2022年7月19日火曜日

グランド・マスター(香港、中国、2013年作) 監督:ウォン・カーウァイ

  本作は、 1893年生まれの、詠春拳葉問派宗師Ip Manの一代記を、ドラマティックに脚色して、「スケッチ」したものである。とは言え、葉問の幼少の頃は殆ど語られず、ストーリーはいきなり1936年から始まる。葉問、齢すでに43歳の時である。広東省にある商業都市佛山で裕福な家に生まれ、功夫の達人として名を成し、美しい妻張永成との間に子供も儲けて、幸福に暮らしている葉問であった。(ウィキペディアによると、葉問は七人の子女を儲けたが、その内の三人は夭逝し、日中戦争中の貧しい生活苦の中、娘二人も亡くし、男子二人のみが残ったと言う。) 

 この葉問の幸福な時代の、中国の富裕層の生活ぶりが、やはり興味深い。そこに中国文化の伝統の深さが感じられるからである。この中国文化の深さに、地理的次元が加わって、ストーリーは、壮大な展開となる。中国東北部の功夫の総領・宮(ゴン)が、中国南西部の功夫諸流派に「挨拶」にやってきたのである。中国史の伝統的な対立の図式、揚子江以北と揚子江以南の二つの中国文化の発展的対立の「止揚(Aufheben)」である。

 こうして、葉問と宮の現実の物理的力試しではなくイメージ上の「一騎打ち」となり、葉問は宮に自分の技の優位を見せる。このことを受け入れられない宮の娘若梅(ルオメイ)が葉問に挑み、息詰まる互角の闘いの中、二人は恋に落ちるのであった。この実ることない、不幸な愛が、本作のストーリーを導く「赤い糸」となるのである。

 さて、この実ることのない愛は、もちろん、脚本も共同執筆している監督ウォンの創作であろう。芸術上の自由があるのであるから、創作は当然であるが、ウィキペディアに書いてある葉問の略歴を読んでみると、興味ある点が二・三ある。

 まず、葉問16歳の時の1909年に彼は、香港に留学に行っており、そこで外国語や数学などを学んだという。9年も香港に滞在したのち、1918年、つまり、19年の大日本帝国による対華二十一ケ条が出される前年に、葉問は、佛山に戻り、警官の職に就いて、張と結婚する。この警官の職に就いていたことが、日中戦争終結後の国民党政権下で、葉問が警察局刑偵隊隊長、督察長、広州市衛戍司令部南区巡邏隊上校隊長などを歴任したこととつながる。同時にこのことが、葉問が妻子を置いて、49年に中華人民共和国が成立して、香港に「逃げた」理由でもあった。この事実が、映画でははっきりと描かれていないことに一種の「自己検閲」を感じる。

 製作が香港、中国であり、本作が中国本国でも上映されていることからも、「自己検閲」がある程度は必要であったにせよ、制作の2013年から約8年が経って、当局の中国版「破防法」の適用により、香港の民主主義と自由の火が消えた今となっては、本作を観ながら、ある種のやるせなさを感じるのは、筆者だけではないであろう。

 監督ウォンは、上海生まれで香港を拠点に活動していた人間である。本作以降、上梓している作品は、寡聞にして、ない。主人公の葉問役は、香港のスター俳優、梁 朝偉広東語: リョン・チウワイ、トニー・レオン)。その相手役は、北京生まれの 子怡チャン・ツィイー拼音Zhāng Zǐyí)。葉問の妻役を、大韓民国女優ソン・ヘギョが演じているこうした「国際性」を映画一本に託することが、今も可能なのであろうか。

 王家衛ウォン・カーウァイ監督と言えば、彼と名コンビを組んでいた、オーストラリア出身の撮影監督Christopher Doyle クリストファー・ドイルがいるが、本作では、フランス人撮影監督Philippe Le Sourdフィリップ・ル・スールが、撮影に当たっている。

 音楽ヴィデオ畑で活躍しているキャメラマンらしく、確かにスタイリッシュな画像をワンショット、ワンカットで決めてはいるが、何か表面的な美しさで終わっており、底が浅い。クローズアップを多用した、そして、「激しい」モンタージュを使った手法は、確かにマーシャル・アーツの場面を撮るには適しているかもしれないが、如何にもグラフック・ノヴェル的で、筆者には、映画開始後半時間で飽きが来てしまった。因みに、Le Sourdは、本作により、アジア地域での有名どころの映画祭(台湾、日本、香港、北京)で撮影賞を総ざらいしている。好みがあるとは言え、やはり映画祭の評価の「相対性」を肝に銘じておくことが大事であろう。



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