授が協力を求めたストックホルム大学のゲータボルク教授を殺すという犯罪映画の要素もストーリーに加わる。SF冒険譚に犯罪事件が加われば、もちろん、色恋沙汰が出てこなければ「嘘」になる。という訳で、リンデンブルック教授には年頃の姪っ子のジェニーがいることになり、彼女とアレックは熱々の恋仲の関係である。このアレック役を、しかもコミカルに演じるのが、USA歌手のPat Booneパット・ブーンで、彼は、ジェニーに恋の歌をピアノの弾き語りで捧げるという趣向などを含めて、劇中所々で、その喉の魅力を披露することになる。更に、男三人のむさ苦しい地底旅行には、ゲータボルク教授未亡人Carlaカルラ(赤毛のブロンド女優Arlene Dahlアーレン・ダール)が、女丈夫よろしく、同行するのであった。こうして、探検隊隊長であるリンデンブルック教授(名優ジェームズ・メイスン)と、赤毛のカルラとの絡み合いも「色」の一つを添えることになるのである。

 1960年開催のUSアカデミー賞は、『ベン・ハー』が12部門でノミネートされ、11部門で受賞した、言わば、『ベン・ハー』の年であるが、この際、本作も三部門でノミネートされた。カラー映画部門美術・セット装飾賞(五名)、音響賞(Carlton W. Faulkner;1954年にシネマスコープ技術の開発に絡んでUSアカデミー賞技術賞を共同受賞している) 、そして、特殊効果賞の三部門である。とりわけ、特殊効果賞でノミネートされたのは、二作だけであり、もう一作の『ベン・ハー』がこの賞を受賞している。本作での特殊効果の担当は、L.B. Abbott(撮影監督並びに特殊効果ディザイナーとして活動し、1968年には『ドリトル先生の不思議な旅』、1971年に『トラ、トラ、トラ!』でUSアカデミー賞視覚効果賞を受賞している)、James B. Gordon(1951年開催のUSアカデミー賞で科学・技術賞を受賞している)、そして、Emil Kosa Jr.の三名である。但し、Emil Kosa Jr.は、USアカデミー賞でのノミネートでは挙げられておらず、代わりに、特撮における音響録音に関係したと思われるCarlton W. Faulknerの名前が再度挙げられている。

 特殊効果ということであると、本作の前年に発表された冒険ファンタジー映画『The 7th Voyage of Sinbad シンバット七回目の航海』がある。CGが導入される前の、特殊効果の王道は、特撮の名匠と言われたRay Harryhausenレイ・ハリーハウゼンが開発した特殊効果撮影システム(ダイナメ―ション方式)で、ストップモーション撮影と写真合成技術をカラー撮影用に組み合わせたものである。この「特殊撮影の神様」が、『The 7th Voyage of Sinbad シンバット七回目の航海』で、画面の中で怪物や怪獣を動かしたり、人間と骸骨とを剣を持って戦わせたりしたのである。

 本作では、ストップモーション撮影は使われていないようであるが、いわゆる「トカゲ撮影」での写真合成技術は使われた。古代巨大生物を撮影するために、本物のトカゲやワニに作り物の鰭や角を付けさせてそれらしく見せるトリック撮影である。動物愛護の観点から今では考えられないトリック撮影技法である。

 尚、言語としては、本作はUSA映画でもあり、英語がこの映画では基本であるが、アイスランドでガイド役になるハンスには、本当のアイスランド人Pétur Rögnvaldssonがなっている。熱烈な陸上競技選手で、アイスランドの陸上競技代表チームには、十種競技の選手として参加しているほどである。彼は、USAの大学から奨学金を得たことからUSAに渡って、Peter Ronsonと名乗ることになるが、渡ってまもなく、本作に、その193㎝の身長の高さを買われて、Hans役で登場する。一方、Carla役のArlene Dahlは、USA生まれの女優ではあるが、彼女の両親は、ノールウェー出身の移民であることから、恐らくは、ノールウェー語が出来たのであろう。本作中では、アイスランド語しか話さないハンスと、スコットランド人であるリンデンブルック教授との間のスェーデン人通訳として、その仲介の役割を演じる。デンマーク語も含めたスカンディナヴィア諸語がそれぞれどれだけ異なるのか、筆者には測りかねるが、ハンスとCarlaとの間のスカンディナヴィア語のやりとりは聞いていて興味深い。

 本作は、CinemaScope作品として撮られている。CinemaScopeは、二十世紀フォックス社が開発したワイドスクリーン技術で、上述のCarlton W. Faulknerなどがその開発に携わっったものである。1953年制作の聖書物語『聖衣』(ヘンリー・コスタ監督、リチャード・バートン主演)が、初のCinemaScope作品となる。

 また、未だ白黒作品が撮られていた1950年代末で、本作はカラー映画作品として映画のカラー化の方向を一歩進めた作品として、DeLuxe Colorによるカラー化が行なわれている。筆者の個人的な印象であるが、Technicolorが彩度の高い総天然色であるのに対し、Eastmancolorは、油絵のような濃度の濃い色合いを特徴としており、特に、黄色の再現力に強い。DeLuxe Colorは、このEastmancolorを基に、特に初上映向けに使われるプリントに施された現像技術であった。しかも、Technicolorでは三色撮りであるのに対して、DeLuxe Colorは、「single strip color」と言われるように、一本の撮影で済むことから、安上りでもあった訳である。

 本作の中で、色彩関連で、とりわけ印象的なシーンを幾つか挙げれば、一つ目は、映画の序盤での、アレックの恋人ジェニーが着ているドレスである。シルクの光沢が感じられる薄い桜色のドレスは、それを纏った若いジェニーによく似合っている。日本で言えば、振り袖姿の二十歳のお嬢さんという感じである。二つ目は、夫によりアイスランドのレイキャビックに呼び寄せられたゲータボルク教授夫人Carlaが着ているドレスである。赤毛の髪を見せながら、赤色の補色である緑色の帽子を被り、それにコーディネートさせた、ビロードの素材を感じさせる若干くすんだ色の緑色のドレスである。そして、ドレスと言うことであれば、映画の終盤に、エディンバラに戻ってきた探検隊一行を讃える観衆の前で演説するリンデンブルック教授の隣に立つCarlaの着ているドレスである。明るい光沢を放つ薄い紫色の、華やかなドレスで、それにコーディネートされたように同じ色の日傘を差したCarlaの姿は、本作の大団円に相応しい一幅の絵であろう。
(因みに、本作のタイトルロールでは、初期のカラー映画作品でよくあるように、「Color Consultant」の担当者の名前が挙げられており、本作では、Leonard Dossが担当している。)

 そして、本作の極めつけは、探検隊が地底に着いて、初めて狂喜する、様々な奇石に散りばめられた、地下水が流れ込む洞穴の場面である。ここでは、特殊撮影は必要がなく、ただ美術監督の裁量の下、セット装飾が存分に腕を揮ったところである。正に、カラー映画作品でなければ、楽しめない場面であり、USアカデミー賞の美術部門で本作がノミネートされたのも然りという仕事振りである。改めて、担当したJeseph KishとWalter M. Scottに敬意を表するものである。

2026年7月7日火曜日

ザ・コア(USA、2003年作)監督:ジョン・アミエル

 地球の中心へ向かう使命ということであると、SF冒険小説の生みの親の一人であるフランス人のジュール・ヴェルヌJules Verneの小説『地底旅行』(1864年作)が思い出される。『地底旅行』を原題にすると、『Voyage au centre de la terre』であり、意訳すると、『テラのセンターへのヴォアヤージュ』ということになろうか。本作に合わせて言うと、つまり、「地球の核への旅」である。

 この原作を少々ファンタジー映画的に1959年に映画化したものが、USA映画『Journey to the Center of the Earth 地底探検』(Henry Levin監督、ジェームズ・ジェイソン主演)であり、これは、SF映画と言うよりは、冒険映画と言うべきストーリー設定であった。この映画を、よりSF的に引き戻し、更に、現代風のストーリー展開にしたものが、本作であると言えようか。『The Core』とは、「地球の核」のことである。

 地球物理学の専門家から見る本作のストーリーは、「人を馬鹿だと思っているような映画物理学」を以ってするものであり、「映画史上最悪の物理学映画」の「栄誉賞」を与えられていると、ウィキペディアには書いてある。しかし、地球物理学に疎い筆者には、「なるほど、これもあり」という感じで、それ程、違和感もなく最後まで見られたのである。次から次へと「危機」が訪れるストーリー展開で、人類を救おうという意気込みの、アストロナウトならぬ、Terranaut テラナウトが一人一人と亡くなっていくのにも伴なって、本作は、展開のスピード感を以って、飽かずに最後まで観られた次第である。

 監督は、Jon Amielという、ロンドン生まれのイギリス人であり、本作を単なるアクション冒険ものに終わらせてはおらず、とりわけ、極めて「人間的、余りに人間的な」Dr.ジムスキー(Stanley Tucci スタンリー・トゥッチ)の人物像は、本作のストーリーを平板な冒険映画に終わらせていない。しかも、彼は、USA国防総省ともつながりがあり、「デスティニー計画」にも関わっている人間なのである。本作終盤のストーリー展開でこの計画は暴露されるが、それは、痛快でもあり、また、現在のトランプ政権下でのUSAの政治状況を鑑みると、必要な「市民的抵抗」であるとも思われる。

 さて、地中の奥深くから排出される「ヴァージル」艇を観ていて、1966年作のSF冒険映画『ミクロの決死圏』を思い出した方はいたであろうか。それは、地球ならぬ、人体であった。

猿の惑星:創世記(USA、2011年作)監督:ルパート・ワイアット

 本シリーズの元祖とも言える『猿の惑星』(1968年制作)の、恐らく伝説的なショックは、主人公達が不時着した惑星が実は地球であったということであろう。この作品のヒットを受けて、その二年後の1970年から73年まで、第一回目の『猿の惑星』シリーズが展開し、高度な知性を持つ類人猿に支配される、奴隷的存在としてのヒトという、倒錯した世界が描かれる。とりわけ、ヒトの生存権を守ろうとするチンパンジーの女性科学者Dr. Zira(ジーラ:キム・ハンター)の存在がこのシリーズの初期には印象的であった。73年のシリーズ四作目の作品は、駄作の批評を受けて、本シリーズは中止される。

 ほぼ30年の空白を破って、USA映画界の奇才Tim Burtonが新世紀の最初の年・2001年に発表した『猿の惑星』は、1968年作品を、自称「リ・イマジネーション」した作品であると言う。宇宙での移動に絡む「時差」を上手く使い、主人公(Mark Wahlberg)が「救世主」となるストーリーは、Burtonらしいストーリー展開である。

 この21世紀に入ってからの10年後、福島大災害が起こった年の2011年に発表されたのが、本シリーズの「リブート」とも言える第二回目シリーズの第一弾『猿の惑星:Rise』である。類人猿がどうして知能を高めることが出来たのかの部分を、現代医療の課題たるアルツハイマー病の克服を目指す製薬会社ジェネシスの思惑を絡めながら、SF科学的な説得性を以って描いている。また、知能が比較的高まった類人猿の指導者となるシーザーの生立ちを丁寧に描いている点でも本作は筆者には好感が持てる。

