本作は、まず、家族・家庭劇である。映画宣伝では、何かスリラー的要素を匂わせているが、それは、観客を誤った方向に誘導するミス・リードである。それを知ってか知らずか、日本の配給会社も、大変な邦題を付けたものである。確かに、自分の娘の誘拐に関わるので、『ミッシング』は許せるにしても、そのままでは、同名のたくさんの映画があることから、副題に「消された記憶」と付けてある。しかし、娘を失った母親は一時たりとも公園から連れ去られた娘のことを忘れてはいないのである。こういうミスリーディングの邦題は止めてほしい。原題は、『The Girl in the Park』である。
ニュー・ヨークの、ある公園で、ちょっとした隙に娘が連れ去られて16年後、娘の失踪事件で未だに自責の念に駆られる母親(S.Weaver)は、夫とも別れ、一人息子との関係も疎遠にして、地方で、ある会社に勤めていた。しかし、勤めていた会社の仕事の関係でN.Y.に戻ってくる。
既に元の夫は再婚しており、大きくなった息子も、ガールフレンドが妊娠しており、結婚まじかである。そんな中、S.Weaverは、ルイーズという、「ホームレス」の若い娘(Kate Bosworth)と知り合うことになる。S.WeaverとK. Bosworth(『スーパーマン リターンズ』のロイス・レイン役) の絡み合いが、本作を最後まで引っ張っていく。また、それが本作の主題でもある。
助演の、息子役のAlessandro Nivala(『フェイス/オフ』のポラックス・トロイ役)、その彼女役のKeri Russell(『M:i:lll』のリンゼイ・ファリス役)、さらには、S.Weaverの同僚役で、ギリシャ系カナダ人俳優Elias Koteas(『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のガトー役)もしっかり脇を固めており、キャスティングも手堅い。 さすがは、演劇畑から来ている監督David Auburnである。
1969年にシカゴで生まれた監督David Auburn は、基本的には劇作家で、1991年にシカゴ大学の英文科を卒業した後、90年代後半から演劇関係で活動し始め、98年に劇作家として本格的にデビューする。同年数々の台本をものにするが、2000年に発表した作品『Proof(証明)』で、翌年に演劇部門のPulitzerプリツァー賞を受賞する。この作品(これも問題ある邦題『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』)は、ジョン・マデン監督、グウィネス・パルトロー主演で、アンソニー・ホプキンスやジェイク・ギレンホールが助演する同名の作品として2005年に映画化されるが、D.Auburn自身がその映画脚本化に関わっている。その2年後、彼は、本作の脚本を書き、自らが監督となっている。その後は、舞台では監督もしているが、本作で映画監督業には懲りたのか、映画脚本を書く以外には映画監督としては活動をしていないようである。
という訳で、脚本家が監督も兼ね、しかも本人だけでその作品の脚本を書いている場合は、要注意である。なぜなら、ストーリーが自己満足に陥る可能性が高いからである。確かに、本作は、よい助演陣に囲まれて手堅い作品にはなっているが、主演のS.Weaverの人物設定が何かしっくりこない。娘が誘拐される直前まで、ジャズ・シンガーとしてN.Y.のクラブで歌っていたと言うところが、まず、そうかなと思わせるところである。また、そういう人間が会社である程度まで出世し、アッパー・ミドル・クラスでそれなりのアパートをN.Y.で借りられると言うのも、俄かには信じがたいセッティングである。そう言うこともあり、映画の出だしは、かなり負のイメージで観始めることにはなるが、それを乗り越えれば、本作は、家庭劇としてそれなりのメッセージ性は持っている点において、心に傷を負った人間が対人関係の中で如何に自分の心を開いていくのかと言う心理劇に興味のある方には本作をご覧になることをお勧めできる。
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