本作の制作年1966年とは、第一回東京オリンピックが開催された1964年の二年後のことであり、第一回東京オリンピックとは、産業国家としての日本が国際的に認められた「報償」とでも言えるものである。1966年とは、つまり、敗戦、闇市、朝鮮戦争特需、「奇蹟の復興」、そして、「所得倍増計画」を謳えた高度経済成長政策が一定の成果を上げた戦後約20年の期間が経過して、一段落した時期と言える。そして、社会運動としての世界的な学生運動が起こる68年まであと二年、73年の「石油ショック」まで、あと七年の時間的立ち位置である。
このような時間的立ち位置を鑑みるに、昭和三十年代(1955年から64年まで)の経済発展の「バラ色の夢」は、昭和四十年代に入ってもこのまま夢想し続けることが出来ると、制作年の66年段階では大方の日本人は信じていたのではないか。
映画の冒頭のプロットの、「スポ根」ものを思わせる「ステュワーデス物語り」は、国内航空線の羽田・大阪間が、プロペラ機ではなく、ジェット旅客機が使われている話しである。しかし、大病院の内科の部長(下元勉が好演)と言えば、中産階層上位に位置するであったろうが、その父親の娘(吉永小百合)が希望して就職しているところを見ると、国際線「ステュワーデス」への憧れはこの時点でも未だに強かったのであろう。現在では、考えられないことではないか。
一方、浜田光夫が演じている「ゲルピン」の貧乏学生である。浜田の社会階層的背景は、下層階層のものであり、北九州の炭鉱地帯・筑豊で育っている。正に、高度経済成長に伴なう石炭から石油への「エネルギー革命」の下、経済発展の途上で切り捨てられていった炭鉱夫の生活を知っている人間である。このような社会的背景を持って育った浜田が、大学の偏差値が低い「園芸大学」で自ら望んで勉学しようとしていることは興味深い。1960年代は、水俣病、四日市ぜんそくなどの環境汚染、公害問題が、人々の意識にのぼってきた時期である。とすれば、園芸に興味を抱く浜田は、日本におけるエコロジー運動を担う存在になるかもしれない可能性を持った人間であったとも言える。
更に、吉永の母親(佐々木すみ江が熱演)は、病院長の娘だった女性であるが、ストーリー上の現代たる60年代半ばに、新興宗教に凝っている人間である。消費文明の浅薄さに何か心の「空洞」を感じて、その「穴」を埋めるために日本では60年代から新興宗教が流行り出していたと言われる。脚本家二氏は、しっかりと当時の日本社会の傾向を捉えていたとも言え、その30年後の「オウム真理教」のテロ行為が、このような社会的傾向の悪しき帰結の一つであったと考えると、本作を単純な日活青春映画として片付けてしまのは残念にも思える。
ウィキペディアで調べてみると、本作には同名の原作小説があると言う。著者は、1931年に新潟県で生まれた若山三郎という人間で、作家になる前は、在日米軍のための特殊通訳を務めていた人物である。即ち、英語が出来たということで、本作のストーリーの下地はこの通訳時代に培ったものであろう。吉永の年上の同僚十朱幸代が体現する「合理的な近代女性」像は、なるほど、若山の作家になる前の前身から来ているのであろうか。彼女は、自分が仕事中に乗らない自家用車をレンタカーとして貸し出し、自分のマンションのアパートには若い家政夫(!)を住まわせて家事をさせ、自分がいない時には、この家政夫にマネージさせて、居間をパーティー会場としてレンタルするという「合理主義者」である。作家若山は、1960年代に通訳業を辞めて本業の作家となるが、彼こそが、昭和30年代に一大ブームとなったという「貸本小説」の売れっ子小説家の一人であったと言われ、『お嬢さんの...』とか、『青春の...』とかという題名の作品を多作している。若山は、現代日本で言えば、高校生当たりをターゲットとするジュヴナイル小説の小説家の先駆けの一人であったと思われる。
さて、それでは、本作もその一本である「日活青春映画」とは何であったか。筆者の、すぐに思い出せる、戦後の日本映画史的な規定としては、特撮・怪獣映画の東宝、現代家庭劇の松竹、ヤクザ映画の東映で、日活と言えば、「ロマンポルノ」である。但し、この「ロマンポルノ」は、日活の1970年代以降の製作路線であり、それ以前は、日活の路線の一つは、「青春映画」路線なのであった。
という訳で、ここで少し、日活に焦点を当てて、日本映画史を綴ってみたい。「日活」とは、「日本活動写真株式会社」の略称であり、「活動写真」という語感からして古い。この古い名称に劣ることなく、1912年創立の日活は、映画製作会社としては一時期中断するのではあるが、日本で現存する最古の映画製作会社である。
日活は、最初は剣戟映画の製作会社として「名門」となるが、その一方では、早くから映画女優を適用したりする前衛性を見せるものの、会社経営の失敗が祟って、1930年代末には、会社株を松竹と東宝に保有される状況となり、42年の「戦時統合」では、更に、製作部門を新進の「大映」に移譲して、自らは、映画配給・上映の専業会社に「堕して」いた。
敗戦後も日活は、大映の映画作品や洋画の上映で経営を続けていたが、大手の東宝・松竹にこの部門でも経営的に圧迫され、1950年代の前半に始まる日本映画界の第二の絶頂期を横目で見ながら、日活の映画製作部の再興を準備していた。こうして、1954年に製作再開第一作『国定忠治』を公開する。その翌年の55年が日本映画界の絶頂期のピークであったことを鑑みると、日活の製作再開は、少々遅きに過ぎた感がある。
更に、製作再開第一作が『国定忠治』であることからも推測できる通り、制作スタッフでは日活が嘗て使っていた人間を引き戻せたとしても、俳優の引き抜きには難航し、新派・新国劇の俳優を使わざるを得なかったことを物語っている。そんな中で、石原慎太郎の小説『太陽の季節』を原作とした56年の同名作品は、無軌道な青年男女の生態を描いた作品として反社会的な「太陽族」を生み出す社会現象となる程であった。これを受けて、日活は、低予算で、若者向けの「無国籍アクション映画」製作路線を採ることにし、そのために、他社の二番手俳優の引き抜きや新人俳優の発掘・養成に乗り出し、「和製ジェームズ・ディーン」こと赤木圭一郎などのスターを生み出す。
このようにして生み出された「看板スター」の男性陣は、赤木などが「日活ダイヤモンドライン」と、また、女性陣は、浅丘ルリ子などが「日活パールライン」と呼ばれた。吉永もこの「パールライン」を形成する一員として60年に日活に入社している。
その二年後、吉永は、映画『キューポラのある街』で、埼玉県川口市の鋳物工場で働く熟練労働者の娘役で主役を演じて、ブルーリボン賞主演賞を17歳の若さで授賞して、一躍スターとなる。更に、この映画でも既に、「日活グリーンライン」の一員を構成する浜田が脇役を演じており、この二人が、50年代後半の「アクション映画」路線に取って代わって、60年代の日活の「青春映画路線」の立役者となるのである。こうして、二人を主役として、本作も「日活青春映画路線」に乗っかった一作品になる訳であるが、本作で二人の脇役を演じる、どういう訳かセーラー服が余り似合わない和泉雅子は、吉永ともう一人の松原智恵子と「日活三人娘」と呼ばれた存在であった。
1971年から始まる「ロマンポルノ」路線は、経営に喘ぐ日活の苦肉の策であったが、この路線では、宮下順子などの新しいスターは生み出せても、従来の吉永などの「清純派スター」は日活から離れていくことを意味した。しかし、正にこの路線こそが、低予算で制作することを義務付けられた「監督の卵」達のために、実践的訓練の場を提供することにもなり、ここで育った監督達がその後の日本映画界を担う存在となっていくのである。
2025年1月20日月曜日
2024年12月11日水曜日
フラッシュ・ゴードン(イギリス/USA合作、1980年作)監督:マイク・ホッジス
この映画の日本上映用ポスターの一つはアメリカン・コミック風にディザインされている。その中央にはフラッシュ・ゴードンが、木が枯れて地を這うようにしている背景を背にして、何か中世的な銃を構えながら、両足を広げて立っている雄姿として見える。もちろん、彼はブロンドの髪の色をしている。
ポスターの下側には、「フラッシュ+ゴードン」の題字が赤く塗り上げられて書かれてあり、そのすぐ右上には、比較的小さ目に二人の美女、Auraオーラ姫とDaleデイル嬢が描かれている。ポスターの右上四半部分には幾人もの「タカ人間(ホークマン)」が飛んでいる姿が見られ、その反対側に当たる、ポスターの左端には次のキャッチ・コピーが読める:
テクニカラー『フラッシュ』Go!地球の危機だ!! 数千のホークマン<鷹人間>が飛び交うスーパー・スペース・アドベンチャー!