 そのシーザーが使用する手話は、American Sign Languageであるそうで、シーザーが、サーカスで飼われていたオラウータン・モーリスと、その手話で以って会話をするというアイディアは、中々興味深い。この点でも、脚本家アマンダ・シルヴァ―及びリック・ジャファ夫婦の本シリーズでの仕事振りを評価したい。尚、二人はシリーズ三本ともにおいてその製作を担当しており、第二作目でも脚本作成を続投している。

 本シリーズの英語の原題が、2011年の本作では「Rise」、2014年の第二作では「Dawn」、2017年の第三作では「War」となっており、邦題の方が、それぞれ、「創世記」、「新世紀」、「聖戦記」と改題されている。それなりにセンスがある邦題名の付け方と言える。

 さて、第二作目の「新世紀」につながる、人類の地球支配の崩壊を結果する「猿インフルエンザ」の世界へのパンデミック的蔓延は、本作ではエンドロールが一部始まってからもう一度場面となって提示され、USAを発現地として国際航空路線網に沿って暗示される。それは、もちろん、日本にも及ぶ。2011年時におけるこの「暗示」は、2020年のからパンデミックを知っている2020年代後半に生きている我々には、その現実味がひしひしと伝わるものである。

2026年7月1日水曜日

ある神父の希望と絶望の7日間(アイルランド/UK、2014年作)監督:ジョン=マイケル・マクドナー

 カトリック教会の聖職者による性的暴行の問題を主眼に据えながら、アイルランド島の北西、大西洋岸にある、ある村での村人の人間模様をブラック・ユーモアとシニシズムを以って悲喜劇的描く本作は、果たして、佳作であろうか。

 本作では、アイルランドはダブリン出身の人気俳優Brendan Gleesonブレンダン・グリーソンが、神父役であるところからか、髭を蓄えて登場する。その実在感と共に、彼は、村人達のその心の悩みに癒しを与えようと努力するカトリック教会聖職者を説得力を以って好演している。とは言え、村人達の悩みは、次から次へと目まぐるしく描かれ、それもステレオタイプ的な描き方であるところから、何か底の浅さを感じさせる脚本である。

 しかも、背景に映し出されるアイルランド島北西の自然風景は、確かに、印象的ではあるのではあるが、どこか、観光協会のキャンペーン映画を思わせるところもあって、どうもいただけない。海岸でのサーファーの場面、アイルランドの航空会社の航空機が止まっている地方空港の場面、民族舞踊のグループが踊っているパブの場面、主題のテーマに即してストーリーを展開をさせようとするのであれば、入れなくてもよいシーンではないか。

 撮影場所は、アイルランドの北西にあるSligoスライゴ県で、先史時代の巨石文化遺跡で有名であり、また、映画にも再三登場する、大きな台形をしたBenbulbin山は、この県をシンボライズする標識になっている名勝である。そして、日本語版ポスターの背景になっている山はKnocknareaナクナレイ山といい、これまたこの県の名所の一つとなっている山であると言う。という訳で、残念ながら、いささか「胡散臭い」のである。

 監督は、ロンドン生まれながら、アイルランド国籍を持つJohn Michael McDonagh ジョン=マイケル・マクドナーで、本作の脚本も書いている。アイルランドを舞台としたブラックユーモア的な人間劇を描いている点で、また、その名もMcDonaghといえば、どこかで聞いたことがあると思ってよく調べてみると、彼は、Martin McDonaghの兄であると言う。

 マーティン・マクドナーは著名な劇作家であり、彼には、初期の映画作品としては、『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年作)がある。この作品では、既に自分の初期短編映画(2004年作)で起用していたB.グリーソンを使って、ある殺し屋達の悲喜劇を描いていた。この意味では、本作のストーリーが与えるタッチが何か似ている。

 更に、ジョン=マイケルの前作が、これまたアイルランドを舞台とした刑事もので、その主役を演じたのが、B.グリーソンであった。『ザ・ガード〜西部の相棒〜』という、2011年の作品である。しかも、この作品の製作総指揮の一人は、弟のマーティンという具合である。その意味でも、監督のジョン=マイケルと主役のB.グリーソンとは、よく知っている仲であると言えよう。

 邦題の『ある神父の希望と絶望の7日間』とは野暮な題名であり、そもそも、主人公の神父に希望はあったのか。絶望しかないところから這い上がったのは、彼に希望があったからであろうか。そして、彼をして「処刑」の地に足を運ばせたのは、神への信仰心ではなかったはずである。英語原題の『Calvary』とは、「髑髏の丘」、つまり、「ゴルゴタの丘」を意味する。しかも、その「処刑」が「神を祝祭する曜日」、つまり日曜日に行なわれたことも意味深と言えば、意味深であろう。

2026年6月30日火曜日

ノスタルジア(イタリア/ソ連合作、1983年作)監督:アンドレイ・タルコフスキー

 白黒写真が年月を重ねると、段々セピア色になっていくように、そのような色の映像で本作は始まる。映像の構図は、画面のこちら側は丘になっているようで、その丘から、画面の奥をゆったりと流れている川を見下ろす構図である。丘の中腹には、人や牛の姿が、17世紀の伝統的な風景画のStaffageスタファージュのように、点景として配置されている。この風景は、恐らくは、ロシア人であるアンドレイ・タルコフスキーが育ったロシアの古里とも言える原風景を映像化したものであろう。画面の奥を流れている川は、彼の生地の近くを流れていたヴォルガ川であるかもしれない。正に、題名通りのノスタルジーの映像である。

 本作の発表が、1983年で、A.タルコフスキーがソ連当局の帰国要請を無視して、西側に事実上亡命したのが1984年であったから、彼が既に望郷の念で以って本作を撮り上げた想いの強さが感じられる。それだけに、本作制作時には彼が内面的には「亡命」を、遅くとも83年段階で決意していたものと想像される。本作の製作は、一応「イタリア・ソ連合作」となってはいるものの、資本はソ連側からは出ていなかったと言われている事実からも、当時の事情の在り様(よう)が推察される。

 モチーフとしての「水」の存在にA.タルコフスキーがどのような意味の象徴性を与えていたかは筆者が詳らかに知るところではないが、水のないところに生命が存在し得ないことからも生命の源泉としての意味を、四大種(仏教用語で、「しだいしゅ」と読む。地、水、火、風の四要素を言う)の元素である「水」が持っていたのではないか。

 であれば、同じく四大種の一要素である「火」もまた「水」の対立項の意味を持つ。こうして考えれば、本作の主人公たるロシア人作家アンドレイ・ゴルチャコフの精神的ドッペルゲンガー・ドメニコが世界の救済を願って焼身自殺をした、その自殺の方法の必然性も理解できる。そして、映画の中盤で、アンドレイ(奇しくも、A.タルコフスキーと同じ名前)が水のひたたる洞穴で望郷の念に駆られて詠みあげた後、持参していたロシア語の詩集の手帳が、彼が泥酔して眠っている間に、自然に焼けたことの神秘も理解できる。尚、詠まれたロシア語の詩は、A.タルコフスキー本人と彼の母親を捨てて別の家庭を築いたウクライナ人の父親Arseni Tarkowskiの作品であることも、これまた、象徴的であろう。

 さて、映画の前半では、イタリア人の女性通訳Eugeniaに連れられてアンドレイは、イタリア・トスカーナ地方で、18世紀にこの地にやって来たロシア人作曲家Pawel Sosnowski の足跡を辿っていた。彼は、イタリアで成功を収めていたのにも関わらず、この作曲家は、望郷の念に駆られて不自由な帝政ロシアに戻り、そこで不幸な恋愛をすることになって自殺を遂げた人物である。アンドレイは、無神論のソ連社会から来ている人物である。その彼が、カトリック教国のイタリアにやってきて、嘗ての同胞の足跡を辿ることの政治・宗教的意味は大きい。同時に、Eugenia(字義的には「優生」の意)の自分への愛を拒むアンドレイの心理の複雑さも深い。この点、Eugeniaのみが、ある教会の地下納骨堂で、イタリア・ルネサンスの代表的な画家の一人ピエトロ・デラ・フランチェスカのMadonna del Parto(「妊婦のマドンナ」)を祀る、無数の蝋燭(元素・火!)に点された祝祭に立ち会う点も、象徴的な意味を持つ。因みに、アンドレイがEugeniaと泊まるホテルで時々、子犬を連れた婦人が登場するが、果たして、これは、A.タルコフスキーがロシアの文豪チェホフに捧げたオマージュであろうか。

 A.タルコフスキーは、「映画作家」ではなくて、「映像作家」である。何故に筆者がそう規定するかと言うと、それは、本作の終盤での映像の構成の仕方から言えるのである。主人公のアンドレイは、恐らく死者として、ある修道院教会の廃墟を訪れているのであろう。廃墟は、何かシトー派修道院の禁欲的な建築構想を思わせる、壁は高いが、装飾は少ない清楚な建築である。(撮影場所は、トスカーナ地方のシエナから南西に35km程行った所にあるSan Galgano修道院教会である。)ゆっくりと動くカメラは、廃墟の建物を舐めるようにして写す。その、静かではあるが、何かの激情を内に秘めた映像は、次第に建物の全体を写すように廃墟からの距離を取っていく。すると、教会堂の回廊の中にあるはずの、今は屋根がないためにただの地面となっている場所に水溜まり(元素・水!)がある。その左脇にはアンドレイが寝そべり、水溜まりの右脇には、ドメニコが飼っていたシェパード犬が腹這いに座っている。そこに何と、小雪が静かに降りそそぐのである。この静謐な映像構成は、正に、冒頭の望郷の念を搔き立てる映像に対応するものであろう。ソ連が生んだ世界的映像作家が初めてソ連以外の地で撮った初めての作品には、誠に相応しいラストシーンである。

 脚本には、A.タルコフスキーの名前に連ねて、イタリアを代表する脚本家Tonino Guerraトニーノ・グェッラの名前が出ている。ミケランジェロ・アントニオーニ、フランチェスコ・ロージー、フェデリコ・フェリーニなど、イタリア映画の代表格的監督の作品を手掛けている彼が、A.タルコフスキーの描いた大筋に沿って、それにイタリアのロケーションで肉付けした脚本と想像される。

 撮影監督は、ローマ人のGuiseppe Lanciジュゼッペ・ランキである。彼は1970年後半以降チーフ・キャメラマンとして活動をし始め、抒情的な場面や詩的で幻想的な場面の撮影において冴えた腕を見せると評価されている撮影監督である。本作は、その評価を裏付ける彼の仕事振りを見事に示している作品であると言える。

2026年6月28日日曜日

グラディエーター(USA、2000年作)監督:リドリー・スコット

 古代ローマの陸軍の軍隊編成の最小単位は、decurioデクリオ(「十人隊長」)に率いられた軍団歩兵八人で構成される分隊である。この分隊が十個集まって、centuriaケントゥリア(「百人隊」)が編成される。この百人隊を統率するのが、centurioケントゥリオ(「百人隊長」)であり、彼等が、言わば、「陸軍小隊長」の役割を担っていたのである。但し、現代では、「小隊」は、50名程度の要員で構成されるので、現代の軍人階級としては、ケントゥリオは、少なくとも中尉級ということになる。

