2022年7月6日水曜日

北ホテル Hôtel du Nord(フランス、1938年制作) 監督:マルセル・カルネー

フランス大革命記念日にフランスらしいフランス映画を観た

M.Carné伝 その一 (その二は、『夜の門』にてご覧あれ)


 M. Carnéカルネは、映画「職人」である。パリー生まれの彼は、パリーの美術工芸学校の写真科を出ると、世界恐慌の前年の1928年に(カルネは1906年生まれであるから、22歳の年齢で)、偶然に撮影助手として映画界に入る。翌年には自分のハンディ・キャメラでドキュメンタリー短編映画を撮る。テーマは、日曜日になるとパリっ子たちはどこに出掛けるかという内容の、『日曜日のエルドラルド』という作品である。既にここに、民衆に近い観察眼でカルネが映画を撮るという態度が見える。

 彼はまた、映画批評家としてパリーの新聞・映画雑誌に映画批評を書き、一時は映画批評家としてアメリカ合衆国に渡る。アメリカから戻ると、また、フランスの映画界と関りを持つことになり、R.ClairクレールJ. Feyder フェデーの助監督となる。とりわけ、フェデーは、カルネの「育ての親」となり、彼の仲介で、カルネは、それ以降彼の監督生活で、謂わば、「伴侶」ともなるべき、脚本家J. Prévertプレヴェールとの知遇を得る。

 こうして、カルネの監督としてのデビュー作、『Jenny』(36年作)では、プレヴェールがその脚本書きに共同参画することになり、主演をフェデーの妻Françoise Rosay ロゼーが演じ、共演としてはあのJean-Louis Barrault バローが登場する。

 翌年の37年、このチームに、カルネ組の美術監督となるAlexandre Traunerトロネーを加えて、カルネは監督二作目Drôle de drame ou L'étrange aventure du Docteur Molyneux『可笑しなドラマ或いはドクター・モリノー氏の奇妙な冒険』を撮っている。この作品は、あるイギリスの犯罪コメディーを原作として、プレヴェールが脚本を書き、ロゼーがモリノー夫人を演じ、バローが、切り裂きジャックよろしく、ロンドンを自転車で徘徊して歩く殺人鬼として、ひょんなことからモリノー夫人に言い寄ると言う、ストーリー展開がはやい、ドタバタも少々入ったフランス製喜劇の典型となる。あのJ.Maraisマレーが端役で出ているが、バローが後ろ姿の素っ裸で温室内にある人工の池に飛び込むという、おまけのシーンもある。喜劇ではあるが、警察権力、宗教的権威に対する風刺も効いていて、その後のカルネの政治的信条を垣間見させる。

 こうして、カルネは、38年、スタッフはカルネ組、主演はJ.Gabinギャバンで『霧の波止場』を撮り、彼は、ヴェネツィア国際映画祭で監督賞を獲得して、デビュー後二年でフランスを代表する映画監督の一人という名声を博する。この同じ年にカルネは本作『Hôtel du Nord北ホテル』をものにする。

 同名の、ある小説を原作とする本作では、脚本家プレヴェールはチームから抜けているが、注目すべきは、美術監督トロネーが担当した撮影用セットである。Hôtel du Nordは、「オテル」とは言え、地階にはレストランがあり、連れ込み宿でもあれば、長期滞在者が何組も住んでいる、言わば、日本で言う「アパート」、「~荘」という感じの場所である。名前に「北」があるところから分かる通り、ここは、パリーの北東にあり、サン・マルタン運河の傍にある「オテル」である。実際この場所を使おうとすると、荷物の上げ下ろしでせわしない場所でとても映画撮影には使えない。それで、カルネはトロネーにここをセットとして作らせたのであった。

 映画の出始め、運河が画面の中央に写っている。運河の左右には運河に沿って遊歩道があり、さらにその右側の遊歩道の右側に道を隔てて建物の列が並んでいる。その建物の列の一軒が件の「オテル」である。画面の手前、運河の上には階段が付いた歩道橋が渡してあり、その歩道橋の上を折しも、はた目からもいかにも愛し合っているというペアが左から右へと歩道橋を渡り、階段を降りて、遊歩道を画面の奥に歩いていく。このペアを追うようにしてカメラは階段を潜って追って動き、ちょうど「オテル」の斜め前の位置にあるベンチにペアが座り、男女のペアは肩と肩を寄せあう。そのペアを頭越しに移動し、カメラは「オテル」の方に向かう。ちょうど「北ホテル」ではカトリック教の初聖体拝領の祝いの宴が開かれて、こうして本作のストーリーは始まるのである。

 この祝いの席には、「オテル」の所有者夫婦も座っているのであるが、この夫婦はバルセロナ出身の男の子を養子にしたという。この男の子は両親を失くしたというところから判断すると、恐らくスペイン内戦で両親を失ったこの子がフランコ政権に追われて、まだ人民戦線が存在していたフランスに逃れてきたことを暗示させる。あからさまにではないが、分かる人には分かる、カルネの政治信条を感じさせるエピソードである。

 この「Hôtel du Nord」荘には、『天井桟敷の人々』で主役ガランス役を演じることになるArlettyアルレティーが娼婦役で登場する。彼女の、いつも不機嫌なヒモを演じるのがLouis Jouvetジュヴェーである。彼は、前年の犯罪コメディー『可笑しなドラマ』では、ベッドフォード司教役を演じ、観る者を笑わせようとはしないのに、観る方が笑ってしまう、グロテスクさが醸しだす、ある種の滑稽さを体現して秀逸であった役者である。実は、本作では、蓋し、このJouvetこそが主役であり、「ヒモ」という反社会的存在が、実は純真な心の持ち主であり得るというメッセージを本作は発する。さすがはフランス的な、人間観察の「オチ」を以って、何とも言えない余韻を残して、最後の「Fin」が現れるという趣向である。

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