そうである。本作は、「スーパー・スペース・アドベンチャー」であり、インター・ギャラクティック・スペース・オペラなのである。何故に、「インター・ギャラクティック・スペース」なのかと言うと、Mongo帝国は、銀河間を支配するからである。この帝国のインペラトールが、Ming「無慈悲」帝であり、インペラトールMingは、退屈しのぎに、Mongo惑星からあちこちの銀河や惑星に対して様々な天変地異を引き起こすことが出来るのである。惑星地球に対してもMing皇帝は、天変地異を引き起こし、月を地球に向けて 衝突するように画策することになる。
この地球の危機を探り出したのが、狂気を内に秘めた天才的科学者Dr. Hans Zarkovドクトル・ザーコフである。彼は、既に宇宙ロケットを開発しており、インペラトールMingと交渉するためにMongo惑星に飛ぼうと決意していたが、宇宙ロケットは一人では飛べずにいたのである。そこに、アメフトのスター選手Flash Gordon と、セスナ機に偶然に同乗していたDale嬢がZarkovの屋敷にセスナ機の事故のせいで辿り着いたのである。乗っていたセスナ機のパイロットが隕石に当たって死んだことから、操縦経験のないFlash Gordonが操縦桿を握って、機転を効かせて、胴体着陸せざるを得なかったのである。こうして、ドクターNoならぬZarkov、金髪のアメフト選手Flash Gordon、そして典型的アメリカ白人女性Dale嬢の三人がMongo惑星に向けて飛び立ち、三人の思いもよらないファンタスティックなスペース・アドベンチャーが始まるのである。
金髪で「体育会」系の人物Flash Gordon を演じたのは、Sam J. Jonesで、本作で第一回ゴールデンラズベリー賞最低主演男優賞にノミネートされる「栄誉」を得る。この「善玉」に対する悪の中の「悪玉」Ming「無慈悲」帝を、スェーデン人名優Max Carl Adolf von Sydowが演じて、本作をSFファンタジー映画のカルト的存在に引き上げた。主演の脇を固めた一人が、本作撮影後の数年後に四代目の「ジェームズ・ボンド」となるイギリス人俳優Timothy Daltonであり、また、本作に「色を添える」妖婦Aura姫役を演じたのが、イタリア人女優Ornella Mutiオルネルッラ・ムーティーである。Mongo帝国の女将軍Kalaカーラを演じたのも、同じくイタリア人女優であるMariangela Melatoマリーアンジェラ・メラートーであることは、興味深い。M. Melatoは、イタリア映画記者組合がイタリア映画のために選出する伝統ある映画賞Nastro d'Argentoナストロ・ダルジェント(「銀のリボン」)賞で、1970年代から80年代にかけて五回も授賞している名女優である。
意外にもイタリア人女優が起用されているこの点から、スタッフを調べてみると、当然の帰結のように、Dino De Laurentiisディーノ・デ・ラウレンティースの名前に突き当たる。彼は、イタリア生まれの名うての映画製作者で、F.フェリーニ監督作品『道』を手掛けて、国際的にも有名となり、アメリカ映画界にも進出する。本作との関連で言うと、R. ヴァディム監督、J.フォンダ主演のSFファンタジー映画『バーバレラ』(仏・伊合作、1968年作)の存在が目に付くし、本作から四年後の製作であるが、同じくSF映画『デューン/砂の惑星』(D.リンチ監督作)も、本作を真面目に撮った内容のものと見做せないことはない。
このD.Deラウレンティースと並んで、もう一人のイタリア人が重要な役割で本作の制作に関わっている。Danilo Donatiダニロ・ドナーティーである。彼は、F.ゼフィレルリ監督作『ロミオとジュリエット』(1968年作、O.ハッセー主演)で、衣裳を担当し、それにより、USAアカデミー衣裳賞を授賞しているが、本作でも、衣裳とプロダクション・ディザインを担当している。長年F.フェリーニ監督やP. P. パゾリーニ監督の衣裳担当を務めた彼であるが、本作の衣裳ディザインでは、何か中国風のイメージが「匂っている」のが、興味深い。この点に関しては確証がないのであるが、Ming皇帝は、漢字にすれば、「明皇帝」となり、正に、漢民族の中国史においての最後の大帝国明王朝を、本作ではもじっているように筆者には思われる。更に邪推すれば、Mongo帝国の「Mongo」にl字を一字書き加えれば、「Mongol」となり、つまりは、例のモンゴル帝国につながる。モンゴル民族は騎馬民族として、中近東は言わずもがな、13世紀には、西はポーランドまで攻め込んで、ポーランド騎士軍を打ち破り、東は、元寇として日本にまで攻め入っているのである。それ程の大帝国を打ち立てたMongol帝国になぞって、インター・ギャラクティック・エンパイヤとしてのMongo帝国を仮想したのではないかと想像の翼が羽ばたく。
本作の原作は、1930年代USAの新聞日曜版連載のコミック・ストリップで、当時は大きな人気を博したのであったが、その人気を受けて、36年には、連続冒険活劇として映画化され、全13編が制作され、二年後には、続編が、各30分で、全15編が撮られている。スペース・ファンタジーSF映画の第一人者J.ルーカスはこのシリーズの大ファンであって、これを映画化したがっていたのであったが、前述のD.Deラウレンティースがその映画化権を持っていたことから、『Flash Gordon』の映画化がならず、それで、自分で『スター・ウォーズ』を創ったというのは、本作にまつわる有名なエピソードである。
ポスターの下側には、「フラッシュ+ゴードン」の題字が赤く塗り上げられて書かれてあり、そのすぐ右上には、比較的小さ目に二人の美女、Auraオーラ姫とDaleデイル嬢が描かれている。ポスターの右上四半部分には幾人もの「タカ人間(ホークマン)」が飛んでいる姿が見られ、その反対側に当たる、ポスターの左端には次のキャッチ・コピーが読める:
テクニカラー『フラッシュ』Go!地球の危機だ!! 数千のホークマン<鷹人間>が飛び交うスーパー・スペース・アドベンチャー!