  このケントゥリア二個が合わせられると、manipulusマニプルス(「中隊」、現代の「中隊」も200名程度)と呼ばれた。古代ローマ王政から共和政までは、兵役義務を負う市民が自己負担で重装武装し、自前で対外戦争に従軍したのであり、この時期には、マニプルスが軍事作戦で重要な役割を演じた軍隊編成単位であった。

  しかし、対外戦争の負担が大きくなると、当然に土地所有者兼自営農民でもある中間層市民は、次第に経済的に疲弊することなる。こうした状況に対応して、古代ローマでは、軍制改革が行なわれて、市民兵は次第に傭兵となり、兵役に必要なものは兵隊に支給され、兵役に対価となる給与が彼等に支払われることになる。こうして、軍隊は、支払う金のある富裕層の「私兵」の様相を帯びることになり、この軍団歩兵の在り方の変化が古代ローマ共和政を帝政に移行させる軍事的・社会的背景となった。

  軍事組織的にも、マニプルスを三個合わせたkohorsコホルス(「大隊」)が編成単位としてはより重要になり、一個コホルスには、少なくとも六個ケントゥリアが存在することになる。但し、計算上は一個コホルス600名の計算となるが、帝政初期のアウグストゥスの時代には一個コホルス450名程度が実際であったと言う。

  このコホルスを十個集めると、legioレギオー(軍団)と呼ばれる軍事編成単位となる。つまり、一個コホルスには、三個マニプルスがあり、六個ケントゥリアがあるから、一個レギオーは、十個コルホス、三十個マニプルス、六十個ケントゥリアがあることになる。つまり、軍団兵員は、編成上、六千名いることになる。この数字を現代の陸軍の部隊編成に当てはめると、大体、一旅団規模ということになり、准将ないしは大佐の階級の将校がこれを指揮する関係になる。

  六十個ケントゥリアがあると言うことは、六十人のケントゥリオがいることになり、この六十人の内、精鋭部隊である第一コホルスの最先任ケントゥリオが、primus pilusプリムス・ピルス(一番槍百人隊長)という名称を得て、第一コホルスを統率し、また、軍団長の参謀ともなったのである。また、一個レギオーには、軍団歩兵のみではなく、約200から300騎のequitesエクィテス(「騎兵」、equesが単数形)と呼ばれる騎兵が配備された。騎兵は装備に金が掛かるので、この部署には富裕層が就くことになる。

  古代ローマの「将校」は、共和政期では、元老院議員の中から民会の選挙によって選ばれて、公職を務める者であったが、下級将校であるケントゥリオ(百人隊長)は、部隊内の選挙によって選ばれた。ローマ軍の最高指揮官は、王政であれば、王であったが、共和政であれば、元老院によって選出されるconsulコンスル(「執政官」)であった。しかし、コンスルは、任期が一年でもあり、軍事面での連続性を考慮して、このコンスルを補佐する「参謀職」が設置される。それが、trinubus militumトリヌーブス・ミリートゥム(「軍事上の部族長」)であった。彼等は、実際には、戦闘には参加しなかったようであるが、元老院議員クラスから一レギオー当たり六名が選出された。尚、trinubus plebisという官職もあり、こちらは、平民会から選出されて、平民の利益代表者として、平民の立場を守ったことから、「護民官」という日本語訳が付いている。 

 更に時代が下がると、このtrinubus militumの上位に、legatus legionisレーガートゥス・レギオーニス(「Legio軍団の委任者」)が置かれる。古代ローマが共和政末期になると、レギオー軍団が属州に置かれるようになり、属州で行政を取り仕切るのがproconsulプロコンスル(「属州総督」)であったのに対して、軍事面では、総督から「委任」されたレーガートゥスが軍団を統率したことから、そのように呼ばれるようになった訳である。本作の主人公が、奴隷の身分に落とされる前に保持していた肩書は、本作の英語版では、「general」とされているが、歴史考証から言って、この「総督代理」、「最高軍司令官代理」、「軍団長」とも訳せるレーガートゥスが、古代ローマ時代では正しい呼称ではなかったかと思われる。 

 尚、レギオー軍団が属州配置となる措置を施したのは、帝政初期のアウグストゥスであり、これに伴なって、ローマ皇帝近衛隊のような、皇帝直属の、イタリア本土を管轄する唯一の軍組織が創設される。それが、praetorianiプラエトーリアーニーで、本作では、主人公の僚友として従軍中、新帝Commodusコモドゥスに従って主人公Maximusマクシムスを捕らえたことから、その功績の報償として、近衛隊長となるQuintusクィントゥスに率いられる部隊として登場する。praetorianiプラエトーリアーニーは、「親衛隊」とも訳され、元々は、戦地で軍司令官を護衛するために軍団の中から臨時で選ばれた職務であった。その後、帝政の成立に伴ない、皇帝直属の常設の近衛部隊にこれが成長し、帝政期が進むと、逆に、近衛部隊長が次期の皇帝擁立の鍵を握る存在となっていった。「親衛隊」と言えば、ナチス政権を思い出させ、SSの制服が黒色であったことから、本作に登場するpraetorianiプラエトーリアーニーも黒づくめの出で立ちである。 

 さて、主人公Maximusマクシムスには、そのモデルとなった古代ローマ史からの人物が何人かいると言われている。「剣闘士」ということであれば、当然誰にでも「Spartacusスパルタクス」の人物像が思い浮かべられようが、同じく「格闘家」として皇帝コモドゥスに仕えていたNarcissusナルキッススという人物が史実では重要な役割を演じる。

  皇帝コモドゥスは、父帝でもあり、また、ストア派哲人君主とも言われたMarcus Aureliusマルクス・アウレリウス帝とは異なり、どういう訳か、剣闘士としてコロッセウムの舞台に上がりたがった奇行があったと言う。ナルキッススは、このコモドゥス帝の個人トレーナーとして仕えていたのである。 

 父帝マルクス・アウレリウスが紀元後180年に陣中で、本作のストーリーとは異なり、病死すると、その実子のコモドゥスが即同年に単独の帝位に就く。と言うのは、五賢帝時代の、血縁関係にある養子による帝位継承の慣習とは異なり、実子のコモドゥスが帝位を継ぐのは数年前から明らかになっており、彼は、父帝と共に、177年からローマ帝国を共同統治していたのである。彼の統治の下、ローマ帝国はその黄金期の最後の時期を迎える。実際、コモドゥス帝は、180年代には、ドーナウ川沿いでのゲルマン諸民族との闘争やブリタニアでの軍事的混乱を外交手腕で押え、元老院からは、「Germanicus Maximus」や「Britannicus」の称号を得ているのである。 

 しかし、内政面では、既に182年に姉の一人であるLucillaルキッラが絡む暗殺未遂事件がコモドゥスを疑心暗鬼とし、父帝時代からの賢臣を疎んじ、奸臣を重用したりして、元老院との対立を深め、また、190年のローマでの穀物危機に対する皇帝の対応がまずかったりしてして、次第に専制化が進むことになって、コモドゥス帝は192年にローマで暗殺される。

  それは、192年の大晦日であった。疑心暗鬼からコモドゥス帝は、危険人物の抹殺を計画するリストを作成させていたが、そのリストには、愛妾のMarciaマルキアの名も挙がっており、偶然にそれを見た彼女が、リストに載っている元老議員達や近衛隊長のQuintusなどを集めて、コモドゥス帝の暗殺、廃位を策謀する。 

 マルキアは、この日、コモドゥス帝のワインの杯に毒を盛るのであるが、日頃から「ヘラクレスの化身」として鍛えているコモドゥスには盛られた毒が中々効かない。そこで、陰謀者達は、格闘家ナルキッススを抱き込み、彼に、コモドゥス帝を浴室乃至は寝室で絞殺させたのであった。それは、コモドゥス帝、享年31歳のことであった。こうして、ローマ帝国は、国内政争の激化と帝国分裂への危機の段階に入り込むことになるのである。

  実は、本作は、アンソニー・マン監督の『ローマ帝国の滅亡』(1964年作)を翻案し直した作品とも見られる。この作品でも、マルクス・アウレリウス帝(アレック・ギネス)は暗殺され、暗愚なコモドゥス(クリストファー・プラマー)が、父帝の遺志に反して、帝位に就く。実は、ガイウス・リヴィウス(スティーヴン・ボイド)という、コモドゥスとも親友関係にもある有能な軍団指揮官を先帝が帝位後継者と望んでいたのであった。一方、先帝の娘ルキッラ(ソフィア・ロレーン)は、リヴィウスを愛しているのにも関わらず、政略結婚で、アルメニア王(オマル・シャリーフ)と結婚させられていた。ある時、ローマ帝国軍が東方属領の叛乱を受けてペルシア軍と戦うこととなり、アルメニア王は、結局ペルシア側に付く。これに対して、コモドゥス帝は、今や軍最高指揮官となっていたリヴィウスを鎮圧に派遣し、リヴィウスは見事に戦勝する。実は、ローマ本国からの重税に喘ぐ東方属領の叛乱の背後にはルキッラがおり、愛するリヴィウスに叛乱者側に立つことを願っていたのであった。そのこともあったのか、戦勝したリヴィウスは、コモドゥス帝によりローマ帝国を共同統治してくれるように頼まれるのであるが、彼はこれを拒んで、軍から離れて単身でローマに帰還する。ゲルマン人に対する残虐な仕打ちと、その際に先帝の側近であった哲人ティモニデス(ジェームズ・メイソン)が惨殺されたことに対する怒りから、ルキッラは、暴君たる弟を暗殺しようとする。しかし、ルキッラもリヴィウスも捕らえられて、ゲルマン人と共に焚刑に処せられようとしていたところを、コモドゥス帝はリヴィウスに一騎打ちを望み、結局は、彼はリヴィウスに斃される。ストーリーは、愛し合うリヴィウスとルキッラが、政治的腐敗に汚れたローマを去る場面で終わる。 

 こうして、この前作を本作と比較すると、本作におけるストーリーの重点の置き方の違いがよく分かり、興味深い。前作の恋愛映画的展開は、本作においては後退し、本作では、マクシムスの人間的高潔さが前面に押し出されている。また、前作では単なる悪玉としてコモドゥス帝が描かれていたのに対して、本作では、コモドゥス帝の内面性をよく深く掘り下げており、人間劇として、本作を見応えのあるものとしている。その意味で、そのようなコモドゥス帝を体現したJoaquin Phoenixホアキン・フェニックスの、役者としての力量を筆者は高く評価したい。

2026年6月4日木曜日

他人の顔(日本、1966年作)監督:勅使河原 宏

 本作と同名の原作の作者は、安部公房であり、本作の脚本を担当しているのも原作者本人自身である。と言うことは、脚本の内容に原作者も同意しているということであり、本作が発するメッセージに原作者も異論がないという理解でOKであるということになる。

 筆者は、原作を読んでいないので、断定的なことはここでは言えないが、他の批評を読んだ限り、次のことが言える。まず第一点は、原作においては、仮面を製作するのは本人自身であることである。第二点は、サイドストーリーと言える「ケロイドの女」は、原作にも登場する人物であるという点である。

