この白黒映画の出だしは、気が利いている。町中(まちなか)の、ある道をカメラは俯瞰的に捉える。しかも、その道は、画面の左下から右上に斜めに抜ける構図で撮られてある。カメラの位置は、画面右下、建物の二階から身を乗り出して撮ったような構図で、この道の向こう側に、つまり、画面の左上から画面中央に向かっての、画面の約三分の一ほどを占めるように、ある大店(おおだな)の入り口の構えがある。間口が何間あるであろうか。かなり広い店である。この道の奥、つまり画面右上には格子が見えるが、この道にさらに細道が後ろの方へつながっているのが、想像できる。そこへ突然、画面の右上の、想像される右折の角の道から大きな車がこの道に入ってくる。
それは、アメリカ製の1950年代前半の、大柄のボディーの車、恐らくフォード車で、今でもキューバの町中を走っている、あのオールド・タイマーの車である。この車が、その大店の玄関の入り口に止まる。車からは人が降りてくる。すると、カットで、今度は、店の中から、距離を置いたアングルで、車から出てきた人間をカメラが捉える。車から出てきた人間は、和服の女が一人、その後から、洋装の、若い娘が、入り口からカメラの方に歩いてくる。こうして、本作のストーリーは、始まり、そして、ラストシーンも、映画の最初の、この通りの俯瞰図で終わるのである。さすがは、一流のキャメラマン、宮川一夫の手になる撮影である。
この車から出てきた和服の女が、田中絹代であり、その後を不機嫌そうに付いてきた、センスよくカットされたシルエットを持つワンピース・ドレス姿の若い娘が、久我美子である。ストーリーが展開するうちに、この大店の店は、井筒屋という、京都は島原にある、置き屋兼お茶屋であることが分かる。この母(田中)と一人娘(久我)に、青年医師・的場が絡んでくる。医師・的場は、早く開業医になりたいために、大店を男手なしで切り回す田中と男女の関係を結んでいる「若いつばめ」である。(それで、本作の題名も付けられている。)そこに、若い娘久我が、訳あって東京の音楽学校から戻ってきたのを幸いと、的場は娘の方に手を出す。このかなり破廉恥な役を、歌舞伎役者、大谷友右衛門、のちの四代目中村雀右衛門が好演している。(中村は、女形の大御所的存在として晩年になるまで活躍する。2012年没)
本作の上映年が1954年である。ストーリーの時代設定も50年代前半と考えていいであろう。売春防止法が施行されたのが57年であるので、ストーリーが設定されている時代がその前であるとすると、未だに公娼制度が存在した時代である。医師・的場も、「組合」に雇われている医師であると言うから、娼妓達を定期的に検診するために京都に来ていた、その話す言葉からして、「東男」と思われる。
56年作の、溝口の遺作となる『赤線地帯』では、戦後吉原の娼妓達の生活を描くことになる溝口は、本作では、京都・島原の「太夫」達の生活を、謂わば、サイド・ストーリーとして描く。が、本作のストーリーの主眼は、この母と娘の、戦後の世相を反映した、関係である。この、映画の最後が調和的に終わる脚本を描いているのは、溝口組の脚本家である依田義賢と、もう一人の成沢昌茂である。
さて、この、よくまとめられている脚本の中に挿入されている、あるエピソードが興味深い。それは、映画の中で実際に能舞台で演じられる狂言である。母・田中は、嗜みで小鼓を習っているのであるが、その師匠が弟子に、能・狂言の、ある上演会に、母・田中の知人・友人、さらには顧客も含めて、来てくれるようにと頼む。能が演じられた後、休憩後は狂言の一番である。作は、『枕物狂』といい、最初は、面を付けていない二人の孫役が、やり取りをし、年老いた祖母(御ばば)が懸想をして、「胸患い」をしているから、この祖母の恋を成就させてやりたいものだと言う。そこへ、件の祖母役が面を付け、笹の枝に枕をぶら下げて登場する。叶わぬ恋にもだえ苦しみ、夜も寝られないと言う。この狂言に、作中の観客は笑うのであるが、母・田中は、顔を強張らせ、その場にいたたまれなくなって、狂言の途中で桟敷席を離れる。
インターネットで調べてみると、『枕物狂』は、普通は、祖母ではなく、祖父(御じじ)が、刑部三郎の娘おとに恋慕し、枕尽くしの謡を歌って、老醜の恥を晒す状態になる。孫が、それを見て哀れに思い、おとを連れて来ると、祖父は恥じ入りながらも、これを喜ぶと言う筋である。恐らくは、本ストーリーに合わせるために、御じじではなく、御ばばに役を代えたのであろう。この狂言の逸話を見せつけられた年増女・田中は、どう出るか、ストーリーは終盤へと繋がっていくのである。
2022年8月2日火曜日
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