そうである。本作は、「スーパー・スペース・アドベンチャー」であり、インター・ギャラクティック・スペース・オペラなのである。何故に、「インター・ギャラクティック・スペース」なのかと言うと、Mongo帝国は、銀河間を支配するからである。この帝国のインペラトールが、Ming「無慈悲」帝であり、インペラトールMingは、退屈しのぎに、Mongo惑星からあちこちの銀河や惑星に対して様々な天変地異を引き起こすことが出来るのである。惑星地球に対してもMing皇帝は、天変地異を引き起こし、月を地球に向けて 衝突するように画策することになる。
この地球の危機を探り出したのが、狂気を内に秘めた天才的科学者Dr. Hans Zarkovドクトル・ザーコフである。彼は、既に宇宙ロケットを開発しており、インペラトールMingと交渉するためにMongo惑星に飛ぼうと決意していたが、宇宙ロケットは一人では飛べずにいたのである。そこに、アメフトのスター選手Flash Gordon と、セスナ機に偶然に同乗していたDale嬢がZarkovの屋敷にセスナ機の事故のせいで辿り着いたのである。乗っていたセスナ機のパイロットが隕石に当たって死んだことから、操縦経験のないFlash Gordonが操縦桿を握って、機転を効かせて、胴体着陸せざるを得なかったのである。こうして、ドクターNoならぬZarkov、金髪のアメフト選手Flash Gordon、そして典型的アメリカ白人女性Dale嬢の三人がMongo惑星に向けて飛び立ち、三人の思いもよらないファンタスティックなスペース・アドベンチャーが始まるのである。
金髪で「体育会」系の人物Flash Gordon を演じたのは、Sam J. Jonesで、本作で第一回ゴールデンラズベリー賞最低主演男優賞にノミネートされる「栄誉」を得る。この「善玉」に対する悪の中の「悪玉」Ming「無慈悲」帝を、スェーデン人名優Max Carl Adolf von Sydowが演じて、本作をSFファンタジー映画のカルト的存在に引き上げた。主演の脇を固めた一人が、本作撮影後の数年後に四代目の「ジェームズ・ボンド」となるイギリス人俳優Timothy Daltonであり、また、本作に「色を添える」妖婦Aura姫役を演じたのが、イタリア人女優Ornella Mutiオルネルッラ・ムーティーである。Mongo帝国の女将軍Kalaカーラを演じたのも、同じくイタリア人女優であるMariangela Melatoマリーアンジェラ・メラートーであることは、興味深い。M. Melatoは、イタリア映画記者組合がイタリア映画のために選出する伝統ある映画賞Nastro d'Argentoナストロ・ダルジェント(「銀のリボン」)賞で、1970年代から80年代にかけて五回も授賞している名女優である。
意外にもイタリア人女優が起用されているこの点から、スタッフを調べてみると、当然の帰結のように、Dino De Laurentiisディーノ・デ・ラウレンティースの名前に突き当たる。彼は、イタリア生まれの名うての映画製作者で、F.フェリーニ監督作品『道』を手掛けて、国際的にも有名となり、アメリカ映画界にも進出する。本作との関連で言うと、R. ヴァディム監督、J.フォンダ主演のSFファンタジー映画『バーバレラ』(仏・伊合作、1968年作)の存在が目に付くし、本作から四年後の製作であるが、同じくSF映画『デューン/砂の惑星』(D.リンチ監督作)も、本作を真面目に撮った内容のものと見做せないことはない。
このD.Deラウレンティースと並んで、もう一人のイタリア人が重要な役割で本作の制作に関わっている。Danilo Donatiダニロ・ドナーティーである。彼は、F.ゼフィレルリ監督作『ロミオとジュリエット』(1968年作、O.ハッセー主演)で、衣裳を担当し、それにより、USAアカデミー衣裳賞を授賞しているが、本作でも、衣裳とプロダクション・ディザインを担当している。長年F.フェリーニ監督やP. P. パゾリーニ監督の衣裳担当を務めた彼であるが、本作の衣裳ディザインでは、何か中国風のイメージが「匂っている」のが、興味深い。この点に関しては確証がないのであるが、Ming皇帝は、漢字にすれば、「明皇帝」となり、正に、漢民族の中国史においての最後の大帝国明王朝を、本作ではもじっているように筆者には思われる。更に邪推すれば、Mongo帝国の「Mongo」にl字を一字書き加えれば、「Mongol」となり、つまりは、例のモンゴル帝国につながる。モンゴル民族は騎馬民族として、中近東は言わずもがな、13世紀には、西はポーランドまで攻め込んで、ポーランド騎士軍を打ち破り、東は、元寇として日本にまで攻め入っているのである。それ程の大帝国を打ち立てたMongol帝国になぞって、インター・ギャラクティック・エンパイヤとしてのMongo帝国を仮想したのではないかと想像の翼が羽ばたく。
本作の原作は、1930年代USAの新聞日曜版連載のコミック・ストリップで、当時は大きな人気を博したのであったが、その人気を受けて、36年には、連続冒険活劇として映画化され、全13編が制作され、二年後には、続編が、各30分で、全15編が撮られている。スペース・ファンタジーSF映画の第一人者J.ルーカスはこのシリーズの大ファンであって、これを映画化したがっていたのであったが、前述のD.Deラウレンティースがその映画化権を持っていたことから、『Flash Gordon』の映画化がならず、それで、自分で『スター・ウォーズ』を創ったというのは、本作にまつわる有名なエピソードである。
元々の映像素材には、35㎜と70㎜(サウンド:6トラック)とがあり、映画ポスターにも宣伝されている通り、「テクニカラー」である。正に、Danilo Donatiの衣裳と美術は、イアリア人の色彩感覚そのものであり、「テクニカラー」の色彩美がそれに似合っている。2020年には4Kでデジタル・リマスター版が出ており、是非、このデジタル・リマスター版で、イギリスのハードロック・バンドQueenの音楽を楽しみながら、本作を鑑賞したいものである。
2024年11月25日月曜日
イコライザー(USA、2014年作)監督:アントワーン・フークア
元必殺仕留め人 meets タクシードライバー
本作の監督はアントワーン・フークアAntoine Fuquaという人間で、アフリカ系アメリカ人映画監督である。彼は、本作の成功もあったのか、結局、『The Equalizer』シリーズ三作すべてを撮ることになる。
A.フークア監督は、D.ワッシングトンとは既に2001年作の刑事ものの『トレーニング デイ』で共作しており、D.ワッシングトンは、この作品で初めての悪役を演じて、USアカデミー主演男優賞を獲得した。そういう経緯もあったのか、D.ワッシングトンが共同製作者でもある本作では、A.フークア監督は、D.ワッシングトンをフューチャーするアクションものを撮っている。元々ミュージック・ヴィデオ制作畑から来ているところからなのか、スタイリッシュな映画作りが得意なようで、本作でもその感覚が強い。ストーリー展開の背景となっている都市も、ニューヨークやロスアンゼルスではなく、アメリカ東海岸、ニューイングランド地方の「首都」で、大学町であるBostonであることも中々「憎い」。
撮影監督は、イタリア系アメリカン人キャメラマン、マウロ・フィオーレMauro Fioreである。彼は、A.フークアとは2001年作の『トレーニング デイ』でも共作しており、J.キャメロン監督の『Avatar』(2009年作)でUSアカデミー撮影賞を授賞している撮影監督である。本作ラストシーンの明るいボストンの街並みをきれいに撮っているシーンと好対照をなして、殺人が行なわれるシーンは、色調を少々暗めに押え、メタリックなものにしている。この画面のタッチに、有能なイギリス人作曲家ハリー・グレッグソン=ウィリアムズHarry Gregson-Williamsの、D.ワッシングトンが意を決して登場する場面で流れる、バスを効かせた「テーマ・ミュージック」が加わると、A.フークア監督が醸しだすスタイリッシュ性は更に高まると言える。
本作は、あるテレビ映画シリーズが元ネタになっており、その原作ストーリーがどれほどのものかは見当が付かないが、本作の脚本自体は、筆者の目では、よく練られており、映画序盤の、D.ワッシングトンと少女娼婦TeriことAlinaとの交流は、『タクシードライバー』のストーリーを思わせる。このAlinaがロシアン・マフィアに搾取され、むごい暴力を振るわれたことから、D.ワッシングトンは、最初は意図したものではなかったのであるが、期せずして、ロシアン・マフィアとの暴力的抗争にはまり込んでいく。