 「ケロイドの女」については、原作を知らない筆者は、特別に映画用に創意された人物と想像していたのであるが、映画内の彼女は長崎に住んでいたようでもあり、これをケロイドと結び付ければ、女は幼少の時に長崎で核爆弾に被曝して、右顔の半面にケロイドを持つようになったと言えるであろう。つまり、『他人の顔』は、単に、自己同一性という、個人レベルの問題を扱っているのではなく、ケロイドを顔に持つことの歴史性、つまり、戦争との関わりをも問題にしている点で、つまり、テーマを、単なる個人の問題から社会の問題へと地平を広げている点で、本作を筆者は評価したい。

 ケロイド、核爆弾、戦争とつなげてみると、映画内で語られる「ケロイドの女」の戦争への恐怖もまたよく理解でき、ケロイドのせいで、戦後約20年が経った日本で未だに肩身の狭い思いをしなければならない彼女の苦悩もまた想像できるのである。顔の左側だけを見れば「綺麗すぎる」ほどの「美女」であり、顔の右側を見ると、「化け物」になるという彼女には、「非健常者」に対する差別が強い日本社会では、余計に風当りが強かったのではないか。

 しかも、彼女の父親か親戚は、戦闘中の後遺症で精神病を病むようになった元日本兵の一人であるようであり、故に、彼女はある精神病棟に赴く。そこでは、戦時中の心の傷を背負っている「傷痍軍人」が、戦後になっても未だに戦闘を闘っているのであった。このシークエンスの背景音では、二度、ヒトラーと思しき男がドイツ語で激しく演説している声が聞こえる。ナチス・ドイツ、日独伊三国同盟、第二次世界大戦とイメージがつながる。実際、戦闘帽を被り、白い衣服を着て、松葉杖を手にしてひっそりと立っている傷痍軍人が、1960年代の半ばまでは日本の街中でも見受けられたものである。

 本作が発表された1966年という年は、60年安保の政治闘争が終わって六年が経ち、沖縄の日本への返還が未だなされない中、沖縄に基地を持つUSAが次第にヴェトナム戦争の泥沼にのめり込んでいく時期に当たる。日本が高度経済成長に酔い痴れている中、アジアの一角では同じアジア人が戦争で血を流していた。この意味で、「ケロイドの女」の、一見、理由なき戦争への不安は、それなりの根拠があったと言えるのではないか。

 それでは、原作との関わりで気になるもう一点である。原作では仮面作りの製作者が本人自身である。と言うことは、映画での、仮面を巡る、主人公と精神科医との間の対話は、原作では、実は、自己との饒舌なモノローグということになる。映画化において、主人公の中にある「もう一人」を外在化させたことは、映像化という点で、それを可視化させた訳であり、確かにその点で、この「策」は当たっているのではあるが、その分、モノローグの内省性・内密性が減り、ストーリーの緊張度が低くなったのはマイナス点であろう。これは、小説と映画という媒体の違いが生み出した長所・短所の出方の違いと言うべきであろうか。

 ただ、「顔」というものにこれだけ重きを置くことの問題の浅薄さは拭えない。映画の冒頭の方でも言われる点でもあるが、「顔」は、たかだか200㎠の表面に張った「饅頭の皮」である。映画の冒頭でも見せられるように、顔をX線撮影にしてしまえば、そこにはただ骨格だけしか見えない。「饅頭の皮」という皮膚を張った顔は、確かに、ヒトの個体差を見分ける最も有効な標識ではあるが、しかし、であるからと言って、それが、その個体の自己同一性に決定的な要因として働くかと言えば、そうではないであろう。(とは言え、映画の終盤で、駅から溢れ出る通行人が全員、同じようなのっぺらぼうの顔をしていることの「恐怖」もまた否定できないのではあるが...)

 顔がヒトに与えられた生得の「装い」であるとすれば、それは、機能としては「服」と同じなのであり、「服」であれば、それにファッション性を求めてもよい。つまり、「顔」におけるファッション性とは、「化粧」なのであり、そうであれば、それは、本質的には「仮面」と同じ性質のものである。生得の「顔」に仮面を被せることで、自分の「顔」を異なるものとして他者に見せる。しかし、服や化粧に個性を与えるのは、それを着る個人、化粧をする個人が内面に持っている個性なのではないか。個性が先にあって、その後に、「服」や「化粧」があるはずである。故に、新しい仮面を被るようになったことでその人物に変化が起こったのは、その人物に何も新しい個性ができた訳ではなく、本来の「顔」の下で固定化されていた社会的行動様式が、新しい仮面を身に付けたことで、解放されたと見るべきである。つまり、本作の最終場面での主人公の殺傷行為は、自身の解放のための、自由への「暴挙」であったと言うべきであろう。

2026年5月2日土曜日

リバティ・バランスを射った男(USA、1962年作)監督:ジョン・フォード

 西部劇の「古典」をストーリー的に捉えると、北アメリカ大陸の西部を舞台として、ピストルの威力にものを言わせて、無法者や北米「インディアン」と闘って、正義と秩序を維持する構図と言えるであろうか。これを古典的西部劇と名付けるとすると、北米先住民の観点に立って、ストーリーを語ろうとした場合、それは、非古典的西部劇、更に言えば、「アンチ・ウェスタン」とまで言えるであろうか。この「アンチ・ウェスタン」の最も古い例は、ウィキペディアによると、1950年制作の『折れた矢』(デルマー・デイヴィス監督)であると言う。あるアパッチ族の子供を助けたことにより、アパッチ族と親交を結ぶようになり、その中で、アパッチ族の娘と恋仲になった白人が、白人と先住民との架け橋になろうと決心する。この白人の名をTomといい、これを演じたのが、ジェームズ・ステュアートであった。

 この『折れた矢』から二年後に上映された『真昼の決闘』(フレッド・ジンネマン監督、ゲーリー・クーパー主演)について、この映画を、ジョン・ウェインは、「俺の人生のうちで、最も非アメリカ的なやつ」であると評価している。強いはずの保安官が手助けを頼んで町中を歩き回り、結局、最後は、自分の妻に助けてもらって、命拾いする「英雄」はあり得ないということであろうか。

 そのジョン・ウェインが本作で演じるTomは、小牧場主で、拳銃の腕は立ち、男気のある、典型的な西部劇ヒーローである。恋路に晩熟(おくて)で、意中の人Hallieハリー(ヴェラ・マイルズ)には、好きのすの字も言えない。それでも、スィート・ホーム・スィートで、勝手に思い込んで、自分の家の間取りを結婚後のために広めているという、そんな男である。その男が、西部のガンマン同士の慣習的掟を破る。ここに、ジャンル「西部劇」の父たるジョン・フォード監督が、1960年代前半に本作を撮ることにした「ひねり」があるのであろう。

 これに対するジェームズ・ステュアートは、東部出身の弁護士で、無法の西部に法の支配を及ぼそうと考えている理想主義の、場合によっては傲慢な熱血漢である。つまり、時代は、フロンティア時代後期であり、無法状態から法律による治安状態へと移行する、ガンファイターの挽歌の時期である。この点でも、本作は、明らかに古典的西部劇の範疇から外れることになり、同時に、本作は、準州が州として成立し、その州の上院議員Senatorをワシントン市に送るという時期を描く。この初代の上院議員が、J.ステュアート演じるRansom Stoddardである。

 それでは、本作はその時代の法治主義への転換がストーリーの要目であるかと言うと、そうではなく、西部には、伝説が必要なのであるという、映画終盤の言説であると筆者は言いたい。USA映画史の歴史的名台詞となった、作中のあるジャーナリストの次のような物言いが本作の核心的部分ではないか?:

“When the legend becomes fact, print the legend!” 
(「伝説が事実となる時、(それでも)伝説(の方)を活字とせよ!」)

 この台詞は、アメリカの商業主義的なジャーナリズムの一面を突いている名言であろう。これとの対照として、本作に登場する町の新聞屋Peabodyピーボディー(性格俳優Edmond O'Brienが好演)の存在も大きいと言える。悪漢リバティ・ヴァランス(リー・マーヴィン)に対抗する弁護士とジャーナリストの構図である。

 そして、この二人が町民選挙で、大牧場主達の思惑に反して、選ばれ、これが、J.ステュアート演じるStoddardの政治生命の始まりとなる。しかも、町民代表から、州知事、上院議員、更には、その気があれば、副大統領にでもなれるという、彼が政治生命の階梯を上がれたのも、彼が、悪玉リバティ・ヴァランスを撃ち殺したという「伝説」が大いに作用したからであった。上述の名言を吐いたジャーナリストも、このよい「伝説」を壊したくないために言った訳である。

 この名台詞を言い換えれば、しかし、「伝説は事実に勝る」ということにもなり、21世紀を生きる我々には、この言説が、USA政治のみならず、世界政治において如何に大手を振って歩いているか、痛いほど身に染みる言葉もないであろう。事実や真実を無視して、言い放った者がマウントを取って勝ちということであれば、現代は、ピストルを言葉に使い直した、無法者のフロンティア時代になっているとも言えなくはないのである。この意味で、この約六十年前の本白黒作品を、現代的視点で再鑑賞したいものである。

2026年5月1日金曜日

グッドライアー 偽りのゲーム(USA、2019年作)監督:ビル・コンドン

 かなり凶暴な古狸が資産家の未亡人の弱みにつけ込んで、その資産を根こそぎ、投資詐欺で奪い取る。よくある犯罪ケースである。故に、この古狸役にサー・イアン・マッケランを持ってきたことには異存がない。しかし、その相手役に、ヘレン・ミレンを持ってきたことは、両名優の「対決」という点では、それは確かに正解ではあろうが、純真無垢のおばあちゃんが騙されるプロセスで、その罠に嵌まっていく様子を見せるという点では、映画の始めからどんでん返しが予想できることから、その怖いもの見たさのスリル感が半減している。古狸対古女狐ということで、コメディー・タッチで、丁々発止の、どんでん返しに次ぐどんでん返しと言うのであれば、この顔合わせも分かるのであるが、古女狐がどうな罠を張って古狸を陥れようとしているのかが初めから予想される状況からは、本作の前半の展開が冗長過ぎる感じが否めなかったと思うのは、筆者のみではないであろう。

 映画後半の、二人がベルリンに行くという段階になると、ストーリーは、かなり陰惨となり、本作は、実は、復讐劇であったことが分かる次第である。時間軸は、2009年のロンドンから、1948年と1943年のベルリンとなり、再び、2009年に戻る展開となる。主役の二人が、実は、ドイツ人であったという展開であれば、もう少し、ドイツ人らいし俳優を持ってきてもよかったのではないかとも思われる。

 原作は、Nicholas Searleニコラス・サールが2015年に発表した同名の小説『The Good Liar』である。この小説の邦題が『老いたる詐欺師』で、かなり的を外した題名になっている分、映画の題名を「グッドライアー」としたことは、「グッド」を如何に訳すべきかで、邦題に違いが出てくるはずなので、そこを回避した、賢いと言えば賢いやり方であろうか。ただ、英語題名のカタカナ化ということであれば、やはり、定冠詞を付けて、『ザ・グッド・ライアー』としてもらいたいところで
はある。

2026年4月27日月曜日

西部戦線異状なし(USA、1930年作)監督:ルイス・マイルストーン


映画の最も頭に次のような英文が出てくる:

This story is neither an accusation nor a confession, and least of all an adventure, for death is not an adventure to those who stand face to face with it. It will try simply to tell of a generation of men who, even though they may have escaped its shells, were destroyed by the war...

