監督J.スタージェスの思い入れのある、ワイアット・アープとDoc Hollidayの男の友情を描く良心的作品
自分が10年前に撮った娯楽西部劇『OK牧場の決斗』に思いがあったのだろう。監督J.スタージェスは、自分が製作者となり、1967年作の本作で、ほぼ史実に忠実なO.K.コラル(Corralは囲い柵だそうで、本作の冒頭に描かれているように「牧場」ではない)の決闘があった後の後日譚、すなわち、西部史上の「英雄」ワイアット・アープの、血に塗られた復讐劇を撮っている。アープの敵役を演じているRobert Ryanの苦み走った悪のダンディズムもいいが、それよりも、本作では、アープと Doc Hollidayとの間の男の友情が興味深い。Doc役を演じているのが、1970年代半ばに二回助演男優賞でオスカーをゲットしているJason Robards, Jr.である。『OK牧場の決斗』でこのDoc役を演じたのがKirk Douglas、その他にも例えば、Victor Matureが1946年に、Val Kilmerが1993年にHollidayになっている。蓋し、この役にはJ. ロバーツが最適ではないか。
HollidayをWikipediaで検索すると、彼の顔写真が出てくる。痩せた、頬がくぼんだ顔にすこし似合わない髭を蓄えているが、眼は何か人懐こそうな、何か知的な感じを与える。
実際大学出で、歯科医の免許を取り、開業していたことから、Docと呼ばれていた。母親が肺結核で既に亡くなっていたが、その母親に移されたのであろう、21歳で肺結核が発病、一年も持たないと医者に言われて、1873年ダラスに移住、そこでアルコール漬けのギャンブラーの生活を送るようになる。3年後、サウス・ダコタ州にあるDeadwoodで、ワイアット・アープと偶然に知り合う。それからは、アープとの腐れ縁が深まり、1880年アープと協同で、銀山経営に関わり、金持ちになる。このアープの銀山経営がクラントン一家との争いとなり、例の『OK牧場の決斗』事件(1881年10月26日)に発展する訳である。決闘は30秒も掛からなかったという。
アープのその後の復讐劇には、実際Hollidayも同行しているが、その復讐の合法性については批判的であったようで、結局二人は別々の道を行くこととなり、1885年にデンバーで別れたのが最後であった。その2年後、Hollidayは静養中ではあったが、肺結核の症状が悪化し、亡くなる。享年36歳であった。死を宣告され、それでも酒に溺れたギャンブラー・ガンマン生活を10年以上も続けた後であった。
1896年、Hollidayが死んで約9年後、ワイアット・アープはあるインタヴューに答えて、Hollidayについて次のように言っている:
「Docは、歯科医だったが、ある事情が彼をギャンブラーにしてしまった。Docは、ジェントルマンだったが、病気が彼をフロンティアのバガボンドにしてしまった。Docは、哲学者であったが、この世の人生が彼を辛辣な皮肉屋にしてしまった。Docは、背が高い、細身の、灰色のブロンドをした奴だった。肺結核のため殆ど死に掛けていたが、同時にまた、俺が未だかつて知り合ったうちで、極めて腕の立つギャンブラーで、ガンを持たせれば、大胆かつ早や腕の、銃を抜けば必ず死を呼ぶ男だった。」
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