D.ワッシングトンは、「昔取った杵柄」なのであろうか、一度殺ると決めたら、私的制裁としての殺人にも躊躇はしない。自分が手を掛けて断末魔にある人間の眼を覗き込む仕草は、悪魔的でさえある。一方、普段勤めているホームマートでは、同僚とも気さくに対応し、自分の素性を探られると、ユーモアであしらうが、同僚が困っていれば、彼等を助ける心を忘れないタイプなのである。その人間性と、殺人の際の「悪魔性」のギャップに整合性が付かないのではあるが、この点が観る者を更に本作を観させる魅力ともなっており、この不整合性のせいなのか、D.ワッシングトンは、眠れなくて、毎晩近くのダイナーに出掛けては、本を読むのである。少女娼婦Alinaもここの常連であり、D.ワッシングトンが丁度読んでいるヘミングウェイの『老人と海』が二人の間柄を近づける切っ掛けでもあった。亡くなった妻を想い、自分のそれまでの人生を悔いて、今は、ひっそりと夜な夜な本を読みふける生活を送っているD.ワッシングトンではあったが、彼は、実は、日本語版で元CIA要員とされているのとは異なり、元DIA特殊工作員であった。DIAとは、Defense Intelligence Agencyの略で、日本語訳では「国防情報局」である。ここは、USAに16あるインテリジェンス機関の一つで、アメリカ国防省傘下にある四つのインテリジェンス機関の内、陸・海・空軍の各軍の情報機関から上がってくる軍事情報を整理・統括する部署として設置されたものである。
このD.ワッシングトンに対抗するのが、ロシアン・マフィアに雇われている「問題解決屋」ニコライ・イチェンコである。こちらも、元はロシア軍の「スペルツナズ・特殊要員」である。その冷血さではD.ワッシングトンに引けを取るものではなく、ここに両者の「悪魔性」が対峙される。この意味で、本作中盤でのロシア料理レストランにおける二人の対話こそ、そこにアクション性はないものの、正にスリルに満ちた両者の対決であり、圧巻である。これがあって、本作終盤の、全く日常的なホームマートでの両者の「決闘」が生きてくる。本作の脚本を書いたのが、リチャード・ウェンクRichard Wenkであり、彼が、結局、『The Equalizer』シリーズ三作の脚本すべてを引き受けたのも納得できる。
本作の監督はアントワーン・フークアAntoine Fuquaという人間で、アフリカ系アメリカ人映画監督である。彼は、本作の成功もあったのか、結局、『The Equalizer』シリーズ三作すべてを撮ることになる。
A.フークア監督は、D.ワッシングトンとは既に2001年作の刑事ものの『トレーニング デイ』で共作しており、D.ワッシングトンは、この作品で初めての悪役を演じて、USアカデミー主演男優賞を獲得した。そういう経緯もあったのか、D.ワッシングトンが共同製作者でもある本作では、A.フークア監督は、D.ワッシングトンをフューチャーするアクションものを撮っている。元々ミュージック・ヴィデオ制作畑から来ているところからなのか、スタイリッシュな映画作りが得意なようで、本作でもその感覚が強い。ストーリー展開の背景となっている都市も、ニューヨークやロスアンゼルスではなく、アメリカ東海岸、ニューイングランド地方の「首都」で、大学町であるBostonであることも中々「憎い」。
撮影監督は、イタリア系アメリカン人キャメラマン、マウロ・フィオーレMauro Fioreである。彼は、A.フークアとは2001年作の『トレーニング デイ』でも共作しており、J.キャメロン監督の『Avatar』(2009年作)でUSアカデミー撮影賞を授賞している撮影監督である。本作ラストシーンの明るいボストンの街並みをきれいに撮っているシーンと好対照をなして、殺人が行なわれるシーンは、色調を少々暗めに押え、メタリックなものにしている。この画面のタッチに、有能なイギリス人作曲家ハリー・グレッグソン=ウィリアムズHarry Gregson-Williamsの、D.ワッシングトンが意を決して登場する場面で流れる、バスを効かせた「テーマ・ミュージック」が加わると、A.フークア監督が醸しだすスタイリッシュ性は更に高まると言える。
本作は、あるテレビ映画シリーズが元ネタになっており、その原作ストーリーがどれほどのものかは見当が付かないが、本作の脚本自体は、筆者の目では、よく練られており、映画序盤の、D.ワッシングトンと少女娼婦TeriことAlinaとの交流は、『タクシードライバー』のストーリーを思わせる。このAlinaがロシアン・マフィアに搾取され、むごい暴力を振るわれたことから、D.ワッシングトンは、最初は意図したものではなかったのであるが、期せずして、ロシアン・マフィアとの暴力的抗争にはまり込んでいく。
D.ワッシングトンは、「昔取った杵柄」なのであろうか、一度殺ると決めたら、私的制裁としての殺人にも躊躇はしない。自分が手を掛けて断末魔にある人間の眼を覗き込む仕草は、悪魔的でさえある。一方、普段勤めているホームマートでは、同僚とも気さくに対応し、自分の素性を探られると、ユーモアであしらうが、同僚が困っていれば、彼等を助ける心を忘れないタイプなのである。その人間性と、殺人の際の「悪魔性」のギャップに整合性が付かないのではあるが、この点が観る者を更に本作を観させる魅力ともなっており、この不整合性のせいなのか、D.ワッシングトンは、眠れなくて、毎晩近くのダイナーに出掛けては、本を読むのである。少女娼婦Alinaもここの常連であり、D.ワッシングトンが丁度読んでいるヘミングウェイの『老人と海』が二人の間柄を近づける切っ掛けでもあった。亡くなった妻を想い、自分のそれまでの人生を悔いて、今は、ひっそりと夜な夜な本を読みふける生活を送っているD.ワッシングトンではあったが、彼は、実は、日本語版で元CIA要員とされているのとは異なり、元DIA特殊工作員であった。DIAとは、Defense Intelligence Agencyの略で、日本語訳では「国防情報局」である。ここは、USAに16あるインテリジェンス機関の一つで、アメリカ国防省傘下にある四つのインテリジェンス機関の内、陸・海・空軍の各軍の情報機関から上がってくる軍事情報を整理・統括する部署として設置されたものである。
このD.ワッシングトンに対抗するのが、ロシアン・マフィアに雇われている「問題解決屋」ニコライ・イチェンコである。こちらも、元はロシア軍の「スペルツナズ・特殊要員」である。その冷血さではD.ワッシングトンに引けを取るものではなく、ここに両者の「悪魔性」が対峙される。この意味で、本作中盤でのロシア料理レストランにおける二人の対話こそ、そこにアクション性はないものの、正にスリルに満ちた両者の対決であり、圧巻である。これがあって、本作終盤の、全く日常的なホームマートでの両者の「決闘」が生きてくる。本作の脚本を書いたのが、リチャード・ウェンクRichard Wenkであり、彼が、結局、『The Equalizer』シリーズ三作の脚本すべてを引き受けたのも納得できる。
2024年11月24日日曜日
フューリー(USA、英国、2014年作)監督:デイヴィッド・エアー
時は、1945年4月である。と言うことは、ナチス・ドイツと西側連合軍との間に無条件降伏条約が結ばれる同年5月8日(ソ連邦軍とは5月9日)までにもう一ヶ月もない時期のことであろう。場所は、主人公達がアメリカ軍戦車部隊所属であるから、当然、西部戦線で、もう既にドイツ帝国内に侵攻しているはずであるが、それがどこら辺なのかははっきりとは分からない。この主人公達の戦車乗員チームを率いるのがBrad Pittが演じるM4シャーマン戦車車長である。
さて、アメリカ軍の「Sergeant」という軍曹・曹長階級には、Sergeant majorまではSergeantという階級名それ自体を入れると6階級あり、下から仮に「Sergeant三等軍曹」、「Staff Sergeant二等軍曹」、「Sergeant First Class一等軍曹」と訳すと、その上が、「曹長」であろう。であるから、「Master Sergeant」を「二等曹長」とすれば、その上の「First Sergeant」は、丁度「一等曹長」で訳が上手く当てはまる。その上がSergeant Majorなので、これを「上級曹長」と訳せば、それ以上は、「最先任上級曹長」として、アメリカ陸軍内の下士官としての最高位に当たる階級「Sergeant Major of the Army」に上手く当てられる。Brad Pittが演じるCollierは、ウィキペディアの英語版によると、「一等曹長」であると書かれてあるが、ドイツ語版と写真で確認すると、「Staff Sergeant二等軍曹」である。筆者には、この階級は歴戦の「勇士」にしては階級が低すぎるような感じがする。
映画内でのCollier本人の言によると、彼は、既にナチス・ドイツのRommel将軍が率いるアフリカ戦車軍団と戦うことになるアフリカ戦線以来、つまり、1943年以来、戦争に従軍しているという「強者(つわもの)」である。恐らく一兵卒からコツコツと積み上げて「二等軍曹」まで昇りつめた人間なのであろう。戦争の「現実」を嫌と言う程、体験している人物であり、その綽名「Wardaddy」が示す通り、戦禍の中を生き延びる生活の知恵を身に付けた人間なのである。その彼の下に、階級はPrivate First Class(「上等兵」相当)ではあるが、軍行政のタイピストとして軍役に就いていたNormanが前線に送られてくる。故に、彼には戦争が何であるのかが理解できておらず、この「父ちゃん」たるCollierに「新兵」Normanは、戦場での「作法」を厳しく「躾られる」ことになる。この意味では、本作は、新兵が戦場にやってきて、戦場の場数を踏むことで、次第に「成長」していくという、言わば、戦場版の「教養小説Bildungsromanビルドゥングス・ロマーン」の、典型的例と言ってよい。そういう点から考えれば、Normanとドイツ人娘Emmaとの睦言も、彼が「一人前の男」になるためには必要な「通過儀礼」としての性格を帯びる。しかも、その後朝(きぬぎぬ)の朝、Emmaには悲惨な運命が待ち受けているのではあったが...