原作の冒頭にはドイツ語で以下のように書かれてある:

„Dieses Buch soll weder eine Anklage noch ein Bekenntnis sein. Es soll nur den Versuch machen, über eine Generation zu berichten, die vom Kriege zerstört wurde – auch wenn sie seinen Granaten entkam.“

「この本は、(戦争に対する)訴求にも、信仰告白にもなるべきではない。本作は、戦争によって潰された、ある一世代のことを伝えようとする試みとなるべきである。たとえ、その世代(の一部)が榴弾から逃れたとしてでもある。」

(つまり、英語文では、「and least of all an adventure, for death is not an adventure to those who stand face to face with it」の部分が付け足してあり、これは、原文での戦争賛成の「信仰告白」の意味を分かりやすく説明しようとしたものと思われる。原作者のE.M.Remarqueレマルクは、原作の主人公パウルと同様に志願兵として、1917年六月にフランドル地方の西部戦線に投入される。彼の隊は、北西ドイツのヴェストファリア第十五歩兵予備連隊であった。戦況は既に予備連隊が投入される状況であり、レマルクは前線に配置されてから二ヶ月も経たない7月31日に、頸、右腕、左足に傷を負う重症戦傷者として、後方に送り返される。ルール地方の中心都市の一つデュイスブルクの軍病院で、終戦まで療養することになるが、この期間にレマルクは、同じ軍病院にいた戦友に様々な体験を聞き、それを書き留める。原作や本作におけるレアリスティックな戦場での描写は、もちろん、自らの体験もさることながら、軍病院に滞在中に彼が戦友から聞いた生々しい体験の数々から来ている。原作においては、それを読んだ限りでは、必ずしも筆者の反戦の態度は明らかではなく、それ自体は、戦争体験を価値判断せずに客観的に描写しようとしたものとも理解できるが、レマルクが日記を書き始めてからまもなくの18年8月24日に、彼は戦後のことに関して、「青年層の迫りくる軍隊化に対する、そして、その奇形的成長の如何なる形態が取られようともあらゆる軍国主義化に対する戦い」を求めると書き入れている。)

受賞歴:
1930年度USA第三回アカデミー賞:最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞する
1931年キネマ旬報外国映画最優秀作品賞を受賞する
その他

2026年4月22日水曜日

天使のたまご(日本、1985年作)監督:押井 守

少女と女の境界線はいったいどこにあるのだろうか
少女がひとりの少年に出会い
少女であることから解放される日
その日のために用意される
壮大で幻想的な物語
そして現代に蘇えるノアの箱舟伝説
SFハードメルヘン「天使のたまご」は
女の子のためのアニメーションです

―『天使のたまご』企画書・前文より(ウィキペディアからの再引用)

 この企画書を書いたのは、誰か?押井守ではない。そうではなくて、鈴木敏夫である。鈴木敏夫?スタジオジブリに関係のある、あの鈴木敏夫である。鈴木は、スタジオジブリの、カンパニー・プレジデント、事業本部本部長、代表取締役社長、代表取締役議長などを歴任していて、Ghibliジブリ・アニメの製作部門に長年関わり、プロデューサーとして辣腕を揮った人物である。

 その鈴木と押井とどんな関係があるかと言うと、鈴木は、元々は徳間書店の社員として、劇画雑誌の編集部員を経て、1978年にアニメ雑誌の『アニメージュ』の編集部員となり、81年に、彼の担当で、宮崎駿の初特集を組んだ人間であった。鈴木と宮崎の関係はこれ以降続き、鈴木は、『風の谷のナウシカ』の漫画化(82年連載開始)、劇場版アニメ映画化(84年三月初上映)を支える。1985年六月にスタジオジブリが創設され、89年に鈴木自身がスタジオジブリに移籍すると、本スタジオの殆んどの制作作品のプロデューサーを務めることになるが、85年から89年の時期には、本人はジブリ担当として依然として徳間書店に在籍しながら、まずはジブリに通ってそこで仕事を行い、夕方以降になってから徳間書店に行って別の仕事の打ち合わせを行う生活をしていたのであった。正に、この時期の1985年に鈴木は、宮崎の頼みもあって、押井のプロジェクトにも関わることになったが、それが本作であり、同時に彼が押井と組んだ初めての作品であった。85年12月15日に本作は、この時期、最も先鋭的なアニメの発表媒体たるOVAとして発売された。

 さて、押井は上に挙げた企画書に満足したかと言うと、そうではなく、逆に、自分に無断で鈴木が企画書を勝手に書き上げて、徳間書店の上層部に上げたことに激昂したと言う。押井も、もちろん自身の企画書を書いており、作品の題名を「水棲都市」としていた。既に、卵を抱えた少女、方舟というイメージを押井は抱いていたが、方舟というイメージから水、水に「棲む」都市という連想が押井の中で発展していたようである。鈴木は、この「水棲都市」という題名を独断で没にし、「天使のたまご」とする。ここで、天使のイメージを出してきたこと、それがモチーフとして完成作品にも生きながらえている点で、本作の成立に鈴木が大いに貢献していることが分かる。

 また、「SFハードメルヘン」という冠称も言い得て妙であろう。押井自身、プロジェクトの初期には軽めのファンタジーを想定したようであり、この点でも、鈴木は本作の傾向をキャチフレーズ的に言い当てている。しかも、少女が女へと「解放」(実は、強制なのであるが)されるという観点は、100%とまでとは言えないものの、本作に反映されており、必ずしも、本作が「女の子のためのアニメ―ション」ではないにしても、少女が「青年」と邂逅して、彼の精神的「暴力」によって、女となって排卵する展開は、鈴木が本作でのストーリー展開に大きな影響を与えたと言える。因みに、本作での「少女」は、見かけだけのものであり、もう何百年、何千年、否、何万年も生きてきた「女性的なもの」であり、「少女 = 女 = 老女」である。故に、髪は老婆とも思えるようなぼさぼさの髪の毛であり、同じ事は、「青年」にも言え、自分がどこから来てどこに行こうとしているのかも分からなくなった「老人」であるが故に、彼の髪の毛もまた白髪なのである。しかも、彼は、十字架にも似た武器を持っており、十字架を背負う者、つまり、イエスをイメージさせる存在としても考えることが出来る。

 しかし、「箱舟伝説」に関しては、さすがに一夜の付け焼刃で書き上げた企画書であるところなのか、「壮大で幻想的な物語」と「箱舟伝説」とを「そして」という接続詞で結び付けるだけであり、しかも、「箱舟伝説」を、現代に蘇ったものとしか捉えていない、未来への視点がない狭隘な見方で捉えている。正に、この点での押井の憤りは理解できるが、ウィキペディアによると、鈴木は、押井を激昂させる目的でこの企画書を書き上げたのであり、怒った押井がその勢いで徳間書店の幹部を本作制作に説得できるように、気合を掛けたのであったと言う。これが本当であるとすると、鈴木のプロデューサーとしての辣腕ぶりが相当なものであることが想像できる。徳間書店の幹部と押井を手玉に取ったその知略ぶりは実に驚くべきものである。

 こうして、押井は徳間書店の社長も入った重役会議で、原作なしの劇場版アニメを、劇場版アニメ映画作家として撮らせてもらいたい旨、そして、まずは表現があり、その後にストーリーがあることを力説し、その情熱にほだされた重役会も、制作のための資金を出すことに同意したのであった。

 このようにして発表された本・意欲作は、発表当時、しかし、売れなかったのである。それは、押井のアイドルであり、同時にライバルでもある宮崎駿が、自分の劇場版アニメの初監督作品たる『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年作)で、興行的には失敗したのと同じ運命であった。宮崎は、それ故に、アニメ映画作家としては、『風の谷のナウシカ』発表までの五年間、冷や飯を喰うことになるが、押井もまた本作『天使のたまご』が商業的に不発に終わったことで、同じく不遇の時期を迎えることになる。四年後の1989年に公開された劇場版アニメ『機動警察パトレイバーthe Movie』で、日本アニメ大賞を獲得するまでの三・四年間、宮崎と同様、押井もまた生産的な下積み生活を送ることになる。

 本作のキャラクターデザインを、否、それだけではなく、数百名に及ぶイメージボードの制作や色彩設定も含む「アート・ディレクション」を担当したのは、天野喜孝(よしたか)である。繊細で神経質な線描タッチで、ビアズリーをポップアート化したような、装飾的作品を描く天野は、SF関連の賞として名高い「星雲賞」において、1983年から86年まで四年続けてアート部門賞を受賞している。つまり、本作制作の85年に押井は一級のキャラクター・ディザイナーたる天野を自らの傍らに据えた訳である。本作用の原案創作で押井と共作した天野の図案を見て、押井も軽めのファンタジー作品制作の考えを払拭したと言う。

 作画監督は、名倉靖博(やすひろ)である。本作が発表される1985年の前年に、あるオリジナル・テレビアニメシリーズのキャラクター原案と作画監督を務める程になっていた名倉が、鈴木に誘われる形で本作に関わることとなり、押井の独断で作監に抜擢される。職人タイプのアニメーターらしく、天野がディザインした、本作の「少女」の髪の毛一本を丁寧に丁寧に描いていたと言う。ウィキペディアによると、名倉は、「後ろ姿が絵を描いている時も、おにぎりを食べている時も、机にかじりついて背中を伸ばしている。理想的な作監で」、「絵柄で魅せるタイプで、動きに責任をとるタイプの作監ではない」と、名倉のことを押井は評している。適材適所であったと言うべきであろう。

 美術監督は、小林七郎である。1968年に独立して、小林プロダクションを設立すると、翌年から、美術監督を務めるようになり、押井とは、1984年作の劇場版アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で共作している。恐らくはこの絡みで小林に話しが回ったのであろうが、フランスのバロック風の街をモティーフとした重厚で深みのある背景の制作には、ウィキペディアによると、小林は独自の制作方法を導入した。それは、「画用紙で描かれた克明な美術背景の上に、更に油性のサインペンでタッチ・色を描き込んだセル画を1枚重ねることで、建物の壁の荒々しさ等細かい部分を表現する」という方法であり、この方法を全ての背景で採用した。小林はまた、キャラクターの存在が入ることで、背景が二の次になることを嫌って、背景の立場から、色彩設定も併せてレイアウトにも関わったことで、背景美術の表現力がより高まることになったと言う。

 音楽担当は、菅野由弘(かんの・よしひろ)である。日本の伝統音楽にも関わるなど様々なジャンルの現代音楽を作曲する、非常に多作な作曲家である。押井とは、押井が演出した文部省選定・短編アニメ映画『りゅうの目のなみだ』(1981年作)で共作した関係からで、押井から菅野にオファーが行った。ウィキペディアによると、その時、押井は、「ボーカルとピアノを基本に、キリスト教音楽のイメージを取り入れる」、「水の音と音楽だけで作品を作りたい」というコンセプトを提示したと言う。また、最初に動画ありきで、それに劇伴の音楽を付けるという発想ではなく、動画と音楽との双方向の相互作用で制作していく作り方を採用した。尚、風をイメージした音色では、菅野がアイディアを出して、コーラス隊がある台詞をそれぞれ違った声色とスピードで話したものを録音・編集して、音響効果を出したと言う。

