死とは、人生という列車の「終着駅」である。終着駅に着いたら、人は列車から降りなければならない。乗っていた列車はもうそれ以上は進まないのである。故に、死後の世界などは存在しなのであり、死後とは「無」なのである。死後の世界というものは、生者の願望でしかない。
以上の前提から出発すれば、本作のフィクション構成はナンセンスであり、生者が死者と豪華ホテルの一室で、お互いに話せたり、或いは、物理的に接触できたりする訳がない。(因みに、この豪華ホテルは、横浜にある、1927年創業の「ホテルニューグランド」で、入り口から上りかける、タイル張りの階段と、上った二階にある、古色蒼然としたエレベーターが印象的である。)
しかし、である。仮にある人が死に際にあり、自分の人生で会った人たちの中で、最後にもう一度会ってみたいとして、それが誰であり得るかという設問は十分意義のあるものである。そう考えて本作を観れば、それはそれなりに意味を見つけることができるであろう。
さて、この、生者と死者を「つなぐ」、言わば、「霊媒」役を演じているのが、樹木希林という役者である。自然体で役をこなしている、或いは、人柄の地がそのまま演技になっていると言うべき役者である。本作の制作年が2012年であり、同年に同じく発表となった作品『わが母の記』(原眞人、脚本・監督、役所広司主演)で、樹木は、役所の母親役をやって、第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞している。同賞受賞は、彼女にとって2007年以来の二度目であったが、13年の、その受賞スピーチで本人は、自身が癌に侵されていることを公表したのであった。
つまり、本作を撮影中にも、樹木は、癌に侵された体に、無理を押して、演技をしていた訳であるが、本作での役柄が死に関わるものであり、本人がどういう気持ちを抱えて演技を行なっていたかを考えると、胸が詰まる。
その俳優暦の初めの1960年代前半に、樹木は、文学座の大女優杉村春子の付き人をやったりしていたが、後にアドリブを重んじる男優森繫久彌に傾倒して、杉村を批判していた。しかし、後年の2008年のある機会に、彼女は次のように発言している:
「映画は脚本が第一、監督が二番目、三番目が映像で、役者はその後ですよ。優れた監督と出会ったら、何も変なことをする必要はない。遅いけど、監督に何も文句を言わなかった杉村さんの良さが今になって分かりました」。(ウィキペディアによる)
こうして役者としての信条の変遷を遂げながら、樹木本人は、役作りの「奥義」を窮めていったに違いない。本作を撮った後の6年後の2018年に樹木は亡くなった。享年75歳であった。
その樹木が、作中に老いの「重み」について、本作の終盤で話す台詞がある。エンディング・ロールを注意深く見ていたら、ヘルマン・ホイヴェルス『人生の秋に』という本が挙げられていた。Hermann Heuvers(「ホイフェアス」と発音するかもしれない)は、オランダ国境に近い、現ドイツの西部にある町で生まれたドイツ人で、カトリック・イエズス会派の神父であり、1923年に訪日し、上智大学の学長などにも就いたりしながら、1977年に東京で亡くなるまで、数多くのキリスト教をテーマとした著作・戯曲を書いた人物である。『人生の秋に』は、このキリスト者が1973年に日本語で上梓した著作である。
そして、奇しくも、樹木の、その遺作となった映画作品が、ドイツ人女性監督Doris Dörrieドーリス・デリエ作品『Kirschblüten und Dämonen櫻の花と鬼ども』(日本語題名:命みじかし、恋せよ乙女)である。日本語題名は、『ゴンドラの唄』の出だしから採られているが、この曲は、黒澤明監督の名画『生きる』で歌われた曲である。この時には、名優志村喬が、癌に侵されて余命いくばくもない中、自分がその建設のために余命を掛けた児童公園のブランコに座りながら、雪の降る中、つぶやくようにこの曲を歌うのである。樹木もまた、この歌をその遺作となる作品で歌う。ここにおいて、運命の、ある意志を感じるのは、筆者だけであろうか。
2022年8月5日金曜日
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