さて、アメリカ軍の「Sergeant」という軍曹・曹長階級には、Sergeant majorまではSergeantという階級名それ自体を入れると6階級あり、下から仮に「Sergeant三等軍曹」、「Staff Sergeant二等軍曹」、「Sergeant First Class一等軍曹」と訳すと、その上が、「曹長」であろう。であるから、「Master Sergeant」を「二等曹長」とすれば、その上の「First Sergeant」は、丁度「一等曹長」で訳が上手く当てはまる。その上がSergeant Majorなので、これを「上級曹長」と訳せば、それ以上は、「最先任上級曹長」として、アメリカ陸軍内の下士官としての最高位に当たる階級「Sergeant Major of the Army」に上手く当てられる。Brad Pittが演じるCollierは、ウィキペディアの英語版によると、「一等曹長」であると書かれてあるが、ドイツ語版と写真で確認すると、「Staff Sergeant二等軍曹」である。筆者には、この階級は歴戦の「勇士」にしては階級が低すぎるような感じがする。
映画内でのCollier本人の言によると、彼は、既にナチス・ドイツのRommel将軍が率いるアフリカ戦車軍団と戦うことになるアフリカ戦線以来、つまり、1943年以来、戦争に従軍しているという「強者(つわもの)」である。恐らく一兵卒からコツコツと積み上げて「二等軍曹」まで昇りつめた人間なのであろう。戦争の「現実」を嫌と言う程、体験している人物であり、その綽名「Wardaddy」が示す通り、戦禍の中を生き延びる生活の知恵を身に付けた人間なのである。その彼の下に、階級はPrivate First Class(「上等兵」相当)ではあるが、軍行政のタイピストとして軍役に就いていたNormanが前線に送られてくる。故に、彼には戦争が何であるのかが理解できておらず、この「父ちゃん」たるCollierに「新兵」Normanは、戦場での「作法」を厳しく「躾られる」ことになる。この意味では、本作は、新兵が戦場にやってきて、戦場の場数を踏むことで、次第に「成長」していくという、言わば、戦場版の「教養小説Bildungsromanビルドゥングス・ロマーン」の、典型的例と言ってよい。そういう点から考えれば、Normanとドイツ人娘Emmaとの睦言も、彼が「一人前の男」になるためには必要な「通過儀礼」としての性格を帯びる。しかも、その後朝(きぬぎぬ)の朝、Emmaには悲惨な運命が待ち受けているのではあったが...
2024年11月11日月曜日
毒婦夜嵐お絹と天人お玉(日本、1957年作)監督:並木鏡太郎
1955年前後に映画産業がその繁栄の頂点を迎えたとすると、それ以降は、映画産業の発展は、下降線を辿り、60年代には次第に「斜陽産業」となっていくという映画史の歴史を考えると、本作の制作年が1957年であることから、この頃は、未だ映画製作会社が強気でいられた時代であり、本作のような娯楽時代劇にしても、とりわけ美術部門ではまあまあしっかりした作りをしていると言える。 マキノ撮影所で「鍛えられた」監督の並木鏡太郎は、時代劇・剣戟映画の「職人」と言える人物である。ストーリーは、善玉対悪玉がはっきりしている、言わば、何も考えなくても、ポップコーンを頬張りながら、観ていられる作品内容であり、観て楽しんだら、忘れてしまってもいい消費性向の強いものになっている。(とは言え、時々の名言でハッとさせられることがある:「そこもとの誠実には打たれ申した。誠実には誠実を以って応えるのが武士の道...」)
色に溺れる主君に諫言し、岡崎藩五万石を乗っ取ろうとする主君の妾腹の弟・松平玄蕃には「破邪の剣」を振るう忠臣は、善玉中の善玉である。その、剣に強いが恋には野暮な忠臣に「ほの字」の柳橋芸者が、藤純子ばりに刺青の入った玉の肌を見せながら、義賊の女首領として、忠臣の「正義の刃」に加担する、その颯爽とした姿は、フィクションとは言え、やはり、観ていて気持ちがよい。
この「天人」ならぬ天女の柳橋芸者玉龍(筑紫あけみ)に対するお絹(若杉嘉津子)は、主君の妾腹の弟・玄蕃と結託する「悪女」であり、その妖婦ぶりは、映画の序盤でこれでもかと示される。映画の始めの、女の湯の場面では、観衆にその匂うような玉の肌の背中を惜しげもなく見せてくれるし、獄中に入ってはいるが、やくざ者の夫(未だ端役の天地茂)がいるにも関わらず、「芸は売っても身体は売らない」柳橋芸者玉龍(たまりゅう)とは違い、お絹は悪の巨頭・玄蕃と簡単に寝てしまう「節操」のなさなのである。
実は、この「妖婦」たる「お絹」には、実在の人物がおり、その名を「おきぬ」といった。本作の題名に「毒婦夜嵐お絹」とある通り、男をその色香で籠絡する「妖婦」は、男を次から次へと滅亡させていく「毒婦」とも言い換えられているが、その実在の「おきぬ」は、自分を囲っている旦那を毒殺した罪で断頭・晒し首の刑に処せられたのであり、正に、文字通りの「毒婦」であった。その「おきぬ」に「夜嵐」と異名が付くのは、彼女が刑の執行の前に以下のような辞世を詠んだからであると言われている:「夜嵐のさめて跡なし花の夢」
実名・原田きぬは、弘化元年(1844年)頃に三浦半島城ヶ島の漁師の娘として生まれたと言われている(一説には武家の娘とも)。16歳の時、両親と死に別れ、江戸で芸妓になることになるが、その美貌で江戸中の評判になったと言う。その美貌からか、ある三万石城主に見初められて、その「お部屋様」、つまり側室となり、世継ぎまでも生んだのであったが、城主に早死にされて、仏門入りを強制される。若い身空でそのような生活を送るうちに鬱病になったおきぬは、箱根に転地療養をすることとなるが、その療養中に、おきぬは、日本橋の呉服商の息子・角太郎と知り合う。二人は、相思相愛の関係となるが、江戸に戻った後も、おきぬの許に角太郎が通い、その「不行跡」が主家の知るところとなる。こうして、おきぬは主家から追い出され、元の芸者の生活に戻ると、東京府に住む士族で金貸し業の小林金平なる者に囲われる身となる。それは、江戸時代も終わって、元号も変わった明治二年のことであったが、おきぬは、その内に、役者買いにのめり込み、その役者と連れ添うことを望んで、旦那を毒殺してしまう。その犯行が世に知れるところとなり、おきぬは断頭・晒し首の刑に処せらたのであった。
このようなスキャンダラスな事件は、当時の新聞錦絵で誇張して報道され、1870年代には彼女の運命を内容とする小説が書かれた。当然、映画界でもこのような話しを捨てておく訳がなく、1913年には最初の映画化がなされ、その後、27年と36年にも再三映画化されている女性像であった。
その「おきぬ」像と本作の「毒婦お絹」を比較すると、映画の「お絹」は、京都の商人の娘で、上方歌舞伎の役者・中村仙三郎と江戸に出奔する途中、仙三郎に裏切られて女衒に売られるという、女の儚くも暗い運命を背負った女として描かれる。「仙三郎」には、実在の「おきぬ」の運命の中に登場する「角太郎」と役者買いの歌舞伎役者が重ねてあるのであろう。