 菅野の静謐な音楽は、聴いている者に本作の精神性或いは宗教性さえ感じさせる、本作の内容に叶った音楽である。ラストシーンは、絶望なのか希望なのか、動画だけを観ていては両用にも解釈できるのであるが、随伴の音楽が何か陽性を感じさせるものであり、そのことから、ラストシーンは、希望の表象なのである、と理解できる、否、感じられるのである。そして、映画は、あの有名な鳥瞰構図に入っていき、永遠に呪われている方舟の運命が何であるのかを衝撃的に明かす。

2026年4月19日日曜日

ガンズ・アンド・キラーズ(USA、2023年作)監督:ブレット・ドノフー

 身内を殺された少女とマーシャル(連邦保安官)という関係であれば、すぐに、ジョン・ウェイン主演の『勇気ある追跡』(1969年作)や、この作品のリヴァイバル作品『トゥルー・グリット』(2010年作、ジェフ・ブリッジス主演)が思い出される。

 上記の作品では、殺された身内は父親であり、娘は、マーシャルに父の敵討ちを手伝ってもらうことになるのであるが、本作では、殺されたのは、母親であり、マーシャルは脇役に回って、殺された妻の仇を討つために父親(いつものように、演技が誇張のニコラス・ケージ)が敵討ちの旅に出掛け、娘はそれに同伴するという展開である。

 それで、妻を惨殺された、嘗ての非情な賞金稼ぎのガンファイターが復讐のために旅に出掛けたのが本作の本筋であると思うと、それはそうではなく、実は、この復讐の旅の途上で成長する娘の変貌こそが、本作のメインストーリーなのであり、この意味では、本作もまた、上述の作品をしっかりと踏襲していると言える。父親のことも知っている老練なマーシャル(Nick Searcyニック・サーシー)が、母親の死に対しても無感動で泣くことも出来なかった少女(Ryan Kiera Armstrong)に、その要所要所で重大な人生の忠告を与える二つのシーンに注目したい。

 さて、アパシー(Apathy)に病む少女は、その病から癒えたのであろうか。ラストシーンでの少女の言動から考えると、そうではないらしく、映画の序盤で描かれた、父親が経営する雑貨屋で、娘が、ガラス容器にそれまでごちゃ混ぜになって入っていた飴玉を、色毎に数種類のガラス容器に丁寧に仕分けしていたシーンは、本作では、実は、重要なメッセージを持っていたことになる。

 邦題の『ガンズ&キラーズ』も、英語原題の『The Old Way』(「いつか来たこの道」)も、本作の核心を突いていない命名である。

2026年4月17日金曜日

ワイルド・スピードX3 Tokyo Drift(USA、2006年作)監督:ジャスティン・リー


 「カーきち」映画は観ないはずが、「Tokyo Drift」の副題でつい観てしまった。トウキョウが舞台であるが、日本人は殆んど登場しないという不思議な映画で、あんな派手なカーチェースを日本の警察が許すはずもなく、その撮影には、カルフォルニア州で、日本の道路の一画を模倣して撮り上げたとのこと。むべなるかな!あとは、ロケ隊が東京で撮影したシーンを上手くカットインして、トウキョウの雰囲気を出している。故に、編集には複数人が担当しており、その一人が、「ケリー・マツモト」という人である。

 さて、「Uwabaki」という日本語の言葉が本作で世界に広まったことは、喜ばしい限りである。一方、「Gaijin」という言葉もこれまた世界に広まったことは、残念な限りである。この言葉が明らかに「日本人村」から村八分にされた人間への排除の思想を雄弁に物語り、本作でのストーリー展開の中で、残念ながら、正しくも使われている。本作は、2006年の制作であるが、Gaijinという言葉ではなく、「外国人」という、一見、非日本人に対する排外性を覆い隠しながらも、本質的にはその排除性を容認している言い回しは、日本のマス・メディアではいつからなされるようになったのであろうか。こんな言語社会学的な問い掛けをするとは、映画を観る前に期待をしていなかっただけ、その分、嬉しく思う。そして、改めて、制作から20年経たのちの「日本人ファースト」の政治的な意味や、「日本国民」という言葉に含まれる、民族性や元々の出自を越えた包摂性に感銘を覚えたのである。

 とは言え、車を「ドリフト」させながらカーブを走行するテクニックは、どれだけのタイヤを消耗する走り方になるのであろうか。他人事ながら、少々そんな心配をしながら本作を観ていた筆者には、雌鶏(めんどり)をめぐっての、盛りのついた雄鶏(おんどり)二羽の脊髄反射的な闘争にはやはり辟易したのである。USAでも日本国でも同様な事情の顛末であり、USAではブロンディーヌをめぐって、我が邦国では黒髪のセニョリータをめぐっての爭いは、女性を自己の所有物と考えるマッチョ的発想の帰結であることには変わりがないであろう。二回とも奪う方だった主人公のSeanショーン君、奪われる時になった時、どんな反応ができるであろうか。

 そして、ショーン君の父親の存在である。USA海軍の将校である彼が、米軍基地内ではなく、東京のみすぼらしい一軒家に住んでいて、彼には日本人の愛人もいるのである。米国軍人が、日米地位協定で、恐らくは滞在許可証もなく、民家に住んでいる。果たして、そんなことは可能なのであろうかと不思議に思った次第であるが、脚本は、Chris Morganクリス・モーガンという、シカゴ生まれの脚本家である。脚本作りには、ある程度は日本のことも調べたことであろうが、どこまでが事実に基づいているのであろうか。何れにしても、本脚本家は、以降、このシリーズ『ワイルド・スピード』の脚本を何本も手掛けることになる。

  因みに、ショーン君の父親のUSA海軍での階級である。日本語のウィキペディアによると、「海軍大尉」と記されている。英語版によると、「Lieutenant」と書いてあり、不思議に思って調べてみると、勉強になった。「Lieutenant」という階級名は、陸軍と海軍では異なるのである。「Lieutenant」は、陸軍であれば、中尉か少尉であるが、海軍であると、「海軍大尉」となるのである。「陸軍大尉」は、Captainである。一方、同じ「Captain」でも、海軍であれば、「海軍大佐」となってしまう。ここら辺の、筆者の「混乱」を自分になりに整理すると、以下、こうなる。

 階級呼称に関しては、陸軍と海軍とでは、別の階級呼称の発展があり、更に、海軍に関して言えば、イギリス海軍の階級呼称の歴史的発展がまずあったということである。民間船舶か軍艦かを問わず、「船長」とは、「航海の長」であり、「Master」と呼ばれた。これに対して、それが大型軍艦であれば、軍事的専門家として「Captain」なる者が配置されて、国王の兵士を率いて軍艦に乗船した。16世紀半ばから17世紀のイギリス・エリザベス朝期には、イギリスはスペイン海軍に対抗して戦っており、その代表的な海戦が1588年のスペイン・アルマダ無敵艦隊に対する海戦であった。当時のイギリス海軍は、強力なスペイン艦隊に対抗するために、民間の私掠船を海軍に招集してその戦力を高めたが、私掠船を軍艦として機能させるために、軍事的助言を「船長」に与える人間が必要になる。これらの「船長」を補佐する人間を「Lieutenant」(英語発音で「レフテナント」で、アクセントは「テ」にある)と呼んだのである。こうして、「Lieutenant」は、将官級、佐官級、尉官級というように、次のより高いレベルの階級位とその下の階級位とをつなぐ階級の名称となる。

 このような「Lieutenant」の中の最先任「将校」が、「船長」すなわち「艦長」を補佐する軍事的指揮権を握る人間として、「Commander」という名称を得る。一方、「Lieutenant」は、現在で言う尉官級の将校の名称に次第に使われるようになり、Commanderと「Lieutenant」級の将校をつなぐ階級名が「Lieutenant Commander」(「Commanderの代理人」)と呼ばれるようになる。こうして、Captainが、大佐に、Commanderが、中佐に、そして、「Lieutenant Commander」が、少佐になり、「Lieutenant」は、尉官級の筆頭となることになり、「海軍大尉」に相当し、「海軍中尉・少尉」は、「Sub-Leuitenant」となるのである。

 一方、USA海軍も基本的にはイギリス海軍の階級呼称を踏襲した訳であるが、米海軍中尉では、「Lieutenant Junior Grade」という、「二等海尉」的な呼称を採用し、「海軍少尉」は、フランス語からの影響で、「Ensignエンスン」と呼ばれる。実は、「Leuitenant」の言葉自体がフランス語から来ており、「代理人」を意味する言葉であった。尚、「Leuitenant」は、米国英語では、「ルーテナント乃至はルテナント 」と発音する。

2026年4月8日水曜日

ガラスの城(フランス・イタリア合作、1950年作)監督:ルネ・クレマン

 女主人公Évelyneエヴリンは、本作の題名たる「ガラスの城」に眠れる、恋に恋する「眠り姫」である。だが、彼女は、既に十歳程の男児を持つ人妻でもある。それでも、彼女は、スイスのベルンから保養に来ていたイタリアのコモ湖での休暇の最中に、夫Laurentロランと一緒に来ていたのにも関わらず、コモ湖の高級ホテルで、パリジャンのRémiレミーと知り合い、彼との恋に恋してそれに酔う。本当のところ、彼でなくてもよかったのであるが。

 一方、男主人公のRémiレミーは、全ての女に恋せるが故に、どの女も本気では愛せない、大人には成りきれていない子供男である。パリにいる一応の愛人のMarionマリオンとは、恋の戯れを遊ぶ関係であり、彼女との「爛れた」関係は今のところ持ってはいるが、それは、レミーにとっては、いくらでも代替え可能な「大人の」関係である。

 そんな恋の駆け引きを愉しむマリオンに焚き付けられたレミーは、ベルンにいるÉvelyneにパリから国際電話を掛ける。そして、彼は彼女にパリに遊びに来ないかと誘惑する。本心ではÉvelyneには来ては欲しくなかったミレーの許を、千々に乱れながらも、結局は訪れるÉvelyneであった。しかし、ベルンからの夜行列車で翌日の午前中にパリに着いたÉvelyneは、日中に見るレミーに違和感を抱き、一旦は彼が居住する同じホテルの一室に赴くものの、恐れを感じて、ベルン行きの帰りの列車に乗り込もうとする。が、彼女はそれに乗り遅れてしまう。

 パリのある郵便局で国際電話を掛けようとしていたÉvelyneを、偶然に電話ボックスで見付けたレミーは、彼女をパリの見物に誘い、ベルン行きの夜行列車が夜九時に出発するまで、パリの散策を楽しもうということにする。この、恋人の街パリを散策するロマンティックな雰囲気の中、Évelyneは、結局は、夜行列車を乗り過ごして、情熱の一夜を過ごすことになるが、さて、この有閑マダムの不倫の結末は如何なる結末を迎えることになるか。

