不惑の年齢の直前に、自己の映画経歴の頂点を昇り詰めるとどうなるか。
M.Carné伝 その二 (その一は、『北ホテル』にてご覧あれ)
1938年、32歳で『Hôtel du Nord北ホテル』を撮った後、M.カルネ(「キャルネ」とも)は、翌年の第二次世界大戦勃発前に、J.Gabinギャバン主演で、フィルム・ノワールのジャンルに入れてもいい作品『陽は昇る』を発表する。第二次世界大戦が勃発し、さらにナチス・ドイツが西部戦線でマジノ線を北から迂回してフランスに侵入すると、フランス陸軍は、ロンメル将軍率いるドイツ国防軍戦車軍団にあっけなく蹴散らされる。(『禁じられた遊び』を思い出されよ。)パリーを含む北部フランスはドイツ軍に占領される。
こうした急展開の様相を見せる事態に、J.Renoirルノワールなどの、フランスの名だたる監督たちが国外移住する中、カルネは占領下のパリーに居残る。ナチス・ドイツの宣伝相で、ドイツ映画界を牛耳るJ.Goebbelsゲベルスは、自分の手下を通じてカルネをドイツ側の協力者に引き込もうとするが、カルネは、自分のプロジェクトが通らず、辛うじて、この「悪魔の誘惑」から逃れられた。
こうして、42年に『悪魔が夜来る』を撮る。ヴィシー政権によってもカルネの作品は上映禁止を既に掛けられていたのであるが、その状況下での作品発表である。時代設定は、現代に置いては問題があるので、フランス中世にこれを置き、現実主義ではその意図が余りにあからさまになるので、ストーリーをメルヘン・ファンタジーの世界にセッティングをして、善と悪の闘争、純粋な愛の力と悪魔の魔力との抗争が語られる。この時期のカルネの贔屓にしている女優Arlettyが、この作品中、悪魔の手先となる役を演じているのも興味深い。
翌年の43年からカルネが約二年間を費やして制作したのが、世界映画史上の傑作の一つに挙げられる『天井桟敷の人々』(原題は『天国の子供たち』であるが、日本語題名は的を射えていて銘訳)である。脚本は、他に誰がなり得よう、言わずもがなのJ.プレヴェールが担当である。(時代設定も19世紀前半と歴史映画)撮影は、カルネ自身が写真科出身なので、カルネ組のキャメラマンと言えるような固定したキャメラマンはいないのであるが、美術は、例の、カルネ組のA.トロネーがユダヤ人なので、彼は、表には出ずに地下に潜伏して制作に協力したと言う。主演はいつものArlettyが「ガランス」役で、共演は、パントマイム役を演ずるバローである。初上映は、パリーがドイツ軍から解放された後、しかし、欧州での終戦前の、45年3月であった。
第二次世界大戦が終わって46年に発表した作品が、本作『夜の門』である。脚本は、言わずもがな、J.プレヴェールが、自身のバレー作品を映画用に翻案し直して書き、美術は、例の通り、A.トロネーが担当する。パリ解放後のパリーを舞台に、ドイツ占領下で、ドイツ占領軍と上手くやって羽振りがよかった者、ドイツ側に協力したもの(コラボラテェーア)、ゲシュタポの「犬」、レジスタンスで戦った者、物資不足の状況下に闇市で財をなす者、これらが交錯する中、ある愛が運命の悪戯で頓挫すると言う、J.プレヴェール作の脚本にしては、かなりキッチュなストーリーである。
カルネは、主役をJ.Gabinギャバンに打診するが、自分に役が合わないと思ったのか、これを断る。そこで、これに白羽の矢が立ったのが、イタリア系フランス人の新人Yves Montandモンタンである。彼が、作中歌うことになるシャンソンが、何を隠そう、あの有名な『Les Feuilles mortes枯葉』である。作詞は、J.プレヴェールであり、作曲はJoseph Kosmaコスマ、『天井桟敷の人々』でも音楽担当の一人であった作曲家である。
戦争の未だ終わっていない45年のパリー、しかも高架線のメトロが通る貧民街の雰囲気をよく捉えたカルネの映像感覚とトロネーの美術、そして、上映時にはあまりヒットしなかった『枯葉』のオリジナルをフランス語で楽しみたい方にはお勧めの作品である。
『天井桟敷の人々』の成功を戦後につなげることが出来なかったカルネは、50年代約2年毎に一本の割合で作品を撮る。彼と盟友J.プレヴェールの進む道も相互に分かれる。53年の『嘆きのテレーズ』(E.ゾラ原作、S.シニョレ主演)で、ヴェネツィア国際映画祭で銀の獅子賞を獲得するが、50年代後半・末からの「ヌヴェル・ヴァーグ」の批判にカルネは真っ向から晒され、60年代に何本かの作品を発表するが、注目を受けることなく、カルネは、70年代の後半に映画制作の実践からは遠ざかることになる。
そのような晩年の作品に、71年に上映された映画『Les assassins de l'ordre』(「公権力の殺人者」とでも訳そうか)では、68年5月革命後の高揚した政治状況を背景に、警察権力による暴力をカルネは糾弾する。理想主義者の予審判事を演じるJacques Brelブレル、予断で容疑者に暴行を加えさせ、その容疑者を死なせてしまう刑事Michael Lonsdaleロンダール、白を黒と言いくるめる詭弁を弄する警察側弁護人Charles Dennerドゥネールが要所を押さえて、緊張ある裁判劇を見せつける。カルネの、現実の政治状況を捉える、その政治感覚の鋭さと、警察権力による暴力問題が人種差別の問題と絡んで現代フランスでも取りだたされている状況を鑑みると、この作品が提示する現代的意義もまた明らかになってくる。その意味で、この作品(仏・伊合作、イーストマン・カラー作品)は、カルネが撮った、言及されるべき70年代の一作品として記憶されてしかるべきであろう。
M.カルネーは、パリ郊外の、ある地で1996年に亡くなる。墓石は、パリっ子マルセルに相応しく、モンマルトルにある。享年90歳であった。同じ墓には彼の「友人」、俳優のRoland Lesaffre(ロラン・ルサーフル)がいっしょに埋葬されている。
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