しかし、五万石の藩主のお部屋様となった「お絹」と人気な大阪歌舞伎の女形となった仙三郎が再会すると、この打算に満ちた男女関係は、一挙に「純愛」へと昇華する。しかも、この、お部屋様と男妾の「不倫」の関係は、その純愛によって、公けにも許されるという意外な展開になるのである。このようなストーリー展開が許されるのもまた、戦後民主主義の「恩恵」なのかもしれない。
更に言えば、興味深いのは、ラストシーンで、晴れて許されて、恐らく三浦半島のどこかの海岸沿いを道行く、「お絹」と仙三郎の二人の姿である。町人姿ではあるものの「お絹」にかしずくようにして手を引く「仙三郎」は、女形の姿で女歩きをしているのである。はたから見れば、女同士のカップルとも見えなくもない。このカップルが手に手を取って海岸沿いを歩いて行く。しかも、10mの高さもあろうかと言う小島が綺麗に三つも並んでいる絶景を背景とする「道行き」なのである。新東宝も、ロケーションにはここでは少々資本を投じたのであろう。
という訳で、本作は、観ていて時間を無駄にする娯楽作品かと思いきや、終盤は意外な「発見」が楽しめた作品であった。
色に溺れる主君に諫言し、岡崎藩五万石を乗っ取ろうとする主君の妾腹の弟・松平玄蕃には「破邪の剣」を振るう忠臣は、善玉中の善玉である。その、剣に強いが恋には野暮な忠臣に「ほの字」の柳橋芸者が、藤純子ばりに刺青の入った玉の肌を見せながら、義賊の女首領として、忠臣の「正義の刃」に加担する、その颯爽とした姿は、フィクションとは言え、やはり、観ていて気持ちがよい。
この「天人」ならぬ天女の柳橋芸者玉龍(筑紫あけみ)に対するお絹(若杉嘉津子)は、主君の妾腹の弟・玄蕃と結託する「悪女」であり、その妖婦ぶりは、映画の序盤でこれでもかと示される。映画の始めの、女の湯の場面では、観衆にその匂うような玉の肌の背中を惜しげもなく見せてくれるし、獄中に入ってはいるが、やくざ者の夫(未だ端役の天地茂)がいるにも関わらず、「芸は売っても身体は売らない」柳橋芸者玉龍(たまりゅう)とは違い、お絹は悪の巨頭・玄蕃と簡単に寝てしまう「節操」のなさなのである。
実は、この「妖婦」たる「お絹」には、実在の人物がおり、その名を「おきぬ」といった。本作の題名に「毒婦夜嵐お絹」とある通り、男をその色香で籠絡する「妖婦」は、男を次から次へと滅亡させていく「毒婦」とも言い換えられているが、その実在の「おきぬ」は、自分を囲っている旦那を毒殺した罪で断頭・晒し首の刑に処せられたのであり、正に、文字通りの「毒婦」であった。その「おきぬ」に「夜嵐」と異名が付くのは、彼女が刑の執行の前に以下のような辞世を詠んだからであると言われている:「夜嵐のさめて跡なし花の夢」
実名・原田きぬは、弘化元年(1844年)頃に三浦半島城ヶ島の漁師の娘として生まれたと言われている(一説には武家の娘とも)。16歳の時、両親と死に別れ、江戸で芸妓になることになるが、その美貌で江戸中の評判になったと言う。その美貌からか、ある三万石城主に見初められて、その「お部屋様」、つまり側室となり、世継ぎまでも生んだのであったが、城主に早死にされて、仏門入りを強制される。若い身空でそのような生活を送るうちに鬱病になったおきぬは、箱根に転地療養をすることとなるが、その療養中に、おきぬは、日本橋の呉服商の息子・角太郎と知り合う。二人は、相思相愛の関係となるが、江戸に戻った後も、おきぬの許に角太郎が通い、その「不行跡」が主家の知るところとなる。こうして、おきぬは主家から追い出され、元の芸者の生活に戻ると、東京府に住む士族で金貸し業の小林金平なる者に囲われる身となる。それは、江戸時代も終わって、元号も変わった明治二年のことであったが、おきぬは、その内に、役者買いにのめり込み、その役者と連れ添うことを望んで、旦那を毒殺してしまう。その犯行が世に知れるところとなり、おきぬは断頭・晒し首の刑に処せらたのであった。
このようなスキャンダラスな事件は、当時の新聞錦絵で誇張して報道され、1870年代には彼女の運命を内容とする小説が書かれた。当然、映画界でもこのような話しを捨てておく訳がなく、1913年には最初の映画化がなされ、その後、27年と36年にも再三映画化されている女性像であった。
その「おきぬ」像と本作の「毒婦お絹」を比較すると、映画の「お絹」は、京都の商人の娘で、上方歌舞伎の役者・中村仙三郎と江戸に出奔する途中、仙三郎に裏切られて女衒に売られるという、女の儚くも暗い運命を背負った女として描かれる。「仙三郎」には、実在の「おきぬ」の運命の中に登場する「角太郎」と役者買いの歌舞伎役者が重ねてあるのであろう。
しかし、五万石の藩主のお部屋様となった「お絹」と人気な大阪歌舞伎の女形となった仙三郎が再会すると、この打算に満ちた男女関係は、一挙に「純愛」へと昇華する。しかも、この、お部屋様と男妾の「不倫」の関係は、その純愛によって、公けにも許されるという意外な展開になるのである。このようなストーリー展開が許されるのもまた、戦後民主主義の「恩恵」なのかもしれない。
更に言えば、興味深いのは、ラストシーンで、晴れて許されて、恐らく三浦半島のどこかの海岸沿いを道行く、「お絹」と仙三郎の二人の姿である。町人姿ではあるものの「お絹」にかしずくようにして手を引く「仙三郎」は、女形の姿で女歩きをしているのである。はたから見れば、女同士のカップルとも見えなくもない。このカップルが手に手を取って海岸沿いを歩いて行く。しかも、10mの高さもあろうかと言う小島が綺麗に三つも並んでいる絶景を背景とする「道行き」なのである。新東宝も、ロケーションにはここでは少々資本を投じたのであろう。
という訳で、本作は、観ていて時間を無駄にする娯楽作品かと思いきや、終盤は意外な「発見」が楽しめた作品であった。
2024年11月6日水曜日
俺たちは天使じゃない(USA、1955年作)監督:マイケル・カーティス
USAの1930年代以降、トーキー映画がサイレント映画を次第に駆逐する中で、会話に重きを置くことが出来ることから展開したトーキー映画の一ジャンルがある。いわゆる、「スクリューボール・コメディ」である。その初期の代表的作品が、C.ゲーブル、C.コルベール主演、F.キャプラ監督作品『或る夜の出来事』(1934年作)である。基本的には、恋愛喜劇(ロマンティック・コメディ)なのであるが、そこに、「スクリューボール」の変化球の意外性と、男女間の洒落た会話の、丁々発止のテンポのよさが加わったものが、スクリューボール・コメディであると言える。
本作も喜劇は喜劇であるが、上述のスクリューボール・コメディの魅力に重点を置くものではなく、本作のストーリーの底に流れているのは、ブラック・ユーモアである。しかも、USA作品とは言え、原作は、元々フランス人作家Albert Hussonアルベール・ユソンが1952年に発表した演劇『La cuisine des anges天使達の料理』であることから、普通のアメリカ映画とは雰囲気が若干異なっている。このフランス語の演劇の台本を、あるアメリカ人作家夫婦が英語に訳し、『私の三人の天使達』の題名で本を出したところ、これが、ブロードウェイに演劇として、53年から約一年間掛かり、その成功を見て、映画会社がこの舞台作品の映画化権を取得した次第であった。という訳で、本作も基本的には舞台劇的な、場面の大きな移動が少ないシーン構成になっている。