 本作の原作は、Vicki Baumヴィッキー・バウムというウィーン生まれのユダヤ人女性が1935年にUSAで書いた作品である。この原作のストーリーの大枠を、本作の脚本は概ね踏襲してはいるが、原作では愛人がアメリカ人であるところが本作との大きな違いであろうか。本作の脚本は、監督であるRené Clément ルネ・クレマンも共同執筆しているが、間大戦期に心理描写に長けた作家として有名になったPierre Bostピエール・ボストが担当しており、独白部分が劇中の対話部分に巧みに織り込まれており、ストーリーの内面性が強調された、センスのよい展開は彼の文学的手腕に負うところが大きいのであろう。R.クレマンとP.ボストは、二年後に発表される『禁じられた遊び』でも脚本を共作している。

 また、撮影監督は、パリ生まれのRobert Lefebvreロベール・ルフェーヴルで、その職人気質の白黒撮影は、鳥瞰図的に、1950年という年のパリの街々を捉えて、今となっては、歴史的価値さえ持っていると言える。センスのよい白黒の陰影が印象的な画面構成もまた本作では楽しみたい。

 フランス・イタリア合作映画である本作にはイタリア語版とフランス語版があり、イタリア語版では、Évelyneの夫役Laurentをイタリア人の俳優が、フランス語版では、同じ役をベルギー出身の名優Jean Servaisジャン・セルヴェが演じている。ベルンの地方裁判所か州裁判所の長官を務め、勤務に熱心であり、丁度手掛けている刑事事件では、冷徹にその本質を見抜いて、自分の夫の母親殺しの罪を被って裁きを受けようとする女に、如何に真実を裁判中に語らせるかに頭を悩ませている。彼は、妻を愛しているのではあるが、Évelyneが望むほどにはその愛情を示すタイプではなく、その不満がÉvelyneを結局は不倫に走らせることになる。

 そのÉvelyneに、彼女を取り巻く家庭生活内で不満を募らせる、もう一つの理由は、家族ぐるみで付き合っているElenaエレナの存在である。ベルンの近郊に住んでいるようなのであるが、よくベルン市内にあるÉvelyne夫婦の家に遊びに来るElenaは、Évelyneの悩みも理解しているようなのであるが、一方では、Laurentとチェスに興じたり、三人で休暇も伴にする関係でもある。そんな飽き足らない生活感を持つÉvelyneは、チェスで夫を負かすElenaこそが夫に相応しい女性であるとさえ思うほどなのである。この微妙な役柄を、イタリアはトリノ生まれの女優Elisa Ceganiエリーザ・セガーニが好演している。

 同じく脇を固めているのは、Rémiのパリでの愛人Marion役のÉlina Labourdetteエリーナ・ラブルデットである。1919年にパリに生まれた彼女は、最初は、プリマ・バレリーナになることを目指してバレエの練習に励んでいたが、結局、健康上の理由でその夢を諦めざるを得なくなり、女優になることに決心する。彼女が19歳の時の1938年に映画界でのデビューを飾る。第二次世界大戦直後の45年、Robert Bressonロベール・ブレソン監督の『ブローニュの森の貴婦人たち』に、元々踊り子であるが、生活の資を稼ぐために娼婦もしている若い女性役で出演したことで、彼女は、フランスでの女優としての地位を獲得する。本作が撮られた50年には、演劇界にも進出している。本作では、自分のアパルトマンを持っているようであるが、生計はどうやって立てているのか分からない存在で、レミーとの恋の駆け引きは立派にやり遂げる勝気はあるものの、やはり、本当の愛を求めている心境の複雑さを上手く演じ分けていて、本作で筆者の印象に強く残った女優である。

 原作を書いたV.バウムは、1920年代における女性の社会進出のアヴァンギャルドを走った女性の一人である。その彼女が書いた原作を読んでいないので、断定は出来ないが、そのモダン性は、本作で描かれる公共交通網の密度さに表現されているように思われる。まず、冒頭のコモ湖でのハイ・ソサイエティの存在である。そのコモ湖から、Elenaが運転し、Évelyneが同乗する高級自動車でRémiがミラノ駅のプラットフォームまで直接乗り付けると、Rémiは、コンパートメントでÉvelyneと熱い接吻を重ねた後、一人でパリに夜行列車で旅立つ。こうして、ミラノ・パリ間の鉄道の連結が登場すると、今度は、パリ・ベルン間の国際電話の繋がり、更には、スイスの首都ベルンとフランスの首都パリを結ぶ、一日に二回はある鉄道の往復路線が、ストーリーに上手く組み込まれ、その時間が刻まれていることによる主人公達の心の緊張と高揚が観る者に説得性を与える。そして、最後は、意外な展開で、パリ・チューリッヒ間の飛行機による航路が登場する。実に、粋なストーリー展開である。

2026年3月23日月曜日

ベルファスト 71(英国、2014年作)監督:ヤン・ドマンジュ

 北アイルランド「問題」を理解する上では、まず、元々ケルト系民族で、ゲール語を話すゲール人が住んでいたアイルランド島が、長い間、現在のグレート・ブリテン島の中・南部に居住していたケルト系ブリトン人が中心となって建国した「イングランド」の植民地であったことを知っておく必要がある。

 既に中世において一部の植民活動が始まっていたが、イングランドによるアイルランドの植民地化は16世紀半ばになって本格化する。それは、イングランドのテューダーTudor王朝の、文化人でもありながら、権力欲も旺盛なヘンリー八世時代のことであり、彼の下で、名目だけの「アイルランド王国」が1541年に建国される。しかも、ヘンリー八世は、自分が離婚できるように、イングランド国教会をカトリック教会から分離させるような形で成立させたことから、アルプス以北のヨーロッパにいたゲルマン人のキリスト教化の発祥の地とも言えるアイルランドでは、英国教会に対する、宗教的な反発もまた生まれた訳である。

 この宗教的対立に拍車を掛けたのが、プロテスタント系の清教徒革命であり、この宗教革命の最中、イングランド内戦で清教徒派と対立していた王党派(ロイヤリスト)と、アイルランド・カトリック同盟が1649年に同盟を結んだことから、これが、オリヴァー・クロムウェル率いるニュー・モデル軍のアイルランド派遣を招き、この「クロムウェルのアイルランド侵略」と言われる事態を以って、アイルランドは、完全にイングランドの支配下に置かれることになる。こうして、アイルランド人は、イングランドによる抑圧的・差別的な支配を受けるようになり、また、プロテスタント系入植者がアイルランド、とりわけ、島の北東部にあるUlsterアルスター地方に入植してくる状況となる。

 18世紀半ばになると、しかしながら、アイルランドにもナショナリズム運動が起こり、アイルランド愛国党なるものも生まれ、更に、1783年にアイルランド議会に自治権が与えられる。一方、1789年に勃発したフランス大革命の政治思想的な影響を受けて、イギリス王権からの独立を求め、更には、政体も「共和主義」を希求する政治的な動きがアイルランドにも生まれ、1858年には「アイルランド共和主義者同盟(兄弟団):IRB」なる秘密結社も登場する。

 こうした中、1914年に第一次世界大戦が勃発するまでは、大英帝国内に留まって、アイルランドの自治権をより拡大する運動が、アイルランドの完全独立を目指す共和派より強かったのであるが、この自治権拡大運動が大戦の勃発により失速したことから、大戦中の16年四月に共和主義者達による、イースター蜂起が起こる。これが、結局、アイルランド独立戦争に繋がることになり、18年のアイルランド総選挙で、1905年に結党されたシン・フェイン(「我等自身」)党が第一党となったことから、翌年一月にこのナショナリズム政党が第一回国民議会を招集し、アイルランド共和国の独立を宣言するに至るのである。

 21年12月に、妥協の産物である休戦協定・英愛条約が締結され、アイルランド共和国は、大英帝国傘下の他の自治国同様に、「アイルランド自由国」(建国自体は22年12月)となり、アイルランド島北東部のアルスター地方を中心とする北アイルランドは、場合によっては自由国から離脱できるものとされた。そして、アイルランド人の、完全独立が達成できなかったことを不満とする反条約派がアイルランド内戦を起したことから、北アイルランドは自由国から離脱し、これが、後の北アイルランド「問題」に発展することになった訳であるが、それでは、何故に北アイルランドは離脱したのか。

 既に19世紀のアイルランドの自治権拡大の運動に対して、これに反対して、アイルランドをイギリスの同君連合の下に置くことを望む政治勢力があった。それは、君主制のためであるから、これを「ロイヤリスト」と、また、大英帝国内の「連合」のためであるから、これを「ユニオニスト」と、呼称できる。ここに「ロイヤリスト」対「レパブリカン」、「ユニオニスト」対「ナショナリスト」の構図が出来上がるが、これに、宗教的対立の「プロテスタント」対「カトリック」の構図が交差し、この対立が先鋭化していたのが、同じアイルランド島内にありながら、プロテスタント派が住民の多数を占めるアルスター地方なのであった。

 アイルランドにおけるナショナリズムの振興に危機感を抱いていたアルスター地方のプロテスタント派は、第一次世界大戦が始まる直前の1912年に武装組織・アルスター志願兵部隊を結成する。この翌年には、これに対抗するように、アイルランド共和主義者同盟(IRB)がアイルランド志願兵(IV)を、アイルランド労働組合がアイルランド市民軍を設立する。

 反英武装組織は、元々、19世紀中頃からあったと言われるが、上述の「アイルランド志願兵(IV)」を基に、アイルランド共和国の設立宣言と共に、アイルランド共和国軍(Irish Republican Army、略称:IRA)が設立される。しかし、1921年12月の英愛条約での妥協点を巡る路線闘争でIRA自体が分裂し、その多数派はアイルランド国防軍Irish National Armyに吸収されたのであるが、あくまでアイルランド全土の完全独立を希求する武闘派IRA分派は、約一年間に及ぶ凄惨なアイルランド内戦(22年六月から23年五月まで)を展開する。

 この内戦を見た北アイルランドのユニオニスト達は、英愛条約の条項に基づいて、アルスター地方の六つのCountyの、アイルランド自由国からの分離を議決する。と言うのは、既に第一次世界大戦中にイギリス政府側で内々に考えられていた北アイルランド分離案は、20年のアイルランド政府法によって「北アイルランド議会」が設立され、この新たに設立された議会がアルスター地方を管理下に置くということで、北アイルランド分離案の準備が、英愛条約締結前に十分に整えられていたからであった。

 これと同時に、20年以降は、イギリス政府やイギリス軍の援助を受けつつ、北アイルランドには、アルスター特殊警察隊や「ブラック・アンド・タンズ」という治安警察部隊が置かれる。映画で描かれた、カトリック教徒の家に入り込み、暴力を働きながら、家宅捜索を行なっていた警察官は、恐らく、これらの特殊警察部隊員であると思われる。尚、「Black and Tans ブラック・アンド・タンズ(黒色と褐色)」とは、王立アイルランド警察隊(Royal Irish Constabulary、略称:RIC;「Constabulary」とは、一般警察業務を行なう警官を指す)を補強するために、陸軍の復員兵から採用した警察官の通称である。RICの黒っぽい濃緑色(ライフルグリーン色)の制服と、イギリス陸軍の淡い褐色の野戦服を組み合わせて新採用者が制服を着用したことからこの通称が付いたのであった。

