フランス、北西部にあるブルターニュ地方、その最西端にある県が、フィニステール県である。大西洋に突き出たこの県の、さらに最西端にあるのが、比較的有名な町ブレストであり、ここから湾を挟んで反対側の南側にある港町が Douarnenezドゥアルヌネである。クレジット・ロールの最中、カメラは、灰色の空の下、この地方に特徴的な、少々おどろおどろしい十字架がある墓地を舐めるようにして撮っていく。すると、カメラは海岸線に辿り着き、やがて、海岸の砂に埋もれた屍体の頭部を捉える。この屍体の頭部を這いまわる蟹が去っていくと、頭部の口元から蛾が這い出して来る。この蛾というモチーフが後に重要な役を演じるので、気を付けたい。蛾や蝶は、魔女の化身であると言われている。(何故、Butter・fly「バターフライ」と呼ぶか、調べてみると面白い。)
クレジット・ロールが終わり、ストーリーが始まると、海岸通りの、あるバス停に若い女性が、革ジャンを着、毛糸の帽子を被って座っている。季節は、10月31日の木曜日で、この日の夜には、つまりはハロウィーンとなる日である。(これは、スラッシャー映画へのオマージュ)
座っている彼女が、主人公となるLucieリュシーで、彼女の後ろの風よけのボードには、10人以上の少女たちが、行方不明になっている張り紙が貼ってある。クレジット・ロールの屍体も、恐らく、行方不明になっている少女の一人であろう。
大写しになったリュシーの顔を見て、気が付くのは、彼女の右目が青色で、左目が黒ないし黒褐色であることである。
バス停の前に大型であるが、かなり年季の入った車が停まる。それは、訪問看護員のカトリーヌで、リュシーはこの日から訪問介護士の見習いとなる日であった。車中、カトリーヌは、すぐに、リュシーがheterochromia iridis虹彩異色症であることに気付く。カトリーヌは言う:目の色が二色の人間は、二つの魂を持っていて、その魂が片方の目から出て、他の目の方に入ったりすると。これが、本作の決定的な、第二のモチーフとなる。(因みに、紀元前4世紀のアレクサンドロス大王も、虹彩異色症で、虹彩の色はブラウンとブルーであったと言われ、「一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く」という伝承があると言う。)
映画は、ここから約10分間、丁寧にリュシーの、訪問介護見習いとしての行動を追う。彼女が、自我が強く、行動派であり、同時に、他者への思いやりがあることが、この過程で描かれていく。これがまた、映画の終盤でのストーリー展開に重要なモチーフとなる。つまり、このことが、ホラー映画には珍しく、本作の終盤が、連帯と一種の「解放」としてハッピー・エンドに終わる布石になる、心理上の正当性の理由付けになるからである。
さて、もう一人の主人公は、ポスターにも写されているAnnaアナである。彼女は、等身大の、巨大オルゴールに付けられた、バレーリナで、オルゴールが鳴れば、永遠に踊ることを強制された、哀しい、お人形なのである。英語では、lividとは、「鉛色の」の意味で、フランス語のlivideリヴィドゥと共通点があるが、英語で、「土気色の」という意味が、さらにあるのに対し、フランス語では、「蒼白な」の意味であり、ポスターに写されたAnnaの、かさかさに乾いた蒼白さに、やはり、フランス語のlivideの方がぴったりと相応する。
なぜAnnaがこのような呪われた運命にあるかは、映画を観てのお楽しみであるが、ここで本作がオマージュとしている、あるイタリア映画が、本作のストーリー展開に、さらにもう一つの重要な役割を演じている。
そのオマージュの示唆は、映画の約3分の2ぐらいが過ぎたところ、リュシーが、彼女の彼氏とその兄弟の三人で押し入った館で見つけた、バレー教程の受講認定証である。ドイツ語で書かれてある、その認定証は、南西ドイツにあるFreiburgフライブルクという町にある、Tanzakademieダンス・アカデミーのもので、1908年度に出されたものである。これで、分かる人は、はっと思い付く。つまり、これは、イタリア製猟奇映画ジャンル・Gialloジャッロ(江戸時代であれば、「黄表紙本」)の金字塔の一つを飾る『サスペリア』(監督:Dario Argentoダリオ・アルジェント、1977年作)へのオマージュであると。
Gialloジャンルとは、1960年代から70年代にイタリアから発信して一世を風靡したスタイルである。大衆紙が狙う煽情的事件(とりわけ、サイコパス的な女性連続殺害事件)をストーリーの核とし、それをイタリア絵画よろしく、色彩豊富に、大胆な画面構成で撮り、それにエンニオ・モリコーネ的音楽を付けて、本来のB級映画を芸術的に底上げすると言うのが、様式的メルクマールとなる作風である。
という訳で、本作でも、部分的に気の利いた画面構成を見せながら(撮影監督:Laurent Barès)、如何にもホラー映画に相応しいサウンドのBGMを使いながら、バレーに付けるようなクラシック音楽も多用されている。(音楽監督:Raphael Gesquaz)
F.ショパンの夜想曲、ベートーヴェンのピアノ・コンチェルト、そして、なくてはならないベートーヴェンのピアノ・ソナタ「Mondscheinsonate月光ソナタ」が静かに流れる中、おぞましい光景を鑑賞するのも、中々の興趣であろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