監督は、あの『カサブランカ』(1942年作)を撮ったMichael Curtizマイケル・カーティスであり、H.ボガートとは、本作が1937年以来の六本目で、最後の共作となるものである。しかも、H.ボガードとしては、珍しい喜劇である。
ハードボイルドやフィルム・ノワールで鳴らしたH.ボガードが喜劇を演じるその意外性に既に「喜劇性」が出ており、本人も喜劇役者たらんとして無理な演技をしていないところに筆者は好感が持てる。
このH.ボガードの脇を、元々は素人であったが、スカウトされて喜劇作品で顔がこの頃ようやく知れらるようになったAldo Rayと、ユダヤ系イギリス人名優Peter Ustinovの二人が固めている。尚、輸入雑貨品店を営むDucotelデュコテル一家の一人娘Isabelleイザベル役を演じたGloria Talbottグロリア・タルボットは、本作を撮って以降は、B級ホロー映画に出演するようになり、1950年代後半の「絶叫クィーン」として有名になることになる。
ストーリーの舞台は、ブラジルの北に位置するフランス領ギアナの中心地Cayenneカイエンヌである。この地に、大西洋の沖合にある、全島が流刑地となっている「悪魔島」から逃げてきた囚人の三人組が、「三賢人」よろしく、クリスマス・イヴにやってきて、図らずも、そして毒蛇Adolpheアドルフの「助け」も借りて、その善人ぶりを発揮するという、クリスマスには持って来いの作品となっている。因みに、悪魔島は映画『パピヨン』(1973年作)のストーリーの舞台となったことで知られている島である。
さて、本作は「Technicolorテクニカラー」で撮られた作品であり、しかも撮影方式が「VistaVision」という、1954年に初めて実用化された技術で撮られたものである。1930年代以降のテクニカラー自体が、被写体像をプリズムに通して、三色法の赤・緑・青に分解し、そのそれぞれをモノクロ・フィルムで撮影記録するという、極めて贅沢な撮り方をする技術である。その分、撮影時の情報量が多い訳で、当然、画像の質が高くなる方式である。(という訳で、デジタル・リマスタリングの際には、このテクニカラー方式で撮影された作品は、修復のやり甲斐が大いにあると言う。)
一方、VistaVisionは、本作の製作会社パラマウント映画社が、20世紀フォックス社の「シネマスコープ」に対抗して開発した方式で、通常縦駆動のカメラを横駆動とし、しかもスタンダード・サイズであれば、4パーフォレーションを使うところを、この方式では8パーフォレーションと二倍も取るところから、その分、また画質もよくなる訳で、画面アスペクト比が1,66:1の横長の画面サイズになる方式であった。(スタンダード・サイズの画面アスペクト比の、いわゆる「アカデミー比」は、1,375:1である。)
こうして、テクニカラーとVistaVisionの二つの豪華な方式で撮影された本作は、初期の、イーストマン・コダックやアグファと比べ物にならない程、豊かで深い色彩であり、正に、「総天然色」映画の名に恥じない画質である。この良質の画像を楽しむだけでも本作は観る価値があると言える。
とりわけ、輸入雑貨店の娘イザベルがある時着て登場するドレスの、黄色味がより強い薄い黄緑色や、これも恐らくは楽屋の「ご愛敬」程度と見るべきものであろうが、苦み走ったH.ボガードが、普段はイザベルが付けるというエプロンを着て、クリマスマス・イヴのために、鵞鳥の丸焼きをオーヴンを使って焼いている場面の、そのエプロンのサーモン・ピンクの色彩は、是非、本作で堪能したいものである。しかも、このエプロンは、フリル付きであるのも、「ミソ」であろう。こうして、三人の「天使」がクリマスマス・イヴの晩餐のために料理を作るという、正に、原作の題名『天使達の料理』が生きてくるという訳である。
本作も喜劇は喜劇であるが、上述のスクリューボール・コメディの魅力に重点を置くものではなく、本作のストーリーの底に流れているのは、ブラック・ユーモアである。しかも、USA作品とは言え、原作は、元々フランス人作家Albert Hussonアルベール・ユソンが1952年に発表した演劇『La cuisine des anges天使達の料理』であることから、普通のアメリカ映画とは雰囲気が若干異なっている。このフランス語の演劇の台本を、あるアメリカ人作家夫婦が英語に訳し、『私の三人の天使達』の題名で本を出したところ、これが、ブロードウェイに演劇として、53年から約一年間掛かり、その成功を見て、映画会社がこの舞台作品の映画化権を取得した次第であった。という訳で、本作も基本的には舞台劇的な、場面の大きな移動が少ないシーン構成になっている。
監督は、あの『カサブランカ』(1942年作)を撮ったMichael Curtizマイケル・カーティスであり、H.ボガートとは、本作が1937年以来の六本目で、最後の共作となるものである。しかも、H.ボガードとしては、珍しい喜劇である。
ハードボイルドやフィルム・ノワールで鳴らしたH.ボガードが喜劇を演じるその意外性に既に「喜劇性」が出ており、本人も喜劇役者たらんとして無理な演技をしていないところに筆者は好感が持てる。
このH.ボガードの脇を、元々は素人であったが、スカウトされて喜劇作品で顔がこの頃ようやく知れらるようになったAldo Rayと、ユダヤ系イギリス人名優Peter Ustinovの二人が固めている。尚、輸入雑貨品店を営むDucotelデュコテル一家の一人娘Isabelleイザベル役を演じたGloria Talbottグロリア・タルボットは、本作を撮って以降は、B級ホロー映画に出演するようになり、1950年代後半の「絶叫クィーン」として有名になることになる。
ストーリーの舞台は、ブラジルの北に位置するフランス領ギアナの中心地Cayenneカイエンヌである。この地に、大西洋の沖合にある、全島が流刑地となっている「悪魔島」から逃げてきた囚人の三人組が、「三賢人」よろしく、クリスマス・イヴにやってきて、図らずも、そして毒蛇Adolpheアドルフの「助け」も借りて、その善人ぶりを発揮するという、クリスマスには持って来いの作品となっている。因みに、悪魔島は映画『パピヨン』(1973年作)のストーリーの舞台となったことで知られている島である。
さて、本作は「Technicolorテクニカラー」で撮られた作品であり、しかも撮影方式が「VistaVision」という、1954年に初めて実用化された技術で撮られたものである。1930年代以降のテクニカラー自体が、被写体像をプリズムに通して、三色法の赤・緑・青に分解し、そのそれぞれをモノクロ・フィルムで撮影記録するという、極めて贅沢な撮り方をする技術である。その分、撮影時の情報量が多い訳で、当然、画像の質が高くなる方式である。(という訳で、デジタル・リマスタリングの際には、このテクニカラー方式で撮影された作品は、修復のやり甲斐が大いにあると言う。)
一方、VistaVisionは、本作の製作会社パラマウント映画社が、20世紀フォックス社の「シネマスコープ」に対抗して開発した方式で、通常縦駆動のカメラを横駆動とし、しかもスタンダード・サイズであれば、4パーフォレーションを使うところを、この方式では8パーフォレーションと二倍も取るところから、その分、また画質もよくなる訳で、画面アスペクト比が1,66:1の横長の画面サイズになる方式であった。(スタンダード・サイズの画面アスペクト比の、いわゆる「アカデミー比」は、1,375:1である。)