 1949年、アイルランド自由国は、イギリス連邦より離脱したことから、北アイルランドがその後の紛争・政争の中心となり、北アイルランドでは、多数派のプロテスタント派が、少数派のカトリック派を抑圧する体制が第二次世界大戦後は続いていた。

 1966年に、「イースター蜂起」が50周年を迎えることから、アイルランドと北アイルランド政府が歩み寄る動きを見せる。これを警戒したプロテスタント派は、66年に、アルスター志願兵部隊を再組織して、Ulster Volunteer Force(UVF)、つまり、アルスター志願兵軍を設立する。

 1964年以降のUSAでの公民権運動の高まり、1968年以降の学生運動の高揚を受けて、北アイルランドでの「プロテスタント派・ユニオニスト派」と「カトリック派・民族統一派」との間の衝突は次第に過激さを増していく。69年12月には、IRA自体が、政治的闘争を重視するオフィシャルIRA(OIRA)と武闘派のプロヴォス(暫定派)IRA(PIRA)とに分裂したことから、アイルランド「問題」は、その紛争度をより強めることになり、遂に、イギリス陸軍が両派の「緩衝役」を現地で担うことになる。しかし、事実上は、イギリス陸軍は、プロテスタント側に立ちながらも、プロテスタント派のカトリック派への暴力の度合いをコントロールするという役割にはまり込んでいた。

 こうして、映画でも描かれたような、IRA暫定派がイギリス陸軍兵士を射殺するという事件が71年二月に起こる。カトリック派住民地域は、IRA暫定派の指導の下、要塞化して抵抗するが、このようなカトリック派の組織化に対しては、様々なプロテスタント系「自衛組織グループ」もまた集まって、「アルスター防衛同盟Ulster Defence Association:UDA 」を組織化し、これが後に最大のロイヤリスト準軍事組織となる。71年12月には、カトリック派地区にあったあるバーで爆弾が爆発し、15人が死亡するという、北アイルランド紛争期に起きた最も悲惨なテロ事件が起こる。本作でも描かれた、あるバーでの爆破事件は、恐らく、このテロ事件を指しているのであろうが、映画は、二月の英国兵士殺害事件と十二月のバー爆破事件をほぼ同じ時期の出来事として描いている。

 本作はカトリック派居住地地区に置き去りにされたある英国人兵士の逃避行を描くものであり、殆んど何も北アイルランド紛争について知らないまま北アイルランドに投入された新兵のナイーヴさが、英国陸軍の「無実さ」加減を暗示しており、問題があるように思われる。既に1970年には、英国陸軍はIRA暫定派と銃撃戦を演じており、71年夏には、英国陸軍は、IRA暫定派と疑われた人物は手当たり次第に逮捕し、彼等を裁判なしで投獄し、各刑務所では、拷問・虐待を行なったと言われている。英国の諜報機関(国内諜報機関MI5か別の公安組織)が裏で非情な活動を行なっていた点は描かれている本作では、しかし、アルスター防衛同盟の活動にははっきりとは触れておらず、確かに、様々な点を描き過ぎることで、観る者の注意を逸らす恐れはありながらも、この点に関してもある程度の暗示があってもよかったのではないか。

 本作は、題名にある通り、1971年の北アイルランドの出来事を描いているのであるが、歴史は、その翌年の72年こそが、北アイルランド紛争の中で最も死者が多かった年であることを知っている。この年に約500人が亡くなったと言われている。そして、その中には14人の死者数を数える、一月の「血の日曜日事件」があった。それは、北アイルランド公民権協会が呼び掛け、OIRAとPIRAもこれに協力して組織された、約二万人も参加した非武装の平和的なデモに対して、英軍の第一パラシュート大隊の兵隊が発砲した事件であった。英国陸軍は、これを以って、国際的な非難に曝されることになる。

 1972年七月には、今度は、IRA暫定派が北アイルランドの首都ベルファストで連続爆弾テロ事件を引き起こす。いわゆる、「血の金曜日事件」である。爆弾が22発も仕掛けられて、80分以内に次々と爆発し、九名が死亡し、約130名が負傷したという悲惨な事件であった。

 1970年代は、正に、中東も含めた、国際テロリズムの時代であり、北アイルランドにおけるIRA暫定派の活動もこれに連動する動きであったが、無差別テロが結局はカトリック系市民の犠牲者を出したことは、一般大衆のIRA暫定派への支持が次第に離れていく過程でもあった。こうして、80年代・90年年代を通じて、IRA暫定派においても、武装闘争から政治闘争への重点の移動が見られ、IRA暫定派の「政治的な腕」と言われた北アイルランド・シン・フェイン党がより重要な役割を演じるようになり、このプロセスは、結局のところ、1998年のベルファスト合意の調印に至る。合意の内容の一つは、北アイルランドにあるすべての武装組織の将来的な武装解除であった。2005年七月、IRA暫定派の軍事協議会は、武装闘争の放棄を宣言し、同年九月には、国際的に構成された武装解除委員会が武器放棄・武器破壊を確認している。

 北アイルランド「問題」は、現実的な妥協の産物として、2005年以降も鎮静化はしているのであるが、IRA過激派は未だ存在しており、また、2020年のイギリスの欧州連合離脱により、北アイルランドとアイルランド共和国との間の「国境」が改めて顕在化したことから、不穏な動きが一部には見られる。本文章を書いているのが、2026年三月であり、来月の四月には、あの「イースター蜂起」が110周年を迎える。アイルランド人、とりわけ、北アイルランドで生きているカトリック教徒は今どんな思いを抱いていることであろうか。

2026年3月18日水曜日

トップ・ガン マーヴェリック(USA、2022年作)監督:ジョセフ・コシンスキー

 映画の冒頭、調整中のある飛行機が登場する。この時は、どの単葉機か分からないのではあるが、ラスト・シーンでは、その飛行機が、P-51であることが分かる。軽快な、スリムな機体と、それと思われる、腹に抱えた吸気口が特徴的なこの戦闘機は、ノース・アメリカン社が開発し、USA陸軍航空軍で使用された単座戦闘機である。当時としては高速で、しかも戦闘機として比較的長い航続距離があったことから、爆撃隊の護衛戦闘機として、第二次世界大戦末期にはドイツ第三帝国の上空を制圧した。この戦闘機は、また、帝国日本の上空にも現れ、対地攻撃で、地上を射撃して回ったものである。愛称は、Mustangマスタングで、これは、スペイン人によって北アメリカ大陸に持ち込まれ、野生化した小型の馬の名称であると言う。ウィキペディアによると、この機は、第二次世界大戦中・後期の「最優秀戦闘機」であったと言われる。

 すると、映画ではシーンが変わって、今度は、一挙に80年程時代が飛んで、極超音速ジェット機となるテスト機「ダークスター」が登場する。これは、マッハ5以上のハイパー・ソニック・スピード(Hypersonic Speed)で飛行するテスト機で、これで以って、マッハ10以上を越えようと言うのである。とすれば、これは、恐らく、いわゆる「第六世代」のジェット機の試作機であるということになろうか。2020年代初頭、ジェット機は、もう、「第六世代」の時代なのである。

 何を以って「第六世代」とするのか、2020年代に入っても未だはっきりした定義はないようであるが、その要件の一つとしては、第五世代を上回るステルス性能と超音速巡航能力であると言う。であれば、「ダークスター」は、この超音速巡航能力を試作するための機体であると言える。

 現在実用化されている第五世代ジェット機の要件は、ステルス性能が最も核心的なものであろう。という訳で、USA軍と対抗する敵方のジェット戦闘機は、本作では、単に「第五世代戦闘機」と呼称されて登場するが、ウィキペディアによると、それは、どうもロシア製ジェット戦闘機Su-57型機であるようである。この世代に属するUSAジェット戦闘機としては、例えば、F-35がある。

 この第五世代ジェット戦闘機に追跡されたF-14機は、何とか危機を切り抜けるが、何と、このF-14機を我等が英雄T.クルーズは、敵方から奪ったのである。どうして、F-14機が敵の手にあったのか、都合がよすぎるのではあるが......

 このF-14型は、USA軍のジェット戦闘機としては、第四世代ジェット戦闘機に属する型で、しかも、本作の主役的ジェット機であるF/A-18よりも前の型で、この二つの型の間には、F-15や、その汎用性において名ジェット戦闘機と言われたF-16が存在している。疑問なのは、この第四世代ジェット戦闘機の初期型とも言えるF-14型機が、その世代一つ後のSu-57型機からその追跡を逃れられる可能性は極めて低いのではないかということである。そのストーリー展開に「眉唾もの」が少なからずある本作には、仕方がないことであろうが、それでも、やはり、危機を救うために突如やって来なければならない「騎兵隊」の出番作りは、これで以って、完璧ということであろうか。

 それでは、何故に本作ではF-14型やF/A-18型が主役を演ずるのか。どうして、次世代型のF-35型ではないのか。それは、「Top Gun II」としての本作の前作との関わりがあるからである。故に、作戦内容をわざとF-35型では相応しくないものとして、老体に鞭打ったT.クルーズが四機編隊のリーダー役を務められるようにした訳である。

 ジェット戦闘機の世代は、第一世代が1940年代の後半から始まり、音速に達しない速度で朝鮮戦争をお互いに戦った世代(F-86対MiG-15)から始まる。音速に達して、第二世代となり、超音速の速さにミサイル弾を装備した第三世代で、ジェット戦闘機の時代は1960年代に入るが、USA軍は、この世代で格闘戦性能を軽視したことで、ヴェトナムの上空でソ連製戦闘機との戦いで苦戦する。その戦訓から、およそ1980年代から運用が始められた第四世代では、大推進力で機敏な運動飛行が可能であり、格闘戦性能、いわゆる「ドグファイト」性が重視されたのである。つまり、ここで格闘戦を戦える、パイロットの技量と闘志が求められた訳で、ここがまた、本作におけるメッセージ「考えるな!(本能に従え!)」に通じる理由でもあった。そして、これは、正に、『Top Gun I』(Tony Scott監督、1986年作)へのオマージュでもあり、この前作での主役戦闘機も、F-14であったのである。この時、この機を駆って、若きT.クルーズは、架空のMiG-28と戦ったのである。

 第六世代ジェット戦闘機では、恐らく最早、人間の「闘志」の出る幕はなくなり、AIに制御された、場合によっては無人機の飛行団が制空権を圧することになるであろう。この意味で、本作のラストシーンでのP-51マスタングがゆらりゆらりと飛行する場面は、ご愛敬でもあろうが、同時にジェット戦闘機時代で人間の要素が未だにある役割を演じられた時代へのノスタルギー・哀惜でさえあるのである。

ユリシーズ(イタリア、1954年作)監督:マリオ・カメリーニ

 『オデュッセイア』は、古代ギリシャ神話の英雄で、知略の人オデュッセウスの冒険譚を詠った韻文の叙事詩で、24の「歌」から成っている。時系列的にはトロイア戦争が終わって、トロイアから故郷のイタケーに戻る行程が描かれるのであるが、文学的には、『オデュッセイア』では、初めの方で、オデュ...