こうして、テクニカラーとVistaVisionの二つの豪華な方式で撮影された本作は、初期の、イーストマン・コダックやアグファと比べ物にならない程、豊かで深い色彩であり、正に、「総天然色」映画の名に恥じない画質である。この良質の画像を楽しむだけでも本作は観る価値があると言える。
とりわけ、輸入雑貨店の娘イザベルがある時着て登場するドレスの、黄色味がより強い薄い黄緑色や、これも恐らくは楽屋の「ご愛敬」程度と見るべきものであろうが、苦み走ったH.ボガードが、普段はイザベルが付けるというエプロンを着て、クリマスマス・イヴのために、鵞鳥の丸焼きをオーヴンを使って焼いている場面の、そのエプロンのサーモン・ピンクの色彩は、是非、本作で堪能したいものである。しかも、このエプロンは、フリル付きであるのも、「ミソ」であろう。こうして、三人の「天使」がクリマスマス・イヴの晩餐のために料理を作るという、正に、原作の題名『天使達の料理』が生きてくるという訳である。
2024年10月16日水曜日
市子(日本、2023年作)監督:戸田 彬弘
明治二十九年法律第八十九号とは、現代日本でも通用している日本国の民法のことである。その第772条第一項は言う:「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」
また、同条第二項は、女性の妊娠期間を想定して、「婚姻の成立の日から200日を経過した後」、又は、「婚姻の解消もしくは取消しの日から300日以内に生まれた子」は、「婚姻中に懐胎したものと推定する」と、規定されている。この「嫡出推定」の規定に従って、離婚から300日以内に生まれた子は、上述の二段階の推定により、原則として前夫の子として扱われることになると言う。
この上述の規定に関して、200と300の数字が妥当なものであるかの疑問が起こるのと同時に、婚姻直前にその女性が他の男性と交渉があったり、婚姻中に妻が「浮気」を働いていたケースは、どうなるのであろうかという疑念が起こるのではあるが、何れにしても、この期間中に生まれた子に関しては、夫、或いは前夫は、遺伝的関係とは関係なく、戸籍上の「父」となることになる。
現代では、DNA鑑定により、父子関係は、科学的に白黒が付けられる時代ではあるが、DV前夫との関わりを避けるために、自分が生んだ子供が前夫の子となることを嫌って、離婚後に出生した子の戸籍上の手続きがなされないケースもあり得る訳で、このような社会問題を人は「離婚300日問題」と呼ぶ。本作の主人公市子は、正に、このような「星」の下に生まれた女性であり、不幸な運命は、更に、不幸を引き寄せる形で本作の「重く哀しい」ストーリーは展開する。
本作の原作は、監督が演劇用に書いた台本『川辺市子のために』であると言うが、筆者は、この演劇を観ていないので、本作の脚本との比較が出来ないが、友人から聞いた話しでは、舞台には市子一人が立ち、その市子をぐるりと囲むように観衆が座り、その観衆の後ろを今度は別の登場人物達がぐるりと囲んで、劇が進行すると言う。
これらの別の登場人物達の「証言」により、市子の存在の在り様が明らかにされるのであろうが、証言する他の登場人物と、その証言に反応する市子を演劇的にどのように構築するのか、極めて興味深く、筆者も一度は演劇を観てみたいものである。この演劇の演出の斬新性から言うと、監督が同一人物でもあり、本作の語りがオーソドックス過ぎるのが、残念に思われる。
また、同条第二項は、女性の妊娠期間を想定して、「婚姻の成立の日から200日を経過した後」、又は、「婚姻の解消もしくは取消しの日から300日以内に生まれた子」は、「婚姻中に懐胎したものと推定する」と、規定されている。この「嫡出推定」の規定に従って、離婚から300日以内に生まれた子は、上述の二段階の推定により、原則として前夫の子として扱われることになると言う。
この上述の規定に関して、200と300の数字が妥当なものであるかの疑問が起こるのと同時に、婚姻直前にその女性が他の男性と交渉があったり、婚姻中に妻が「浮気」を働いていたケースは、どうなるのであろうかという疑念が起こるのではあるが、何れにしても、この期間中に生まれた子に関しては、夫、或いは前夫は、遺伝的関係とは関係なく、戸籍上の「父」となることになる。
現代では、DNA鑑定により、父子関係は、科学的に白黒が付けられる時代ではあるが、DV前夫との関わりを避けるために、自分が生んだ子供が前夫の子となることを嫌って、離婚後に出生した子の戸籍上の手続きがなされないケースもあり得る訳で、このような社会問題を人は「離婚300日問題」と呼ぶ。本作の主人公市子は、正に、このような「星」の下に生まれた女性であり、不幸な運命は、更に、不幸を引き寄せる形で本作の「重く哀しい」ストーリーは展開する。
本作の原作は、監督が演劇用に書いた台本『川辺市子のために』であると言うが、筆者は、この演劇を観ていないので、本作の脚本との比較が出来ないが、友人から聞いた話しでは、舞台には市子一人が立ち、その市子をぐるりと囲むように観衆が座り、その観衆の後ろを今度は別の登場人物達がぐるりと囲んで、劇が進行すると言う。
これらの別の登場人物達の「証言」により、市子の存在の在り様が明らかにされるのであろうが、証言する他の登場人物と、その証言に反応する市子を演劇的にどのように構築するのか、極めて興味深く、筆者も一度は演劇を観てみたいものである。この演劇の演出の斬新性から言うと、監督が同一人物でもあり、本作の語りがオーソドックス過ぎるのが、残念に思われる。
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監督のIlya Naishullerイリヤ・ナイシュラーは、父親がユダヤ系ロシア人で、金持ちの家に育ったところから、子供の頃はロンドンの豪邸に住んでいたと言う。モスクワ生まれの彼は、その後、ロシアに戻り、希望であるロシア映画大学を受験するが、これには受からず、それで、モスクワの...
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白樺派 ミーツ ハリウッド映画 白樺派は、明治末から大正期に掛けて日本の文壇の一主流となった傾向であり、その文学創作の思想的背景には、理想主義、人道主義、個人主義があったと言われている。その代表的文学者は、武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎などである。 何故ここで白樺派のことを...
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まず画像に、「この一篇を雲の彼方に散った若人のために捧ぐ」と流れる。 すると、早速、当時の実写の場面が写し出され、恐らくマリアナ沖海戦か、沖縄戦における神風特攻作戦の場面が一部特撮を混ぜて見せられる。(特撮:日活特殊技術部;やはり、戦前からの東宝・特撮部、円谷英二班のものには...